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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――勇者信者の王国――
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英雄発祥の国⑦

 

 城から南に位置する大きな劇場。有名な演劇グループが所属している場所で、市民に熱烈なファンが多く常に満員状態。


 伝説の勇者の劇を何度も行っており、史実に基づいた内容なので数百年もずっと変わることなく定期的に行われているが、人気は高く、講演が始まるとすぐにチケットが飛ぶ様に売れるらしい。

 予約が始まるとあっという間に売り切れになったが、その前にリヒトが購入してくれた。


 時間になったので建物内に入る。前方の舞台は広く、座席が波紋状に広がっている。

 後ろの席でも見えやすいように少しずつ高さが設けられており、前の人が立たなければ楽に鑑賞できそうだ。


 人が一人座れるスペースが横に100列。縦に80列。足元は人が一人通れる幅が取られている。

 飲食は禁止。空調システムがしっかりしており、適度な温度と湿気がある。


「うわぁ…」


 着席して思わず感嘆の声を挙げた。

 空間は広いし、舞台は大きいし、壁なんか彫りでゴージャス。

 二階の観客席の通路側に座っているが、この椅子がフカフカで座り心地が良すぎる。うっかり寝てしまいそうだ。


 劇場を見渡すと人数は超満員で、どこからこんなに人が集まったのかと驚くくらい。

 各自の談話も人数が多ければ爆弾のように広がり、劇場全体がやけに騒がしい。

 

 劇場にも驚いているあたしだが、実は武器屋での売買のやり取りが頭から離れなくて、軽い頭痛が起こっている。


 あまりにも青天の霹靂。劇的なショックを受けた。


 あの、あの刃物狂いの親父殿の作品の中でもクズに等しい装飾ナイフ一本が……

 ペーパーナイフくらいの小さいやつが……


 大型金貨4枚で売れやがっただとおおおおおお!

 親父殿! あんたは一体何者だああああ!


 あたしの中の親父殿のイメージと、武器屋のおっちゃんが語ったイメージが違いすぎてショックを受けた。その影響がまだ抜け切れていない。

 椅子に寄りかかって天井をぼんやり見上げていたら、リヒトがあたしをみて苦笑した。


「武器職人ルゥファス=ルーフジール。大陸にでも1・2を争う腕利きの刃物制作職人だ。通常武器から飾り武器まで、彼が作る作品は全て高値で取引されている。俺の村でさえ、その名が聞けたんだが……」


 そこでチラっとあたしの顔を見て失笑する。


「お前がそんな反応ではさぞかし悲しむだろうよ」

 

 リヒトが言っていた『面白いものがみられる』とは、あたしのリアクションだったってことが腹に据えるけどな。それは水に流そう。その通りだったし。


「あたしにとっちゃ、ただの刃物狂いで罠狂いの親父殿よ」


 でもこれで分かった。親父殿の工房を訪ねてきた者の中に商人もいたんだ。お得意様とか初めましての方とか、母殿がそんな風に呼んでいた記憶がある。

 でも、あたしにはまだ関係ないからと、商売に関しては蚊帳の外だったなぁ。


「むぅ。帰宅したら親父殿に話してみるとするか」


 あたしは天井から視線を外した。深々と椅子に座って目を瞑っているリヒトに声をかける。


「宿に戻ったら、ナイフの路銀は半分に別けるから忘れるなよ」


「……は?」


 リヒトは目を開けてこちらを見ながら、不可解そうに眉を潜めた。


「後で半分ずつ別けるから忘れるな。あと金貨を銀貨とかに換金したいな。宝石とか換でもいいし。っていうか、小さく持ち運びできて村でも換金できるものに変えたい」


 売れたナイフは大型金貨で支払われた。どこで使うんだよこれ。

 小型金貨ならまだ使えるが、基本的に銀貨や銅貨じゃないと他の町で扱えない。


 リヒトは物言いたそうな視線を向けてくる。


「ん? 買いたい物があるなら大目に渡そうか?」


「違う」


「遠慮しなくていいぞ」


 一緒について来てもらえなかったら、多分この金額にならなかった。

 物の価値を知っている者と知らない者とでは、店長の対応も違っていただろう。


「そーじゃない」


 リヒトは頭を抱えながら疲れたようにあたしを見る。今度はあたしが眉を潜めた。


「どうした?」


「それはお前の餞別だろうが。お前が持ってろよ」


「やだ、重い。二人分の旅費として使うんだから半分持てばいいだろ」


 即座に断ると、リヒトの表情が険しくなっていった。


「お前、確実に色々学んだ方が良いぞ? それはお前の父が旅費として渡したものだろうが。俺に渡してどうする」


「ああ、そういう意味か」


 あたしの持ち物だから、売った金はあたしの物だっていう理屈か。自分の金は自分の為に使えと言っているのだ。

 間違っていないが、そうじゃない。

 親父殿は『旅の路銀として使え』と言ったんだ。


「でもあたしの解釈は違うぞ。旅の必要経費として使うということが、あんたもその資格があるってことが。現に今、一緒に旅をしている。親父殿は『旅費』と言って餞別をくれたんだから、あんたも生活費として使う権利がある」


 あたしがにやっと笑うと、リヒトは難しい表情のまま黙った。


「そうでなければ、親父殿は『あたしが使え』って言っている。……もしも、あんたが馬鹿で無駄金食いだったら提案すらしなかったけど、真面目で几帳面だし、渡しても大切に使ってくれるって思って……」


 シャンシャンシャンシャン

 丁度劇が始まる音が鳴り響いた。


「始まったみたいだな。この話は終わってからにしよう」


 あたしは舞台に向き直りライトが当たる人々に注目する。リヒトが物言いたげな視線を向けていたが無視。今は劇に集中したいから無視だ。

 そう思ったのを最後に、舞台に集中する。


 どんな演劇が見られるのだろうか!

 わくわくが止まらないぞ!!


「…………一緒に、旅か」


 リヒトが何か呟いたようだったが、舞台に集中したあたしには全く聞こえなかった。


次回は演劇を見ることになります。

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