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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――勇者信者の王国――
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英雄発祥の国⑥

 

 一晩明けて、カーテンを開けて窓の外を見た。本日も良い天気だなぁと、窓越しに空を見上げる。

 

 何か食べようと食堂に向かうと、リヒトが座って食事をしていたので、おにぎり定食を受け取ると遠慮なく対面に座る。一瞬、嫌そうな表情を浮かべたものの、すぐに真顔に戻った。


「おはよ」


 挨拶をしたが返事はない。まあ、期待もしていない。


「あんたが忠告した意味、よくわかった」


「判断能力鈍ってなくて良かったな」


 嫌味が挨拶かよ。


 あたしはこめかみに血管を浮かせながらも、耐えた。


「今日のあたしの予定なんだが……」


 あたし達の間で暗黙のルールがある。

 一日の間で最初に会った時に、その日の行動予定を大雑把に報告する義務だ。


 何かあった時に相手の位置や行動を把握していれば、対応しやすいということで、いつどこで魔王と出くわすか分からない故の保険である。


 細かいことかもしれないが、そこはしっかり気にしておかないと、体がいくつあっても足りない。一番理想は、ノーダメージ、または最小限のダメージで倒すこと。

 奇しくも、あたしとリヒトは幼少時からそう躾けられているので、報告は怠らない。


 ってことで、今。あたしに会って嫌そうにしているのに、リヒトはしっかり耳を傾けている。


「劇を見に行こうと思ってるんだ。今やってる勇者凱旋ってやつ」


「?」


 リヒトの視線がゆっくりとあたしに向く。不可解そうに眉間に皺を寄せて首を傾げた。


「劇を見に行く?」


 おうむ返しに訊ねられたので、簡単に説明する。

 シュタットヴァーサーには劇場がいくつかあり、現在公開されている劇に『勇者凱旋』というタイトルがあり、双子の勇者の伝説を語り継ぐ劇を行っているのを、街のポスターから発見した。


 像を聞いただけで色々教えてくれた王都の人達と、あたしの認識がかなり食い違っていて気になるが、詳しく聞くのは躊躇われる上、あたしの性格を考えると、本よりも劇の方が頭に入りやすいのではないかと思った次第を伝える。

 更に、演劇のポスターを眺めている内に、鑑賞したいという衝動が起こったことも正直に伝えた。


 ここがポイントだ。

 見たい気持ちを馬鹿にするなと暗に伝える。


 まぁ、当然ながら、昨日出会った朱色頭がオススメしたことは伏せておいた。

  思い出すのも嫌だったし、記憶の彼方に抹消しておきたい。


 一通り話を聞いたリヒトは「ああ、なるほど」と頷いた。


「劇は理解しやすいよう説明されている部分もあるから、お前には丁度いいかもな」


 サンドイッチを噛みながら壁際のポスターに視線を移す。奇しくも、あたしが見たいって言った劇団のポスターが貼ってある。開催日時と期間を確認すると、先月講演したばかりで、半年は行われるようだった。


「そうそう。丁度あれね。上から二番目のでっかいやつ」


 壁にもう数枚別の劇団のポスターがあるが、彩鮮やかなそのポスターを示すと、途端に興味なさそうにリヒトは視線を食べ物に戻す。

 そして残りのサンドイッチを口に入れて咀嚼し、飲みこんでからあたしを見た。


「誰かに提案されたか?」


 ぐっっっと言葉に詰まった。

 危うく卵焼きが喉に詰まるところだった。


 なんで分かったんだよ!


 あたしは水で喉の通りを良くしながら、一瞬、朱色頭を思い出しかけたが、なんだか疲れたので消去した。


「まぁね、そんなもんよ」


 肩をすくめて同意する。

 リヒトは水の入ったコップを少し揺らし、揺れる水を眺めながらため息を吐いた。


「まぁ……。田舎の演劇は殆ど移動劇で、話も演技も舞台もしょぼいからなぁ。お前が本場を見たいって思うのは無理ないか」


 リヒトは一言一句、あたしの気持ちを代弁してくれる。


 ぐぅ。なんだか悟られてる。

 その通りなので特に反論なく頷く。


「そうだ。使える予算をオーバーするのは痛いが、この機会に見てみたい」


 リヒトは「?」と首を傾げた。


「そんなに高くなかったと思うが?」


 劇に入る為にはお金が必要だ。比較的高い金額だが、庶民が入れないほどではない。

 しかし今は旅の真っ最中。

 野宿時は自給自足で済むので金銭の問題ないが、町へ入ると日用品購入、不足分の買い替えなどの必要経費や宿代や食費で、結構金を食う。

 劇を見に行くと滞在期間で使える生活費の予算をオーバーすることになりそうだ。


 一日滞在して思ったが、王都の平均物価価格は通常の町よりも一割ほど高く、村よりも三割高いようだ。


「そうなんだが、滞在費を計算すると少し心もとない。まぁ、食費を一日分削れば問題ないけどさ。日雇いがあれば助かるんだが。そーいうのはギルド依頼になるんだろう? ギルドと関わり合いになりたくないし」


 そもそもギルドに日雇い依頼があるのかわからない。もし月雇いだけだったら賃金が貰えるのに最低でも一月はかかる。

 冒険者登録で偽名はアウトな気がするし、実名で登録はマジ避けたい。

 住所不定出身不明で短期雇用で雇ってくれる、奇特な店もなさそうだしなぁ。


 リヒトは前に王都を通ったって言っていたから、何か見聞きしたかもしれないので、恥を承知で訊ねてみた。


「でもまぁ、一応聞いてみる。日雇いで雇ってくれそうなお店とかギルドとか、どこか心当たりないか? 前に来た時に見かけたとかでもいいから」


「…………」


 あたしの熱き視線が鬱陶しいのか、食べ終わったリヒトが「はぁ」と呆れてため息を吐いた。


「そんなに贅沢してるのかよ」


「してないよ。飲食に衣服と……………あ」


「あ?」


「薬の材料で欲しい鉱石があったから、それ沢山買ったぐらいかな?」


 そっか、それだ。血食石だ。

  動物に寄生する珍しい鉱石で、毒を持つ妖獣の粉末肝臓で加工すると、体内の毒を吸着して体外へ排出させる力を持つので、これは良いものだと七個ぐらい買ったんだったな。


 あたしはしまったと肩を落としながら食事を平らげた。


「そうか、それを買ったから予算が足りなくなったのか。……贅沢品だったな」


「お前の贅沢はそこなのか」


 呆れたようにリヒトがツッコミを入れて、盛大なため息を吐いた。


「なぁ。ルゥファスさんから餞別に飾りナイフ貰ったって、前に言ってたよな? それ持ってるか?」


「ああ。一本持ってるぞ」


 肘の方に隠していた飾りナイフを取り出して渡す。リヒトはそのナイフを持ち、じっくりと握り手の装飾を眺めて指でナイフを示した。


「これを売る気はないか?」


 あたしはちょっと考えて、あることを思い出した。


「そーいえば、旅費にしろって、この類のナイフを貰ったなぁ。まだリュックにあるよ」


「よし。お前の部屋に行くぞ」


「……分かった?」


 意味が分からないまま部屋に戻る。

 リヒトはドアを背もたれにして立ったまま、腕を組んで待っている。


「えーと?」


 あたしはリュックを漁って旅費用にと渡されたナイフを全部机に置く。

 どれも無駄に装飾が凝っていて宝石がちりばめられ、刀身は光に翳せば角度によって七色に輝く。丁度窓から日が当たって刀身がキラキラ輝き、眼に痛い。


 まぁこのナイフ。本当に綺麗なだけで耐久性は殆どなく、林檎一個剥くともう刀身が傷んでくる。実用性はない。

 一応、護身用で使えるかもしれないから携帯していただけだ。


 キラキラ輝くナイフ達を、目を細めながら眺めるリヒト。


「これで全部か?」


「これで全部。家に仕掛けられてた罠ナイフだと思うけど……まぁクズ作品よ。刃の形状から見ても殺傷力が少ないし、意味の無い装飾はついているし、握りにくいし……」


飾りナイフの一本を手に持ち、四方から観察する。


「おじさんの名前は?」


「ちゃんと彫ってある。親父殿のこだわりだし、作品は全部自分の子供って人だから」


 あたしが肩を竦めると、リヒトは呆れたようにアンパン口を開けて、次にニヤリと笑みを浮かべる。すごく馬鹿にしたような笑みだ。


「何だ。お前知らないんだな」


 不思議そうに「ん?」と首を傾げるあたしに対して、リヒトは握っている一本をあたしに返した。


「これ、武器屋で売ってこいよ。ビックリするくらいの値段がつくぜ?」


 あたしは全ての刃物を鞄に納めて、リヒトが持っているナイフを受け取る。


「実践で役に立ちそうの無いこんなクズみたいなモンが売れるの?」


「売れる」


 リヒトはきっぱりと言い切って、


「そうだな。値切られるのも厄介だから、俺もついて行くか。面白い物が見られそうだ」


 談笑するリヒトを見るのは初めてな気がした。


「面白いもの……ねぇ? ほんとにクズ刃物売れるんだろうか?」


 色々半信半疑ながらあたし達は武器屋へ向かった。



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