英雄発祥の国⑤
「土産話に劇でも見てみればどうです? 結構楽しめますし、正直笑えますよ!」
にこにこしながら反応を伺っている。
あたしは盛大にため息を吐いた。
「はぁぁぁぁ。あんたはどっかの回しモノ? 何でそんな事言うんだ?」
不審者を見る様な視線を向けると、少年は慌ててのけ反って首を左右に振った。
「違います! 劇の回し者じゃないです!」
「そうか、劇の回し者か。ノルマ大変だな」
「違いますー! ただ貴女が気になったから教えたくなっただけですってば! 僕もよく分かりませんが……。あ! きっと貴女が可愛いからかもしれませんね!」
にっこりと柔らかく微笑まれて、背後でなんか綺麗な花がぽんぽん現れた気がした。
「…………」
多分、客観的に見れば。
こいつは整った美形の部類で、ヴィバイドフ村の女子達の目を止めるくらいの器量だと思われるし、これから伸びるであろう身長と今の近寄ってきた動きから推測すると、良質な肉体を持ち合わせていると想像つき、総合的判断で村の女子にモテそうという結論に達したところで……。
うわああああああああああああ!!
あたしは全力で気持ち悪くなって、全身の鳥肌が立った。
こいつ絶対素じゃない、大きな猫を被っている!
こいつ裏に何かある! 関わるのは大変危険だ!
そもそも意味なく急に女性を褒めるなんて何か良からぬ考えがあるに違いない!
実際 そ う だ っ た し !
脳裏にシュダルを思い出してギリィと奥歯を噛みしめる。多分こいつもあれと同レベルだと女の勘が言い切った。よし逃げよう。
そう思ったところで我に返る。
シュダルと同属なら、間違いなく話が全部終わるまでつきまとわれる。区切りを無理矢理作りだして、話を終了させるしかない。
ここは故郷ではない。余計なトラブルを起こすなとリヒトに厭味ったらしく言われたばかりだ。
これで起こしてみろ、より一層な嫌味が降ってくるに違いない。血の雨は極力抑えるべきだ。
よし、急いではいけない。
きっと離れるタイミングが訪れるはずだ。
体が今にも走りそうなのをぐっと堪えて、逃げるタイミングを推し量る。
あたしの内心の荒れ模様に気づかず、少年はちょっと照れたような笑みを浮かべて、頬をカリカリ掻いていた。
「あの、これを期に仲良くなりません?」
危なく、顔面に拳を突っ込みたくなった。
あたしは無表情かつ無言で無視をする。
「旅の話とか、お互いの情報交換とか。そこで素敵なカフェ見つけたんですよ、今からどうですか? 一杯ご馳走しますよ?」
少年こと、朱色頭は無害そうで満面の微笑みを浮かべてグイグイくる。
いやもう、あたし無言で反応してないよな?
相手にしてないって気づいてくれないのか?
気づいていても知らないふりをしているのか?
タチが悪い!!
「そうだ! 明日にでも劇を一緒に見に行きませんか? この国に来たなら一度は見ておくと良いですよ!」
手をポンと打って良い案閃いたみたいな表情になる朱色頭に、あたしは冷たく冷静に言葉で突き飛ばす。
「嘘臭いから遠慮しとく」
「嘘臭い……って、そう、ですか……」
ちょっとショックを受けたように朱色頭はしょんぼりした。
「でも劇は見たほうがいいと思います」
少しトーンを下げた声が耳に入り、あたしはうっかりそれに耳を傾ける。
演劇……たしかにそれだけは興味があり、好奇心が出てくる。
「劇は面白いのか?」
聞くと、少年は曖昧な苦笑を浮かべた。
「演技や表現力はトップクラスですよ。他の町とは比べ物にならないほど良く出来ています」
なるほど。と頷くと、朱色頭は少し考えながら頭を掻いた。
「双子の勇者の劇を見に行かれるのであれば、内容はそれなり。四分の一は史実ですけどあとは創作、誰が作ったのか知らないけど螺子曲げられた駄作です。何故作るのか理解できないくらい」
先ほどの態度からは想像できないような、馬鹿にした口調だった。
劇に対してなのか、あたしに対してなのか分からないけど。
あたしは眉を潜めて聞き返す。
「螺子曲げられた駄作?」
「ええ、その通り」
そう静かに言った直後、ハッと目を見開き、あたふたしながら謝られた。
「あああああ! 見る前からこんな事言って本当にすいません今の忘れて! 見るなら大いに楽しんでください! ネタバレはギリギリしてないはず!」
「やっぱり劇の回し者か。どこの劇団だ? 熱意に負けてそこで見てやる」
「違いますって! 僕は」
「ローグ! どこだー!?」
遠くから誰かを呼ぶ声に朱色頭が反応した。
人懐っこい表情を浮かべていたのに、スッと真顔になる。声の方向に顔を向けかけ、すぐにあたしに振り返って愛想の良い笑顔を向けた。
「残念、連れが呼んでいるんでこれで失礼します」
「丁度よかった。あんたと早く離れたかったから。さっさと向こうに行ってくれ」
「うぐ!?」
本心なのが伝わったのか、少年が胸を押さえて苦悶の表情を浮かべた。
いいから早く行け。
あたしはもう早歩きで少年と距離をどんどん開いていく。
「僕はもっと貴女の事知りたいです。縁があったら、またどこかでお会いしましょう!」
少し大きめの声で呼びかけられたので「縁がないことを全力で祈る」と小さく呟く。
「もー! ツンデレさんですね!」
小さく呟いたつもりだったが、返事が返ってきた。
ツンデレって、違うだろ!
ムカっとして振り返ると、少年が名残惜しそうに手を振りながら優しく微笑んで見送っていた。
キラキラ光る花と来光が見えた気がした。
「こっっっっわっっっ!」
思わず叫んだ。
むかつきを通り越して幼少時のトラウマが蘇る。
あたしは鳥肌全開で駆け足して急いでその場から離れた。
流石シュダルの同属性。
ムカつくイラつく、荷物抱えて無かったら、ここが王都でなければ全力で殴っていた。
二度と会わないことを願いつつ、「ついて来てない、よな?」と 、しっかりと後ろを確認しながら宿へ戻った。
一週間から二週間以内に更新予定です。




