英雄発祥の国③
事前知識をもう一度確認する。
ソーマリンエリアは古くから王族が住みついていて、戦争時に湖から移動した大きなお城が町の中心地に建っている。
町は賑やかで人通りも多く、大陸中の人間が行き来する場所の一つだ。
城や町の護衛をしているのが兵士で、ギルドの大元がぽんぽんある、ちょっと特殊な町。
…………。
あ。もしや、これのことか?
町を歩くとすぐ目に付いたといえば、立派な鎧に身を包み、剣を掲げている二人組みの白い像だ。
昨日は気づかなかったが、町の至る所に銅像やら彼らをモチーフにしたと思われるエンブレムや街頭のデザイン、武器、防具のデザイン、果ては土産物グッズ。
たくさんあるので「あれは何だ?」と買い物ついでに道行く人に聞いてみた。
通行人が全く同じ事を言うので、あたしは苦笑いを浮かべて、場所を変え、年齢幅を広げて老若男女に尋ねてみたが、どれも返答は同じだった。
返答をまとめると……
「あれは『時の英雄、双子の勇者。リヒト=ルーフジールとミロノ=ルーフジール』を象っている像だよ」
「譲ちゃん、どこから来たんだ? ここはかの有名な勇者が誕生した地だぜ」
「国を奪おうとするあらゆる敵をなぎ倒し、そりゃ強かったって伝説が残ってるわ」
「今でも双子が生まれたら、勇者の名前をつける人が多いね! あたしの兄弟もそうだよ! ミロノとリヒトさ!」
「なんたって暴悪族の侵略からこの国を守った英雄! なんて素晴らしい!」
「双子の勇者は歴史書にも書かれている有名人だよ!? この像を知らないなんて、一体どの田舎から来たんだね!? 信じられない!?」
あたしはちょっとばかり眩暈を覚えた。
マイナー勇者と思いきや、結構メジャーっていうか、もはやこれは崇拝されている。
道行く住人が象に向かって祈りを捧げている姿を眺めて、鳥肌が立っていけない。
そして、リヒトが本名を名乗るなといった意味が十二分に理解できた。
「強い剣士や英雄になってほしくて名づける親も多いなぁ」
「でも家名はないわね。でもほら、遠くのエリアにいる武器職人が同じ家名だわ。祖先が一緒とか噂があるわね。噂だけどね」
「他の国から来たという伝説らしい。戦に勝利した後、この国に住んでいたらしいけど、その一族は病気で絶えてしまったとか」
「そうそう。二十年前くらいの旅人にルーフジールが居たって噂がでたわね。あの時も巷では騒がれたっけ? 難航依頼をさくさく解決して強かったって聞いたし、王様がその人を探したって言ってたわ。え? 結局見つかっていないのよ、残念だわ」
「んー? 同姓同名はいないねぇ。え? もし現れたら? そりゃ、お祭り騒ぎさ! 勇者再来! 絶対に王族が迎えにきちまうよ!」
「お嬢ちゃんも双子が生まれたら縁担ぎでつけてみたらどう? 私の娘も双子生まれたから名つけたみたいよ」
ちょっと聞けば、周りの住人が立ち止まり、口々に双子の勇者についての知識を披露してくれた。
国の誇りだ! 守り神だ! と声高々に。
もうおなか一杯だよ……あたしは……。
あたしの知識とは食い違った部分があったので、住民たちが教えてくれたこの国の話を簡単にまとめよう。
800年前、大陸を二分するほどの大規模な戦争。
大陸の下の方にある暴悪族領地、ゼアーチトラットエリアとルリーリビルエリアの二つは、トラットリビルという一つの王国だった。
この王国がシュタットヴァーサーと大陸を二分する熾烈な争いをした。
トラットリビル王国は魔術師や魔法剣士の教育に秀でており、それらで構成された部隊に翻弄され、劣勢だったシュタットヴァーサー。
当時の王は他の四つの国に協力を要請し、屈強な戦士や魔術師を招集して、高い報酬で雇い、自国の戦力にした。
まぁその結果、四つの国は戦後、シュタットヴァーサーに服従し吸収され、国は消滅してしまったけども。
その招集した戦士の中に、ミロノとリヒトがいた。
彼らは類まれなる剣術と魔術を用いて、トラットリビル軍を撃退。四天王と呼ばれていた将軍二人を倒して王を討ち取り、長きにわたった戦争を終結に導いた。
王はその功績を讃えるために、彼らを勇者と呼び多大な報酬を与えたそうだ。
そして時が過ぎるごとに『勇者を生み出した国』『勇者の恩恵を受けた国』として、国民の信仰と誇りになり、現在に至る。
補足として、暴悪族エリアをまとめて、トラットルリゼアエリアと呼ぶのだが。
戦いに敗れ国が滅び、王家の手によって整備された今でも、ゼアーチトラットエリアとルリーリビルエリアとトラットリビルエリア住民は『暴悪族』と呼ばれ、特に王都の住民からは差別されている。
聞いた話を一通りまとめて、あたしは「ふむ」と頷く。
ただ像について尋ねただけで、国の歴史まで聞いてしまった。
勇者の像を知らない!? という声を聞いて、あれよあれよと人が集まり、逃げるタイミングを失ったあたしはうっすら愛想笑いこそ浮かべているものの、内心呻いた。
要は、自国の者ではなく『金で雇った人間が敵の大将を討ち取って勝利へと導いた』ので、その礼と功績を讃えて『国を救った勇者』として祭り上げ『象徴』とした。
それと同時に『この王家は先見の目がある偉大な指導者』、『功績を讃える人格者である』と民衆に印象付けて、王族の確固たる地位築いた。
更に『何かあれば勇者が助けてくれる』という楽観的な安心感を、民衆に与えた印象がある。
長い年月をかけて『安心感』は『信仰』へと変わり、国民に深く根付いて、もはやその想いが彼らから抜けることはないだろう。
つまり、こいつらは双子の勇者の信者だ。そこまで考えて、あたしは少し寒気を覚えた。
「色々話がきけて助かった! ありがとう」
代わる代わる喋る民衆の声が切れたタイミングであたしは少し大きな声を出す。
最初に声をかけて二時間が経過したところだが、まだまだ勇者万歳連中に絡まれまくりの真っ最中だ。
いやもう十分ですよ、もう解放してくれよ。
「とても偉大な像だと理解できた。とても面白かったよ」
あたしの言葉に住民はにこにこと笑顔を絶やさない。そして念を押すように
「双子の勇者様は偉大でしょ?」
にこにこ笑顔が怖いなぁ。
とはいえ、ここで邪険にしてもいい事がない。さらに時間をかけて勇者についての話を畳みかける気だ。
あたしは晴れやかな笑みを浮かべて、「ああ」と同意した。
「この旅話は是非故郷で披露したいと思う。とても楽しい時間だった。名残惜しいが、あたしもやることがあるので、この辺で失礼させていただく」
これ以上民衆の話を聞くのはしんどいから、早く逃げたい。
「ええ! 是非!」
「勇者巡回してみてね! パワースポット沢山あるの!」
笑顔で頷きながら、あたしは逃げるようにその場を去ろうとすると、
「道中お気を付けて!」
「この城下町を楽しんでね!」
「素晴らしい旅の思い出を!」
と後ろから素敵なセリフが聞こえてくる。
振り返ると住人たちが手を振って見送ってくれていた。
熱心なだけで、悪い人達ではない。
そう思いつつも、どうしても笑顔が引きつってしまう。
あたしはもう一度軽く会釈をして言葉に応え、速足でその場から離れる。
大分距離を開けたところで速度を落とし、大きなため息を吐きだした。
「はぁぁぁぁぁ……」
頭痛が起こる気がする。
これは。
同姓同名だと分かると……。
それも二人も揃っていると、非常にマズイと実感した。
勇者の再来と祭り上げられた暁には、あたしはもれなく死を選ぶ。
リヒトが念を押した意味がよぉぉぉぉく解った。宿を取るときにあたしを止めてくれたことに心底感謝だ。
ここでは絶対に自分の名前を言わない! と強く決心したのは言うまでもない。




