リヒト視点:ストライト湖の毒魚③
次の日、俺は魚を調べることにした。
見た目は普通でも毒を持つタイプが現れて、現場はかなり混乱していた。
湖がなにかに汚染されてるのでは!? という声が多く上がり、研究者達を呼ぶか議論されている。
これはもしかして、近いうちに綺羅流れも呼ばれそうだ。というか、呼ばれる前に調査隊がやってきそうだ。
あいつらと顔合わせたくないから、さっさと解決したい。
港を中心に村の中をくまなく歩いてみたが異変は感じない。
しかし、湖の周囲に違和感を覚える。
「村の中に気配はない。だが、この辺りから……?」
公園の柵に寄りかかり湖を眺める。日差しに水波がきらめき、照り返しで目が痛い。
対岸に見える小さな港町を視界に入れると、不意に、湖の中央に嫌な気配を感じた。
気配を調べてみると、胸元が徐々に熱くなる。
「これは」
距離は遠い。どうやら魔王が湖に巣食っている可能性がある。
湖の『何』に憑りついているんだ? 魚か?
だとすれば毒魚が出てきた説明がつく。毒魚は魔王の眷属だ。
魔王が力をつけ始めたから、眷属の数が増えてきたってことだろう。
おそらく数週間あれば魔王が湖を占拠する。その際の被害は考えたくないな。
「さてと」
詳しく調べるため、湖の岸に降りられる場所を探す。角に丁度いい足場があったのでそこから降り、手を水に浸す。冷たくて手を引っ込みたくなったが我慢する。
<ウンディーネよ。水中の異物を探知せよ>
ざぁぁぁぁと、脳裏に不気味な黒い影が浮かぶ。
湖の底に佇みながら、魚を襲って体内に取り込み眷属を吐き出している。
【!】
かまぼこ目がギョロっとこちらを見た!? ような気がして、感覚を遮断した。
「あんなところに」
水中、しかも水底にいるなんて。
まぁ、水中でもウンディーネで仕留めれば、いけそうな気がする。
俺はもう一度水中に手を伸ばそうとしたが、水面に沈む魚影を黙視したので、手を伸ばすのを止める。
嫌な予感がして水辺から数歩後ろへ下がり、距離をあけた。
<シルフィードよ。えぐりあげろ>
一陣の風が水面を凪ぎ、一匹の魚を陸地に跳ね上げる。
ビチビチのたうち回るそれは、50センチほどの大きな魚だった。漆黒の姿で目は白く、肉食の歯が歪に唇からはみ出し、白っぽいヒレが人の手になっている。
かなり醜悪な姿だ。
「新たな眷属か」
見つめていると、生理的嫌悪に襲われ気持ち悪くなってきた。
毒魚を直視しないように更に水際から数歩下がり、少し高い石に上がって水面下を観察する。すると、魚がうようよ俺の周囲に集まり、こっちを見上げて静止する。
「こいつら……明らかに俺を狙っている」
水の中に手を入れれば、すぐ噛まれそうだ。
わざわざ浅瀬に集まったこいつらは、直接攻撃をするタイプに思える。ゆえに歯に毒性があると考えた方がいい。
食堂での出来事が思い出される。
「参ったな」
俺に毒の耐性はほぼないため、噛まれるとどうなるかわからない。
水際ならこの距離でもウンディーネで攻撃出来るが、水中、しかも数百メートルの水底になると、地上からのウンディーネの力を発動しても届かないだろう。
少なくとも、体の一部を湖に浸した状態で探知しないと、正確な攻撃を仕掛ける事は不可能だ。
「くそ。気づかれても、一撃入れとくんだった」
毒魚は優雅に回旋しながら俺の傍を泳いでいた。
試しに少し水際を移動してみたら、その距離をしっかりついてきている。
目でしっかりと把握しているようだ。
「仕方ない。日を改めるか」
次の日に、別の場所へ行ってみるが、結果は同じだった。
水面に映る人影に反応するのか、どこからともなくサーっと集まってくる。
もしかしたら、浅瀬にもうこの毒魚を待機させているかもしれない。それだけ警戒されてしまったということでもある。
俺は浅瀬の岩に座り、毒魚を眺めながら思案する。
水中に手を入れた途端、襲ってくるだろう。
噛まれて、痛みを我慢することは出来る。
厚手の手袋をして、噛みつきの対策を行うのも可能だ。しかし、どのくらい貫通力があるか分からない。指や手首を引き千切られるのは回避したい。
そして歯に猛毒があった場合、噛まれたらそのまま死に直結する。
「仕方ない」
危険は冒せない。
一人では無理と判断して、俺は湖を後にした。
アニマドゥクスで防御に徹すれば防げるだろうが、攻撃が出来ないのが難点だ。
修行続ければ両方同時に出来るようになるが、万が一、術の暴走があっては困る。
父上のフォローが期待できないので、現時点で俺の使える能力は少ない。
ミロノの回復を待つことにしよう。
余談だが。
俺が水中を調べていた同時刻に、数人の漁師が水際の作業中に魚に噛まれて、その後全員亡くなったそうだ。
その話を聞いて、手を入れなくて正解だったとホッとする。
二日ぐらいミロノの看病して様子を伺う。熱は徐々に引き、顔色も良くなってきた。意識が戻りつつあり、動く気配も感じられる。
昨日はトイレの前で倒れていた。思わず呆れた。でもまあ、そろそろ目を醒ますかもしれない。
あいつには悪いが、動けるようになったらすぐに、災いを退治する為に動いてもらわないといけない。
目覚めても、すぐに動けないだろう。
あれだけ長期に寝ていたんだ、間違いなく腹が減っている。
多少なりとも、体力回復の手助けぐらいしておくか。
そう考えてすぐに食糧店に足を運んだ。
栄えた町で良かった。病人食が充実している。
「種類豊富だな」
味は何がいいか考えたが、肉や野草を旨そうに食っている姿しか思い浮かばない。
オーソドックスな味付けを選んで、三食分購入した。
あとは、熱で水分やビタミンミネラル不足しているよな?
補うには果物でいいか。
あいつ何が好物だったっけ?
食糧店の中をグルグル回って、手ごろな値段を探す。
オレンジが安かった、これにしよう。
必要な分を購入して、宿へ戻る。
道を通りながら聞き耳で情報収集する。
「死亡者」
「……漁師がまた」
「……不気味な……魚が増えて……」
「漁が、出来ない……まずい」
この二日間で、被害件数が格段に増えた。そして死傷者の数も一気に増える。
噛みつく魚の出現で、漁業事態が危うい状況にある。
まあ、中途半端にちょっかいを出した俺のせいじゃない、と、思いたい。
宿に到着した。慣れた足取りで部屋へ向かうと、廊下の向こうから馴染みの女性が大量のシーツを抱えて歩いてきた。彼女は宿の主人の妻だ。着替えなどでお世話になっている。
目が合ったので軽く会釈をすると、女性は口角をあげた。
「あら? お帰り」
「ああ」
「熱はもう下がったみたいよ」
様子を見てくれたようだ。俺は「分かった」と頷いて、ミロノの泊まっている部屋のドアノブを回して開ける。
「感謝するぜ。おばさん」
礼を伝えると、女性は軽く会釈を返して、足早に去って行った。
ドアを閉めてベッドを見るとミロノが起き上がっていた。まだ少々ぼんやりとしていたが、俺と目が合う。
結局、当日あの魚を食べた人間は殆ど死んでしまったのに、ケロッとしているあいつの姿に思わず笑ってしまった。
回復呪文もなしに猛毒から生還するなんて、化け物かこいつ。
「気づいたのか」
紙袋を机の上に置き、オレンジを取って投げるが、ミロノは受け取れず布団の上に落とす。
それをじっと眺めていて、ゆっくりと俺に視線を向けてムッとした顔を浮かべた。
感情が前面に押し出されてきた。気迫も徐々に強くなってきている。
「つーか、投げるか? 普通!?」
よし。体調が戻っている。後遺症もなさそうだ。
「そのくらい思考回路が働けば安心だな」
俺は備え付けの椅子に座って、紙袋から瓶珈琲を取り出した。
あいつが寝ていた間の出来事を、一通り説明し終わって、今夜にでも退治をしたいと提案したら、数時間後なら問題ないと言われた。
てっきりあと数日は養生すると思っていたのに。
そう思いながら提案する俺も俺なんだが。
ミロノは腑に落ちない部分に質問をしてきた。それに答えていくと、とりあえず納得したようだった。
差し入れの件は心底驚いていたが、同時に感謝の念が強く流れてくる。
なんだかむず痒くなり、悪態をついてそそくさと出てきた。
ドアを閉めてすぐに、ドンと衝撃が来る。
これは、枕を投げつけたかもしれないな。
もう用はないので、俺は自分が借りている部屋に戻ることにした。廊下を歩きながら小さくため息をつく。
「説明している間、全く俺のこと疑ってなかったな」
勿論、疑われることもやましい事も何一つしていないが。
ユバズナイツネシス村では、善行をしても、疑心や疑惑の眼差ししか、向けられなかった。
だからだろう。
素直な彼女の態度が不思議すぎて、何故か妙に落ち着かなかった。
次回はミロノ視点に戻り、新しい場所へいきます。
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