リヒト視点:ストライト湖の毒魚①
<あれが倒れてからの俺の行動は……>
食事を楽しんでいた和やかな店内は、一瞬で阿鼻叫喚と化した。
あちこちのテーブルから、おすすめランチを頼んだ客の、悲鳴と助けを求める声が響き渡る。
助けを求めているのは食べていない者で、毒を摂取した者は、涙や涎や異物を吐き、七転八倒をしている。
目下、倒れているミロノを見下ろす。
警告をした後、意識を失った。周りの症状とは違い、高熱に魘されているだけで、死の危険があるようには全然見えない。
「こ、これは一体!?」
店員に呼ばれ、奥から料理長とコック二名が店内に駆けつけた。惨状を目の当たりにして、言葉を失っている。
すでに事態に対応していた数名の店員が、料理長達に駆け寄った。
「おすすめランチを頼んだお客様です!」
「ハパチを食べた方、全員です!」
ウェイターやウェイトレスが、顔面蒼白ながらも、把握している内容を説明。料理長も真っ青になるが、すぐに傍に居たコックに指示を飛ばした。
「なん、だと!? ハパチが!? 医者を呼べ! 市場にも連絡を!」
「分かりました!」
料理長に指示を受けた二人は、我先にと店を飛び出した。
「残りの者は、水と嘔吐用のバケツと解毒剤を用意するんだ! 兎に角、胃の中のものを全て吐き出させる! マスクと手袋を着用、自身の感染防止は怠るなよ!」
ウェイター、ウェイトレスは「はい!」と返事をして、準備が出来た者から、客の対応を始めた。
あの様子だと、ミロノが呼んでいた事を忘れている。こいつも倒れているから、結果オーライだ。
それにしても、迅速な行動だと内心舌を巻く。
慣れているので、毒魚による食中毒を起こした事あるかもしれない。
「大丈夫ですか!」
横向きで倒れているミロノを見て、ウェイトレスが駆け寄ってくる。ミロノの背中に手を添え、顔を覗き込む。
「すぐに嘔吐薬と解毒剤を………え、意識がない?」
血の気が引くウェイトレスを俺は宥めた。
「大丈夫だ。吐き出している。他の奴に薬使ってくれ」
「で、でも」
意識がないので重症と思ったのだろう。オロオロするウェイトレスに、ため息つきたいのを我慢して「大丈夫」と、一言伝えた。
不安そうにミロノを見るが、自分の手に負えないと判断したのか、頷いた。
「わ、わかりました。どのみち、意識なかったら私たちではどうにも……医者を呼んでいるから、その時に診てもらって下さい」
「分かった」
ウェイトレスはすぐに立ち上がり、他の奴に向かった。
そういえば、医者に見せるなと念を押されている。
待つのは良くないな。さっさとこの場を去るか。
「よっと」
俺はミロノを肩に担ぐと、ズシン、とした重さが肩にかかる。
おっっっっもっっっっっっっ!
何キロあるんだこの女!? 八十キロくらいあるんじゃないか!?
細身だと思ったが、下腹がだらんだらんに出てるんじゃねーの!?
思わず罵倒したが、いや違うか、と思い直す。
服越しで感じる肉体の固さと、節々につけられている不自然な固さに、この重さは装備もプラスされている、と気づく。
重労働に慣れていて良かったが、運ぶのは骨が折れそうだ。
ってか、こんな装備しながら、あの動きをしているのか? まさに筋肉だるまだな。
ミロノを落さないように、注意して歩きながら、店内を見渡しつつドアに向かう。
中毒で倒れている奴らは、目をそむけたくなるほどの状態だった。
泡を吹いて倒れているなら、まだ可愛い。
酷いやつになると、顔面に紫色の発疹が出ていた。痒いのか、血がボタボタ出ていても、必死で掻き毟っている。
自分の爪で紫色のデキモノを引っ掻いて、膿と血に染まる姿を見ると、ゾッとした。
ついでに、テーブルも数台観察する。
殆ど魚を完食している。それを考慮すると、発症摂取量は半身以上かもな。
いやでも、こいつは一口で気づいたようだが。
一口がでかかったから、それでかな?
「こちらです!」
「ここもか!」
ドアの前に到着したところで、コックと初老の男性が息を切らせてやってきた。
私服姿の初老の男性は、腕に医者の腕章をつけている。緊急事態で駆り出されたような感じだ。
二人の移動の邪魔にならないように、俺はスッと左に避けた。
「到着しました!」
「状況を教えてください!」
医者二名と助手がドアの扉を押し退け、息を切らせて入ってきた。こちらは白衣を着用している若い男女だ。
汗だくで息をあげているが、惨状を目の当たりにすると、悲痛な面持ちになったが、すぐに気持ちを切り替える。
「容体の選別を頼む」
「「はい!」」
私服の医師は店内をつかつかと歩き、料理長の前で足を止めた。
「食べた魚は?」
「ハパチです」
「やはりか。ほぼ同時刻に、多数の飲食店から緊急の連絡がきている」
「今日捕れた魚で、見た目も普通でした」
「ああ、そのようだ」
医者と料理長がそんな会話をしている間に、他の者は手早く症状の選別を始め、手首にトリアージを巻いていく。
その様子を観察していたら、ウェイターがやってきて「大丈夫ですか?」と聞いてきた。
こいつを担いでいたから、声をかけたのだろう。
さっさと出るつもりだったのに、しまったな。つい観察してしまった。
「大丈夫だ」
「ですが……」
ちらっと、ミロノを心配そうに見つめている。
この惨状の最中に意識を失っているから当然だ。
俺はウェイターにゆっくり話しかけた。
「こいつは、この惨状に動転して、気を失っただけだ。他のやつの治療の邪魔になるので帰る。料金は先払いだったから、無銭飲食にならないだろう。食べずに帰っても問題ないはずだ」
「あ。いえ、料金は……あとでお返しするので、取りに来て頂けたら」
返金してくれるのか。親切だな。
「あの、本当に、万が一にでも様子が変だったら、すぐに近くの病院に行ってください」
再度念を押された。
「ああ」と、返事をするついでに、質問をしてみた。
医者たちが処置をしているので、店員に少し余裕ができているみたいだからな。
「食中毒に対しての行動や処置が早いな。これはよくある事なのか?」
「毒魚発生してから数週間の間に、飲食店などで頻繁に起こっているので。ここでは三回目です」
「多いな」
ボソリと呟いたら、ウェイター神妙な面持ちになる。聞こえてしまったようだ。そう思ったので訂正しない。
ウエイターは躊躇いがちに、でも、力強く力説する。
「でも、湖の異変が始まる前は一度も、食中毒は起こしたことありませんでした。新鮮で美味しい魚を提供する、この港はそんな店ばかりです。どうか誤解しないでください」
「分かった」
頷くと、ウエイターは安堵したように眉をさげた。
「落ち着いたころ、寄らせてもらう」
「はい、またお越し下さい」
俺は修羅場と化した店を後にした。
通りを歩いていると、あちこちの飲食店から白衣達が忙しなく出入りしている。
担架で運ばれる人も多く、遠巻きに見ている者もいれば、手伝いをかってでている者もいた。
彼らを一瞥して、喧騒がある道をやや外れて、宿へ急いだ。
早くこいつを降ろしたい。
肩と腰に響きそうだ。
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