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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ストライト湖の異変――
53/279

水底のデスパラダイス⑥

 

【だが温情は与えない! 今すぐ殺されろ! 殺されろ! 食い殺されろ!】

 

 直撃受けると、上半身が引きちぎられるだろうなあ。


 「そっかー」と、がっかりした声を出して


【くらえっっ!】


 魔王が真正面まで来ると同時に、


「切られに来てくれて、ありがとう!」


 あたしは元気よく立ち上がり、刀を素早く振り上げ、一気に振り下ろした。

 飛んできた岩のような衝撃がくる。


 均衡は一瞬だけ。

 魔王の頭刀が入り込む。


【ぎ】


 ズシャアアアアアア!


 刀身に負けた鮫の体が、ギギギギギギ、と、綺麗な断面を見せながら、左右に離れてあたしを通り抜ける。体液はない、空気の塊が通りすぎた感じだ。


 頭から尾まで二枚に下ろされた魔王が水底に転がる。

 それを見ながらあたしはガッツポーズ。


「よおおおっし!」


 作戦成功だ!


【ぐぎゃぁぁぁぁぁ!】


 発光が薄くなってきたので、ちょっと見えにくいが、魔王はのたうちまわっていた。額も胸元も、きれいに真二つに割れているので、退治出来たはずだ。


 あ、胸元に印がある。こいつ『リヒト』だったか。


「引っかかってくれて手間が省けたぞ」


 あたしが嗤笑すると、魔王は困惑したような視線を向けた。


【何故だ!? 眷属に噛まれて、何故毒が回らない!?】


「この前食べたから抵抗力ついたよ」


【は?】


 魔王はあんぐりと口を開けたまま、あたしを見る。


【は? なん、って、言った?】


「食べた」


【………なん、食べて、生きてる??】


 信じられない様子だったが、本当だから他に言いようがない。


【そこまでして何故! 我の祈願の邪魔をする!?】


「迷惑。魚食べるのを楽しみにしてるんだ」


【何故だ! 罪深きものに鉄槌を与える為に! ……それだけのために! なのに、我を倒したのか!?姫の! 姫の! 命を!】


 正直に言ったが無視されてしまった。

 会話出来ると期待してないから、別にいいけど。


「あんたの都合なんて知るか」


【……なんて】


「あんただって、自分を押し通そうとしてるだろ? 同じだよ」


【同じ?】


「ああ、同じだ。何も変わらないよ」


 ただ罪深き者は誰なのか……まぁ大方『ミロノ』だろうけど。でも、その言葉は『魔王自身の想い』なのか、『同調した誰かの想い』なのか。あたしには判断が出来ない。


【……】


 返答は帰ってこない。

 魔王は完全にあたしを無視して、執拗に言葉を繰り返しているから、返事がないのだ。


【同じではない、違う。憎いから、だ。憎いから、だ。憎い憎い憎い憎い…………】


 憎い。


 その言葉を最後に、魔王は霧散して跡形もなくなり、依代が出てくる。


 大量の魚の骨だ。そこにに人骨が混じっている。一瞬だけそう思ったが、強風に煽られ、すぐに散ってしまった。


 誰かに殺されたか、自ら死んだか分からないが、死の間際の想いに魔王が取り憑いたのだろう。


 そこまで考えて、ふぅ、とため息一つ吐く。


 四肢が噛み傷だらけだったが、無事に勝ててよかった。


 なによりも、最初の段階で素早くマスクをしたのは大正解だった。と、心から喜ぶあたしだった。





 魔王と眷属が塵となって消えたのを見届けた後、風を蹴って空洞の外へ出た。


 三十分ほどで戦闘が終了したので、夜が明けるまでまだ時間はある。


「結構時間かかったな」


「そうかな」


 リヒトが手を前に出すのをやめると、風がピタリと止む。数秒の、水の激しい乱れのあと穴は消え、湖は元の静けさを取り戻した。


「まぁ。魔王よりもほかの事が厄介だった」。


 特にベイト・ホール。捕食者から逃げる為の陣形を、捕食する陣形にするなんて、感心する。


 些細な傷であるが、確実にダメージを受けた。お陰で手足から血が滴っている。


 大分皮膚と肉齧られたからなぁ。

 手当と、破れた服の補修をしないと。


 いやそれよりも。

 魚の破片やモロモロが、服の繊維に引っ付いたり、髪に巻き付いたりしていて、気持ち悪い。

 払っても落ちないから、洗うしかない。


 「そうか」言いながら、リヒトは上から下まであたしを見回す。その顔が微妙に笑っていたので、あたしはむっとした。


「その格好、酷いざまだな」


「悪かったな! どっかの誰かが起こした風も、原因に入ってるぞ!」


 同意見だったので、思わず言葉に噛みついた。


 あたし姿は、四肢が血まみれで服はボロボロ。魚の切れ端や骨や鱗腸が、体中に引っ付いている。


 文字通り、魚の捨てる部分を頭からかぶった姿だ。


「でもこれ、あたしのせいじゃない!」


「そんな事知るか」


「くっそう。帰ったらすぐに風呂だ!」


 言い放ちながら、あたしは岸に向かって歩きだした。


「おーおー。そうしろ。うわ! すっげぇ匂う! キッタネェから寄るな!」


 失礼なほど遠くに逃げたリヒトに憤慨したあたしは、彼の後を追いかける。


「何おう! あんたも同じ目にあわせてやる!」


 あっという間に追いついき、リヒトに抱きつく。コートやマフラーに匂いを擦りつける。


「うわぁ! なにしやがる! 寄るな! 離れろ! 生臭い!」


 全力で嫌がってる! いい気味だ!


「あっはっは! ついでに内臓切れ端をポケットに入れてやる!」


「入れんな! 馬鹿野朗!」


「力はこっちの方が上だ! 抵抗できまい!」


 遠慮なく、魚をぽいぽいコートの隙間に入れてやった。気分最高だ!


 リヒトはこれ以上ないほど、嫌悪感を露わにしながら、自分の体についた魚の切れ端や鱗を払っていく。

 払った端から入れるあたしに、彼はついにキレた。


「~~~~~っ! 絶対に息の根止めてやる生臭女!」


 怒涛の叫び声をあげたが、あたしは鼻で笑う。


「あたしの大変さが少しは分かったか生臭ボウズ!」


 こうして、すったもんだの言い合いと、魚の切れ端を投げる、みみっちい喧嘩をしながら帰路に。


 湖の真ん中に向かった時間よりも、更に一時間長くかかり、日の出前ギリギリで岸に戻ってきた。


 喧嘩の結果、二人とも生臭くなって、お互い超険悪だ。


 流石にこのまま戻ると、宿の部屋が汚くなる。

 湖で水を浴びて魚の欠片を落とし、少し匂いをマシにさせてから戻った。


 幸いなことに、道中まだ暗かったので、人とすれ違っても、不審な目で見られることがなかった。


 宿に戻り、そのまま浴槽へ向かう。バスタブにゆっくり浸かる。


「ふぅ、妙に疲れた」


 騒ぎ過ぎたと自覚はあるが、そこはまぁ、置いといて。

 無事に退治できたので一安心だ。あとは事態がこのまま収拾することを祈るだけだ。




 翌朝、というかすでにお昼過ぎ。あたしは緩慢な動作でベッドから這いだした。

 良かった。魚臭さは体にこびりついていない。


 支度を終え、腹を満たすために一階へ降りる。


 食堂の定食を選び、食べていると、リヒトの姿が見えた。彼も多少の疲れが残っているのか、気怠そうな動きをしている。

 

 目があったのでこっちに来た。こなくていいのに。


 

「おはよう?」


「いや。朝一で漁港の様子を見てきた」


 視察済ませて帰ってきたのか、ご苦労なこった。

 ちゃんと休んでるのか、と思いながら、会話を促す。


「どうだった?」


 リヒトは水を取りに行ってから、あたしの対面に座った。


「今朝も不気味な魚が獲れていたが、数が格段に減っている。元に戻っている種類が多いそうだ。毒の有無を調べて、最終的に罪人に食べさせようかと、検討されている」


「わぁ、罪人大変」


「もう毒魚はいないから、ラッキーだろ」


「そうかもね」


 何も注文しないところを見ると、食事は別の場所で済ませてきたようだ。


「ああ。最初に食べた魚料理店に行った。うまかったぞ」


「ほーう? じゃぁ、夕方はそこで食事しよう」


 「そうしてこい。明日は朝一の船に乗って、対岸のストライト港に行き、そのままシュタットヴァーサーに入るって流れにする」


「え。あたし観光したい」


「…………」


 リヒトは無言になった。


「もう少し魚料理堪能して、この港町を観光して、出発したい」


 折角来たのに何も見てない、遊んでいないになると、旅の醍醐味が減るじゃないか。

 魔王を退治したから、そのくらい融通利かせてほしいぞ。


 リヒトはため息を吐きながら「わかった」と承諾した。


「期限は三日」


「やったー!」


 思ったよりも時間くれた!


「特に用件がなければ三日後の朝、食堂に集合」


「了解」


 あたしの返事を聞くと、リヒトは席を立ち、食堂から消えた。


 町を観光している間、人々が毒魚について噂している。数が格段に減ったとか、元の姿に戻ったとか、罪人が食べても死ななかったとか。


 大騒ぎしていたが、これでやっと安心して漁業が出来ると、ホッとした表情をしていた。


 大勢の犠牲者が出てしまったが、最小限にとどめたと思う。

 そこまで思考して、


「おまたせしましたー!」


 ウェイトレスが魚料理がテーブルに置く。美味しそうな香りが鼻腔をくすぐり、唾液がドバっと出てきた。


「さぁて! 食べるぞーー!」


 あたしはキットテンで、様々な種類の魚料理を注文して、その味に舌鼓を打ちながら、しばらく料理と観光を楽しんだ。



次回はミロノが寝ていた二日間のリヒトの動きになります。

2~3回に分けて掲載です。


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