水底のデスパラダイス⑥
【だが温情は与えない! 今すぐ殺されろ! 殺されろ! 食い殺されろ!】
直撃受けると、上半身が引きちぎられるだろうなあ。
「そっかー」と、がっかりした声を出して
【くらえっっ!】
魔王が真正面まで来ると同時に、
「切られに来てくれて、ありがとう!」
あたしは元気よく立ち上がり、刀を素早く振り上げ、一気に振り下ろした。
飛んできた岩のような衝撃がくる。
均衡は一瞬だけ。
魔王の頭刀が入り込む。
【ぎ】
ズシャアアアアアア!
刀身に負けた鮫の体が、ギギギギギギ、と、綺麗な断面を見せながら、左右に離れてあたしを通り抜ける。体液はない、空気の塊が通りすぎた感じだ。
頭から尾まで二枚に下ろされた魔王が水底に転がる。
それを見ながらあたしはガッツポーズ。
「よおおおっし!」
作戦成功だ!
【ぐぎゃぁぁぁぁぁ!】
発光が薄くなってきたので、ちょっと見えにくいが、魔王はのたうちまわっていた。額も胸元も、きれいに真二つに割れているので、退治出来たはずだ。
あ、胸元に印がある。こいつ『リヒト』だったか。
「引っかかってくれて手間が省けたぞ」
あたしが嗤笑すると、魔王は困惑したような視線を向けた。
【何故だ!? 眷属に噛まれて、何故毒が回らない!?】
「この前食べたから抵抗力ついたよ」
【は?】
魔王はあんぐりと口を開けたまま、あたしを見る。
【は? なん、って、言った?】
「食べた」
【………なん、食べて、生きてる??】
信じられない様子だったが、本当だから他に言いようがない。
【そこまでして何故! 我の祈願の邪魔をする!?】
「迷惑。魚食べるのを楽しみにしてるんだ」
【何故だ! 罪深きものに鉄槌を与える為に! ……それだけのために! なのに、我を倒したのか!?姫の! 姫の! 命を!】
正直に言ったが無視されてしまった。
会話出来ると期待してないから、別にいいけど。
「あんたの都合なんて知るか」
【……なんて】
「あんただって、自分を押し通そうとしてるだろ? 同じだよ」
【同じ?】
「ああ、同じだ。何も変わらないよ」
ただ罪深き者は誰なのか……まぁ大方『ミロノ』だろうけど。でも、その言葉は『魔王自身の想い』なのか、『同調した誰かの想い』なのか。あたしには判断が出来ない。
【……】
返答は帰ってこない。
魔王は完全にあたしを無視して、執拗に言葉を繰り返しているから、返事がないのだ。
【同じではない、違う。憎いから、だ。憎いから、だ。憎い憎い憎い憎い…………】
憎い。
その言葉を最後に、魔王は霧散して跡形もなくなり、依代が出てくる。
大量の魚の骨だ。そこにに人骨が混じっている。一瞬だけそう思ったが、強風に煽られ、すぐに散ってしまった。
誰かに殺されたか、自ら死んだか分からないが、死の間際の想いに魔王が取り憑いたのだろう。
そこまで考えて、ふぅ、とため息一つ吐く。
四肢が噛み傷だらけだったが、無事に勝ててよかった。
なによりも、最初の段階で素早くマスクをしたのは大正解だった。と、心から喜ぶあたしだった。
魔王と眷属が塵となって消えたのを見届けた後、風を蹴って空洞の外へ出た。
三十分ほどで戦闘が終了したので、夜が明けるまでまだ時間はある。
「結構時間かかったな」
「そうかな」
リヒトが手を前に出すのをやめると、風がピタリと止む。数秒の、水の激しい乱れのあと穴は消え、湖は元の静けさを取り戻した。
「まぁ。魔王よりもほかの事が厄介だった」。
特にベイト・ホール。捕食者から逃げる為の陣形を、捕食する陣形にするなんて、感心する。
些細な傷であるが、確実にダメージを受けた。お陰で手足から血が滴っている。
大分皮膚と肉齧られたからなぁ。
手当と、破れた服の補修をしないと。
いやそれよりも。
魚の破片やモロモロが、服の繊維に引っ付いたり、髪に巻き付いたりしていて、気持ち悪い。
払っても落ちないから、洗うしかない。
「そうか」言いながら、リヒトは上から下まであたしを見回す。その顔が微妙に笑っていたので、あたしはむっとした。
「その格好、酷いざまだな」
「悪かったな! どっかの誰かが起こした風も、原因に入ってるぞ!」
同意見だったので、思わず言葉に噛みついた。
あたし姿は、四肢が血まみれで服はボロボロ。魚の切れ端や骨や鱗腸が、体中に引っ付いている。
文字通り、魚の捨てる部分を頭からかぶった姿だ。
「でもこれ、あたしのせいじゃない!」
「そんな事知るか」
「くっそう。帰ったらすぐに風呂だ!」
言い放ちながら、あたしは岸に向かって歩きだした。
「おーおー。そうしろ。うわ! すっげぇ匂う! キッタネェから寄るな!」
失礼なほど遠くに逃げたリヒトに憤慨したあたしは、彼の後を追いかける。
「何おう! あんたも同じ目にあわせてやる!」
あっという間に追いついき、リヒトに抱きつく。コートやマフラーに匂いを擦りつける。
「うわぁ! なにしやがる! 寄るな! 離れろ! 生臭い!」
全力で嫌がってる! いい気味だ!
「あっはっは! ついでに内臓切れ端をポケットに入れてやる!」
「入れんな! 馬鹿野朗!」
「力はこっちの方が上だ! 抵抗できまい!」
遠慮なく、魚をぽいぽいコートの隙間に入れてやった。気分最高だ!
リヒトはこれ以上ないほど、嫌悪感を露わにしながら、自分の体についた魚の切れ端や鱗を払っていく。
払った端から入れるあたしに、彼はついにキレた。
「~~~~~っ! 絶対に息の根止めてやる生臭女!」
怒涛の叫び声をあげたが、あたしは鼻で笑う。
「あたしの大変さが少しは分かったか生臭ボウズ!」
こうして、すったもんだの言い合いと、魚の切れ端を投げる、みみっちい喧嘩をしながら帰路に。
湖の真ん中に向かった時間よりも、更に一時間長くかかり、日の出前ギリギリで岸に戻ってきた。
喧嘩の結果、二人とも生臭くなって、お互い超険悪だ。
流石にこのまま戻ると、宿の部屋が汚くなる。
湖で水を浴びて魚の欠片を落とし、少し匂いをマシにさせてから戻った。
幸いなことに、道中まだ暗かったので、人とすれ違っても、不審な目で見られることがなかった。
宿に戻り、そのまま浴槽へ向かう。バスタブにゆっくり浸かる。
「ふぅ、妙に疲れた」
騒ぎ過ぎたと自覚はあるが、そこはまぁ、置いといて。
無事に退治できたので一安心だ。あとは事態がこのまま収拾することを祈るだけだ。
翌朝、というかすでにお昼過ぎ。あたしは緩慢な動作でベッドから這いだした。
良かった。魚臭さは体にこびりついていない。
支度を終え、腹を満たすために一階へ降りる。
食堂の定食を選び、食べていると、リヒトの姿が見えた。彼も多少の疲れが残っているのか、気怠そうな動きをしている。
目があったのでこっちに来た。こなくていいのに。
「おはよう?」
「いや。朝一で漁港の様子を見てきた」
視察済ませて帰ってきたのか、ご苦労なこった。
ちゃんと休んでるのか、と思いながら、会話を促す。
「どうだった?」
リヒトは水を取りに行ってから、あたしの対面に座った。
「今朝も不気味な魚が獲れていたが、数が格段に減っている。元に戻っている種類が多いそうだ。毒の有無を調べて、最終的に罪人に食べさせようかと、検討されている」
「わぁ、罪人大変」
「もう毒魚はいないから、ラッキーだろ」
「そうかもね」
何も注文しないところを見ると、食事は別の場所で済ませてきたようだ。
「ああ。最初に食べた魚料理店に行った。うまかったぞ」
「ほーう? じゃぁ、夕方はそこで食事しよう」
「そうしてこい。明日は朝一の船に乗って、対岸のストライト港に行き、そのままシュタットヴァーサーに入るって流れにする」
「え。あたし観光したい」
「…………」
リヒトは無言になった。
「もう少し魚料理堪能して、この港町を観光して、出発したい」
折角来たのに何も見てない、遊んでいないになると、旅の醍醐味が減るじゃないか。
魔王を退治したから、そのくらい融通利かせてほしいぞ。
リヒトはため息を吐きながら「わかった」と承諾した。
「期限は三日」
「やったー!」
思ったよりも時間くれた!
「特に用件がなければ三日後の朝、食堂に集合」
「了解」
あたしの返事を聞くと、リヒトは席を立ち、食堂から消えた。
町を観光している間、人々が毒魚について噂している。数が格段に減ったとか、元の姿に戻ったとか、罪人が食べても死ななかったとか。
大騒ぎしていたが、これでやっと安心して漁業が出来ると、ホッとした表情をしていた。
大勢の犠牲者が出てしまったが、最小限にとどめたと思う。
そこまで思考して、
「おまたせしましたー!」
ウェイトレスが魚料理がテーブルに置く。美味しそうな香りが鼻腔をくすぐり、唾液がドバっと出てきた。
「さぁて! 食べるぞーー!」
あたしはキットテンで、様々な種類の魚料理を注文して、その味に舌鼓を打ちながら、しばらく料理と観光を楽しんだ。
次回はミロノが寝ていた二日間のリヒトの動きになります。
2~3回に分けて掲載です。




