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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ストライト湖の異変――
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水底のデスパラダイス⑤


【我が喰らってやろう! 食われる苦しみを味わうがいい!】


 叫びながら、魔王が猛スピードで突進してくる。


 淡く光る体が目印になり難なく避ける。これが漆黒ならばちょっと危なかったかも。


 ただ、避ける方向も確認しないと。 

 ベイト・ホールもあたしに近づいてくる。スピードは魔王並みに早い。

 

 ベイト・ホールに突っ込むと、小さな魚に服や皮膚を食いちぎられるので、「あだだだ!」と悲鳴をあげることになる。


 小さい口なので、皮膚一枚程度、筋肉ひと齧りの些細な傷だが、目を狙ってくるから厄介だ。


【ここかぁ!】


 魔王はベイト・ホールに頭を突っ込み、口を大きく広げあたしに噛み付こうとして、沢山の眷属を噛み砕いた。


 魔王とベイト・ホールから距離をとる。


 うーん、これは良い連係プレイだ。


 魔王を回避すると、群れに突っ込むように配置されている。

 ベイト・ホールに突っ込むと、微弱でもダメージは蓄積される。

 かといって、魔王の攻撃は致命傷を負うので、避けなけれならない。


「いてててて!」


 突進を側転で回避した途端、小さな眷属に右肩、両腕の関節部分、太ももと背中を噛みつかれた。

 

 小さい魚は刃をすり抜けてしまい取りこぼしが出てくる。その取りこぼしが不意に攻撃を仕掛けてくる。

 

 手のひらサイズなら簡単だけど、小指半分サイズになると結構難しい。

 地味にイラッとする。


「あーも! 鬱陶しい!」


 数匹、腕の服を貫通して皮膚まで食いついていた。

 棘を抜くように毟って剥ぎとろうとしたが、


【くらえええええええ!】


 魔王が叫び、口を開けたまま突進してきた。

 至近距離だったので避けるのは止めて、刀で受け止めた。


「ぐっ!」


 ーーのだが、突進の方が強い。勢いに負けて弾き飛ばされた。


「っと……と」


 上にふっ飛ばされたので、風に乗ることができて海底に激突しなかった。でも全身に衝撃のダメージがくる。衝撃波も一緒に叩き込まれたみたいだ。

 中型肉食獣の突進よりも威力が重いぞ。


「生意気」


 多少体に軋みを感じるが、戦闘に問題ない。

 

 また魔王がこちらに突進してくる。鮫の姿だがやってることは猪や鳥だ。他の攻撃手段はないのかな。


 あたしは飛んできた魔王を空中でかわし、一回転して砂地に降り立つ。


 ギョギョギョギョギョ!


 ベイト・ホールの数が増えた。小魚から大魚が混ざり作られている。眷属なので見た目が一緒だから同じ種類にみえてしまう。


 四方八方からあたしを囲んでいる。


 それらを眺めてため息一つ。


 攻撃が同じパターンなので慣れてきたが、戦闘環境は最悪になってきてうんざりする。


 風に乗って魚の骨や切り身や内臓が舞い狂っている。切った魚の残骸は消えずしっかり残っているのでバシバシ当たる。


 暗くてよかったと思うが、正直、慰めにもなってない。マスクをしていても鼻の穴、口に入りそうで嫌だし、目に刺さりそうなので本気でゴーグル欲しい。

 

「あああああ、もう、キリがねぇ!」


 バッサバサに眷属を捌いて、ギリっと魔王を睨んだ。


 魚の数が増えると、ベイト・ホールが更に巨大化及び個数が増える。その結果、魔王の盾として機能し始めた。


 うぐぎ。攻撃が最小限に防がれている。

 ざぐっとやりたい。ザクザクっと!


 魔王の攻撃パターンは、突進からの噛みつき攻撃だけだ。攻撃の趣向を変えて他に技がないか確認してみたけど、たぶんそれだけ。


 ってことは、体当たりの時に、こちらから攻撃してしまえばいい。


 でもこの魔王は用心深い。攻撃するときも眷属を体中に纏ってやってくる。眷属を引きはがさないとダメージが通りにくい。


 さて、どうしようかな?


 魔王の性格は、勝利を確信したら隙だらけで寛大な態度になる。


 ならば、あの手を使おう。


 あたしはマスクの下で、にやりと笑みを浮かべ、少しずつ動きを鈍くしていく。

 

 今まで忘れていたけど、この眷属、きっと毒がある。

 つまり毒魚に噛まれているあたしが毒に侵されていても不思議ではない。

 効いたふりをして油断させよう。


「くっ」


 小さくうめき声をだすのも忘れない。

 焦った声は相手の興味を引く。


 ゆっくりと、じわじわと効いて、そして動きを鈍くしていく。

 あたしはわざと、自分からベイト・ホールに突っ込む。


 視界があやふやしている姿をアピールするため、乱雑に刀を振りまわし、不格好に群れから抜ける、という行動を二回ほど行った。


「ぐうううっっ」


 まあまあ皮膚と肉を食いちぎられた。

 まぁ多少のダメージは仕方ないよな。

 作戦だからぐっと我慢だ。


 三度目のベイト・ホールをくぐり抜けて、もういいかな、と思い、動きを止めてガックリと膝を突いた。


 ちょっとドキドキする。


 あれだけ元気に動いてたのに、急に動きを鈍くしたことを不審に思われてないかな? 大丈夫かな?

 

 膝をついた途端、眷属が群がって噛み噛みしてくる。必要最小限に手を振って、頭部の攻撃は回避する。

 

 いやほんと眷属がうざい。髪の毛ひっぱるな!


「……くっっ」


 弱弱しく呻きながら、あたしは魔王を苦々しく見つめる。


 さあ。あたしの演技はどうだ! 騙せたか!?


【はははっは!】


 鮫の口から勝ち誇った笑い声が飛びだした。

 優越感に浸りました、という、意思表示をしてくれる。


【毒が効いてきたな! 苦しめ愚民が!】


 鮫の額部分から、魔王の顔が浮きあがる。


 うわぁ。不気味だから鮫のままでいてくれ。無駄に不気味さが増す。


【どうだ! 自分が死ぬ気持ちは!】

 

 腕と太ももを数匹魚に噛みつかれた。急所噛まれなければ問題はないけど、痛い。


「はぁ。はぁ……はぁ」


 わざとらしく呼吸を荒くし、刀を地面につけて、力尽きるような姿勢を見せる。魔王に向かって苦痛に耐える顔をして、後悔するように唇を噛む。


「…………」


 あとそうだな。どうしようかな。

 何をやったらもっと有頂天になるかな?

 

 うーん、助けてほしいと懇願してみるか、取り乱してみるか。だよなぁ?


 ちょっとだけ迷って、取り乱してみることにした。


「や、やだ! 死にたくない!」


 半泣きの小娘っぽくやってみたけど。

 演技はこれで大丈夫なのだろうか?

 もっと取り乱したほうがいいのか……? 

 加減がわからない。


【くくく】

 

 にやりと魔王の顔がほくそ笑む。

 殴りたいその笑顔。


 よし、いい感じだ。もう少し怯えも含ませよう。


「く、くるな!」


 あたしが取り乱した演技をして必死に声を荒げると、ベイト・ホールの攻撃が止み、眷属が頭上に散らばった。


 あ。これは自ら止めを刺そうとする予兆だ。

 よしよし。


【そうだろう】


 魔王がご機嫌そうなカマボコ目になりながら、顔が鮫の中に沈む。


【死にたくないだろう。わかる、わかる、死にたくはなかった。殺されたくはなかった】


 黒い鮫に戻った魔王は口を開け、鋭い牙を見せると突進攻撃をしてきた。

 弱ったあたしを轢き殺して、食うつもりなんだろうな。


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