水底のデスパラダイス④
ヒュン!
何かが前を横切った。反射的に刀を振り降ろす。
ザシュ!
手ごたえあり。斬れた。
とはいえ、何が飛んできたのかを確認する暇はない。飛んできているのは一匹だけではないからだ。
それらは風の音に紛れて、あたしの周りを飛び回っている。
「は!」
あたしは飛び回るモノを全て、難なく斬りおとした。素早いけど敵じゃない。
攻撃が止まった。
あまり多くなかったようだ。今のうちに飛んできたモノを確認しよう。
切り落としたモノを拾って凝視する。
暗すぎて見えない。
うーん。
みえ……みえ……た!
50センチほどの大きな魚だった。
漆黒の姿で目は白く、肉食の歯が歪に生え唇からはみ出している。白っぽいヒレが人の手になっているようだ。
腹部から下が切り落とされているので尾の形は分からない。……ところまで確認して、気持ち悪さにたまらず「ぅぎゃ!」と叫びすぐ投げ捨てた。
市場で見た毒マークがついていた魚……いや更にグレードアップしている。
「そっか、そうだよなー。こいつらかー」
確認するのではなかった、と全力で後悔。
臭い虫を沢山踏んだような気分になり、触った手をフリフリと振る。
振ったところで汚れは取れやしないが、気分的な物だ。
「ん? 風に不純物が混じっている。…………まさか!?」
手で掴んでみると予想通り、切った魚の内臓だ。風に乗ってや血や内臓が散らばっている。
あたしは即座にマスクを付けた。
これあった方が絶対にいい。万が一、吸い込んでしまったら怪我をする。なにより心情的に良くない。
「ほんとこの魚、気色悪いなぁ」
もう飛んでこないで欲しいと、願いながら周囲を見渡す。
「不快感を植え付ける気持ち悪さ。毎回思うが、魔王はセンスがない」
【気色悪いだと!?】
あ、出てきた。
悪口に反応するのって面白いなぁ。
「気持ち悪いという言葉すら、使いたくない悍ましい物体」
【我の最高傑作を愚弄するか!】
今回の魔王の逆鱗が魚かぁ。
やっぱり魔王のセンスだったんだね。
はて? 声はするが姿は見えず。
目を凝らして周囲を探す。
砂地から、表面が少し発光した黒い物体がうにょーんと、染みだすように這い出てくる。
【貴様か!】
そして毎度おなじみの人型になり、赤い目でこちらを睨みつけていた。少し発光しているから、周りの闇と同化していない。これはやりやすそうだ。
【こんなに色鮮やかなのに、気味が悪いのか!?】
あたしは魔王に刀の切っ先を向ける。
「色鮮やか以前の問題だ、グロすぎ!」
【我に意見するというのか!】
引っ掻き傷のような目になり、魔王はあたしに怒鳴った。
周囲の風が一瞬だけピタリと止まり、無音になる。叫ぶと同時に衝撃波も出したみたいだ。数秒の後にまた風が流れる。
魔王の属性は水と風ってことか?
リヒトの勘がドンピシャだな。
「当たり前。これを気持ち悪くないって言う奴がいたらそいつのセンスを問いたいね。巷でも殺して捨てられてる」
【なんだと!? 貴この魚の素晴らしさが分からないのか! これなら姫も喜んで食すに違いない、傑作品だというのに!】
魔王達はセンスがまるっきり無い。
こうなってくると、姫のセンスも問われるところだ。
【そもそもこの魚は姫だけに食してもらうための物だ。下賤な人間が食べるのもおこがましいのに、食べずに捨てるなんて、なんて粗末な事を……。そんな輩は容赦はしない】
魔王は食べずに捨てていることに盛大な怒りを感じているようだ。
気持ちは少しわかるが、毒で死ぬ魚は食いたくないから殺して捨てるわ。
魔王の怒りの声に反応して四方の水面からバシャバシャと音がする。
湖で泳いでいた魚達が飛び込んできた。水しぶきがあちこちで発生し、空気が湿り気を帯びる。
そういえば。内側から抜けられないが、外側から入れないとは言ってなかったっけ。
ってことは、眷属がここに集まってくるのか……。
上等! 全部切り捨ててやろう。
ギョギョギョギョギョ!
どっから音を放っているんだ? と、聞きたくなるくらい、威嚇音とビチビチ跳ねる音が響く。
水の壁を飛び越えた眷属達は吹き荒れる風に煽られず、ここが水中であるかのように泳ぐ。
最初はバラバラに泳いでいたが徐々に群れ始め、ベイト・ホールを作りだした。
目と手足が生えた寄生部分が黄色くうねうね光っている。そのサイズは大きかった。
光る部分だけ見ると、暗闇に浮かぶホタルのようで綺麗なうえ、位置が分かりやすい。
数個作られたベイトホールは、風の動きとは関係なくスイスイと動いている。
って、鰓呼吸どうした!?
ついに肺呼吸か!
肺魚に進化したのか凄いな!
心の中で揶揄ってみる。口を開くと大変なことになるので今回は無言だ。
【魚のえさになるがいい!】
魔王の恫喝に従い、ベイト・ホールが一斉に襲ってきた。
吹き荒れる風もなんのその、小さな手足で風を掻き分け、矢のスピードを出している。推進力の源は魔王だろう。
眷属達は鋭い牙を剥きだしにして、四方から一斉にやってきている。この数を全て避けるのは不可能だ。
となれば。
あたしはその場で回転しながら、四方を一度に切る手法にした。
「奥義! 獅子殺し!」
刃から生まれた小さなかぎ爪を孕む風が眷属達に絡み付き、触れた瞬間に分断された。眷属達は紙吹雪のように風に煽られ、飛び散っていく。
切り裂くとエラから黒いねばっとした液体が吹き出した。その液体がかかると他の眷属の推進力が増す。
あれが空気でも泳げる源のようだ。
血液の代わりになにを入れられているんだ。
切っていくと、どんどん眷属の方が泳ぐスピードが早くなっていく。
これはおそらく、あたしの周りに黒い液体が漂っているのだろう。
「……」
考えないようにしているが、気持ち悪い!
魚の身とか切れ端もついてくるし、絶対に生臭くなってる!
げんなりしてくるが、それで刀が鈍るわけでもなく、徐々に魚の数を減らしていく。
さて魔王はどこかな。
片付いた瞬間に突撃したいが、姿がどこにも見当たらない。
「まさか、逃げられた?」
いや、そんなはずはない。近くに反応がある。
暗闇で見えないだけだろう。
とりあえず、眷属全部倒すか。
左から来た大きい眷属二匹を切り裂いた瞬間
「!?」
嫌な予感がしてその場から逃げた。
ガブオ!
上から何か刺さったような音がする。
側転をしつつ確認すると、さきほどまで立っていた部分に、黒い巨大魚が覆いかぶさっていた。
地面ごと齧って直立している。
あのまま立っていたら、今頃あの魚の口の中だ。
危なかった。
余計に生臭くなるところだった。
安堵しながら、新しく現れた魚……の姿になった魔王を観察する。
魔王は8メートルほどの巨大な鮫になっていた。
黒い色だが、体中から紫色のキラキラした靄が全身を覆っているので、有難いくらいにとても良く見える。
ただの鮫とは違い、ヒレに鍵爪、体には薄いナイフのような鱗が、大根おろしのように均等に生えている。触れたら良く擦りおろされそうだ。
顔の三分の二をしめる、発達した大きな牙が口に収まらず、半開きの口から覗いていた。
そうか、人間以外にも変身できるんだ。と、妙なところで感心した。
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