水底のデスパラダイス①
<つまり、今回の敵は水の中。うっそだろー!>
深夜、あたしはリヒトに案内され、湖に面している散歩道を歩いている。周囲に誰もいない。
確かここは。倒れる前に通った気がする。
鮮やかな花や木の花が植えられ、旅人や住人がベンチに腰を下ろして休憩していた憩いの場だったはず。
夜に来ると印象が変わる。
街灯が少なく足元が暗いため、周囲に何か潜んでも分からない、危険な雰囲気だった。
街灯の役目は道を照らす、というよりは、『湖に落ちないように注意してね』サインに思えた。
公園と湖を隔てるために腰の高さの柵ある。街灯はその柵を照らしているから間違いない。
チャプチャプと水の音を聞きながら、真っ暗な周囲を見渡す。
夜陰に包まれた湖の向こう側にうっすらと灯が見える。あそこが対岸にある港町の灯りのようだ。
広範囲に明かりがあるから、あっちも大きい港だろうな。
「静かだねぇ」
吹く風が丁度よくて、のんびり散歩気分になってしまい、緊張感のない言葉を口に出してしまう。
皮肉が来るか!? と、咄嗟に身構えたが、リヒトはあたしの言葉に同意した。
「そうだな。公園の中でも、こっちは更に人気のない場所だ」
「そこへ連れていくなんて、怪しさ抜群だな」
茶化して言ってみると
「俺にだって好みはある」
リヒトは直ぐに言い返した。
うんうん、そうだろうとも。と心の中で呟いておく。
「目立つのが嫌いなだけだよな」
「そうだ」
リヒトは柵を乗り越えて、水面の近くに降り立った。あたしもその後に続く。
滑りやすい岩だったので慎重に足を下した。
「ん?」
気のせいか。魚が集まりだしたような気がする。奇妙な違和感があるが、今は放っておこう。
「さて、ここからどうやって行くんだ?」
「歩いて行く。四時間ほどで着くだろう」
「ょっと待て」
聞き間違えかと思い、もう一度聞き直す。
「どうやって行くって?」
「歩いて」
「どうやって行くって!?」
「歩いて、だ。何度も言わせるな!」
「何度も言わせるあんたが悪い! どうやって水の上を歩いていくんだよ!」
怒鳴ると、リヒトが面倒臭そうに眉をひそめた。
「ったく……騒ぐな、うるせぇ。黙って見てろ」
毒づきながら両手を水面に向かって差し出し、唱える。
<ウンディーネよ。水面の形を保て>
水がチャプンと跳ねた音がした。
「よし」
「よし、って」
水の変化、特に無いんだけど。
「行くぞ」
訝しがるあたしを尻目に、彼は水面へ一歩足を踏み出した。
そのまま水の中へ落ちる、と思っていたあたしの期待は裏切られた。
「えーウッソー。水の上に立ってるよー」
水面に立っているリヒトの姿をまじまじと見つめる。
「だから。歩くっつっただろ。来いよ」
リヒトが歩くたびにアメンボのように波紋が広がる。数歩歩く姿を見たが、沈むようには思えない。
信じられないなぁ、と、水とリヒトを交互に見つめる。
「ほら。早くしろ」
イラっとしたのか、リヒトは睨みを効かせて片腕を腰に当てた。
「人に見られる前に行くぞ」
「そう言って、あたしが入ると、ドボン、っていくんじゃないの?」
彼は呆れながら大きくため息をはく。
「はぁー。罠なんか張ってねぇよ。さっさと来い、夜が明ける前に始末したいんだ」
「あー、それは同感。うーん、歩く……かぁ」
あたしは勇気を出して、一歩、足を水につける。
濡れて湖の中に落ち……なかった。
「おお!?」
弾力のある地面に降り立ったような感触が、足の裏に届く。
「おおお! 両足を着けても沈まないだと!?」
感動で声をあげると、リヒトから「五月蠅い」と鬱怒られた。
「黙れ、人が来るだろう」
「それもそうだな」
いやでも、これは凄い。テンション上がる!
「よし、行こう!」
あたしの姿を見て、更に呆れたリヒトは大きくため息を吐きながら、足元を指で示した。
「念のため忠告するが、水の中に手を入れるな、潜ろうとするな。どうなっても知らないからな」
言い終わると踵を返して、湖の中央に歩き始める。
「え? 術が切れて落ちるってことか? こわ」
手を入れて、濡れるかどうか試してみたい好奇心をぐっと押さえ、あたしは彼の後ろをついて歩いた。




