その行動は嘘か真か②
着替え終わってパジャマを畳んでいると、トントンと誰かがドアをノックした。
「はい」と返事をすると、「よろしいですか?」と女性の声がする。
誰だろうとドアを開けると、50代ほどの背が低いほっそりとした女性が立っていた。
長い髪を結ってまとめ、薄く化粧をしており、クリーム色のワンピースを着ていた。
第一印象は清潔感のある女性。
誰だろう。
女性はあたしをみて、喜ぶように口元を緩めた。
「あらよかった! 調子はいかが?」
「ええと?」
記憶になく言い淀んでいると、女性は「そうだったわ」と思い出したかのように自己紹介する。
「初めましてよね? 私はこの宿の女将よ」
「ああ。あたしの世話をしてくれた人か。手間をかけさせてしまい申し訳ない。とても助かった。ありがとう」
あたしは深々と頭を下げてお礼を述べる。
「礼儀正しいわね。私は着替えの時に手伝っただけよ。それにしても災難だったわね。旅の疲れが出たのかしら?」
「そうかもしれない」
「中毒じゃなくて良かったわ。今、港町で大騒ぎになってるの。死者も増えてて…………あら、ごめんなさいね、こんな話を」
「大丈夫」
あたしが平然としていたので、おばさんはホッとしたように胸をなでおろした。
「色々有難うございました。借りていたパジャマは、洗って明日返すのでもう少し待っててもらえないだろうか」
「良いのよ。寄ったついでに、パジャマを持って帰るわ。ちょっと中に入ってもいいかしら?」
「はい」
承諾すると、女性は中に入りベッドに置いているパジャマを取り上げる。
手間が省けて助かるが、なんか相手に悪い気もする。
「申し訳ない」
「いいのよ~~~」
ニコ女性はニコしながらドアに向かう。
そのまま出て行くのかと思いきや、キョロキョロと部屋周りを見渡した。
「あら? 彼はいないのね。折角あなたが元気になったのに」
多分リヒトの事だろう。
「さっきどっかへ行ってしまいました」
「よかった。起きたこと知ってるのね」
あたしは頷く。
「ちゃんとお礼を言った?」
あたしは頷く。
あいつ、看病するフリが上手いな。この人めっちゃ信じている。矛盾がないように行動してくれたようだ。有難い。後で何か差し入れしよう。
「なら良かった。一生懸命、貴女の看病していたものね」
女性はベッドの横にある桶とタオルに目を止めて「ふふふ」と微笑む。
「この桶もタオルも大活躍だったわよ。水だけじゃすぐに温くなるって言って、温度が下がるように氷を仕入れて使ってたわ」
「はあ……」
そこまで手の込んだ看病のフリをしてたのか?
凄いな。
感心していると、女性はペラペラと喋りだす。
「たまに様子を見に行った時とかも、彼が傍に居てね。そうそう、額に大きな傷があるんですって? リヒト君が言ってたわよ。私は見てないから安心して。見ないよう念を押されたし、額にいつもタオルが乗っていたからね」
「……なんですと?」
「着替えの時と、あなたの傍を離れる時はバンタナをつけていたわ」
「はあ……」と小さく相槌をする。
「そうよねぇ、女の子だものね。額に大きな傷があったら気にするわよねぇ。リヒト君には見てもいいって言ったんだって?」
ちょっと。意味を込めたにやけた顔をこっちに向けて来ないで欲しい。
意味が理解できなくて絶句してるんだから。
あいつは一度も使ってないって断言したぞ?
この人が心底疑う余地のないくらい看病のフリが上手いのか!?
だとしたら、すごすぎる! 役者だ!
動揺しているあたしに気づかず、女性はコロコロ楽しそうに笑っていた。
「幼馴染っていいわねぇ。恩師のお祝いのために王都に一緒に行くんですって? 旅って大変よね。子供なのに偉い!」
「幼馴染」
という設定にしたのか。
それなら確かに、色々知っていても変ではない。
「恩師にお世話になったって聞いたわ。初めての旅だと緊張するわよね。湖を渡ればすぐそこが王都……といっても一日ぐらいは歩くかしら? でも近いから大丈夫よ」
恩師……親かな。相当お世話になった。
うん、倍返しにしたいほど。
それにしても。初耳のあたしも無理なく頷ける設定を作りだすって凄いぞ。
誰の話を聞いているのか、分からなくなってくるのが玉に傷だけどな!
そう己に言い聞かせるも、予想外すぎる内容を聞いて混乱している。
眉間にシワがよってしまってため息をつきそうだ。必死にツッコミも我慢してる。
「あっちの港町なら直通で馬車が出てるし、疲労で倒れるってことはないと思うわ」
女性は両手を合わせる。
「貴女の容体が変わらないように、ずっと看てるって言ってたけど、あの歳で堂々としていて凄いわね。昼夜しっかり看病していたわよ。ほんと良い子ね」
「……はあ」
困惑しすぎて生返事をすると、彼女はハッと我に返って口元に手を添える。
「あら嫌だ。内緒にしてくれって言われたんだったわ!」
そして照れたように「ふふふ」と笑って濁す。
「今の話、聞かなかったことにしておいてね。あらあら? 鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔してどうしたの?」
「いーや、ナンデモアリマセン」
思わずカタコトになったが、女性は全く気にしていない。
あたしは気を取り直して、「本当にお世話になりました」と再度お礼を言う。
女性を見送ったあとに、ゆっくりドアを閉める。
なんだか、雛がピヨピヨ鳴きながら頭の上をジャンプしている感覚がする。
ピヨったというやつかな。
「んーーーー?」
椅子に腰掛け、今聞いた内容を反芻する。
うん、ちょっと意味が良くわからない。
グウウウウウウウ……。
腹の虫がなった。
とりあえず何か食べて頭に糖分送ろう。
リュックを漁って非常食を取り出そうとした…………ところで。机に置いてある紙袋に目を留めた。リヒトが置いていったやつだ。一応、袋の中を漁ってみる。
「食べやすモノっていってたけど、あいつのことだから、悪戯心満載で脂分が多い吸収しにくいものだったりして。いやいや。もしかしたら、食べ物ではないかもしれない」
取り出すと、瓶詰にされた一人分の料理が三つ、入っていた。栄養満点で消化のよいお粥二つとスープ。
「………うわ」
思わずのけ反り声をだす。
説明文を読むと、温めいらず常温で食べれるらしい。
コトンと机の上に置くと、備え付けのスプーンがあることに気づく。
「……うわ」
ちゃんと三本入っていた。
そして150mlの瓶詰の果汁ジュースも入っている。
「うわ」
訝しげに眺めながら、一つ一つを並べてみる。
ちゃんと食べられる物で、尚且つ、おいしそうな物が入っていた。
これは予想外だ。
疑念の念を瓶に投げつつも、いつまでも腕組みをしているわけにもいかず、意を決して食べてみる事にした。
恐る恐るスプーンですくって卵粥を一口。
丁度よい塩分と卵の甘さと出汁の香りが口に広がる。
「ん。美味しい」
ゆっくりと咀嚼して、次を開ける。
アカミサーモンのお粥と野菜とツナのお粥だ。
「美味しい」
結局、全部胃に収めた。
ジュースはビタミンたっぷり、五種類の果物が使用されている。
一気に飲み干した。
「ふぅ、美味しかった」
空になった瓶達を眺め、考えるポーズをする。
「…………うーん。なんなんだ? あいつ」
言葉と行動がチグハグすぎて、意味分からない。
言葉では人を貶しているが、行動は人を尊重している。
なんだ。ツンデレなのか?
「まぁいっか。気にするのはやめておこう」
自分の不利益にならないための行動だった、と結論付けた。
どうせ答えは出ない。
終わったことだ、深く考えるのは止めよう。
夜に魔王を片付けるため、体力を戻す。今はそれだけに集中しよう。




