その行動は嘘か真か①
<あいつの行動は辻褄が合わない>
ぼぅっと瞼を開けると、ぼやけて天井が見えた。
懐かしい夢を見ていたが、ムカつくという気分だ。
視界が不明瞭なので、目を凝らしてよく見ようとしたら、茶色い色と赤い色と混じって気味が悪い。
頑張って見るのをやめた。
まだ意識が混濁していて、音はあまり聞こえない。
「………ふぅ」
ゆっくりと体を起こすと空腹を感じる。
熱っぽさはあるが、高熱ではなさそうだ。
ただ疲労感が強いため、微熱でも辛い。
どうやら毒に打ち勝ち、生存できた。
上半身を起こしたまましばし待つと、視界が明瞭になり、音が戻ってきた。
見渡すと殺風景な宿屋の一室だった。
記憶を思い返す前に、部屋のドアが開いてマフラーとコートを着込んだ赤毛の少年が入ってきた。
思い出した。
あたしは魚を食べた。それが猛毒だったから、倒れて昏迷したんだった。
時折、無理矢理意識を浮上させて、水飲んだり所用したりしたっけな。毒に慣れ親しんでいるから出来る技だけど。
「感謝するぜ。おばさん」
誰かに挨拶をしつつ、リヒトはドアを閉めた。紙袋を持っていり。あたしを見て、「ん?」と眉を潜めると「ふん」と鼻で笑った。
「気がついたか」
なんの感情も込められていない言葉と共に、リヒトはベッドに歩み寄る。
傍にある小さな机に紙袋を置き、中からオレンジを取り出す。室内に柑橘系の匂いが漂い、あたしの鼻をくすぐった。
リヒトは机に収めていた小さめの椅子を引っ張り出し、ベッドの脇に寄せて座る。
「ほら」
至近距離からオレンジを投げてきた。
「!?」
反射的に受け取ろうとしたが、肢体が鉛のように重くて上手くキャッチできなかった。
オレンジが布団の上に落ちて、あたしの足元を転がる。
「つーか、投げるか普通!?」
あたしが呆れながら文句を言うと、リヒトは頭を後ろにそらした。
「そのくらい思考回路が働けば安心だな」
転がったオレンジを拾い机に置くと、リヒトは紙袋から瓶のコーヒーを出した。
飲んで一服しはじめる。飲んでいる間は話が出来そうだ。
何様だこいつ。
「………」
さてと、何を聞こうかな。
あのあと、どうなったかを聞くか。
どのくらい寝ていたかも気になる。
「あれからどのくらい経過してる? 半日か?」
「丸二日」
「まるふつか……」
丸二日か。
こりゃ随分毒性が高いなぁ。
あれ食べた人達ほとんど死んだだろうな。
あたしは膝を立てて頬杖を付きながら思案する。
あの毒は呪詛が混じってる感じだった。解毒剤作るよりも呪詛解除できる術師呼んだ方が、生存率が上がるかも。
たまにあるんだよな。その手の毒物。
あたしも過去5回しか受けてないし。
そこまで考えると、リヒトが頷いた。
「そうだ。解毒剤が効かず、ハパチを食べた奴らの半数が死亡した」
「……あたし何か言ったか?」
「あれ食べた人達ほとんど死んだだろうな。って言ったぞ」
「そうか」
言ったつもりはなかったが、言ったのだろう。
「あの店だけじゃなく、あの日『ハパチを食べたほとんどの人間が』だ。すべて早朝に出荷された魚で、見た目は全く変化がなかった。今も水揚げされた魚が安全かどうか全て検査しているようだ。そろそろパニックが起こる」
「そっか。大変だ」
今までの毒魚は見た目からして毒魚だったけど、外見に変化がない毒魚がでたら、そりゃパニックにもなるわ。
「毒の症状はどんな様子だった?」
「アナフィラキシーショック。と表現出来ない程、おぞましい状態だった。体中に紫色のブツブツが皮膚を覆い、気道が腫れて呼吸困難を起こしていた。窒息で絶命した者が多かったそうだ」
あたしは「そっか」と答えながら「先に食べてよかった」と呟いた。
「あんたが先に食べていたら、成す術無かった」
いや、あるにはある。
だが、あの時は百パーセント解毒できるか分からないので、成す術がなかったという結論で正しいはずだ。
リヒトが「そーだな」と軽めに頷き、無言になった。
会話に間が空いたので、あたしは身を乗り出して机にありオレンジを取る。
剥くと柑橘系の良い香りが周囲に漂う。息を吸い込むとリフレッシュできた。
薄皮ごと果肉を咀嚼し、甘酸っぱさを堪能する。
食べると胃を刺激してしまい、空腹感が増してくるが、食事はまだもう少しあとだ。
今は会話が優先。
「あたしがのんびり寝れたって事は。警告は効いたってことで当たってる?」
探るような視線を向けたら、肩をすくめられた。
「ああ。症状出てなかったからさっさと宿屋に戻った。宿屋の主人に聞かれたから、旅の疲れで高熱が出たって言っておいたぞ」
「そっか……礼を言う」
一安心だ。
「あとは、そうだな」
視線を色々泳がせた。部屋の中に見慣れない道具があり、気になりすぎる
ベッドの脇には水の入った桶とタオルがある。
あたしの服は寝間着になっているが、あたしの持ち物じゃない。ピンクのパジャマは持ってないし、サイズも大きい。
「モロモロ、聞きたいことが山ほどある」
視線で分かったのか、リヒトがすぐに答えてくれた。
「一つずつ教えてやろう。まず、俺が看病するような性格じゃない事は分かってるな?」
「そりゃ勿論」と堂々と即答した。
「熱が出たら汗を拭くのが常識って、この宿のおばさんがお前に色々してくれた。男は入ったらダメだと何度も念を押された。全く、入りたくもねぇっつーの」
「あんたが看病したって、思ってもないから」
あたしは汗が落ちた額を無意識に拭こうとして、「あれ?」と声を出す。
額当てではなく、バンタナがつけられているぞ?
「寝ているのに額当てつけとくの、おかしいだろ? だからバンタナにした」
「はあ。なるほど」
「世話をしてくれたおばさんに、それはつけたままで取らないでくれと言ってある。古傷があって見られたくはないと伝えておいた」
「はあ。良い理由だな」
「何も言ってこないから見てないと思う」
「………」
こいつがこんなに真面目な返答をするなんて、正直驚いた。もしや今日は雪が降る?
リヒトは「はぁー」と馬鹿でかいため息を吐いて、考えるように額に手を添えた。
「熱だから呪印が浮き上がる。見られてみろ、俺がそれを説明するんだぞ? そんなややこしい事するわけない。呪印見られて説明求められたら自分で説明しろよ」
納得した。
「そしてそのタオルは見せかけだ。形だけでも看病しているフリしてねぇと、五月蝿くってな。それは一度も使ったことがないぞ? ああっと、そのパジャマ、洗っておばさんに返しとけよ。タオルも自分で片付けとけ」
あたしは何度も何度も頷いた。
「今までの経過が理解できた。もう動けるからあとは自分でやる」
「そうか」
リヒトは立ち上がり椅子を元に戻した。
「なら今夜にでも災いを倒しに行きたいが、どうだ? 戦えそうか?」
「病み上がりに向かってこの野郎……って言いたいが、数時間後なら問題ない」
窓から入り込む光の角度は真上。正午だ。夜までには体調が戻るだろう。
栄養のある物を食べて、もう少し寝れば全快できる。
あたしの回復力は桁違いだからな!
親父殿のせいで!
「一応、急ぐ理由を聞いていいか?」
「あれから見た目に変化がない毒魚が二種類増えた。今朝も一種類増えている。食べてから気づくことになるため死亡者数が一気に増えた。早々に手を打たないと、湖自体の漁が禁止になって」
そして最後に語尾を強くした。
「今後魚料理が食べられなる」
「それは困るっっっ!」
最初の魚料理が毒魚で、今後も魚が食べられないとかになると、後悔を通り越してトラウマ発生だ。
味は美味しかったのだ、このまま悲しい思い出にしたくない。
運が良いのか悪いのか、これは災いの仕業だ。
退治してしまえば、毒魚もこれ以上増えないし、運がよければ毒魚が消えて、普通の魚が食べられる。
うん、今からでもなんとかなる。
「それを聞いては呑気に寝ていられない。場所は特定できてるのか?」
「出来てる。お前がのん気に寝ている間に色々調べた。湖のほぼ中央辺り、水の底から魔王の気配がする」
「水中か……。くっそ、厄介なところに」
水中での訓練も受けているが、地上よりも威力も速度も落ちてしまう。息継ぎが問題なのだ。
技を出すのに沢山空気が必要になってしまうからなぁ。
「ってことで、今のうちにしっかり休んどけ」
「くっそ、場所が悪いなぁ。わかった」
毒づきながら返事をして、
「ん?」
あたしはちょっと気になってリヒトに質問した。
「あんた一人じゃ無理だったの? ええと、ほら、アニマドゥクスで」
ドアへ向かおうとしたリヒトは、憮然としつつ振り返る。
「湖の水底だって言っただろ? やれなくはないが、俺一人じゃ難しい」
「難しい?」
リヒトは無言になった。
決して嫌味ではなく単純な質問だったんだけど。
「詳しい事は今夜話す。どのみち、お前に戦ってもらわなければならない。くだらない雑談はこれで終わりにする」
バッサリ会話を切りやがった。
「あーはいはい。お言葉に甘えて、夜までしっかりと寝る」
いつもの事なので、あいつの態度を気にすることもなく、あたしは背伸びをしながら答えた。
あー、もったいぶった言い方面倒くさい。
毒舌合戦するのも面倒だから、このまま突っつかずに帰らせよう。
えーと、たちまちご飯はどうしよう。
食べてから寝たいけど、動けるかな。
ベッドから降りようとしたが、まだ早かった。膝が震えている。
うん。夕方に食べよう。
ベッドの中央へ戻ると
「もう一つ、伝え忘れるところだった」
リヒトが足を止め、ドアノブに手をかけたまま振り返った。
「紙袋の中に、吸収力の高い食べ物入れているから、食べとけ。殆どが粥食だから、寝起きでも胃に負担をかけないだろう」
「は?」
あたしは目を瞬きしながらリヒトを凝視した。
こいつ偽者か?
疑いの眼差しに、リヒトは顔色を変える事無く、皮肉っぽく笑う。
「はん! 世話のかかるガキには、豪華な食事よりも粥で十分なんだよ」
ケタケタと笑い、すぐにドアを閉めた。
「誰がガキだぁぁぁぁ! 」
閉める前に投げつけたかった枕が、ドアにぶち当たる。ドアが盛大に揺れた。
「同い年のクセに! うきぃぃぃぃ!」
あたしはベッドの上で両足をバタバタさせながら、何とか気分を落ち着かせた。
でないと、体力が減って疲労がたまっていく。
一瞬でも優しい奴かもと思わないでよかった。
思ったら、かなり後悔するところだった!
「ったく、ほんと一言多い奴だなぁ」
ブツブツ言いながら目を瞑ったら、少し寝ていた。
ハッと気づいて起き上がると、体に勢いが戻っている。
「よし。動ける様になった」
あたしは真っ先にパジャマを着替える。
ピンク色なんて落ち着かない、部屋着に着直そう。ついでにトイレに行ってシャワーも浴びてこよう。
リュックの中を確認して、あれ? と首を捻る。
「これも、これも、洗濯もやってくれてるっぽいぞ?」
タオルや服が洗濯されていた。多分、看病してくれたという宿屋のおばさんだろう。これはしっかりお礼言わなきゃ。




