夢現に浮かぶこと
<これは夢だ……>
さて、あたしがすぐに毒を見抜き、注意するよう伝えることが出来た理由を、さっくりと説明しよう。
まず、ヴィバイドフ村では、日常的に毒の摂取が行われる。
モノノフ達が毒の免疫を獲得するために、幼少時から定期的に投与される。
量も質も各家庭で調節され、子供の体質と体調を考慮しつつ『最低でも半殺し程度に留める事』『後遺症が出ないようにすること』を基準にしていた。
これによって、多少の毒では命を落とさず、体の自由を奪われず。任務続行が出来る強靭なモノノフになるのだが……。
親父殿は自分の立場が最上級なのを最大限に活用し、各地のありとあらゆる毒を、あたしに投与していた。
致死量ギリギリならまだ可愛い。
目分量で適当に、数種類から数十種類を混ぜ合わせたオリジナル毒を、あたしに大盤振る舞いしていた。
それを知ったのは、稽古中に倒れた後だった。
ちょっとだけ親父殿の刀の切っ先が、あたしの皮膚を切ったら、七転八倒する苦しみに襲われ意識を失った。
本気で死んだと思った。
それでも頑張って、暗闇からゆっくりと意識を浮上させると。
ぼんやりながらも感覚が戻り、同時に鈍い痛みが全身を支配していて、起きるんじゃなかったと少し後悔した。
でも起きた。
「ううう熱い。ここは?」
熱に魘されながら、意識を取り戻したあたしは、隣に座る親父殿と母殿に気づき、虚ろな視線で眺めていた。
二人とも真剣なまなざしのまま、言い合いになっている。
ギリギリ、言い合いになっている。
怒髪天な母殿がナイフを握り絞めていて怒鳴っている。その怖さに、高熱に支配されているのに背筋が凍って震えた。
「ミロノの、この体質は良いのか、悪いのか」
困り果てた親父殿が、ため息交じりに首を捻った。
「そうですねぇ。あなた。ちょっとやりすぎたんじゃないですか?」
親父殿に向かって、ナイフの刃先をちらつかせる母殿。
「ワシは、ちょっとばかり、毒に抵抗力がつけばと思い。やったんじゃ」
両手の人差し指同士をツンツン当てながら、口をとがらせて、身を小さくさせている親父殿。そんな夫の姿に母殿は呆れた様に天を仰ぎ、ため息を吐いた。
「だからって、世界中の猛毒を集めなくたって……。いいえ、問題はそこじゃなくて、二つの以上の毒を同時に併用するなんて、無茶の域を越えている」
「解毒剤はちゃんと用意している!」
親父殿は持っていた包みを取り出した。
「もし、もし仮に、戦闘で敵の刃物に毒がついていて、その刃でミロノが怪我をしてみろ! 一発であの世逝きだぞ!?」
「今まさにそうですけどね!」
ナイスツッコミだ母殿。
「で?」と母殿が白い目で言葉を続ける。
「今回は何種類の猛毒を混ぜたのですか?」
「うーん、十種類前後かのぉ? 即効性のある猛毒をブレンドしてみ……ごふ!」
母殿は親父殿の肩に正拳付きを当てる。親父殿の体が浮かび、ごろんと後ろに倒される。
普通なら壁に吹っ飛ぶくらいの威力だが、親父殿はノーダメージだ。
「解毒剤が効くと思ったんじゃ!」
その体勢のままゴロゴロ転がる。
「何が効くと思ったですか! 完全にミロノを殺す気だろーーが! 第一、食事も刃物も、私に断りなく全てあなたが勝手に仕込んでいたし最悪! ちゃんと致死量考えた? どの毒をどのぐらいの分量使ったか覚えてる? 毒の扱いあれほど慎重にいって言った言葉覚えてる?」
「いや、ぎふぃ!」
ドスっと、親父殿の顔面に母殿の拳が炸裂した。
いいぞもっとやれ。
「最低限、名前と量は覚えておいてくださいな」
冷気が出るほどの冷たい声色を残し、母殿は腰を下ろした。
親父殿は鼻から血をポタポタ流しつつ、「うむ」と神妙な面持ちで頷いた。
「今回、助かったのは奇跡だとも言えるし。ミロノの自己治癒力とも言える。だが、これでミロノを医者には見せられなくなってしまった。この子が持つ血の特性を知られては」
「いやむしろ感謝しかないわ。この特性なかったら、本気で愛娘は土の中だったわよ」
「ううう。すまん」
親父殿は珍しく小さく項垂れており、あたしに視線を向ける。
「おおお! ミロノ!」
目を覚ましていたことに気づいたようだ。
「おお! ミロノ。気がついたか?」
「親父殿、母殿、あたし……」
うーん、まだ口が上手く動かないが声は出た。
「よかったミロ……ぐほ!」
親父殿があたしの顔面を覆う前に、母殿が親父殿の頬を殴って、後ろにどかせた。
「よく聞いて」
母殿があたしの頬を優しく撫でる。
ちょっと泣きそうな顔になっているので、相当危なかったんだろうな。
「ミロノ、薄々は気づいていたと思うわ。そして今回の事で確信しただろうけど。お父さんはミロノに毒の体性をつけさせようと、毒を沢山、これでもかってくらい、大盛で仕込んでいたのよ。致死量考えずにね」
「このくそおやじ」
あたしが毒づくと、親父殿はごめん寝、とばかりに丸くなった。
なんだこの熊、全快したら殴る。
「でね。今日判明したんだけど、ミロノは毎日の過剰な毒の摂取で、特殊な免疫を得ていたみたい。今回は本当に死ぬ予定だったけど、命拾ったのは貴女の体質によるものよ。運がよかったわ」
「死ぬ予定」
遠慮ない言葉にちょっと傷つくと、母殿が呆れた様に苦笑いした。
「毒の分量とか種類とか見たら、生きてる方が不思議。なにこの子化け物?」
「酷い。喜んでよ」
「嬉しいわミロノ! その体質のおかげね! 少し羨ましいわ」
喜んでいるジェスチャーしてくれたが、嘘臭い。
「もういいよ。それで?」
「それでね」
母殿から体質やら検査の結果やら全てを聞いた。
体に起こっていること、その有効性とその危険性。
そしてこう理解した。
「つまりは、全部、親父殿の責ってことになるんだな?」
母殿は笑顔で頷く。
あたしは熱ぼった体をゆっくりと起こして、親父殿へ笑みを見せた。
「ミ、ミロノ」
背筋が凍るくらいの凶悪な笑みをむけたら、親父殿はごめん寝ポーズのまま、目だけ上に上げて怯えている。
可愛い子ぶっているつもりか?
火に油とはこの事だな!
「人の体に何したんだよっっ! このクソ親父っっ!」
こうして齢八歳だったあたしは、特殊な体を手に入れた。
このせいで、風邪を引いても骨を折っても病気に罹っても、自力で治す羽目になったのである。
==補足==
今後たびたび毒による攻撃が出てきます。
人間の天敵は(物理もですけど)病と毒って思っているからです。




