ストライト湖の魚③
一緒の席で食べるのは嫌だが、混んでいるので仕方ないや。
「俺だって一人の方が楽だ」
リヒトが小さく文句を言っていたが無視して、テーブルに置かれたメニュー表を広げる。
イラスト付きで料理が紹介され、魚の種類も表示されている。
ううむ。メニュー表みるだけでもお腹が空いてきた。
しかも、おいしそうな匂いが厨房から漂ってきますなぁ!
早く注文したいが色々ありすぎて迷ったので、傍を通った店員を呼び留め「安くて美味しいメニューはどれ?」と聞いたら、店員は「海上ランチAかB」と即答した。
値段も銅貨5枚と結構安い。
よし、Aに決めた!
リヒトは海上ランチBに決めたみたいだ。
「真似っこめ」
「偶々被っただけだ」
「一口分けるとかしない?」
「しない」
「二つの料理食べられると思ったのに」
ハイテンションになりすぎて、うっかり友人にやってしまうノリで余計な茶々を入れてしまった。
恥ずかしくて真顔になる。
「なんなんだお前は」
リヒトにドン引きされてしまった。
「今のは、忘れてくれ」
「………」
リヒトに思いっきり視線をそらされた。これ以上関わりたくないみたいだ。
いけないいけない。
女の子に戻ってたわ。
高まるテンションを押さえていると、料理が運ばれてきた。
「お待たせしました。ご注文の海上ランチAになります」
途端に香ばしい匂いが立ち込め、あたしは思わず「わぁ!」と感嘆の声をあげる。
魚型の銀色トレイに入れられ、三つの皿が目の前に置かれる。魚介類のスープとサクサクのパン。そして中央皿にはデデンと乗っている20㎝の魚一匹。
昔からの港町で食べられてきた、白身魚のハパチの身を、チーズで包んで焼いたものらしい。
「おくつろぎください」
軽めの会釈をして店員が去っていく。
「おいしそう~~!」
匂いからして食欲をそそり、口の中に唾液が溜まる。
「あたしが先に来たね」
テンションをあげないようにしていたが、無理だった。
「ほらほら! 見てみて! おいしそうだよ!」
ナイフとフォークを持ってウキウキしていたら、リヒトはシッシと手を振る。
「あー。お前って本当、鬱陶しい」
「見せびらかしながら食べる!」
「そんな嫌がらせが効くか。ほら、こっちにも来ただろう? 無駄無駄。とっとと食え」
「お待たせしました、海上ランチBになります」
リヒトの前にも料理が運ばれる。こちらはハパチの煮込みメインだ。
本日のランチは煮込みと焼き。
うーん、どっちの料理方法も美味しそうだな。
「さて、冷めないうちに。いっただっきまーす」
魚の半身の、半分以上を取って口に頬張った。
「ん~~~!」
チーズと魚の淡白さが混じって美味しい!
ああ、生きてて良かった!
舌鼓を打ちながらモグモグ食べているあたしを眺めて、リヒトはため息をゆっくりと吐く。フォークを手に取り、背びれ部分の骨を丁寧に避けて、食べやすいように一口サイズに取り分けていた。お上品な食べ方だ。
その様子を眺めながら、ゴクリと身を飲み込む。
「!?」
あ、あれ………?
体が震え、痺れるこの感じ。
吐き出しそうになる気分の悪さ。
眩暈がして、急激に体温が上がる感覚。
これは……まさか!?
いや、間違いない!
体内に起こる反応が、事実を伝えている。
あたしは直ぐにフォークとナイフを置いた。笑顔が消え失せて真顔に戻る。
「くうな」
呟く声が耳に入ったのか、魚の身を食べようとしていたリヒトがふと顔を上げ、あたしを見る。ぱちくりと瞬きをして、口に運ぼうとしていたフォークを止めた。
「おい、どうし……」
「ダメだ食うなぁぁぁぁ!」
あたしは近くにあったコショウの瓶を、リヒトの顔面に思いっきり投げつけた。
「うぐ!?」
リヒトの眉間に激突し、彼は痛さでうめきながら前かがみになった。
彼の持っていたナイフとフォーク、ハパチの身が床に落ちる。
あたしの大声で店内は騒然となり、店員が何事かと駆け寄ってきた。
「お客様! どうしました!?」
駆けよってきた店員に知らせようと席を立つが、足元がふらついて体の力が抜けた。倒れないようにテーブルを掴み、体を支える。
即効性がある!
非常にマズイ!
何人これを食べたんだ!?
「医者を呼んで! 早く!」
「え、何が!?」
気圧された店員を気遣う余裕はない。
早く伝えなければ……犠牲者が増える!
「この魚には毒がある!」
「へ? 毒……。毒ううううう!?」
「早くっ!」
あたしの恫喝で、店員は慌てて店の奥へ引っ込んだ。おそらく料理長に知らせるのだろう。
なんで分かるんですか? って理由聞かれなくて良かった。食べたからわかった。って言う以外、他に説明のしようがない
「え?」
「毒?」
叫んだ事により、他の客が動揺し始めた。
「っ、痛テェ……物投げるな!」
顔に手を添えたままリヒトは起き上がり、怒りの形相であたしの襟を掴んだが、そのまま声を失う。
「おい。お前の顔色が」
自分でも分かる。血の気がない、青紫色な顔をしているだろう。
リヒトが驚いて言葉を失っているので、あたしは自分の言いたいことだけを言った。
「あんたは、魚、食ってないな?」
あたしがこう切り出すと同時に、
「うげ! ごほっ!」
「く、るしい」
「がはっ」
複数の席で人の倒れる音、吐こうと嗚咽する音、うめき声が聞こえ始めた。
同じ魚を食べた人に症状が表れたようだ。
倒れ始めている人達は、あたし達と同じく開店同時に入り、殆ど同じタイミングで注文して、出されたばかりの料理を食べたはずだ。
警告のタイミンは遅すぎた。
周りのうめき声が増えていくのを見て、リヒトは頷く。
「食べてないぞ。お前が邪魔したから」
「それなら良かった」
あたしはガシッと彼の肩を掴んで、リヒトの顔を引き寄せると、力を振り絞って話した。
「よく聞け。今食べた魚にかなり強力な毒がある。絶対食べるな」
「なんでわかる? いやその前に、お前ガッツリ食べてただろう? すぐに吐けるか?」
リヒトが拳を作った。
その意味が理解できるので、苦笑いしつつ、小さく首を左右に振る。
「いや、みぞおちに当身喰らわせても、あんた程度の力じゃダメージ通らない」
「そうか」
リヒトは握りこぶしを緩めた。
マジで殴る気だったみたいだな。
「これは通常の毒じゃない吐いてもダメ………だ」
ぐらりと視点が回る。
そう、これは今まで体験した事のない毒だ。
万が一摂取しても解毒が出来ないだろう。
数分で体の状態が悪化していく。段々心拍数が上がり、力が入らなくなってきた。
足にも力が入らなくなってきて、両膝を突く。
リヒトが慌てたような声を出した。
「くっそ。………どうするか。解毒剤はリュックに置いてきたからなぁ」
リヒトが何か使えるものはないか周りを見渡す。
ここには使えそうなものはない。
店内で次々に人が倒れていく。それを目の当たりにした人々の悲鳴や混乱が広がって、一瞬で阿鼻叫喚に陥った。
「あーあ。ったく、あっちこっちで倒れてる」
その様子を見て逆に冷静になったのか、リヒトの悪態をつく声が耳に入った。
「どのみち、医者に連れていかないといけないか」
「ダメだ」
リヒトの言葉に即座に否定する。
彼の目があたしを見下ろしたので、語尾を強めに言葉を紡ぐ。
「絶対にあたしを医者に見せるな」
「は?」
リヒトは口をぽかんと開けるが、すぐにぎゅっと眉に皺を寄せる。
「医者嫌い? 馬鹿か! 時と場合があるだろう。このままだと死ぬぞ!」
「見せても無意味だ」
今の時点で、この毒に解毒剤なんて存在しない。
あたしが毒に冒されているのが証拠だ。
ハパチに含まれている毒は、発見されていない、未知の猛毒だ。
と、思ったが口にしない。
それよりも注意事項だけ一方的に、早口で伝える。
「あたしが意識を失ったら高熱が出るが気にするな。熱が引けば完治する。いいか、絶対に医者に見せるな」
「は? 何を言って」
「あたしの事は放っておいて良い。そのまま死んだら気にせず捨てておけ」
「だが」
「警告だ。もし医者に見せたら……必ずあんたを殺す」
リヒトが一瞬怯んだ。
余裕がないので、殺意を込めて伝えてしまった。悪い事をしたが、こっちだって必死だ。
「……」
困惑するリヒトに、あたしは強く睨む。
「普通に寝かせておいて構わない。寧ろそうしてほしい」
冗談ではなく本気で、真摯に頼んでいることに気づいてくれ。
「頼む……」
あたしは誠心誠意を込めて呟くと、リヒトは難しい表情で少し迷いを見せたが、頷いた。
「わかった。寝かせておけば良いんだな?」
「ああ」
不安はあったが、信じることにする。
「たの、む、ぞ………」
気力を振り絞って言いたいこと言ったが、ここで限界だ。意識が朦朧とする。
ゴン! と頭に衝撃がきた。
あ、倒れて床に頭ぶつけちゃった。
たんこぶ出来てないといいけど。
「って、おい、しっかりしろ!」
肩がふるふる揺れている。リヒトがあたしの体を揺らしている。止めてほしい、余計に気持ち悪い。
ああ、もう、毒にやられたのは久々だ……。
その思考を最後に、あたしはゆっくりと眠りについた。




