その音色は人を掴み⑧
「ま。いっか。あいついても邪魔になるだけだし」
あたしはオルトラの体を揺さぶった。
「ほら、しっかりしろ!」
「う、うーん」
「起きろ、オルトラ」
「わ、私は一体なに………」
オルトラが目を醒ます。頭痛がするように軽く額を押さえながら、最初はあたしを見てキョトンとしたが。あたし越しに部屋の惨状に気づき目を丸くした。
「おおおおおおおおーーーーーー!」
肺の空気を全部出したのではと思うほど絶叫した。
「何がどうなってええええええええ!?」
オルトラは激しく混乱していたが、
『激しい突風が入ってきて、オルトラが突然倒れてしまったこと。風はすぐに止んだが、そのせいで部屋が荒れた』
と説明すると、ゆっくり落ち着きを取り戻した。
魔王は省いたけど嘘は言ってない。
「そう、でしたか」
信じられないという表情をしながら、壊れている無残なオルゴールに一瞬悲しい視線を向ける。
「あの、なんて言ったら分からないが……。あまり気を落とすな」
俯きがっくり肩を落とすので、あたしが躊躇いがちに声をかけると、オルトラは顔をあげ笑顔を浮かべた。
「すいません。気を使ってもらって。壊れたものは仕方ないですよ。全部私が作った物だし。また新しく作れば良いんですから。それより気を失うって方が恥ずかしいです。ご迷惑おかけしました」
「いや、申し訳ない」
結果的に壊してしまったからなぁ……。罪悪感ありまくりだ。
「いえいえいえ! とんでもない! あの、介抱して下さって有難うございます!」
そう言って笑うオルトラ。あたしは後片付け手伝いを申し出るが。
「お客さんにそんなことさせられません! 大きな棚は倒れてなくて、細かいオルゴールの部品が散らかっているだけだから一人で大丈夫です! お心遣い感謝します!」
丁寧に断り、オルトラは深々と頭を下げる。
「ただその。作業室とはいえ、片づけしないといけないので、本日はもうお店閉めないといけません」
「そうね。御暇するわ」
「お見送りさせてください」
オルトラと一緒に店の外に出る。ちょっと照れながら柔らかい笑顔を浮かべた。
「また来てくれるとは思わなかったです」
「明日旅に出ることになったから、挨拶しようと思って」
あえて、最初とは違うセリフを言ってみた。
魔王オルゴールを作っている時した会話は覚えているのだろうか?
「そうでしたか。せっかく来てくれたのにすぐに閉店してしまって。ごめんなさい」
覚えてないようだ。
「また旅の途中で寄ってください。沢山、新作のオルゴール作っていますから」
「ぜひ」
あたしは力強く頷くと店を後にした。
すっかり日が暮れた。
宿への帰り道の途中、入り組んだ路地であたしはリヒトに追い付いてしまった。
彼はゆっくり歩いているので、あっという間に追い付いてしまう。
ううむ。どうしよう。
さっきの醜態について謝るべきか。礼を言うべきか。何事もなかったように振る舞うか。
悩んだが、あたしは意を決しリヒトを呼び止めた。
「待て」
リヒトは足を止める。
肩越しにあたしの姿を確認すると、興味なさそうに前を向き歩き出そうとした。性格悪いなこいつ。
あたしは彼の前に回りこむ。
「こら。行こうとするな。待てと言っている」
リヒトは歩みを邪魔されて、不満そうに眉を潜める。
「なんだよ」
「今日はすまなかった」
あたしは謝ることにした。
予想外の行動だったのか、リヒトは不思議そうにジロジロ見て「何のことだ?」と質問してきた。
「あたしはオルゴールを破壊するのを躊躇ってしまった。壊せば魔王が出てくると気づいた後でもだ。その結果、汚れ役をあんたにさせてしまった。すまない」
真剣に謝るあたしを尻目に、リヒトはわれ関せずと言わんばかりに素通りした。
「おいこら! 無視は失礼過ぎるだろう!」
あたしは眉間に血管が浮かぶのを感じながら、ぎりぎり平常心を保って聞き返す。
「あたしは真面目に謝っているんだが?」
ちらりと一瞥される。リヒトはくだらないとばかりに、はぁ。と小さく息をはいた。
「謝る必要ねぇよ。風で壊れたって事にした方が言い訳しやすいだろ。下手にお前が壊して自警団呼ばれても困るし……。どうせお前がオルゴールを壊せない事は分かっていた」
「分かってた?」
怪訝そうに聞き返すと、鼻で笑われた。
「俺は読心術が使えるんだぞ? お前の表情を読めば一発だ」
あたしは一瞬、息が固まった。すぐにカッと頭に血が上るが、ゆっくり息を吐く。
平常心だ、まだ平常心を保て。
こいつを攻撃しても意味はない。
懐に忍ばせていたオルゴールを握り絞める。
「そうか。それが分かってて、尚且つ、あたしに頼んだってことか?」
「どんな反応するか気になった」
「で? 感想は?」
眉間に怒りマークを浮かべたあたしが聞きかえす。
リヒトは振り返って皮肉な笑みを浮かべていた。
「お前からの謝罪は気分は良い」
「うわぁぁ最悪だ! てめぇ!」
あたしは憤慨して、手に持っていたオルゴールを地面に叩きつける。
これは作業部屋にあったオルゴールだ。
一番浸食が進んでいたのであの暴風でも唯一無事だったものだ。
もう魔王の気配はないけど、あのまま置いとくと危険かもしれないので盗ってきたものだ。
怒りの矛先に使うことになるとは思わなかったけどな!
「謝って損した! ああもう大損だ!」
「ははは。その調子でもう一つのオルゴールも壊してしまえ」
「くそ。言われなくても!」
苛立ちながらもう一つ。あたしに何かを見せたオルゴールを地面に投げて壊す。
二つの飛び散ったオルゴールの破片はすぐに黒い砂となり風に溶け、ふわりと輪郭を失った。
うっわ。消えたし。
あたしが興ざめした様に無言で地面をみていると、
「さっきの女の代わりに、これが依代になったか」
リヒトが考えをまとめるように呟いた。
距離は三メートルほど空いているし、小声だが十二分に聞こえる。
続きを言えよと目で伝えるとため息を吐かれた。
「今回で分かった事は、魔王に憑依されている時に自我はなく、魔王が本人のふりをして日常生活を続ける可能性があるってことだ。憑りつかれてどのくらい日数が経過したか定かではないが、日が浅いうち、もしくは、願いが叶わない内は依代が確定していない……かもしれない」
「……彼女は最初に来た時の会話の内容を覚えてなかった。あの時は魔王だったということか。別人格が入り込むというイメージかな。だとすると……」
「魔王が憑りつく依代は、願いを叶えるため代償を払うことは確定している。憑りつかれた場合に『一番魔王の影響が長かったモノ、強かったモノ』が『最終的に依代として消費される』可能性もある。今回の場合は魔王を女から切り離した結果、女と同じくらい長く憑いていたオルゴールが代償を払い消滅したんだろう」
お互いの伝えない内容が噛み合っていない気がした。
あたしは一度自分の考えを閉じて、リヒトの方を優先する。
「ええと。……簡単にまとめろ」
「お試し期間でも契約したら代償を頂くぞという高利貸し」
「例えとしても絶対違うだろ!?」
馬鹿にするなと叫んだら思いっきり笑われた。
「……それで、結論は?」
ため息交じりで呆れた様に促すと、リヒトはちょっと間をあけて言葉を続ける。
「成功しても失敗しても対価はきっちり払え。よくも悪くもコレだろうな。対価として消費される『モノ』がどれになるかはその時の運か。期間の長さか。願いによるのか。まだ分からない。ただ。人間も生きたまま助ける事が出来るって事が分かっただけだ」
「全然簡単にまとまってない」
「なら。今日は運がよかった。以上だ」
かったるそうにそうまとめると、リヒトは路地を抜けて大通りへ向かった。宿に戻るようだ。
あたしはその場で佇んで、腕を組んで首を傾げる。
「運か。運ねぇ。そうだな、運がよかったっていうのが一番楽だな」
強風で沢山のオルゴールが舞った時、魔王はオルゴールを求めて躍起になった。
でもオルトラは?
彼女はあんなに執拗にオルゴールを求めただろうか?
オルトラの動きが緩慢になった時、魔王はオルトラから抜け出たような気がした。
もしかしたら分離の条件に『お互いの願いの・希望の・行動の不一致』もあるのではないか。
「でもそれは意志の強さということかもしれないな。魔王に共感しつつも、自らの意志が強ければ分離しやすい。ってことはやっぱり、憑かれて間もない人間と限定されるわけか。助けられるのは……」
ともあれ、憑かれて間もない災いに遭遇するのは滅多にないだろう。
今回は運がよかったのだ。
そう結論付けてあたしは少し町を散歩した。
黄昏近いと言うのに、町はまだ軽快な音楽に溢れている。
「ふふ。いい夜だ」
魔王の依代が生存できた達成感の奥底で、物悲しいと同時に誰かを狂おしい程愛おしく思う妙な気持ちを消すために。
曲に合わせてステップを踏んで、誰にもバレないようにこっそり踊った。
次回から新しい場所になります。
文章改正しました20221130
オルトーラをオルトラに変更しました。




