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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ガクラ町のオルゴール――
40/279

その音色は人を掴み⑦

 下を向いたことで攻撃の意思がないと伝わったようだ。

 あんたに任せる。とでも、言えば良かったのかもしれないが、上手く喋れる自信がなかった。

 

<シルフィードよ。軽やかに弾け飛べ>


 リヒトの服がはためいた途端に一陣の風が流れ込む。風はすぐに旋風に変化し室内を吹き荒れた。


「きゃあああ!? なにこれ!?」


 棚がガタガタと風に煽られ、中身が飛び、作業台にあったオルゴールや設計図、道具などが飛んだ。


 オルゴールは特に酷く壊された。箱が分断され部品が飛び散り床に散乱していく。部屋の中を飛び回る小さな庭破片が相当危ない。


 派手にやってるなぁ。


 他人事のようにぼんやり見ながら、目に入ると危険な物は掴んでいく


「きゃぁ! わ、私のオルゴールが!」


 オルトラは暴風に翻弄されながらも、手を伸ばして確保しようと奮闘するものの、次々にオルゴールが壊れていく。


 ああ、可哀想……可哀想。


 そう同情しながらも

 あたしがやらなくて良かったと安堵した事に気づき、慙愧≪ざんき≫に堪えず奥歯を噛みしめる。


 いや、落ち込むのは後! 

 反省はあとだ!


 面倒臭いと言って傍観するリヒトが動いたのだ。彼女の変化に集中しなければ。


 あたしはオルトラから目を離さず、いつ魔王が出てきても対応できるように、刀に手を添え身構えておく。


 それにしても、オルトラの服装がズボンで良かった。あの豪風でスカート履いてたら大変なことになってたかも。


 すごい速度で飛んでいるオルゴールは、彼女を避けながら壁にぶつかっている。

 魔王の力ではなくリヒトの力加減かな。最低限の思いやりはあるみたいだ。


「やめてえええええ!」


 オルトラは目に涙を浮かべながら叫び続けた。


「どうして! どうして! どうして!」


 ソプラノの彼女の悲痛な声に混じって


「どうして! 【私の】作品が! 【大切な】オルゴールが!」


 別の声が聞こえてくる。


【姫に捧げる私の愛が! どうして!?】


 ノイズかかった男性の声がオルトラの口から発せられる。同時に黒い煙が溢れだした。

 彼女にまとわりつき人の形に形成される。


 オルトラの上半身と重なるように出てきた魔王は、あたし達に見向きもせず舞っているボロボロにオルゴールに注目する。


 カマボコ目で追いつつ、彼女の腕とシンクロしながらオルゴールを掴もうとする。


 リヒトから緊張感を孕んだ呟きが聞こえた。


「出たか。念のため、もう少し弄ぶか」


 リヒトが更に術を口にすると、暴風は更に酷くなる。

 もうこれは。突風ではなくうねる風の蛇が舞っているような、明らかな意思を感じる風だ。


 魔王を背負い右往左往のオルトラ。操り人形のように滑稽な姿だった。


【この美しい曲が! 心を掴む、私の傑作が壊れていく!】


 巧みな風の流れが邪魔をして、魔王はオルゴールを掴めない。


【ああああああ……】


 バキャ! バキィ!


【あああああああっ!】


 激しい音と共にオルゴールが激突、落下するたび魔王とオルトラは頭を抱え叫んだ。絶叫。悲壮。そんな感情が爆発して暴風音を度々かき消す。


「頃合いか」


 リヒトが呟くと、暴風がぴたりと止む。

 あたしは思わず「あ」と声を出すが、その声はかき消された。


 ガチャンガチャンガシャンドンドンギイン


 部屋を舞っていた物が速度を保ったまま床へ激突。元の形が分からないほど見るも無惨な姿に。


【な、んてこと、だ……】


 ガックリと膝を落すオルトラ。魔王も項垂れている。


【オルゴールが、全て……】


 結局、大切だと豪語するオルゴールを、魔王は一度も掴むことが出来なかった。


【想いが。私の想いがぁ!】


 オルトラの体を操りながら、一つ一つオルゴールの残骸を拾うが、床に叩き付けられた衝撃で中身が飛び散って、部品が欠けたり曲がったりしている。


【どうして、こんな、……ええい! 邪魔な体だ!】


 緩慢な動きで拾いあげているオルトラに苛立ったのか、影は彼女の背中からずるりと抜け出る。

 オルトラはゴトンと音を立てて、床に突っ伏す。

 意識はないみたいだが、呼吸はしている。


 分離、したのか?

 ってか、そうであってほしい。


 黒い影は上半身だけ形成されている。素早い動きで部品を集めだした。


【音が………ううううう】


 魔王は嘆き悲しんだ。


【これで、姫を幸せにできると思ったのに、何故だ】


 長い両腕で残骸を一か所にまとめる。

 魔王は愁嘆に浸っていて、こちらには見向きもしない。


 なんだ? 

 全然こっちに反応を示さないな? 

 無視られてる?


「なんだこいつ。ニブイな」


 リヒトは呆れながら腕を組んでいる。

 あたしも同意見だ。

 

「だよな。こちらを全く警戒していない。あれって分離しているって思ってもいいか?」


「おそらく。あとはお前に任せる」


 リヒトの言葉に小さく頷きながら、あたしは刀を構える。薄く殺気を乗せると、流石に敵が居ることを感じ取ったのか、魔王があたしに視線を向けた。


【何者だ? いつからそこに?】


「ずっと居た」


 数秒無言ののち、魔王が目を吊り上げる。

 っていうか、本当に気づいてなかったんかい!


【お前が我の想いを壊したのか!】


「そうだ」


 壊したのはリヒトだけど、あたしも壊そうと思っていたので頷いた。

 ここで『いや実はあいつです』って言ったら面白いかなぁ。と、一瞬浮かんだけども。


【なんだとおおおおおお!】


 怒りに震えるかまぼこ目が、敵を認識して険しくなる。


【おのれ!】


 魔王はぶわっと毛が逆立つように威嚇しながら、ズルンズルンと床を這ってやってきた。

 さながら、真っ黒いトカゲに見えなくもない。


 不用意に近づいてくるぞこいつ。

 あたしが一歩も動かなくても、既に攻撃できる間合いにいるというのに。


【きさまぁぁぁぁ! 我の思いを】


「知るか」


 魔王が叫んだ瞬間に刀を額に突き刺し凪ぐ。

 ズルンと、魔王の頭部がずれて床に落ちた。


【………】


 次の攻撃に備えるため、魔王の様子を伺うが


【あ】


 魔王は己の身に何が起きたか理解するまでに、数秒を要した。


【あ……あ……】


 魔王は目を大きく見開く。

 攻撃を受けて致命傷を負ったこと気づき、絶叫をあげた。


【うぁぁぁぁぁぁぁ! 我が、我が!】


 人影が床に倒れてのたうち回るが、すぐに動きを止めた。反撃を想定していたが、どうやらその力はないらしい。


 「今までで一番弱いぞ、こいつ」 

 

 あたしの速さについてきてないし、タフさもない。こんな魔王もいるのかと逆に衝撃的だった。


【どうして? 何故、邪魔をするんだ……】


 魔王はさらさらと景色に溶けながら、あたしを非難する。その口の動きは重く、すぐに消えそうだ。


「そーだなー」


 あたしは魔王に近づきしゃがみ込むと、真正面から見据える。


「質問させてよミロノ。あんたは本当に、ミウイ姫を愛していたの?」


【……?】


「姫を愛していたの?」


【………? あいして、いた……あいし……い】


 不思議そうに言葉を端的に反芻しながら、魔王は静かに霧散し姿を消した。


「やっぱ質問無理だったか」


 黒い霧が消えるのを眺めながらため息をつく。


「さてと、こっちは」

 

 立ち上がり、オルトラに近づいて様子を確認する。

 外傷はなく気を失っているように見えるが……?


「ちょっとどけ」


 リヒトがあたしを押しのけて、オルトラの額やら首やらを触る。

 しばらく間が空いて


「大丈夫だ、しっかり抜けてる」


「何故分かる」


「………」


 ツッコミしたら無言になった。

 これ、このまま放置したら、次に同じ事があっても確認してくれない気がする。


 あたしは尋ねるのをやめた。リヒトにとって都合が悪い内容なら深掘りするのは得策ではない。

 誰だって他人に言えないモノを持っている。

 嫌がっている相手から情報を引き出そうとしていいのは敵に対してだけだ。味方にする事ではない。


 あとは、あいつの言葉を信用するかしないかの問題だ。

 あたしは信用しよう。


「なら、彼女は助かったんだな」


「ああ」


 リヒトから力強く返事がくる。

 それだけ分かればいいか。

 オルトラの生存が確定。嬉しい結果だ。


 手放しに喜びたいが、一つ問題がある。

 作業部屋が荒れて悲惨な状態だった。オルトラが卒倒するに違いない。


 あたしは半眼になって部屋を見渡し、「あーあ」と呟きながら刀を納めた。


「この状況、どうやって誤魔化そう」


 床に倒れたオルトラを眺める。


「突風が吹いたって、そのまま言えばいいんじゃねーか?」


 リヒトが肩をすくめる。やらかした張本人がこの緩さ。あたしも見習おう。


「それしかないか」


「そんなことより。魔王に質問した内容。あれはなんだ?」


 リヒトが不可解そうに眉を潜めたので、あたしも肩を竦める。


「わかんない。聞きたくなった」


「何を確認したかったんだ? もしかして、あの時に観た事を思い出したのか?」


 いいや。と否定して、あたしは苦笑を浮かべる。


「残念だが覚えてない」


 リヒトちょっと残念そうだったが、そうか。と言って話題を終わらせた。


「さて、オルトラを起こそうっと」


「俺は帰る」


 用事が済んだとばかりに、リヒトはさっさと部屋を出て行った。すぐにドアの開閉ベル鳴る。



文章改正しました20221130

オルトーラをオルトラに変更しました。

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