その音色は人を掴み⑥
まだ憑かれてそれほど日が経っていないのであれば。
魔王オルゴールが出回っていない現時点なら。
これから起こる災いを未然に防げる上、オルトラも助かるかもしれない。
「オルトラ」
「え!?」
何気なく呼びかけたら、彼女はこちらに気づいた。驚いて目を見開く瞳の中に、カマボコ目がうっすら見え隠れする。
「あ、さっきの方。こんにちは!」
オルトラの笑顔と、魔王の顔が重なっているが、まだ彼女の意識の方が強い感じがする。
瞬きを二回繰り返して「あれ? 私?」と、驚いたように目を見開いた。
正気に戻ったのか、呆けたように辺りを見回す。
壁にかけられている時計を視野にいれた瞬間、青い顔になり少し固まるとしまったと言わんばかりに、口を大きく開けた。
「ごごごごめんなさい!」
勢いよく立ち上がったので、ガタンと派手な音を立ててイスが床に倒れる。
「あ! わ!」
椅子の音に驚いてオルトラはビクッと背筋を伸ばした。すぐに音の原因に気づくと、椅子を起こしながら引きつった愛想笑いを浮かべる。
「ちょっと手直ししようと思ったら熱中しちゃって、お客さんが入ってきた音に全然気づかなかったわ。まだ看板納めてなかったのね。本当にごめんなさい!」
頭を振り落とす勢いで謝罪してきた。
「いや、こちらこそ、勝手に入ってすまない」
あたしは首を左右に振りながら謝ると、彼女は首を後ろに落とす勢いで顔をあげ、両手をばたつかせる。
脳震盪起こさないか、ちょっと心配になった。
「いえいえ! 私が籠っていたから当然です!」
今の彼女の瞳の中に、魔王の姿は映っていない。どうやら引っ込んでしまったようだ。
あたしは少し笑って、気にしてないと態度で示し
「一応呼んでみたが、返事がなかったので、ここまで入ってきてしまった」
形だけ謝罪しながら、彼女を観察する。
オルトラから人間の気配がしている。
依代になのは間違いないが、まだ生存していると確信する。完全に魔王に取り込まれてしまう前に手を打ちたい。
さて、どうすればいいのかな?
どうやって魔王と分離させれば良いのか、さっぱり分からないぞ。
オルトラを殴ったところで解決はしないだろう。力技が通用しないなら、手も足も出せないんだよな。
「それは大丈夫ですけど、店に何かお忘れ物ですか?」
オルトラが首を傾げて聞き返す。
とりあえず会話をしながら、突破口がないか考えよう。
「貰いっぱなしは気が引けたから、何か一つ買おうかなと」
口からデマカセだ。心が痛む。
「お気遣いありがとうございます! 大丈夫ですよ!」
オルトラはぱぁっと笑顔を浮かべた。
「ん? あれは新作?」
あたしは今気づいた風を装い、作業台の魔王オルゴールを指し示す。
「とっても綺麗な形だね」
「あ、これですか。 これはですね!」
オルトラは作業台から、魔王オルゴールを一つ取る。そのまま制作秘話が始まった。観察したかったから黙って聞いてみる。
彼女の意識が浮上した途端に、魔王は奥に引っ込んで表に出ていない。
今まで出会った依代は、無機物か死亡してたので、すでに魔王が具現化しており、依代ごと切り捨てることができた。
あたしは額をそっと触る。
魔王がすぐ傍にいるのに、呪印の熱が収まっている。活発でないと、感知出来ないみたいだ。
そもそも、魔王は彼女のどこに潜んでいるのだろう?
肉体に憑りついていたとして、弱点を斬り捨てれば、魔王だけ倒せる可能性はある。
でも弱点は額と胸。
どっちとも生者には致命傷だ。どんなに手加減しても、間違いなく罪に問われる。
ああ。そういえば。魔王は精神寄生体だっけ。
精神を浸食されているのなら、キッカケというか、楔があるはずだ。
オルトラと魔王を繋いでいるモノを考えてみよう。
今までの経緯だと、依代と魔王を繋ぐものは『願い』。すなわち『想い』。
共感して協調している状態ってところかな?
となると、精神を揺さぶるくらい、強い刺激若しくは動揺を与えると、楔が外れやすくなるんじゃないか?
あたしは小さく「うーん」と呻いた。
日ごろ使わない部分をフル回転させている。
そろそろ考えるのも飽きてきた。
よし、こうしよう。
願いをぶっ壊して揺さぶりをかけたら、魔王が強く出てくるはず。そのタイミングで影だけ切れば依代の生存は高くなる…………かもしれない。
決して賢くない結論だが、色々試してみるしかない。
初めての事だから失敗するかもしれないけど。
犠牲者がオルトラだけで済むのなら、まぁ、最小限の被害だよね?
殺人は嫌だけど結果的にそうなるなら。仕方ない。
でも出来るだけ『魔王に憑かれたら必ず死ぬ』フラグは回避させたい。
回避してやりたい!
「………」
眉を潜めながらオルトラとオルゴールを交互に見つめていたら、オルトラが躊躇いがちに声をかけてきた。
「ももも、もしかして、オルゴルの見た目、結構、気に入りました?」
彼女の頬がほんのり赤くなり、照れるように視線を泳がせている。
考え事をしていただけであるが、熱い視線を送っているように見えたらしい。
頷いておこう。
「ああ」
「本当ですか!」
腹を空かせた魚のように大きく口を開き、目をキラキラさせながら、オルトラは歓喜の声をあげる。
いや、良心は痛まない、痛まないぞ……。
あたしの微妙な表情を気にすることなく、オルトラのセールストークに熱が籠る。
ついでに、体からも熱気が沸き上がる。
「これ次の新作です! アイディアがポーンと出てきてチャチャーっと出てきて、完成したのを見て、直・感・し・ま・し・た! これは売れる!」
すぐさま、作業台のオルゴール数個を両手に持ち、大事そうに抱える。ほおずりしそうな勢いだ。
綺麗な六角形で綺麗な星色、氷色、夜明け色をしているのだが、その色をかき消す勢いで、黒い邪悪な靄がモンモンと立ち上っている。
正直、触りたくない。
「デザインも気に入っていて、店のディスプレイだけに置くんじゃなくって、ちょっと場所を借りて簡易販売店作っちゃおうかな! って思ったりもしてるんですー!」
「そ、そうか」
「展示即売会にして、追加注文は後日お届けって感じにして。ああ、夢が膨らむ! 私の作ったオルゴールが、曲が、町全体から奏でられる日がくるかもしれない! いいえ! きっと、くる!」
凄い熱意だ。
さてと、そろそろ行動に移そう。
本体を炙り出すには『執着しているモノ』を攻撃すると、必ず怒り狂って現れる。
今回の場合は。
「あれだな、攻撃してみろ」
リヒトが小さく呟いて、オルゴールを示す。
鬼かこいつ。
いや、あたしもそうだと思っている。
だけど……。
笑顔を浮かべて、一生懸命新作のオルゴールの説明をして、大量に売って、人を雇って大量生産して、そしてジョージさんを超える!
って熱弁しているオルトラを見る。
魔王オルゴールは全部壊すけど、ちょっと躊躇ってしまう。
心身を注いだ、努力の結晶を破壊するのは、正直胸が軋む。
造っている物を無慈悲に壊される悲しみと絶望は、鍛冶手伝いをしている時に十二分に味わった。
あれ凄く辛いんだよな……。
ダメだし喰らうと更に辛いんだよな。
親父殿を殴ってやりたくなるくらいに。
迷っているあたしの様子をみて、リヒトは小さく呟いた。
「甘い覚悟だな」
皮肉っぽいものは全くなく、静かな淡々とした口調だった。
「……」
皮肉ならまだ良かったのに。
あたしは下を向いてしまう。
背後で詠唱が聞こえた。
文章改正しました20221130
オルトーラをオルトラに変更しました。




