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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ガクラ町のオルゴール――
37/279

その音色は人を掴み④


<~~~♪>


 特に何の変哲もない大人しい曲。




 静かな湖畔に佇んで、ぼうっとその景色を眺めているような気分になる。


 風の音に混じって聞こえる水の音。


 サラサラ、ざわざわ、チャプチャプ


 風の音に混じって聞こえてくる葉っぱの音。



 ええと。あたしは今、どっかに立っている。

 宿屋にいるはずなのに外にいるようだ。

 おかしいな。目を開けているはずなのに、何も見えない。



『       』



 声が聞こえる。


 誰もいないのに、誰かの……青年の声があたしの耳に届く。


『貴女を愛しています』


 それはあたしの中から聞こえてきたので、あたしが喋っているのかと首を傾げた。


『王は、姫に加担する私を追放した』


 あたし口は閉じているのに、あたしの口が喋っている。

 瞬きをしたら景色が見えた。向こうに誰かいる。

 湖畔の傍、そこに佇む人物に囁く。

 全く見覚えのないそこは、どこか見慣れた景色で、どこか懐かしい景色。


『俺も貴女が正しいとは思えない、恐ろしいほどに傲慢で自分勝手な方だと身を以て知っているはずなのに……』


 心に与えられる温もりで離れがたく、心から繋がりたい。と思う。


『どうしても逢いたくて、貴女の願いを叶えてあげたいと思う気持ちの方が強く、貴女がとても、とても狂おしいほど愛おしい――』


 視点が変わった。

 まつ毛の長い誰かが、真正面に立っている貫禄のある青年を真っ直ぐみている。


『姫君。貴女の気持ちをお聞かせください。そして教えてください』


 視点変わる。女性が柔らかく微笑んでいて庇護欲が湧き上がるが、同時に、その笑みは心が凍るほどの冷たい笑みだと体が震える。


『姫君。俺に何をしたのですか? いや、本当にされたのか? いや、元々の俺の気持ちだったのか? 俺はいま、何をした? なにをした? 分からない。俺は、分からない』


 激しい感情が沸き起こる。自らの意志ではない感情が、頭を肉体を心を魂を、粉々にするほどかき乱れる。

 そうして粉々になった空っぽの感情に根付く陶酔。愛と名付けられた楔で溺れて底に沈み溺死する。


『姫! 教えてくれ! 貴女の愛はどうしたら得られるんですか!?』


 あたしの体から黒い帯が発生した。

 だけど、それにあたしは気づいていない。


『ああ、ああ、今はただ、貴女の愛が欲しくて、そればかり願っている。他の者はどうでもいい、姫の願いを叶え、姫の喜びが俺の喜びだ。それが俺の存在理由だ――』


 気づけば、あたしの手に何かが握られている。

 赤い液体が滴っている。誰か倒れている。

 無感動に見下ろす。


『何故、あいつは貴女を  したのか? どうして俺はあいつを   したのか? う、ああああ? なぜ? なぜ?』


 喉下を突かれた彼は、見覚えのある大事な人間だった。

 愛すべき人間だった。

 なのに、今はゴミクズと同様の認識しかない。


『俺は…………?』


 愛すべき人間が誰で、誰になったのか。

 誰を守ろうとして、誰を守ったのか。


 混乱していた。

 混乱の中から一番強い感情を探そうとした。その感情が答えを教えてくれる。


 たった今、起こった、自分が起こしてしまった、信じられない、信じたくない光景を。

 感情と共に説明したら理解できると、そう直感した。


『姫、姫……、ミウイ姫……。俺は……』


 あたしの額から何かが滴っている。

 赤い色がの前を更に赤く染め、熱い。

 熱くて、熱くて、息ができない。



【私の声がきこえていますか】



 凛とした声色が脳にこびりつく。

 鈴の音のような、コロコロした可愛らしい音がミウイ姫の声だと気づく前に。


 その顔が愛らしく素晴らしい笑顔なのに対して、その視線は凍てつくように冷たく、あたしに愛情は全く感じられないと気づく前に。


 あなたを盲目的に信者のように主のようにあたしの一部、いいや、あたしの命と引き換えにしてまでも、愛してしまった。


『あいして、あいして、ください、ひめ』


【私は、あなたを、あいしています】


『ああ。姫、姫』


【わたしの、あいのしるしを、きざみなさい】


『よろこんで!』


 あたしは己の額に剣を突き刺した。


 頭蓋骨が驚くほど柔らかく感じ、脳天まで一気に刃を沈ませながらも、あたしは姫から目を離さない。

 死の恐怖なんてない。

 これ姫を守れるのなら、お側で見守り姫の願いを永遠に叶えることができるなら。

 本望だ。


『あなたの、あいをえるために、ねがいを、おえは……やくめを……』


 言葉の途中で視界が揺らぎ、ドサッと地面に倒れた。

 地面は赤く光っているような気がする。

 ぼんやりと見える姫の足が視界に入ると、自然に口角があがっていく。

 あたしは笑顔を浮かべている。


【うふふ。かわいいひと。私のために何が出来るのかしらね】


 黒い炎が目の前に広がった。

 火をつけられたのか?

 否、これは自然に体が発火している。

 熱くもなく痛くもなく、ただ、浮遊感と意識の断裂が起こり、そのまま溶けていった。


 あたしは心在らずのまま、朽ちていく体から黒い帯が空へ散っていくのを眺めた。

 黒い邪悪な物になったあたしが、沢山世界に散らばった。

 人間の願いを叶え、絶望させるために。


 あたしは姫の愛が欲しくて、彼女の願いを叶えたいと願った。

 その為には、その計画のためには、巨大な力が必要だ。

 あたしは願いを叶える為に力そのものにならなければならない。という意識が残った。


 そしていつの日か姫の横に立つために、力そのものになったまま、あたしは人間にならなければ。と思った。


 でも、あたしはたしか、弟と妹と幸せになりたかったような気がしたが、嘘のような気がした。


 なんとなく、歩いていた。

 いや。逃げているのか。

 走る足が止まらない。震えがとまらない。涙が止まらない。


 邪悪な気配ががあたしの方へ向かってくる。

 黒い人間の体の輪郭をして、顔の部分はカマボコの目に、逆かまぼこの口。


 あたしは止めなければならない。

 後悔の終止符を、自らの手で打たなければならない。


 あたしは足を止めた。

 そして振り返る。

 視界いっぱいにそれがいた。

 あたしを見据えてにやりと笑みを浮かべる。


『オ前ノ ハ我ノ ダ!』





 バタン!





「うひゃ!?」


 突然、色んな音が途切れた。

 あたしは飛び上がるくらい驚いて、思わず悲鳴をあげた。


 呆然としながら瞬きを繰り返して、持っていたオルゴールの上に誰かの手があることに気づく。

 蓋はいつの間にか閉められている。


 すぐ前に誰か立っているので、呆然としたままゆっくりと視線を上に向ける。

 リヒトがいた。難しいというか、痛々しいというか。複雑な表情であたしを見下ろしている。


「…………?」


 あれ? いつの間に入ってきたんだ?


 ゆっくりと夢現から抜け出す。


「………?」


 額が妙にスースーするので額に手を当てると、額当てがなくなっていた。


 よく見ると、親父殿手製の鉄板部分が床に突き刺さっていた。赤い結び紐と鉄板の裏側についている革の留め金が引き千切れて、周囲に落ちている。


 なんだこれ……?

 あたしは、いま、どこで、なにを?


 そこまでぼんやり考えて、急に意識がハッキリする。


「でえええ! 何で!? いつの間に!」


 リヒトを押しのけて、あたしは机にある布、床に刺さる鉄板を一つ一つ拾い上げる。


「………」


 何も覚えていない。音を聞いている間に一体何が起こったんだ?


「そうだな、こっちもそれを聞きたい」


 あたしからオルゴールを奪い取ったリヒトは、さっき座っていた椅子に座る。


「待った。あたしも良く分からない。あんたはいつ部屋に入ってきた?」


 慌てるあたしとは反対に、気怠そうにため息を吐くリヒト。


「階段を降りていく途中、お前の部屋から何かを弾くような凄い音がした。何事かと駆け上がって部屋を開けると、引っ張られるように意識が遠くなりかけた」


「もしかして、曲で?」


「そうだと思って、オルゴールの蓋を閉じようとしたが……お前の様子がおかしいことに気づいた」


「あたしの様子? どんな感じ?」


「一点を見つめて微動だにしない。おまけに額当てが吹き飛んでいて……呪印の部分に、いつもとは違う赤い妙な痣が浮かんでいた」


 あたしは「ここ?」と額を指差すと彼は頷いた。


「何を考えてるか読もうとしたが、読めなかった。いや、読むことも出来たが、取り込まれそうだったから急いでオルゴールの蓋を閉じた」


 あたしは険しい表情のまま、リヒトが持つオルゴールを見つめた。

 何があったか思いだそうとするが、霞がかかったかのように何も思い出せない。


 観たはずだ、なにかを。




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