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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ガクラ町のオルゴール――
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その音色は人を掴み③

 今更だが、何のためにここに入ったか。という目的を忘れてはならない。

 今度は慎重に目星をしてみるが、これといって気になるものはなく、熱を帯びる額の反応に首を傾げてしまう。


 うーん。額が熱いけど、原因はどこだ?


「ふふふ。嬉しいです。有難うございます」


 嬉しそうに笑顔を浮かべたオルトラは、ジョージの作ったオルゴールを真剣な眼差しで見つめた。


「だけど、最終的には彼に追いつく事。ショージさんの様に人の心を掴む、そんな曲を完成させたい」


 うーん。やっぱ、額が熱いな。

 額の熱が気になって、彼女の話が楽しめなくなってきた。


 あたしは額を押えながら彼女を観察する。オルゴールを見る視線は、憧れと決心とそして……妬みが多少見え隠れしている。


「彼の作品はどれも人を『感動』させたり『楽しく』させたり『落ち着かせたり』できて、本当に凄いんです。私なんかまだまだ。でもいつか、こんな曲を完成させたいです」


 パタンと彼女はオルゴールを閉めて、大切に棚の中へ納める。


 あたしも武道を極めるのと同時に武器職人になりたい夢がある。目指すは親父殿の腕だ。

 上を目指して足掻いている彼女の気持ちに共感した。


「そうだ。求めれば極められるかもしれない。可能性は絶対にあるから、諦めずに精進すれば、いつかは手が届くかもしれない。頑張りどころだな」

 

 オルトラは目を丸くさせて、頬を赤く染めながら大きく口をあけて


「ありがとうございます!」


 突然の大声であたしは目を点にした。


「びっくりした」


「す、すいません! そんな風に言ってもらえたの初めてで……その」


 オルトラはゆっくりと破顔した。心なしか、目もキラキラして見つめてくる。


「本当に、有難うございます。あ! そうだ! 私の新作を持って帰りませんか? これなんですけど」


 机の下を潜って取り出したのは、手の平よりも小さな星形のオルゴール。

 微かに感じる、魔王の禍々しい気配。


「これは……」


 あたしの口調が鋭くなるが、オルトラは気づいていない。


「ジョージさんの作品に感化されて、昨日うっかり真似て作っちゃったものです。あ! 決して盗作ではなくて、アレンジというか、インスピレーションで作っちゃった感じで、その……売り物にならないんで……」


 途中からしどろもどろで迷っているようだったが、意を決した様にあたしを真正面から見つめる。


「是非、貰ってくれませんか!?」


「………」


 普段なら即答で断っている。

 荷物として持ち歩けないうえに、タダで貰うのは抵抗があるのだが、このオルゴールから微かに呪印の反応がある。

 この場所へ置いておくのは良くないだろう。


 あたしは軽く微笑む。


「本当に良いの?」


「はい! どうぞ」


「それじゃお言葉に甘えて頂こう」


 あたしはオルゴールを受け取り、しばらく雑談をしたあと、そろそろ戻ると言うとオルトラは店の前まで見送りしてくれた。


「ミロノさん、旅立ちにまだお時間がありました、また来てくださいね!」


「ああ、また寄らせてもらう。頂いたオルゴールの礼もしたい」


「そんな! お気遣いなく! では、またお待ちしてます!」


 彼女の笑みから、一瞬だけカマボコ目と逆カマボコノ口が見えたような気がした。

 『物』ではなく、『者』に憑りついているのか?

 『者』がオルトーラとしたら、あたしはこの子を手にかけることになるかもしれない。


 違っていてほしいなぁと思いつつも、額の熱がそれをやんわりと否定していた。






「で? 俺に何を見せようっていうんだ?」


 宿の近くでばったり顔を合わせるなり、リヒトが開口一番に言ってきた。鼻が利くというか、なんというか。

 あたしは呆れながら肩をすくめる。


「はぁ。あんたが勝手に察してくれるから、説明をする手間が省ける」


「説明くらいしろ」


「オルゴールを貰ってきた」


「情報を集めずに遊び歩いていたのか?」


 リヒトは信じられないといわんばかりに呆れているが、あたしは軽く笑い飛ばした。


「あっはっは。たまには良いじゃん」

 

「こっちは一生懸命情報収集して、頑張っているのに?」


「ほー? その手にある荷物は何なのよ?」


 リヒトの手にクレープが握られている。小脇に抱えられている中ぐらいの紙袋からも何やら良いにおいがするということは、彼も買い物を楽しんでいたと推測できる。


「腹が減ったから買ってきただけだ。やらんぞ」


「いらんわ。勝手に食ってろ。それに、あたしも全く情報がなかったわけじゃないから」


「うそ臭いな。大体遊び呆けているやつの話はまともじゃないのは昔からの暗黙の了解だ。どうせ、ろくな情報ではない。あーあ、交換条件だったが、これなら教えなくても良いだろうな」


 リヒトはクレープを食べながら、聞く価値はなしとレッテルを貼った。

 あたしはコメカミに手を当てながら、大きく息を吸った。


「己の発言に後悔すんなよ」


 ドアにもたれ掛かりながらクレープを食べきったリヒトは、大して興味なさげに相槌を打った。指先についたクリームを軽く舐めとっている。


「なら、聞かせてもらおうか」


 リヒトが動いた。開口一番は絶対に皮肉を言うと決めているのか、緊急以外はこんなやりとりから始まる。

 慣れてきたよこれに。


 魔王関連の話なので人目を気にして宿屋に戻り報告会だ。報告会の場所は毎回、あたしの泊まる部屋だ。リヒトは自分の生活空間に他人を入れたくないタイプである。



「ふぅん、オルゴール店でねぇ」


 部屋に入るとドアを背にして立ったまま話を聞く。情報をあんまり信用していない時の、いつもの態度だ。


「そだよ。ま。気のせいかもしれないけど、ちょっと見て」


 あたしはベッドを椅子代わりにして座り、小さなバッグに入れたオルゴールを取り出そうとする前にため息が聞こえた。


「めんどくさい」


「黙れ、絞め殺すぞ」


 全くやる気のないリヒトにあたしは軽く牙を向けてオルゴールを取り出した。


「!?」


 途端にリヒトは胸元を押えて眉を顰める。


「ほぅらね。反応するでしょ?」


 「ふふん」と鼻で笑うと、彼は「ケッ」と毒づきながら、ドアから移動して置いてあった椅子に座りなおした。


 話を真面目に聞く気になったようなので、あたしは彼に向かって軽くオルゴールを投げる。

 驚く事もなくすんなりキャッチしたリヒトはオルゴールをしげしげと観察する。


「どこで手に入れたんだ?」


 特に変わった部分はなしと判断したのか、リヒトが投げ返してきた。キャッチしてあたしも再度オルゴールを眺める。


「さっき話した店。彼女からなのか、オルゴールからなのか、よく分からない」


 正直、反応が薄すぎて区別がつかなかった。


「すぐ調べてみるか。案内しろよ」


「うん、そのつもり。……なんだが、行く前にこの曲を聞いていいか?」


 リヒトは訝しげに聞き返した。


「聞く?」


「そー。音を流すとどうなるか気になる。本体がオルゴールか、彼女なのか特定しやすいかも」


 あたしが蓋に手を伸ばすと、彼はため息を混じらせながら嫌そうにうめいた。


「確かに反応はあるが、弱弱しくて当てにできるか分からない。お前、ただ単に聞きたいだけじゃないのか?」


「それもある」


 「………」


 リヒトは無言で席を立ち、ドアへ向かって部屋から出ようとしたところで一端足を止め、振り返る。その表情は酷く呆れていた。


「食堂にいるから聞き終わったら呼びに来い」


「あんたは聞かないの?」


「興味ない」


 リヒトが部屋を出て行ったので、あたしは遠慮なくオルゴールの蓋を開ける。螺子が巻かれていたのかすぐに音が流れた。


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