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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ガクラ町のオルゴール――
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その音色は人を掴み②


 歪んだパースの兎。無駄にカッコイイポーズの猫。二本足で立ち上がり口を開いた二メートルほどの狼。やけに尻がでかいハムスターなどなど。

 動物をモチーフにしているようだが、その色合いや石のテカり具合は独特というか毒々しい。


「い、色々ある……」


「ええ、色々ありますよ」


「!?」


 真横でイキナリ話し掛けられ、あたしは飛び上がるくらいに驚いた。それほど集中してみていた自分に驚く。


 声をかけてきたのは少女。軽くウエーブのかかった柔らかい髪が目に付く。年齢は同世代か少し年上くらい。


 少女もあたしの驚き振りに釣られたように驚きながら両手を大ぶりする。


「あ、驚かせてごめんなさい! 真剣に私のお店を見てたからつい」


「ああ、ごめん。こっちこそジロジロみてた」


 一通り飾られてある奇妙なオルゴールを眺めている内に、どうやらガラスにへばりついて凝視していたようだ。


 そりゃ、側から見れば怪しかっただろうな。


「私はオルトラ。宜しかったら、中に入ってゆっくり見ていきません?」


 少女の申し出をあたしは断った。


「買う気はないから遠慮しとく……っぅ?」


 額が少し熱い。近くに凶悪なる魔王が居るのか?


 あたしがキョロキョロ見回すと、オルトラはくすくすと笑い出した。


「買わなくても良いですよ。オルゴールが好きな人にはゆっくりと見てもらいたいだけです」


「んー。好きっていうか、見慣れないから興味あるって感じだよ」


 あたしはショーウインドウに視線を向ける。


「だったら、やっぱりゆっくり見てみません? 旅人さんに興味持っていただける機会ってなかなかありませんし」


「うーん」


「曲も聞けますよ。沢山種類がいくつかあるんです。リクエストすればオリジナルの曲だって作れるし……」


 曲聞かせてもらえるのか。


 あたしは若干迷って、窓から見える奇妙なオルゴールとオルトラを二回ほど交互に見つめ、唸りながら頷いた。


「……ちょっと、だけ、見ても良い? 絶対に、絶対に買わないけど!」


 『絶対に』を強調する。だって本当に買う気が無いっていうか、買えないんだもん。


 あたしの様子にオルトラはにこっと笑みを浮かべて店のドアを開ける。チリンチリンと取り付けられていた鈴が小さく音を立て、訪問者を迎えた。


「はい。いらっしゃいませ。どうぞゆっくりとお楽しみください」


「お邪魔します」


 オルトラはあたしを招き入れ、ドアを閉めた。

 店内に入って、あたしは困惑して思わず「うわぁ……ぁ」と声をあげた。


「へへへ。吃驚しました?」

 

 あたしの困惑の声を感嘆の声と勘違いしたのか、彼女はちょっと照れたようにチロっと舌をだした。


 訂正しようかと思ったが、そのままでいいかと思い直し、曖昧な表情を浮かべるだけにし、再度周囲を見渡す。


 内装も外見に劣らずファンタジックで、可愛い不思議な物だけを一か所に固めて、『我が! 我が! 一番輝いてますぜ旦那!』的なディスプレイだ。

 色んなものを混ぜこぜにした雑多な空間の中に入ると、気分的にやっぱり引いた。間違いなく客層を選ぶ品物だ。


 入るの止めときゃよかったかも……。

 

 空間に圧倒されている間に、オルトラはレジカウンター近くに移動し、あたしを呼ぶ。


「旅人さん。こっち」


 向かうと、彼女は棚から比較的普通な見た目のオルゴールを数個取り出して、カウンターに並べてくれた。


 「わぁ」とあたしは感嘆の声をあげた。


 四角い形だけでなく、細長かったり楕円形だったり、宝石を散りばめられていたり、動物だったりと種類がたくさんあり、オルゴールに目を奪われる。

 まるでデコレーションされたチョコレートのようだ。店内の光で輝いている。


「蓋を開いて、こうやって聞いてみてください」

 

 触るのは初めてだ。


 部品を壊さないように慎重に持ち、ゆっくりネジを巻いて、回らなくなってから手を離すと曲が流れる。それを置いて耳を傾ける。


「どうぞ、座って聞いてみてください」

 

 お言葉に甘えて、あたしは毒キノコ風真っ赤な椅子に座って耳を傾ける。

 綺麗な音や弾むような音、静かな音、どこかで耳にしたような有名な曲もある。

 

 カウンターに置かれていたオルゴールを全て一つずつ聞かせてもらった。

 十個ぐらいは聞いたかもしれない。太っ腹だなこの人。


「ふぅ。良い音だった」


「それは良かったです」


「ありがとう。こんなに沢山聞かせてもらえるとは思わなかった!」


「いえいえ、楽しそうに聞いてもらえて嬉しいです」


 オルトラは微笑み、聞いたオルゴールを一つずつ納めていく。

 

 ああ、楽しかった。あっという間に時間が過ぎた気がする。

 そういえば何しに来たっけ?

 あ、そうだ。ここから災いの気配がしたんだった。


 うっかり聞きほれてしまったけど、これ、全部商品だよね?

 売り上げに響くのでは。と今更ながら不安になる。


「あー、今更だけど大丈夫だった? 結構聞いちゃったし、店長にばれたら怒られるんじゃ」


 するとオルトラは「?」と首を傾げながらあたしの言葉をやんわりと訂正する。


「私が店長なので大丈夫です」


「え? そうなの?」


「ええ。私は店長兼、販売員兼、オルゴール職人でもあるんです」


 オルトラは頷き、店内を愛しそうに眺める。


「ここに置いてあるオルゴール作品は全部私が作ったんです」

 

「へぇ~凄いね。もう立派な商人なんだ」

 

 彼女の外装と内装センスは考えないことにした。


「まだ駆け出しですが、両親の反対を押し切って自立しちゃいました! 小さくても私にとっては立派なお城みたいなものです!」


 得意そうに胸を張りながら店を見渡すオルトラ。

 あたしも彼女と同じ様に部屋を見渡した。


 内装と一部の妙なセンスは置いといて、まともなデザインのオルゴールも多くあり、曲も大勢の人に好まれるような趣向だった。


「客とかよく来るんじゃない? これだけ………個性的な作品なんだから」


 明らかに外装で損をしているような気がするけど、曲は良いものだから、慣れれば好まれるのではないだろかと思って発言してみたが、オルトラの顔に影が落ちた。


「そうだと良いんですけど…私の人気がなくて……」


 やっぱり見た目がネックか。


「全て個人の手作りってのが、ダメなんだと思います」


「え? 何で??」


 問題はそこなのか? という言葉は辛うじて飲みこんだ。


「ブランド品が好まれるので、どれか一つでも有名な品が使われれば、目を向けてもらえるんですけど」


「ふーん?」


 あたしの生返事に苦笑を浮かべたオルトラは「これは他所で買ってきたんですけど」と、一つのオルゴールを見せてくれた。何の変哲もない、この町でよく見かけるオルゴールだ。


「これがなに?」


「裏を見てください」


 裏を見る。

 木材『ロンドオ木材工業』。製作者『ジョージー=フット』と、名が刻んであった。


「見たけど?」


「これが、このオルゴールを作った人の名前です。私の作品にも自分の名前が掘ってありますが…」


 見ると『オルトラ=ギジー』と名前が彫ってあった。

 おもわず親父殿と刃物が脳裏によぎる。


「今町で一番の人気がジョージさんです。彼の作品は良く売れます。材料も高級なものばかりだからスポンサーも大々的に宣伝しているので知名度がすごいんです。一方、私はまだ無名です。材料もそこまでお金をかけられません。私のお店がここにあるってことを町の人もあまり知らないと思います。なので、なかなか売れません」


 オルゴール専門店は凄く沢山ありますし。ともう一声付け加えられ、そうだなぁとあたしは頷く。


「それじゃ、作品の良し悪しに関係なく、人の名前で売れるって事?」


「あはは、それも一部ありますが。ジョージさんは本当に素晴らしいですよ。私もこんな作品を作れたら…とよく思います」


 そう言って、オルトラは彼の作ったオルゴールを開ける。

 彼女が作ったのとは遥かに違う、柔らかな音だ。

 目を閉じると、一面の雪景色を眺めているような不思議な感じがする。音楽で心を捉えたかのような。

 これが売れる理由なのかもしれない。


「『聖なる白夜に』。彼のオリジナル作です」


 パタンと蓋をしめた彼女は少し羨ましそうな視線をオルゴールに向けていた。


「確かに良い曲ね、人気があるのは分かる」


 と、同意してからオルトラを見上げる。

 

「だけど。あたしはあんたが作った曲も好きだ」


「え!? そうですか?」


 驚くオルトラにあたしは苦笑する。


「きっと、何処かの大物があんたの作品を気に入るんじゃないかな?」


 オルトラはちょっと顔を赤らめて、嬉しそうに頷いた。


「有難うございます! そうお世辞でも言って頂けると、励みになります!」


 そこまで一気に喋ってから、急に恥ずかしくなったのか、少し視線を泳がせる。


「すいません。他の旅人さんにもお勧めしているのですが。デザインがおかしとか、ありきたりとか言われる事が多くて、つい……」


 やっぱりそうだよねぇ。と苦笑いで肯定した。


 でも、彼女の作曲した手作りオルゴールも決して悪くないと思う。素人感想なので、熟練が聞いたらまだまだとか言われるかもしれないけど。

 

「少なくとも、あたしは気に入った。荷物にならなければお土産として買っておきたいくらいだ」


 あたしは再度店内を見まわす。


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