覚悟を灯す火焚の目④
「いいや? 人間でも十分脅威だ。あたしはこいつを数十体ほど討伐してるから戦い慣れている」
ふごっとゾブルから変な音がしたが、それどころではない。力仕事に集中しないと終わらない。
手の甲で頬の汗を拭い取りながら、内部からブラックウェントゥスの子供二頭を引っ張りだす。
やれやれ。こんなの食べても腹の足しにならないだろうに。
小さいので片手ずつ持ちあげたら、右手の子犬サイズから微かに振動が伝わる。
「あれ?」
あたしは子犬たちを地面において、振動のあった子犬の腹部に耳を付ける。弱弱しいが心臓音が聞こえた。
「まだ生きてる」
「なに!?」
ゾブルがすぐにやって来た。あたしは頭にかけていた手ぬぐいで子犬の顔を拭き、鼻と口についた粘液と血液を念入りに拭き取る。
「あとはやれ」
ある程度の体液を拭き取ってからゾブルに渡す。ゾブルは手ぬぐいごと子犬を口に加えて、仲間が横たわる場所まで運び一生懸命子犬サイズの体を舐めていた。
念のためにもう一匹の心拍と呼吸を確認したが、駄目だな。
死んでるので大人サイズの横に寝かせた。
さて狼の数を数えると、多くてもあと一頭か二頭だ。気合を入れて内部を漁ろうとしたところで。
意識を取り戻した子犬サイズが。ヒィン。と鳴いた。
気がついて良かったな。
あたしは漁りながら少し焦る。
早くしないと他の肉食動物が来てしまう。
狩りをするつもりはないので、手早くほしい素材をはぎ取りたい。
そのあとの処理は自然に任せよう。
一通り内部を掻き出し選別を終えるまでに一時間くらいかかった。あとは皮や肉の素材剥ぎをするだけだ。一端休憩をしよう。
「ふぅ、疲れた」
ブラックウェントゥスを全部引っ張り出したが、生き残っていたのは子供一頭だけだった。
他にも色々食っているみたいだが、素材としてはもうドロドロだったので見なかったことにした。
人間の持ち物らしき金属の剣やら鎧やらペンなど、多数未消化で見つかったので、『判別する炎』の原因はシュロックスネークだったかもしれない。
いろんなもの食ってたんだなこの蛇。
「わんわん」
「わんわん」
子犬たちが子牛サイズの体を走り回っている。
あたしはゾブルに呼びかけた。
「別れはすんだか?」
あたしの声に子犬たちはピタリと動きを止めゾブルの影に隠れる。ゾブルは座っていた腰をあげ、「ああ」と返事をした。
「別れが済んだなら、そろそろ行ったほうがいいぞ。今から解体する。そいつらには刺激が強いだろう」
死んでいるとはいえ、親や仲間を目の前で解体するシーンは見せない方が良い。
謎の恨みを買うのは勘弁だ。
ゾブルもそれを分かってか、素直に頷いた。
「そのほうがいい。ありがとう」
ブラックウェントゥスは頭を下げた。つられて子供たちも頭を下げた。
「生き残ってよかったな」
「感謝してもし足りない。恩人よ。我は一生恩を忘れない」
走り去ろうとして、ゾブルは慌ててぐるんとあたしに向き直る。
「そうだ! 名はなんという?」
「ミロノ。ミロノ=ルーフジール」
あたしが名乗ると、赤い目が輝いた気がした。
「ミロノ、覚えておく。この子たちが大きくなった時に恩人の、お前の名を教えておこう」
何を言い出すんだこの狼?
あたしは首を左右に振って苦笑いを浮かべた。
「いや、別に良いよ。いつかあんた達を手にかける日がくるかもしれないし、余計な情報は与えないほうがお互いの為だ」
「そういうわけにもいかない。恩人の存在は教えておかなければ。蛇をどうやって倒したのか、どうのようにして生き残ったのかを、この子たちに説明しなければならない」
強い語尾で言われた。
「我が一族は『恩を受けたら一生忘れない』」
「…………」
うーん、性格なのか性質なのか?
押し問答する時間も惜しいので、あたしは肩をすくめながら、体液で濡れた髪を掻き上げた。
「はぁ、好きにしろ。さっさといけ」
手で追い払うと、ブラックウェントゥスの子連れはもう一度深々とお辞儀をして、この場から去って行った。
律儀な妖獣もいたもんだ。
黒い狼の姿が見えなくなってから、くるりと獲物に向き直る。
妖獣の蛇が一匹、狼が六頭手に入った、大漁だ。
これは嬉しい! 村の皆を呼びたい衝動に駆られる。
「でも素材剥ぎに時間かかりそう……。絶対、朝日を迎える」
とりあえず希少な物だけを最優先に回収していったが、予想通り、空がしらけてきた。
それでもまだ素材の回収は半分以下だ。
回収できた分は野宿場所まで運ばないと……大きな袋を用意してなかった!
致命的だと、あたしは苦笑いを浮かべるのであった。
朝日が昇る前に、あたしはようやく野宿場所へ戻ってきた。
リヒトはもう起きていて、焚火でお湯を作り、お茶を飲んでいる。そしてあたしの姿を視界に入れるや否や、不快感全開で眉をしかめた。
「なにをどうやったらそうなるんだ?」
現在のあたしは、解体で汚れた服と体。毛皮で作った三つの……まだ血が乾ききってない袋に希少価値の高い牙や目や爪を入れて、背中と両腕に担いでいる。
そりゃ異様な姿だなと自分でも思う。
「狩りをしていた」
「…………そうか」
関わりになりたくないオーラ全開でそっけなく返事が返ってきた。
「ちょっと川に水浴びに行ってくる」
返事が無いので了解を得たとみなす。あたしはリュックから浄化石と熱光石と入浴セットと着替えを取り出し川へ向かった。
体を洗いながら、同時に素材の血を落す。あっという間に水が血で濁っていく。
ほんと、川が近く似合って助かった。
洗いながら素材を確認する。牙や爪、鱗も希少価値が高い。
それよりも更に価値が高いのは、シュロックスネークの眼球と、ブラックウェントゥスの眼球だ。水晶体がサラマンドラの高純度の結晶である。
こちらは売らず、刀の修復や付属に使わせてもらおう。
髪の体液を落としながら、あたしはふと手を止める。
人語を操る妖獣か……。あんなのもいるんだなぁ。
確か、妖獣は戦争中、暴悪族の手によって人工的に作られた獣だったはず。もっと沢山種類が居たけど、戦争終了と同時に人に仇なすものとして、片っ端から討伐されていたと伝わっている。
現在生き残っているのは、その激戦を潜り抜けた、討伐ランクが高い種族ばかりだ。
その中で人語を操り、あたしに助けを求めたゾブルは、人間との距離が近い場所にいたのかもしれない。
「なんにせよ。あの口でどうやって人語が喋れるんだろうな?」
まぁ、二度と会う事はないからわからないだろうけど。
次に血まみれの服を洗っていたら、ふと、手ぬぐいが消えている事に気づいた。
回収し忘れてしまったのだろうか?
もう一度素材を剥ぎに向かうのでその時に探してみるか。
はぁ、さっぱりした。
身ぎれいにして戻ってきたタイミングでリヒトが眉をしかめながら声をかけてきた。
「で? 昨晩はなにがあった?」
不機嫌そうだ。
それもそうか、明けるまで戻ってこなかったから安眠できず睡眠不足だろう。
「あのあと」
荷物の整理をしながら昨晩の事を説明した。
ブラックウェントゥスとシュロックスネークが戦っていた事。ブラックウェントゥスに加勢して倒したこと。
「そんなことがなぁ」
少しだけ感心したように相槌をうつリヒト。
「俺も前に一度、喋る妖獣にあったけど、殺すしか言われなかったから、驚きだ」
「喋るって事を話して、あんたが驚かなかったことに驚きだ」
「事実は小説より奇なりってやつだ」
「へぇ……」
空腹なので軽く携帯食を食べながら一息つく。
もうちょっと回収してない素材があるから、もうちょっと時間が欲しい。
急いで咀嚼していると、慌てて食べている姿が不信に映ったのか、リヒトが言葉をかけてきた。
「何をそんなに慌ててるんだ?」
「まだ回収してない素材があるんだ」
「ふぅん。じゃぁ俺も手伝う」
「ごほ! げへ!」
思いがけない言葉であたしはむせた。唾が飛ぶ姿がよほど嫌だったのか、大げさに身をそらしたリヒトが汚いものを見る様な目つきでこっちを見る。
「汚ねぇ」
「手伝うのか?」
「貴重な素材は回収しないとな。あと妖獣も気になる」
「原型留めてないけど?」
「構わない」
意外だったが、人手は欲しいのですぐに了承する。
この日は結局、素材剥ぎと整理で一日を終え、出発は明日になった。
森を抜けた場所に集落があるので、そこで鱗と毛皮を半分売ろう。高く売れるといいな。
日はどっぷり暮れ、あたしは今度こそ焚火の番をした。すでにリヒトは寝ている。
今日の暇つぶしは結晶を眺めること。狼の瞳から取り出したサラマンドラの結晶を焚火の明かりで透かしながら見つめる。
キラキラと綺麗だ。
サラマンドラの結晶はリヒトも欲しがったので半分に分けた。
欲しがった本人が意外そうに聞き返したので、あたしは『全部使い道があるわけではない、有意義に使えるのであれば渡しても大丈夫だ』と言ったのだが、『物欲がない』とリヒトになじられた。
いやそこは褒めてほしいところだけど?
焚火で肉を焼いて夜食を食べる。今は蛇を食べているが、狼も肉は美味しかった。
「やっぱおいしいー」
蛇肉を咀嚼しながら、結局手ぬぐいが見つからなかったことに、あたしは首を傾げるしかなった。
失くしたのは解体した時で間違いないはずなんだけどな?
惜しくはないがお気に入りだったのでちょっと悲しかった。
あたしは満天の星空を見上げる。
今宵の森は、生き物の息遣いが聞こえるが、とても静かだった。
次回は新しい町になります。




