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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ムート森の禁断の地巡り――
32/279

覚悟を灯す火焚の目③

 刀を抜いたが、別にこいつを切るつもりはない。


 残った一匹と蛇の戦闘の決着がつきそうだから、次はあたしが相手になってやるだけだ。


 ブラックウェントゥスは一瞬だけあたしに殺気だった目を放つが、すぐに意図を察したのか「ヒュン」と低く鳴いた。すると木々の合間を縫って一匹の狼が姿を見せる。


 小型犬サイズの真っ黒くて赤い目をして、翼もまだ小さく紅葉くらい。愛らしい顔している犬のようなブラックウェントゥスだった。


「ガウ!」


 鳴くと、子供は驚いたような小さく口を開き、首を左右に振って子牛サイズの狼にすり寄った。


「ガウガウ!」


 嫌々と言わんばかりに子供は狼の腹から出てこない。


 それもそうだろう、知らない人と、しかも人間と一緒についていけなんて言われて、すぐに納得できるわけがない。


 困った様に「くぅ~ん」と子牛サイズが鳴く。子供も負けじと「くぅぅ~ん」とウルウル目になって鳴く。


 畜生、こいつら可愛いなぁ!

 牙向いてなければ絶対に切れないっっっ! 


 と、噛みしめているところで


「ギャワン!」


 断末魔に近い狼の悲鳴が上がり、そちらの方へ目を向ける。


 どうやら決着がついたようだ。

 シュロックスネークの尾がブラックウェントゥスを押し潰している。狼が血反吐を吐いてピクリとも動かない。


 シュロックスネークの赤い目がこっちに向く。草の影にいるあたしの存在を把握している。

 どうせ熱探知機で周囲に居る生き物の数を把握しているから、慌てることはない。


 あたしも捕食対象になっているはずだ。


「もはや時間がない」


 殺気を感じて、ブラックウェントゥスが唸り声をあげながらシュロックスネークを睨みつける。その腹の下で子供が震えながら丸まった。


 子牛サイズはあたしに説得を試みる。


「蛇はお主でも手に余るだろう。だからこの子と共に逃げるがいい。儂が背を護る」


「………」


「理由が知りたいか? 最初に出遭った時、我らと戦わなかった。それが理由だ。育てろとは言わない、この戦場からこの子を連れて離脱してほしいだけだ!」


 ブラックウェントゥスが流暢な人語で、悲痛に声を震わせた。


「森に放っておいて構わない。小さいが自力で生きていける! 頼む! 我が種族を助けてくれ!」


 あたしは呆れた様にため息を吐いた。


「悪いが、助ける事はしないぞ」


 チャキっと刃先をシュロックスネークに向けると、両目から炎がほとばしっていた。


 今、こっちに来ようとしたよな? 

 狼との話が終わってないから、あんたはまだ来るな。


 細く鋭い殺気の塊を瞬間的にシュロックスネークに叩き込む。

 ビクッと体を震わせて、体を垂直に起こし大きくさせて威嚇し始めた。


 シャアアアアア!


 なんだ、逃げなかったか。

 まぁ、久々の高取引される獲物。果てまで追うけどね。


 ブラックウェントゥスが悔しそうに歯を噛みしめている。

 蛇と攻防していた事に気づいていないみたいだ。


「ぐっ! ………いや。承諾して逃げた先で殺すよりは、こうやってはっきり言ってくれた方がマシか」


「無償で助けることはしないが、あたしに依頼するなら引き受けるぞ」

 

「依頼……?」

 

「これはあたしの喧嘩じゃないからな。あんたの戦いに加勢することになるから依頼だ。そうだな、報酬がいるんだ。あんたは何が払える?」


 ついいつものノリで交渉を持ちかけてしまった。

 自分に全く関係のない助っ人の場合は、命のやり取りにタダ働きをするべからず。という教えがある。


 自分から持ち出してアレだが、果たしてこのやりとりは通用するのだろうか?


 シュロックスネークはあたしもターゲットに加えたから、その段階で既にあたしの戦いになっている。

 単に慈善活動やりたくないだけだろうって言われたら、そうだと頷ける。

 依頼っていう名目のほうが気分的にやりやすいんだ。


 ブラックウェントゥスは直ぐに返答を返した。


「ゾブルの片目をやる。両目だと後々生活が困難になるので片目で許せ」


「ゾブル?」


「俺の名だ………ギャワン!?」

「キャン!」


「台詞の途中で悪いが、ちょっと回避」


 威嚇が終わったシュロックスネークが攻撃に転じたので、あたしはブラックウェントゥス二匹を抱え……子牛サイズは肩に、小型犬サイズは脇に挟んで……ジャンプした。

 

 向かってきた蛇の頭部を踏みつけ、その背を駆けて尻尾から地面に着地し距離を取る。


 もっふもふじゃないか二匹とも!

 血の匂いと獣臭いのが玉に傷だけど、手入れなしにこれか! 

 だから毛皮が高級品になるわけだ納得した!


 二匹を地面に放し、あたしは子牛サイズに向かって頷いた。


「交渉の途中で遮って悪いな。じゃぁそれでいいや」

 

 半ば面白半分に交渉してみたが、意外にすんなり受け入れてもらえたぞ。吃驚だ。交渉が失敗しても構わなかったからな。


 ブラックウェントゥスもシュロックスネークもその死骸は高値で売れるパーツになる。どれを貰っても報酬として十分だ。


「では、シュロックスネーク討伐、請負った!」


「いや違う! この子と一緒に逃げ……。倒せるのか?」

 

「あれ? あたしに依頼するって事は討伐だろ? この程度相手に逃走だったら、別の奴に頼むんだな」

 

 オロオロしている子牛サイズと、失禁して固まっている子犬サイズを一瞥して。


「まぁ。見てろ」


 あたしは薄笑いを浮かべ、こちらを振り向いたシュロックスネークに向かって全力で駆け出した。

 シュロックスネークの攻撃範囲に入ると、蛇の体が起き上がり、左右に揺れながら「シャアアアア」と特有の声を出す。


 あたしが動きを止めた瞬間、シュロックスネークが飛びかかる。蛇の口が視界全体に広がった。狼の黒い毛や剥がれた爪が刺さっているのが見える。


 齧りつく気だな。オッケー!


「奥義。彼岸花!」


 闘気を纏った刀で斬撃する。

 刃のような切れ味にした闘気を一度に十二本放つ技だ。切っ先の中心から円状に広がり、骨と肉が寸断される。


「………」


 シュロックスネークが目を丸くしてぴたりと静止した。

 口の中に入れたと思った獲物が、いつの間にか二メートル後方に逃げている。

 何が起こったのか理解できなかったらしい。

 追い打ちをかけようと動いたら


「ギャシャアアア!」


 悲鳴をあげ、シュロックスネークは口から大量に出血。頭部及び頭に繋がる胴体の一割が分離されてボロンと地面に落ちた。

 ワンテンポ遅れて、胴体が地面に沈み砂煙をあげる。


「こんなもんだろ」


 一番柔らかい口の中で発動したので、強固の鱗も役に立たない。どの生物も口の中は弱点なんだよな。脳に近いし。舌もあるし。


 あたしは崩れていく肉片を見る事もせず、ブラックウェントゥスへ向き直る。


「討伐完了」


「…………」


 ゾブルは目を点にしながら、血の海に沈んでいるシュロックスネークを凝視して、次にあたしに視線を向けた。

 そこには若干の恐れが含まれていたが、尻尾を巻いて逃げる様なことはなかった。


 逃げたとしても追わないけどね。


「シュロックスネークはまだいる?」


 気配を探っても妙な物は引っかからないが、念のためだ。


「あ、え、いや、一匹しか見かけていない」


「それは残念」


「残念?」 


「ひゅ……ひゅ……」


 会話の途中で、息も絶え絶えの声が聞こえた。ゾブルの腹の下を見てみると、可哀想なほど震えあがった子犬サイズがいた。

 あたしと目が合うと痙攣を起こしたように震える。可哀想なので視線をゾブルに戻した。


「じゃぁ、報酬貰っていいか?」


「あ、ああ……目を持って行くがいい」


 覚悟を決めたゾブルに向かって軽く頷く。

 あたしは踵を返してシュロックスネークの胴体へ移動した。


 ゾブルは『あれ?』と首を傾げる。


 あたしはシュロックスネークの全身を観察した。狼の大きさと数、飲みこまれた時間を考えて切り落とす部分を検討する。


 刀で一閃。


 バウン。と、衝撃で蛇の胴体が浮き、鱗と土煙と鮮血が舞う。

 等間隔に輪切りになった胴体を見ながら、刀身を振って血のりを飛ばし鞘に納める。


「間違えて斬っちゃっても仕方ないか。改めてみると立派だなぁ」


 なに食えばこんなに巨大になるのやら。

 

 これからこいつの体内を漁る。

 あたしは上着を脱いで少し身軽にし、髪に体液がつかないように手ぬぐいを被る。


 報酬の品、こいつが全部食っちゃってるから、取り出さなければ入手できないんだよ。


「よいっしょ!」


 切り口を覗くと、中にブラックウェントゥスの死体がある。引っ張り出してみると切断の影響は受けておらず綺麗だった。よし目と毛皮売れる。


「なぁ……ヒトよ」


 皮算用に集中していたら、すぐ横にゾブルが座っていた。耳がピンと立ち、尻尾がペタンと地面に落ちている。


「俺の目を取らないのか?」


「うん、死んでる奴にする」


 ゾブルが驚いたように目を見開いたので、あたしはゾブルの影に隠れている子犬サイズを示す。


「子供育てるんだろ? 両目あった方がいいに決まってる。死んでるやつには必要ないから、そっから獲ってく」


「………そうだが。多い方が良いのではないか?」


「律儀だな。報酬は死んでる奴らが払ったんだ。あんたは両目を大事にしとけ」


 ゾブルはヒュンと鳴いた。

 あたしは作業に戻る。


 体内からブラックウェントゥスを二頭ほど引きずり出して地面に寝かせた。

 窒息ではなく打撃による損傷で事切れていた。


 あー。一頭は目が潰れてる。惜しい。


「くぅん……」


 子犬サイズが死んだブラックウェントゥスに近づいて、子牛サイズと一緒に別れを告げている。

 鼻をひくひくさせてにおいを嗅いで、白目を向いている顔や鼻を舐めたりすり寄ったりしている。


 哀しみを称えた目があたしを見つめる。そしてまたゾブルの影に隠れた。


 ゾブルが同胞を痛ましそうに見た後、あたしに畏怖する視線を向けた。


「我が子達も弱いはずではなかったが。人間がこんなに強いモノだったとは……」


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