覚悟を灯す火焚の目①
<もふもふがいる!>
トゥレイフエリアにある、ストライト湖の港町に向かうため。ムート森を南に移動して、ガクラ町を目指すことになった。
魔王を倒したあと更に森を進み、二回目の野宿。生き物が戻ってきた気配を感じる。
あちこちから肉食獣の視線を感じるが、今はこちらに用がないらしく、また、ばったり鉢合わせしても勝手に逃げてくれた。
先ほど、一匹の狼が逃げていくのを眺めながら、あたしは「そういえば」と、ムート森に関するもう一つの情報を思い出した。
ヘルトイヤー町の、禁断の地スポット雑誌、に記載されていた内容だ。
「北のほうは『トチ狂う木々の宴』だったけど、南の方は『漆黒に浮かぶ火焚』だったっけ? デルタールエリアにかかっている部分の、森の一部に発生している話」
前方を歩いていたリヒトに話しかけてみたが、反応がない。無視された。
「なぁ、聞いてんの?」
強めの口調で呼びかけたら、リヒトは鬱陶しそうに振りむいた。
「ああ? 俺に話しかけているのか?」
「あんた以外に、人が居ると思ってるのか?」
「世間話ならお断りする。一人で会話しとけ」
「糞が」
あたしは話しかけるのをやめた。
「毒づくぐらいなら話しかけるな馬鹿」
リヒトはさっさと歩き始める。
あたしは再度「糞が」と小さく呟いて、更に距離を開け後ろを歩いた。
どうしてこう排他的なんだ。
仲良くなろうとは思わないが、胸糞悪くなる。
ムカムカしていると、ふと、肉食動物特有の鋭い視線を感じて、あたしは後ろを振り返った。
木々が生い茂っているだけで、獣の姿はない。
視線は近くから感じる。上手いこと身を潜めている。襲う気配はないので放って置く。
あたしは雑誌の内容を、もう一度振り返る。
『デルダールエリアにかかっている、ムート森の南側の一部に、暗闇に爛々と光る、赤い炎の目撃があり、『判別する炎』と呼ばれている。
炎に魅入られた人々は半分死に、半分生き残る。
生き残ったほうは、死んだ方の幸運を全て引き受けて、人生ハッピー!
その噂を確認すべく、調査チームを派遣しました。結果だけお知らせすると、一人、帰らぬ人が出ました。
危険なので、興味本位で立ち寄らないようにね。
余談ですが、執筆者はその後すぐに、恋人が出来て結婚しました!』
だったはず。
ふざけている内容だったが、念の為にと役所で調べたら、なんと、十年ほど前から続いている。ただ、その場所に入らない限り被害者は出ていないらしい。
さて、ここはどの辺りだ?
あたしは手帳サイズの簡易地図を見つめた。
時間と歩数と。
今は昼過ぎで星が見えないので、方位磁石で位置を確認する。
ぱたんと手帳を閉じて「ふぅ」とため息を吐く。
ムート森の南側の一部に入ったみたいだ。
これでガクラ町まで五日もあれば到着するはずだ。
「おい。もう少し進んだら野営準備するぞ」
呼ばれて視線を上げると、三メートル先にいたリヒトが、こちらを振り返っている。
「分かった」と答え、あたしも後に続く。
歩きながらまた考える。
話す事がないので、暇つぶしに思案するしかない。
で。火焚について考える。
実際に被害が出ているのであれば、災いの仕業だろうなぁ。でも一昨日、魔王を退治したから。もしかしたら、災いじゃないかも。でもでも……。
気がついたら日が沈み始めていた。考えを堂々巡りさせていたら暇を潰せた。
魔王にしても、そうでなくても、実際に遭わないと対応できない。遭遇したらその都度対応するか。という考えに落ち着いた。
さあて、野宿の準備をしよう。
適度な拓けた空間があったので、今夜はここで野営を行うことにした。
焚火を起こし、灯と熱を確保すると、携帯食料で簡易な夕食を済ませる。
黄昏時は生き物が寝床に戻るため、野鳥や小動物の鳴き声が響き、賑やかだ。
更に時間が経過すると、夜行性の動物が活発に動き始める。
あたしの耳に様々な息遣いが届く。生き物が息づく森は悪くない。
そんな中、ふと、視線を感じる。
通常なら、人を警戒して寄ってこないはずなのに、この視線達はこちらに近づいている。
獲物を狙うような視線ではなく、単に様子を見ているような感じだ。
「………」
カップのお茶をスプーンで回して冷ましながら、視線くる方向に神経を尖らせる。
ちらっと見てみるが、闇の濃さが確認できるぐらいで、視線の主は見当たらない。
多分、人の肉眼で捕らえられない距離にいて、尚且、茂みに隠れて様子を伺っている。
うーん。
襲うつもりがないのに、見ているのは何故だ。
額に反応がないので魔王ではない。妖獣ならもっと殺気立ってるはずだ。そうすると夜盗の類か?
でもこの視線は人ではない。
興味を覚えた。
お茶を飲み干し立ち上がる。リヒトは眉を潜めたものの、あたしが視線を感じた方向を一瞥する。
リヒトも気づいている。ならば話は早い。
「ちょっと席を外す」
「ご自由に」
リヒトはあくびを噛み殺しつつ返事をする。
あたしは荷物をその場に残し、視線が来た方向へ走りだす。視線に警戒色が混じり、視線の数も一気に増えた。
月明かりあるが、木々が密集し、葉に覆われた地面では、効果が無くて暗い。平たんな勾配が続いているので、暗くても大丈夫だ。
あたしは徐々に視線の主達へ近づいていく。
距離を詰めていけば、攻撃を仕掛けてくると身構えていたが、そんな様子はなく、そればかりか。
「おや? 逃げていく?」
こちらの接近に対し、向こうが俄かに距離を開け始めたのが分かった。攻撃の意思はないらしい。
それならば。これ以上は追わないのもアリかな?
少し迷ったが、あたしは走るのをやめなかった。
単純な好奇心が沸き起こったからだ。
この視線は獰猛な肉食獣だと、勘が告げている。
ってことは、知能が高い肉食獣がいるということだ。
レアだな。姿を拝んでみたい。
ワクワクしながら駆ける事、約五分。
あたしが全力で走ってギリギリだ。かなり足が早いが、なんとか追いついた。
地面の削れ方、根っこの傷つき方、葉っぱの揺れ方をなどの痕跡をみると、ジグザグに走って追跡を振り切ろうとしているようだ。
夜目の効く、動体視力が格段に発達しているあたしでさえ、未だその姿を視界に捉えられずにいた。
うーん、これは、保護色かな?
複数の気配が近くにあると肌で感じる。多分、目で追える距離になっているはずだ。
だが見えない。
となれば、風景に溶け込む色彩をしている、と考えられる。
あたしは注意深く目を凝らすと、微かな動きが視界に飛び込んできた。
反射的に、迷わずその方向へ進路を変えて、突進に近い形で距離を詰める。目の前に巨大な物体が飛び込んできた。
「わぁ!?」
案外近かった! 体当たりしちゃうなこれ!
ドシン!
案の定、回避が間に合わずぶつかる。
つやつやした黒い体毛の、毛皮の壁だった。
「!?」
黒い子牛ほどの大きさの生物が、あたしの突進の直撃を腹部に受けて、驚いたように赤い目を見開いた。
ザザザザ
地面に爪を引っ掻けて、転倒しないように踏ん張る。
あたしは踏まれないよう、抱き付くようにしがみついた。もふっとした気持ち良い毛触りだが、獣臭さが気分を半減させる。
それの走りが止まったので、ジャンプして距離を取る。
「わぁ。妖獣だった!」
グリフォンの翼を持ち、毛並みが闇のように黒く、子牛ほどの大きさ。目に赤い炎が灯る狼。
妖獣のブラックウェントゥスだ。
「なんとなくそんな気がしてたけど、黒狼だったか」
名前が長いので、あたしは黒狼と呼んでいる。
妖獣ではポピュラーな存在で、生物の頂点に君臨する肉食獣である。
強い妖獣ランキングでは、上位から中間に位置づけになっている翼を持つ狼だ。個体差が大きく、その能力はピンキリ。
攻撃方法は狼と同じく、牙と爪がメイン。頭が良く統率と連携で狩りを行う。
一番強い雄を筆頭に群れで生活をする。
瞳はサラマンドラの恩恵を受けていて、攻撃する時は目に炎が宿り、炎系の攻撃を行う。
翼があるが、飛ぶ姿は目撃例がすくない。翼は大きいので、飛べるだろうと言われている。
あと、人に懐きやすいらしい。
以上。ブラックウェントゥスに関する記憶を引っ張り出して、意識を戻す。
「ウウウウ!」
ギラギラ光る赤い目があたしを睨みつけ、唸り声をあげ、牙を出し威嚇する。
ガサ、ガサ、と茂みから、他のブラックウェントゥスが出てくる。その数は四頭。
全員、子牛サイズよりは一回り小さい体つきで、その後ろに、さらに小さい子供のブラックウェントゥスが数頭いた。
群れで移動している途中に、あたしがちょっかいを出したみたい。
「ウウウウウ!」
「ギャウウウン」
「フン」
今にも飛びかかりそうなブラックウェントゥス達を、子牛サイズが一声鳴いて戒める。
唸り声をあげていた仲間が目を見開き、あたしと子牛サイズを交互に見て、ゆっくりと後退する。
サッと幼い子供を咥えて、チラチラと子牛サイズのブラックウェントゥスに視線を向けつつ、この場から逃げた。
残ったのは、あたしが体当たりした子牛サイズだけ。仲間を逃がすためにしんがりをするみたいだ。
いや、一匹でも勝てる。と思っているかもしれない。
まぁどっちでもいいか。
「ウウウウ」
力強い唸り声をあげ、目からバチバチと火花を飛ばしながら、あたしから一秒たりとも目を離さない。
うん、こいつが群れのリーダーだ。
さてと、どうしようかな。




