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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ムート森の禁断の地巡り――
30/279

覚悟を灯す火焚の目①

<もふもふがいる!>

 トゥレイフエリアにある、ストライト湖の港町に向かうため。ムート森を南に移動して、ガクラ町を目指すことになった。


 魔王を倒したあと更に森を進み、二回目の野宿。生き物が戻ってきた気配を感じる。


 あちこちから肉食獣の視線を感じるが、今はこちらに用がないらしく、また、ばったり鉢合わせしても勝手に逃げてくれた。


 先ほど、一匹の狼が逃げていくのを眺めながら、あたしは「そういえば」と、ムート森に関するもう一つの情報を思い出した。


 ヘルトイヤー町の、禁断の地スポット雑誌、に記載されていた内容だ。


「北のほうは『トチ狂う木々の宴』だったけど、南の方は『漆黒に浮かぶ火焚ほたき』だったっけ? デルタールエリアにかかっている部分の、森の一部に発生している話」


 前方を歩いていたリヒトに話しかけてみたが、反応がない。無視された。


「なぁ、聞いてんの?」


 強めの口調で呼びかけたら、リヒトは鬱陶しそうに振りむいた。


「ああ? 俺に話しかけているのか?」

 

「あんた以外に、人が居ると思ってるのか?」


「世間話ならお断りする。一人で会話しとけ」


「糞が」


 あたしは話しかけるのをやめた。


「毒づくぐらいなら話しかけるな馬鹿」


 リヒトはさっさと歩き始める。

 

 あたしは再度「糞が」と小さく呟いて、更に距離を開け後ろを歩いた。


 どうしてこう排他的なんだ。 

 仲良くなろうとは思わないが、胸糞悪くなる。


 ムカムカしていると、ふと、肉食動物特有の鋭い視線を感じて、あたしは後ろを振り返った。


 木々が生い茂っているだけで、獣の姿はない。

 視線は近くから感じる。上手いこと身を潜めている。襲う気配はないので放って置く。


 あたしは雑誌の内容を、もう一度振り返る。



 『デルダールエリアにかかっている、ムート森の南側の一部に、暗闇に爛々と光る、赤い炎の目撃があり、『判別する炎』と呼ばれている。

 炎に魅入られた人々は半分死に、半分生き残る。

 生き残ったほうは、死んだ方の幸運を全て引き受けて、人生ハッピー!

 

 その噂を確認すべく、調査チームを派遣しました。結果だけお知らせすると、一人、帰らぬ人が出ました。

 危険なので、興味本位で立ち寄らないようにね。

 余談ですが、執筆者はその後すぐに、恋人が出来て結婚しました!』



 だったはず。

 ふざけている内容だったが、念の為にと役所で調べたら、なんと、十年ほど前から続いている。ただ、その場所に入らない限り被害者は出ていないらしい。


 さて、ここはどの辺りだ?


 あたしは手帳サイズの簡易地図を見つめた。


 時間と歩数と。

 今は昼過ぎで星が見えないので、方位磁石で位置を確認する。


 ぱたんと手帳を閉じて「ふぅ」とため息を吐く。


 ムート森の南側の一部に入ったみたいだ。

 これでガクラ町まで五日もあれば到着するはずだ。


「おい。もう少し進んだら野営準備するぞ」


 呼ばれて視線を上げると、三メートル先にいたリヒトが、こちらを振り返っている。


 「分かった」と答え、あたしも後に続く。


 歩きながらまた考える。

 話す事がないので、暇つぶしに思案するしかない。


 で。火焚について考える。

 実際に被害が出ているのであれば、災いの仕業だろうなぁ。でも一昨日、魔王を退治したから。もしかしたら、災いじゃないかも。でもでも……。


 気がついたら日が沈み始めていた。考えを堂々巡りさせていたら暇を潰せた。


 魔王にしても、そうでなくても、実際に遭わないと対応できない。遭遇したらその都度対応するか。という考えに落ち着いた。


 さあて、野宿の準備をしよう。


 





 適度な拓けた空間があったので、今夜はここで野営を行うことにした。

 焚火を起こし、灯と熱を確保すると、携帯食料で簡易な夕食を済ませる。


 黄昏時は生き物が寝床に戻るため、野鳥や小動物の鳴き声が響き、賑やかだ。

 更に時間が経過すると、夜行性の動物が活発に動き始める。


 あたしの耳に様々な息遣いが届く。生き物が息づく森は悪くない。


 そんな中、ふと、視線を感じる。

 通常なら、人を警戒して寄ってこないはずなのに、この視線達はこちらに近づいている。

 獲物を狙うような視線ではなく、単に様子を見ているような感じだ。


「………」


 カップのお茶をスプーンで回して冷ましながら、視線くる方向に神経を尖らせる。


 ちらっと見てみるが、闇の濃さが確認できるぐらいで、視線の主は見当たらない。

 多分、人の肉眼で捕らえられない距離にいて、尚且、茂みに隠れて様子を伺っている。


 うーん。

 襲うつもりがないのに、見ているのは何故だ。


 額に反応がないので魔王ではない。妖獣ならもっと殺気立ってるはずだ。そうすると夜盗の類か?

 でもこの視線は人ではない。


 興味を覚えた。


 お茶を飲み干し立ち上がる。リヒトは眉を潜めたものの、あたしが視線を感じた方向を一瞥する。


 リヒトも気づいている。ならば話は早い。

 

「ちょっと席を外す」


「ご自由に」


 リヒトはあくびを噛み殺しつつ返事をする。

 

 あたしは荷物をその場に残し、視線が来た方向へ走りだす。視線に警戒色が混じり、視線の数も一気に増えた。

 

 月明かりあるが、木々が密集し、葉に覆われた地面では、効果が無くて暗い。平たんな勾配が続いているので、暗くても大丈夫だ。


 あたしは徐々に視線の主達へ近づいていく。


 距離を詰めていけば、攻撃を仕掛けてくると身構えていたが、そんな様子はなく、そればかりか。


「おや? 逃げていく?」


 こちらの接近に対し、向こうが俄かに距離を開け始めたのが分かった。攻撃の意思はないらしい。

 それならば。これ以上は追わないのもアリかな? 

 少し迷ったが、あたしは走るのをやめなかった。


 単純な好奇心が沸き起こったからだ。

 この視線は獰猛な肉食獣だと、勘が告げている。

 ってことは、知能が高い肉食獣がいるということだ。 

 レアだな。姿を拝んでみたい。

 

 ワクワクしながら駆ける事、約五分。


 あたしが全力で走ってギリギリだ。かなり足が早いが、なんとか追いついた。


 地面の削れ方、根っこの傷つき方、葉っぱの揺れ方をなどの痕跡をみると、ジグザグに走って追跡を振り切ろうとしているようだ。


 夜目の効く、動体視力が格段に発達しているあたしでさえ、未だその姿を視界に捉えられずにいた。


 うーん、これは、保護色かな?


 複数の気配が近くにあると肌で感じる。多分、目で追える距離になっているはずだ。


 だが見えない。

 となれば、風景に溶け込む色彩をしている、と考えられる。


 あたしは注意深く目を凝らすと、微かな動きが視界に飛び込んできた。


 反射的に、迷わずその方向へ進路を変えて、突進に近い形で距離を詰める。目の前に巨大な物体が飛び込んできた。


「わぁ!?」


 案外近かった! 体当たりしちゃうなこれ!


 ドシン!


 案の定、回避が間に合わずぶつかる。

 つやつやした黒い体毛の、毛皮の壁だった。


「!?」


 黒い子牛ほどの大きさの生物が、あたしの突進の直撃を腹部に受けて、驚いたように赤い目を見開いた。


 ザザザザ


 地面に爪を引っ掻けて、転倒しないように踏ん張る。


 あたしは踏まれないよう、抱き付くようにしがみついた。もふっとした気持ち良い毛触りだが、獣臭さが気分を半減させる。

 

 それの走りが止まったので、ジャンプして距離を取る。


「わぁ。妖獣だった!」


 グリフォンの翼を持ち、毛並みが闇のように黒く、子牛ほどの大きさ。目に赤い炎が灯る狼。

 妖獣のブラックウェントゥスだ。


「なんとなくそんな気がしてたけど、黒狼だったか」


 名前が長いので、あたしは黒狼と呼んでいる。


 妖獣ではポピュラーな存在で、生物の頂点に君臨する肉食獣である。

 強い妖獣ランキングでは、上位から中間に位置づけになっている翼を持つ狼だ。個体差が大きく、その能力はピンキリ。

 

 攻撃方法は狼と同じく、牙と爪がメイン。頭が良く統率と連携で狩りを行う。

 一番強い雄を筆頭に群れで生活をする。

 

 瞳はサラマンドラの恩恵を受けていて、攻撃する時は目に炎が宿り、炎系の攻撃を行う。

 翼があるが、飛ぶ姿は目撃例がすくない。翼は大きいので、飛べるだろうと言われている。

 あと、人に懐きやすいらしい。


 以上。ブラックウェントゥスに関する記憶を引っ張り出して、意識を戻す。


「ウウウウ!」


 ギラギラ光る赤い目があたしを睨みつけ、唸り声をあげ、牙を出し威嚇する。


 ガサ、ガサ、と茂みから、他のブラックウェントゥスが出てくる。その数は四頭。


 全員、子牛サイズよりは一回り小さい体つきで、その後ろに、さらに小さい子供のブラックウェントゥスが数頭いた。


 群れで移動している途中に、あたしがちょっかいを出したみたい。


「ウウウウウ!」

「ギャウウウン」

「フン」


 今にも飛びかかりそうなブラックウェントゥス達を、子牛サイズが一声鳴いて戒める。

 唸り声をあげていた仲間が目を見開き、あたしと子牛サイズを交互に見て、ゆっくりと後退する。


 サッと幼い子供を咥えて、チラチラと子牛サイズのブラックウェントゥスに視線を向けつつ、この場から逃げた。


 残ったのは、あたしが体当たりした子牛サイズだけ。仲間を逃がすためにしんがりをするみたいだ。


 いや、一匹でも勝てる。と思っているかもしれない。

 まぁどっちでもいいか。


「ウウウウ」

 

 力強い唸り声をあげ、目からバチバチと火花を飛ばしながら、あたしから一秒たりとも目を離さない。


 うん、こいつが群れのリーダーだ。

 さてと、どうしようかな。

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