出会いは突発的に③
この家には階段が二つ。
一つは正面玄関から上がり、来客部屋と親父殿自室に続き、もう一つは廊下と倉庫にありあたしの部屋へ続く。
母殿の後ろを歩きながら、正面玄関にある階段を上がる。罠は一切ない。階段を上がり切るとドアが二つあり、正面は来客をもてなす&泊める部屋。親父殿の住処は右のドアだ。
トントン
母殿は三人分の湯呑をお盆に乗せて片手で持ちながら、ドアをノックした。
「失礼。ミロノ連れてきたわよ」
親父殿の返事なしに母殿がガラッとスライドドアを開け、二十畳ほどの畳の部屋に入る。あたしは気配を母殿と混じらせるようにしながら消しつつ、中へ入る。
座布団くらいの大きさの剣山の上に、あぐらをかいて座っている親父殿を見て、すぐ帰りたくなった。
「話の腰を折ってないかしら?」
「大丈夫じゃ。儂が一方的に話してただけだからのぉ」
そして親父殿の正面に、畳二枚分の間を開けて、少年が正座して座っていた。
血のような赤い髪は顔を少し覆うように長い。宝石のような紫の瞳がギラギラしている。露出している肌は少ないが頬は青白い。体は中肉中背で背は私と同じくらい。あれ? 年齢も同じくらいかな?
分厚い皮のロングコートにマフラーを着ている。マフラーの模様が東の山奥の村を示していることもあり、他所の者一目瞭然で分かる。
無表情で親父殿と対面しているが、一瞬、場違いに見えたのは、この組み合わせが見たことなかったせいだろう。
「ついでにお茶持ってきたよ」
「助かるのぉ! 喉が渇いておったんじゃ!」
「自分で持って行けばいいのに」
「忘れとった」
「ふふふ。あんたらしいね」
親父殿の姿に一切動じることもなく、ツッコミすることもなく、母殿は平然と対応している。
それぞれの前に湯のみを置き、親父殿と来客の間、ややドア寄りに湯のみを一つ置くと、軽く会釈をして下がった。
「私はこれで」
母殿はドアの前で立ち止まっていたあたしに向かって、『あんたの座る場所はそこ』と視線を投げかける。
『ここに?』と嫌そうに視線を投げかけると、去り際にあたしの背中を押しながら大きく頷いた。
押されて、部屋の中に足を踏み入れると、そのまま静かに閉められた。
ピシャンと音がすると、シーンとしてる。
帰りたいな。
一回だけ目を瞑って、よし! と気合を入れ、あたしは気配を消すのを止めた。
「親父殿、今度は何の趣味に目覚めた?」
「おお! ミロノ。来たか」
白々しい。入った瞬間に気づいていただろうが。
黒い胴着姿の五十代の巨体、熊っぽいのがあたしにむかってニコニコ笑みを浮かべる。
これがルゥファス=ルーフジール。
太陽で焼け過ぎた肌は褐色を通り越して焦げてんのかと思うほど。
顎髭もじゃもじゃは胸板まで伸び、髪はくるくる編み込みで三つ編み……あれ母殿が編みこんだな……が腰の方まで伸びている。眉毛濃いい、皺も深くて暑苦しい。
鍛冶職と刀術と闘気術と罠で鍛えたムチムチ筋肉が、うわぁ皮膚がテカテカ光っている気持ち悪い。背丈も二メートルあって母殿との身長差は大人と子供。
そんな素で子供が泣きそうなヒグマ容姿をした親父殿は、意外にも厳格とは程遠い大きな子供の性格。表情も豊かで茶目っ気が強すぎるせいか子供に大人気。
武術の稽古や知識を惜しげもなく人のために使う彼は、村の皆から親しみと尊敬の念をひとしきり浴びる良き指導者である。
「さささ! こっちへ来なさい」
大喜びで手招きしている。あたしの心はドン引きだ。
「はいはい。来ましたとも。そちらに座っている人は? と、聞きたいんだけど、親父殿。普通に座布団に座ったらってツッコませて。客人を向き合いながら修行してるって、馬鹿なの?」
「はっはっは! お前もやってみるか?」
「変態につき合いきれないので遠慮します」
持ち主の居ない湯呑の前に座ると、あたしを見る視線がもう一つ増える。
否、彼はあたしが親父殿に声をかける直前に、気づいているような節があった。
「…………これがルゥファスさんの娘か?」
少年が私を上から下までさらりと見流す。
初対面でこれ呼ばわりかよ……。
「そうだ。ミロノと言う」
「へぇ?」
失笑を噛み殺したような声だった。
第一印象、なんだこいつ性格悪そう。
でも、まぁいいか。
親父殿の空気がすごく和やかだから、知り合いだろう。
「親父殿、用件はなんだ? あたしがここに座る理由を完結に」
まさか年齢が近いから、彼を和ませるために呼んだのではあるまい?
客人は怯えるどころか堂々と親父殿と対面しているぞ?
「ミロノ……か」
あたしの名を呼ぶ客人は、親父殿に何とも言えない複雑そうな表情を浮かべて、深くため息を吐き、あたしに苦笑いを浮かべる。
「ルゥファスさんに全然似てないですね」
「だろ! 母親そっくりでホッとしておるわ! ほらほらよく見てみろ、ミロノは可愛いだろう?」
気を良くした親父殿は早口で言葉を続ける。
「儂にそっくりのセミロングで漆黒の黒髪で、母親似のキリリっとした大人っぽい顔立ち、爺さんの切れ長の大きい琥珀色の目を受け継いでおる! 無駄な脂肪がなく引き締まった肉体にプロポーションも最高じゃ! 気立ても気性も良くて武術も達人で既にモノノフの称号も得ている。どこに嫁に出しても申し分ない娘だ!」
うわ、熱弁気持ち悪い。
胸を張って我が子を自慢する姿にドン引きする。
親父殿の言葉はまだ続き「それに料理も上手だ。現地での材料を見極め、食べられる物を作れる上に……」と中々話が終わらない。
少年も表情を消しているが、全く関心を持たず聞いていない様子だ。
親父殿が娘を自慢し始めたら、三時間くらいは軽く飛ぶ。時間を無駄にしたくない、止めるか。