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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第七章 成人の儀式
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あたしも頑張らないとな

 親父殿と母殿が村に戻る前日、ルーフジール家に呼ばれた。

 簡単なお別れパーティーを兼ね、今後の注意点を話し合うそうだ。


 いやまて良いのと悪いのを一緒ごたにするのか。料理が不味くなりそうだ。


 そんな不安があったものの食事は豪華で美味しく、普通にパーティーである。


 いや油断はできない。サプライズに苦々しい話を聞くかもしれないからな。

 

「あ、ミロノ。ついでにこれも飲んどきなさいよ」


 母殿が皿の横に二リットルの瓶をドンと置いてくる。色と匂いといい母殿手製の渋ジュースじゃないか。もう激マズ栄養ジュースいらないんだけど。


「えー……」


 不満を口に出すと、よりによって料理の上にかけようとしやがった!

 慌てて皿を取り上げて死守すると、母殿はにっこりと目が笑ってない笑顔を浮かべる。


「飲むよね?」


「飲むしかないだろ」


 素直に頷くと、母殿は再びテーブルに瓶を置いた。


 あたしはネフェ殿の料理を一口。

 うまうま……からの渋ジュースを飲む。えぐみしかねぇ……。

 知ってたけど酷いえぐみで目が覚める……。

 このまま一気に飲み干せば楽なのだが、喉越しも悪いから一口ずつ飲むしかなくこの味から逃げたくなる。


 美味しい味と地獄の味を交互に堪能することになるから、ほんと、脳がばぐりそう。


 あたしはよく肉体をぶっ壊すのでメンテが欠かせない。そのメンテが、何をブレンドされているのかよくわからない謎の渋ジュースを飲む、である。


 ドーピングの類ではなく、疲労や傷の回復を促進する材料が使われている――らしいが。

 親父殿は渋ジュースを畏怖嫌煙していて、『絶対に飲みたくない』と拒否し続けている。


 そんなものをあたしに飲ますのかと、幼き日は思ったが、母殿の手腕に抵抗できるはずもない。気づけば十四年と半年は飲み続けてきた。

 しかし一向に慣れない。

 見るだけで嫌になる。


 根性で渋ジュースを飲み干すと、母殿がとても満足そうに目を細めて、頭を撫でてくれた。


 よし、別の飲んでもいいな!


 ガラス瓶に入れられている果物ジュースをコップに注ぐ。いい匂いだー。


 ゆっくりと口に含む。


 涙が出るかと思った。

 甘さが舌に響き、全身に幸福感が溢れる。

 生きてて良かったと思える瞬間だ。


 舌の感覚が戻って来たので、前に座っている親父殿を見る。


「うまいなぁ! この酒!」


 ぷはぁ! と酒臭い息を吐きながら、超ご機嫌な親父殿が長殿に声をかける。隣に座る長殿はムッとした表情になり、甘辛のソースがかかった鳥肉をナイフで刺して、ズイっと親父殿の顔に近づけた。


「酒しか眼中にないんですか!? 妻の料理絶品ですよ!」


「すまんすまん。美味いと思うんじゃが、リーンの料理食ってたら舌が麻痺してな。よくわからんのだ」


「くっ………嘘だと思えないから強く言えないっ!」


 ごめんな長殿、本当なんだよ。親父殿の味蕾死んでるんだ……。ほんとに腐っているか否かで判断するから。


 まぁそんな味覚死んでる親父殿も嫌忌するのがこの渋ジュース。偉いだろう。あたしはこれを飲んでいるんだぞ!


 二人とも喋るほうが忙しくて食事がなかなか終わらないようだ。

 後で注意事項とか話すと言っていたんだけど、本当に話してくれるんだろうか。

 

 飽きたので横を向く。隣にリヒトがいて、その隣にクルトが座っている。


「兄上。紋の発動時間を短縮するには、やはり精霊へ祈りを起爆剤にしたほうがいいのですか? 紋は蓄音機なので、どうしても合わせるためにタイムラグがあって」


「どのような状況下で使用するか、明確にしているか?」


「戦闘で直ぐに発動してほしいです。イメージはしているのですが」


「術の方でも精霊を集めるには数秒ロスがある。ロスはゼロにならない。数秒にするなら精霊の力を封じ込めた媒体を使うの良さそうだ」


「うーん。鉱石かなぁ? 鉱石の粉末を絵具のように溶かして書いてみましたが、それでも百秒切りません」


「鉱石に副属性の鉱石粉末を使い紋を刻み込むのは?」


「副属性、火ならば風ですね。鉱石本体に刻む。やってみます。あと布とかに効果を得たい場合はどうでしょうか?」


「塗料に加工して染めてみるのはどうだろうか。いや、布ではなく糸から染めて紡ぐほうがいい。刺繍で一度実験してみろ」


 リヒトとクルトが仲良く会話している。

 アニマドゥクス関連の話をしているようだし、混ざったところで何もわからない。邪魔をするのはよそう。


 暇だな。素振りでもしたい。

 そんな気持ちを込めて欠伸をしていると、母殿がすっと背後に立った。

 気配がうっすい! 幽霊かとおもったぞ!


「暇そうねミロノ」


「暇してる」


「ならこっちに混ざりましょうよ? 女子会ね!」


 あたしは母殿達の会話に混ざる事になった。


 ネフェ殿が渋ジュースの瓶を見て眉間にしわを寄せる。


「あれを全部飲めたのね…」


「しつけた」


 母殿が胸を張ったところで、二人が会話を始める。あたしはこの会話についていけない。適当に頷くぐらいに留めた。


「でね、子育てっていうのに少し解放されたんだけど、最近どうも、肌の衰えと下腹部のお肉がぷにぷにと」


 ネフェ殿は自身の腹部を撫でながら肩を落としているのを見て、母殿は盛大に笑い飛ばした。


「そりゃ。運動不足さ! どうせ買い物程度の運動なんだろ?」


「山くらいは登るわよ!!」


「武器振るったら元に戻るさ。長剣かしてやろうか?」


「ここ数年、剣握ってないからなー。手首痛めそう」


 ネフェ殿が泣きそうな口調で自身の手首をさわさわ触っているが、少し前に長い棒で長殿を追いかけ回していたんじゃなかったっけ?


 母殿はぐっとネフェ殿の手首を握って、意地悪く口角をあげた。


「うそつき」


 うん、ネフェ殿ってしっかり筋肉ついてるよね。普段どれだけ殴っているんだろうって思うくらいは、逞しい体つきだと思う。


「嘘じゃないもん。リーンがすごいんだよ。若々しい姿で羨ましい! 皺どこにあるのよ!」


 ネフェ殿はガシっと母殿の顔面を両手で押さえ、かなり近い距離まで顔を近づけて、お肌年齢チェックをしている。


 母殿は超迷惑そうに引きつった笑みを浮かべている。あんまり見ないのでちょっと新鮮だな。


 その後は日常の事から子育てから趣味から夫の愚痴やら話題は留まることがなかった。頻繁に手紙のやりとりをしているって言ってるのに。


 なんだか羨ましい。

 あたしも友人と話をしたいなぁ。







 酒が入った大人達は大変酒癖が悪い。

 親父殿たちも、母殿たちもだ。 

 これは注意事項なんてないなと思ってリビングを後にする。


 両親から散々仕込まれた一か月はあっという間だった。


 修行付けの日々で何度も血反吐吐いたし死にかけた。剣術は基礎からみっちりやり直し、闘気術は三つの段階を終えた。

 武神夫婦を同時に相手にしても即死は免れるようになったし、何発か攻撃を当てられるようになった。

 それと並行して紋の仕組みと精神防御の訓練もした。


 みっちり修行しているが、200年生きている魔王に勝てるのか不安だ。やるしかないけど。

 

 借りている部屋に戻ろうと思ったがふと、紋について読みなおそうと思い、書斎室へ足を向ける。好きな時間に入っていいと言われているから大丈夫だろう。

 入ると、奥の方に小さな明かりが灯っていた。一人だな、誰だ? 

 そういえば、クルトとリヒトが途中で姿を消していたっけ。ここに避難してたのかもしれない。


 あたしがドアを閉めると、音に気づいて奥から……リヒトがやってきた。こちらを見るなり鼻で笑う。


「珍客か」


「誰か珍客だ! あたしは紋の書物を読みに来ただけだ。あんたの邪魔はしないからほっとけ」


「なら今から一切喋るな」


 リヒトは興味なさそうに奥に引っ込んだ。


 皮肉の挨拶やめてほしいんだが。

 あたしは深くため息を吐きながら、紋の書物がある本棚へ移動する。

 ずらっと並ぶ本から紋に関わるものを抜き出していく。定位置に挟まっているので探すのが楽だ。

 目当ての本を抱えてソファーに深く腰を下ろす。


『呪いの解除及び上書き』

 ファールバンデッドと出遭った際に解除に必要な紋であり、『洗脳解除』『肉体正常化』『自害防止』の三つを使用する。

 ファールバンデッドは紋の重ね掛けで作られているらしく、体のどこかに二重、三重の紋が刻まれているそうだ。

 これを解除するには、紋の上に新たな紋を刻み『呪いの解除及び上書き』をしていく。

 ザックリ言えば『包丁を加工してナイフに変える』みたいな感じだ。

 すると自害の呪いが発動せず、魔王に紋が解除されたことを悟られずに済むという。この紋を開発するまでかなりの年数を要したらしいが、その結果、助かる命が増えた。

 あたしも使えるということで、重点的に教えてもらっている最中である。


『アニマドゥクスに対抗するための防御』

 言わずもがな、サトリに読まれないようにする心得や修行内容が書いてある。あたし一人じゃないもできないけど。読みだけでもタメになる。


『一時的に休息が出来る空間』

 休む場所ない屋外で緊急避難するための結界みたいなもんだって。紋で作れるらしい。


 この三冊を読み直している横で、ドサっと音がした。

 見ると、リヒトが五冊ほどの本を抱えてテーブルの上に置いていた。ラベルを確認しながら肩掛けバックに詰めていく。


 いや、なんでこっちに来てるんだよ。

 しかも持ち出し禁止の本を遠慮なく持ち出している。

 

 リヒトはたしか、親父殿たちが帰ったあとも別荘で寝泊まりするとか言ってたっけ。長殿と和解してないんだなぁ。


 いやいや関わるまい。火に油を注ぐことになりそうだ。


 再び本を読み始めたが今度は、がたん、という音を聞いて反射的にドアを見る。

 リヒトがドアを開けて書斎室から出ようとしていた。


 うん……動作の気配が格段に減っている。暗殺者を目指してるのかと思うくらい気配が消えてる。


 そういえば、母殿がナイフ術と接近術を教えていたっけ。だから最近は暗器を隠し持っているみたいだし。

 いやまじ暗殺者じゃん。母殿から合格もらったら里で重宝されそうだな。


 あとネフェ殿から苦手な天のアニマドゥクスを学び直しをしていると聞いたっけ。

 うーん。出来ること多すぎじゃねアイツ?


 見たらリヒトが振り返った。

 やっべ。視線にも鋭くなってやがる。皮肉飛んでくる前に誤魔化すか。


「おやすみ、また明日」


 リヒトが視線を逸らした。

 よし誤魔化せた。このまま何事もなく通路に出るだろう。

 さて本読むか。


「また明日」


 ドアが閉まる直前に、ぼそっと声が聞こえたので、あたしは思いっきり顔を上げた。

 だがリヒトはすでに出て行っている。


「いま、また明日って」


 初めて返事が返ってきた。

 いや幻聴だったかもしれない。空耳だったかもしれない。だけど…………なんか嬉しい。懐かなかった小動物が挨拶してくれたような気分で、心がホカホカしてくる。


「あの気難しい奴が仲間と認めてくれたし、あたしも頑張らないとな」 


 より一層気合が入った。

 強くなろう。

 自分を守りつつ、リヒトも守れるように。

 







 春になり、アビルス封鎖地区の調査時期がやってきた。

 あたしは綺羅流れ(きらながれ)の調査隊の一員として登録され、スートラータのクラサージ町へ出発した。

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