モグラ穴はあちらこちらに⑥
【どこなんだぁぁ! 姫!】
目当てのものがないことに気づき、魔王は狼狽したように腕を振り回し、頭を忙しく動かして周囲を探る。
その度に水しぶきと小さな地響きが起こり、なんか派手だ。
【香りが……、どこだ!】
水を沢山被ったので、足にかけられたハーブ茶の香りが薄まったようだ。
好都合。
姫を探して注意力が散漫になっている。
「あんたの姫はどこにも居ない!」
あたしは一番外側にある腕を十本、根元から切り裂いた。
切り離された腕はすぐに霧散する。返す刀でその奥にある腕を七本くらい切り離した所で
【何をするんだ! 邪魔をするのか!?】
あたしの存在に気づいた魔王が、側面の腕を振り下ろしてきたので、身を翻して避ける。
さて、どう料理してやろうかな。
リヒトが何か企てているみたいだから、協力してやろう。
うーん、本体を出すって事は……。
こいつの体の上に乗るほうが早いかな。
「っと!」
振り降ろされた腕を、難なく切り裂いてすぐジャンプ。魔王の体に着地し足場を作る。
やや安定したにで、中央に向かって触手をばっさりと切り裂い。
徐々に中身を露出させるが、間近で見ると気持ち悪いさが際立つ。生理的悪寒が半端ない。
【貴様が、貴様が愛しい姫と我を離すのか!? 許せん!】
魔王の白い目と口が釣り上り、顔つきが変わったのが見えた。
パリパリ!
人の皮が弾けて中身が露わになる。目と口が白いだけであとは真っ黒、表情もなにも読み取れない。影の様な姿になる。
こちらの方が見る分には楽だ。
【くらえ!】
側面の腕と手前にある腕が、一度に覆い被さって、潰そうとしてくる。範囲が広いので避けられない。
ならば、受け止めるだけ。
素早く二回ほど体を回転させて、それを全て切り裂いた。
目の前で黒い霧がバッと広がり、消えると、本体を護る最後の腕が見えた。
あたしはにやりと笑みを浮かべる。
「あと少しだ!」
ザシュ!
腕を切り裂き本体を露にした。
魔王の目は更に激怒し、咆哮をあげるが全然怖くない。
「よし、今すぐそこから離れろ。逃げないと焦げるだけじゃすまないぞ!」
振り返ると、本体から一直線の位置にリヒトが立っていた。手にはマッチ棒五本を携えている。
「言われなくても退く!」
あたしはすぐに本体に背を向け走った。
既に切り口に膨らみがあり、新しい腕が生えそうである。
背後の腕が捕まえようと迫ってくるが、ステップで易々と回避し、魔王の体から飛び降りる。高さは二メートル強、受け身を取るほどではない。
リヒトの正面に行くと巻き込まれそうなので、大回りをして彼の後に回り込んだ。
改めて魔王の姿を見て、あたしは溜まらず吹き出した。
「ははは! 散髪に失敗した頭みたい!」
ふさふさな頭部の中央から後ろ側を、バリカンで刈り上げたって感じ。
予想以上に間抜けな姿がそこにあった。
【許せん! 許せん!】
魔王はあたしとリヒトの方向へ突進してくる。
二本脚と半分ほどの腕を使い、ジッタンバッタンな蜘蛛の動きで、間を詰めてくる。
おや? 結構速度がある。
「あたしはここまで。ここからはあんたがやってよ」
リヒトは軽く頷いて、マッチの先端を魔王に向け、聞き覚えのない音色を口から発した。
<サラマンドラよ! 高々と踊り狂え!>
楽器と思ったのだが口笛に近い感じ。
だが明らかに口笛の音ではない。
喉でハープ音を出しているような、不思議な音だった。
リヒトが音を出し終わると、マッチの先端から鉄を溶かすような強力な熱が沸き上がる。
炎火柱がうねった瞬間、矢のような速度で一直線に魔王の額に激突し、魔王は炎に包まれる。
【アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!】
耳を覆いたくなるほどの巨大な悲鳴あげ、イソギンチャクは炎に包まれ、真っ赤になった。
ジッタンバッタン、ゴロゴロゴロ。
巨体を激しく悶えさせるが、徐々に動きが鈍くなり、止まるのにそう時間はかからなかった。
焦げる匂いはないが、ボロボロと朽ちる音だけが響く。
【ただ、一緒に居たくて、探していただけなのに……】
魔王の言葉を聞いて、リヒトは鼻で笑った。
「ふん。相手の判別もつかない輩が『探してた』なんてほざくなよ。今度は間違えんじゃねぇそ。『ミロノ』」
【間違え……る? 間違え……ない……】
それを最後に、イソギンチャクの体が破裂して、黒い霧をあたり一面に出した。
思わず身構えたが、霧はすぐに霧散する。
「あれは?」
霧が晴れる瞬間、泉が薄いピンク色に染まっている事に気づいた。
「泉の色が」
瞬きをすると泉色は透明に戻っていた。
「泉の色が?」
リヒトに聞き返されたものの、多少なぎ倒された背の高い草と、透明度の高い泉があるだけで、変わったところはない。
「なんでもない」
なんだ。見間違えただけか。
「今回の依代はこれか」
あたしは泉に浮かんでいる、破れた人間の皮を見つめた。
拾う気にはなれないと思っていると、頭が欠けた皮は溶けてすぐに消え失せた。
跡形もなくなったのを確認して、あたしはリヒトに先ほどのことを聞いた。
「さっきの何? マッチの火が炎になったんだけど?」
「あれが俺の武器。アニマドゥクスと呼ばれている」
アニマドゥクス? なんかどっかで聞いたことあるような?
親父殿や母殿が前に言っていた、賢者の能力の一つだったような気がする。
「それってどんなやつ?」
教えてくれないかもと思ったが、リヒトはあっさりと説明してくれた。
「自然界を司る精霊をある程度コントロールできる。例えば、今は火を使っただろ?」
あたしは頷く。
「マッチだけじゃなくて、町とかについている火でも良い。簡単に言えば、呼びだしたい精霊の属性と同じものを用意して、それを餌に精霊を集める。精霊を具現化するには、名前を呼び存在を確定させてから、それらをコントロールして術を発動させる」
「ふむ。なら風を使うなら、今こうして吹いている風も武器に使えるってこと? 水なら唾液とか血液でも代用可能で、土なら、あ、土は一番簡単かな? すぐに術発動しそう」
あたしの言葉に、リヒトは驚いたような視線を向ける。
「飲み込みは早いんだな」
「失敬な!」
どんだけ馬鹿だと思われてるんだ。
「それなら、今回の戦闘で、水や風を使わなかった理由を説明しなくていいか」
「当たり前じゃん」
肩を竦めてため息を吐く。
「あいつ、泉から出てきたから水は苦手じゃないし、寧ろ属性的に強化される可能性もある。風を使っても良かったかもしれないけど。既に火が弱点だって知ってるのに、わざわざ使う風をメインで使う必要ないじゃない?」
「合格だ」
リヒトは満足そうに頷いた。
「無事でなにより」
あたし達が無事に戻ってきたので、アンジャは喜んでくれた。
穴を開けた正体は妖獣だったと伝え、確認できた範囲で退治し焼いてきたと告げた。
生き残りがいれば、また事件は起こるかもしれないが、ひとまずは安心してほしいと伝えると、彼は大いに喜んで沢山の感謝の言葉を述べた。
そして泉に浮かんだ人の皮について、顔の輪郭や体つきなど特徴を述べたら
「なんと!? 墓を確認せねば」
どうやら依代になった人物は、アンジャの顔見知りだったようだ。
「旅の方、本当に有難うございました。貧乏なゆえ、お礼の品は用意できませんが」
「なら、ハーブ茶少しわけて」
何気なく催促すると、50パック入り一箱くれた。
言ってみるもんだ。
美味しい入れ方を教えてもらったついでに、ティータイムしていると、今度はリヒトも飲み始めた。
「どうですかな?」
「可もなく、不可もなく」
どうなんだろうその感想。
あたしは美味しいけど、好みの問題だから仕方ないか。
ハーブ茶を一気に飲み干したリヒトは思い出したようにアンジャに話しかける。
「村長さん、明日にでも、亡くなった娘さんにこのお茶を添えてみたらどうだ? もうあの妖獣は出てこない。泉で死んだ旦那さんにも供えれば、二人とも喜ぶとおもう」
「!?」
アンジャは大変驚きながら、ゆっくりと写真立てに視線を止める。
若い娘が映っている写真を眺めて、微笑みながら頷く。
「そう、じゃな。また、そうしようか。ありがとう、旅の方」
微笑を浮かべ、物思いにふけるアンジャを尻目に、あたしはリヒトに呼びかけた。
「あんた、やっぱ原因から何から……最初から知ってたんじゃないの?」
「残念ながら、そこまで読み取れなかった」
カップを置き、席を立つリヒト。
嘘つきめ。
内心毒を吐いきながら背中をみつめ、姿が見えなくなったところで、視線をかえる。
「さ。ティータイムの続き、っとね」
あたしはピンク色のハーブ茶『潤い飴』を飲む。
甘い匂いと甘い味、だけど後味サッパリ。
心ゆくまでおかわりをした。
次回は新しい森になります。




