表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わざわいたおし  作者: 森羅秋
――美味しい紅茶にご用心――
25/279

モグラ穴はあちらこちらに⑤


 簡単な入浴を済ませてスッキリしたので、ついでにアンジャに空腹を訴えるとパンとミルクを頂いた。


 黙秘による迷惑料としては破格の値段だと思う。

 

 さて、村人の安否確認に向かった村長が戻る前に、リヒトに確認しておこう。


 彼もパンを食べている。咀嚼がひと段落したタイミングで声をかけた。


「まさかとは思うけど、ハーブ茶飲んだら襲われるって分かってた?」

 

 それならちょっと軽く絞めないといけないと思っていたが、リヒトは首を左右に振った。

 

「いいや、残念ながらそこまでは。ただ、落ちた時に何かがいて、あの茶と似た匂いがしたから、飲みたくなかっただけだ」

 

 先ほどの襲撃で、襲われていたのはあたし一人。彼は傍に居ても何もされていない。

 つまりハーブ茶の匂いに反応して襲ってくると思ってよさそうだ。

 

「むぅ。結果的にはハーブ茶を飲まなかったら、襲われないって分かったけど。……って、ちょっと待て。何かって、あの腕の事? 初めに落ちた時にすでに接触したのか!?」


「そうだが?」

 

 きょとんとしながら肯定した。

 

「言えよ!」

 

「暗かったし、蠢ている物、としか認識できなかったから、言わなかった。反射的に火で対応したらすぐ逃げてったから、印の反応に気づかなかった」

 

「あ、そう」

 

 あの時の赤い色、あれは火の色だったんだ。

 火で追い払えるのは分かっていたから、穴に火を投げ込んだってことか。

 

「じゃ、その火は一体どっから出したの? 暗いならすぐにマッチ出せないだろうし、そもそもマッチ程度の火じゃ退散しないでしょ」

 

 素朴な疑問を投げかけたらリヒトは肩をすくめる。

 

「企業秘密。まぁ、これから使うから、すぐにタネが分かるだろうがな。どうせ、お前は使えないし」


「ふーん。だけど火がいつでも起こせるとなると便利。焚き火とかに重宝しそう」


「そんなくだらない事には使わない」

 

 リヒトは嫌そうに視線をそらした。


  



 アンジャが戻ってきて、村人全員の安否が確認された。


 穴に落ちていた遺体は旅人だろう、と仮定され、騒ぎが収まるまで、そのままにすることにしたらしい。


 埋葬は穴から引っ張り出さず、上から土を被せる案が濃厚のようだ。


 皮剥がされているし、腐乱しているから、妥当な手だと思う。

 

 もしかしたら、遺品だけ回収するかもしれないけど、あたしがやるわけではないので、どうでもいいや。

 

 さて、穴の中にいた魔王の言葉をアンジャに伝えると、その泉は村の水源だと説明を受けた。

 

 行きたいと伝えたら場所を教えてくれたが、なぜそこを知っているのか? と、アンジャは不思議そうに首を傾げる。

 

 そこがワームの住処になっているかもしれない、と嘘八百を吐いてそれっぽい理由を作ると、なるほどと納得してくれた。


 黒い手はワームの妖獣ってことにしといた。


 『災いが起こっている』と告げると、混乱が生じて村が廃墟と化すので、知らせるのは最終手段だ。というリヒトの提案に乗った。



 さて、目的地が近づいたので回想終わり。

 

 丈の長い草を手で避けると、突然広い視野が出てきた。

 中央に透き通る泉が湧き出ている。

 相当深いようだが底まで難なく見えるほど、透明度は最高だ。


 これが村の水源となっている。


 陽の光に輝く、透明な水面に自分の顔を映しながら、アンジャから聞いた悲壮話を思い出した。

 

「この湧き水の中で人がねぇ」



 アンジャは語った。


 娘は寂れる村を救いたいとハーブの育成に力を注いだ。

 娘には将来を約束した相手がおり仲睦まじく日々過ごしていた。

 十年の歳月ののち成果が実り、理想のハーブが完成しお茶を創る。

 特産品として村を盛り上げられる! 少しでも栄える事が出来る!と喜びの絶頂だったが、

 間もなく娘の体は病に侵され、あっという間にこの世を去った。

 残されたのは夫婦となった男。

 男は娘の死が受け入れられず、頭を病み、亡き娘を探して彷徨っていた。

 ついに何日も姿が見えなくなり皆で探したら……



「この泉の中に沈んでいた。どっかの話に出てきそうなオチだな」


「そこを動くな」


「ん?」 

 

 バシャ。


 リヒトは濃いピンク色の液体の入った小瓶の蓋を開け、あろうことかあたしにぶっかけた。


「おい」


 防水の靴だからまだ許せるものを、しみ込むタイプの靴だったら本気で蹴り上げてやるところだ。


「囮がいるだろ。お前にぴったりだ」

 

 せせら笑っている姿を見て殴りたくなるが、今は我慢だ。

 

「自分にかけろ」


「俺は素早さあんまりないから。お前が適任だ」


「確かに、あんたは鈍くさい」

 

 煽ってみたが、リヒトは揶揄を無視して、辺りを警戒する。

 まぁ。遊ばないほうが良いか。

 

「男が死んだのが一週間前。そのころから穴が出来始めた、と言っていた」


「そうだな。死ぬ間際に憑かれたのか、死んでから憑かれたのか……ああ、きたぞ」

 

 リヒトの言葉と同時に、あたしの額が熱くなる。


「さぁて。どこからくるのやら」

 

 あたしが刀身を構えると、足元の地面がひび割れていく。透明だった泉が沸騰したように、ぶくぶくと泡立つ。

 

「毎度毎度思うけど、こう熱くならなくて良いと思わない? 一瞬の隙をつかれそう」


「同感だ。集中しづらい」

 

 軽く胸を押えていた手を懐にもっていって、何かを取り出すリヒト。

 

 気になるが、戦闘時に敵から視線を外すのはマズイので、ぐっと堪える。

 凶悪なる魔王は強大だ、油断すれば簡単に命を持っていかれる。

 

「きた!」

 

 泉の底の方から、黒い渦が発生した。


 バジャ!


 水しぶきをあげて、黒い腕の束が何本も、空へ向かって伸びてきた。



【ここに! ここに居るのかい! 我の愛しい姫よ! 待っていた!】



 黒い腕の間から、人の姿が浮き出てくる。

 

 白いカマボコの目に、白い逆かまぼこの口。前回と違うのは裸の男性の皮を被っているという点だ。

 

 皮のあちこちが破けて、黒い手指がバラバラに動いている。


 本来あるべき股間のブツがなくて助かるが、手指が蠢く股間はかなり不気味だ。


 一般人が見れば絶叫するか、通報されるかの変態姿だが、見た目で判断してはいけない。あれは魔王だ。


 皮を被っている意味が分からない。と、リヒトが呆れた様に呟いていた。


【姫よ! そこにいるな!】


 何本かの腕が、軟体動物のように滑らかに動き、本体と思われる塊部分を、水面から陸地へと移動させる。


 その度に水しぶきが舞って、あたし達はもうずぶ濡れである。冷たいから止めてほしい。


「わぁ。思ったよりもデカイ……」


 一見すると、イソギンチャクのような出で立ち。

 縦横の直径5メートル越えの、巨大不気味生物と化していた。

 腕も人間の背より一回り大きい。動いてるだけで風圧がくる。


リヒトは見上げながら、中央を示す。


「だが、本体の大きさは俺達と同じくらいだ」


「まぁ、人の皮を被れるくらいだから……うん、人間サイズだね」


 本体はイソギンチャクの中央、腕や手がガッチリガードしている部分だ。

 

 切り刻む方がいいのかなと、攻撃手段を思案していると、「腕が邪魔だ」と言い、チラリとあたしを見るリヒト。


 あたしは読心術なんてない。だけど、彼が何を言いたいのか、すぐに分かった。

 

「触手を切って本体出せってことか? 刀でも一応切れるけど、おそらくすぐに元通りになるぞ」


 リヒトは「ふっ」と鼻で笑うと、人事のように気楽に言った。


「健闘を祈ってやる」


「チ、勝手に祈ってろ!」

 

 魔王の体が完全に泉から出た。

 狙うは芯の露出。

 あたしは魔王に向かって駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ