モグラ穴はあちらこちらに③
あたしはハーブ茶とパンをご馳走になりながら、アンジャの自己紹介を聞いた。
奥さんは二年前に先立たれ、嫁夫婦は町に移住したので現在一人暮らし。掃除ともてなしが好きだそうだ。
今使わせてもらっているかわいい花柄ティーカップは奥さんの趣味で、来客に使っているそうだ。
談話が好きなようで、ずっと喋っている。
「ここらの土地は肥沃な土地での。農作物が良く取れるのじゃ。そこでお茶の産地になれば王都でも売られるのでは? と考えて、色々試行錯誤して出来上がったのはこのお茶じゃ」
村の歴史を説明していて少し退屈だ。あたしは相槌打ちつつ、意識を別の方向へ飛ばしている。
「どうじゃ?」
期待を込めた視線を感じて、あたしは意識を戻す。
ティーカップに注がれているのは、村で品種改良されたハーブ茶だ。
キレイな薄いピンク色。熟れた果実系の甘い匂いがする。
一口飲むと、渋みが少なく、さらりとした甘さで後味スッキリ。
「あ! 美味しい!」
砂糖入れてなくても、これだけ甘味があるのは驚いた。甘い物のお供だけではなく、食後のお茶や、朝の目覚めのお茶にも使えそう。
予想以上に好みな味に、ごくごくと飲んでいたら、村長と目が合った。とても嬉しそうだ。
「好みに合いましたか?」
「ああ! これ絶対売れるとおもう!」
力強く同意すると、アンジャの目が輝いた。
「そうじゃろうそうじゃろう! このハーブ茶は村で改良した茶葉を使用ものじゃ。潤い飴という商品名を付けて、周囲の町へ売り出し中じゃ」
「これ買えるのか! やった! 買っておかないと」
「嬉しい事を言ってくれる!」
村長は手を叩いて喜んだ。
「村の女性も絶賛しておった! 若い娘を中心で人気が出るに違いないと、太鼓判を押されてのぉ。間違いないようで良かったわい」
だから、あたしの反応を見てたのか。
「へぇ。ベリンダの思いついた交配が成功して、その苗が村の名物になった、か。彼女も感無量だろうな」
リヒトは頷きながら返答をするが、感情が何も籠ってないのは明白だった。
それに気づいていないのか、アンジャは「そうじゃろう!」と嬉しそうだった。
って、ベリンダって誰だ。
そんな名前の女性は、出てきてないような気がするけど?
不思議に思うが、村長の様子からすると、名前を言ったのだろう。
あたしが聞いていないだけのようだ。
「ベリンダは村を寂れさせまいと、必死になっておったから。ハーブ茶が完成して本当に嬉しそうだった。あの子は、本当に良い娘だったのぉ」
アンジャは頷き、ゆっくり想いを馳せる。
……だった?
引っ掛かりを覚える。
確か娘は嫁に出て町に行ったんじゃ?
うん、今度から話はしっかり聞いておこう。
「だから、儂らがしっかり売らなければ!」
アンジャが思い出から抜け出し、気合を入れる。そんな彼を視界から外し、リヒトは窓から見える景色を一瞥する。
「その割に畑は無残な姿だな。穴だらけで。手入れとかしてないのか?」
あんた、それは嫌味だぞ?
あたしの内心ツッコミに気づいたのか、リヒトから軽く睨まれた。
「手入れしたいのはやまやまじゃが」
村長が苦笑しながら、困り果てたように眉を下げた。
「やりたくても出来ないんじゃよ」
村長は沈痛な面持ちで窓辺へと向かい、外を眺めた。
今にも涙を流しそうな、悲しみに沈んだ表情をガラス越しで伺える。
「ほんの二、三日まえの事じゃ、突然穴があちらこちらに出来て。……多分、モグラの仕業じゃろうと村の者は噂しておる」
「やけに巨大なモグラが居たもんだ」
リヒトが肩をすくめると、アンジャは大きなため息を吐く。
「人が掘れると思えないほどの深さと数だからの。悪戯にしては大規模過ぎる。だったら地盤沈下か、モグラか……。それしか思い当たる原因がない」
「地盤沈下? この辺りは硬い洪積層のはずだが」
あたしが指摘すると、アンジャは表情を曇らせた。
「さぁな。地層はわからないが、全く覚えがないんじゃ。気づいた時には穴が空いていて、それが日を増して増えている、ということぐらいしか」
「妖獣は?」
あたしはもう一つの可能性を示唆した。
「人間への被害が無いから、今は視野に入れておらぬ」
人間への被害がない、か。
「被害は主に穴に落ちる、ということだけじゃ。落下で怪我はするが、それ以上の被害はないんじゃ」
「そういえば、急に穴ができるって言ってたな」
アンジャがぶるっと震えた気がした。気になったのか、リヒトの眉間にしわが寄っていく。
「何か知ってるのか?」
アンジャは窓の外へ視線を泳がす。
「知っているというか。不気味なものが。足元から急に穴が空き、落ちる。穴の近くは、土が脆く、落ちる………。あれはモグラじゃ。モグラでなければ、なんだと……」
カチカチと歯が鳴るが、あたしが「大丈夫か?」と呼びかけると、ハッと気づいて顔をあげ、引きつった笑顔を浮かべた。
「兎に角、穴の傍を通るときは、気を付けておきなさい」
アンジャはそう締めくくった。
何か知ってそうだけど、話してくれる様子はない。
問い詰めようか、今は様子を見ておこうか考えていると、リヒトが話を続ける。
「穴ができたのは数日前から? 一週間以内からか?」
「なんでそう言い切れる?」
聞き返すと、彼はしれっとした顔で言った。
「穴の中に人の死体があったぞ」
「なんと!?」と叫ぶアンジャ。
「へぇ~、そーなん? 白骨化? それともまだ死んで間がない?」
あたしは興味なさげに頷いたが、アンジャは目に見えて分かるくらい驚愕していた。リヒトは視線をアンジャに向けたまま、あたしの問いに答える。
「ぱっと見た目と匂いで、死後数日は経過してる。ただ、穴の中がひんやりしていて、腐敗も少なかったから、正直なところ正確な日数はわからない」
「へぇ。ご愁傷さまだ」
「興味なさそうだな」
「まぁね」
「その死体が服を着たまま、生皮全てはがれていたとしても?」
「うわぁ」
「まぁ、肉がそのまま残っていたお陰で、落ちた際にクッションになってくれて、怪我をせずにすんだ」
「うわぁ。最悪。中身は出なかった?」
「骨が折れた音はしたが、出てなかったんじゃないか? 服汚れてなかったし」
「気持ち悪。でも言ってくれたら一緒に引っ張ったのに」
「死体と一緒に引っ張り上げられるなんて御免だ」
「それもそうか」
「た、大変じゃ!? 村の誰かが落ちておるかもしれん。いや、でも行方不明者の話は出なかった……ううむ。どの穴に落ちていたのかまだ覚えてますかな?」
リヒトが詳細な場所を教えると、アンジャはメモに取る。
「まずは村の者全員の安否を。もし妖獣なら、討伐依頼を出さねば」
真っ青になったアンジャは、独り言を呟き部屋の中を右往左往している。
あたしは彼の様子を視界の端っこに置いて、バーブ茶をお代わりする。
これは癖になりそうな美味しさ。
ふと見ると、リヒトは全くお茶に手をつけていない。
「お茶飲まないの?」
「ああ。この匂いは苦手だ」
「ふーん。良い香りだと思うけどな」
カップを飲み干して、あたしは移動する。
窓から景色を眺めると、いたるところに穴があった。
おそらく穴の直径は2メートル。
仮にモグラ仕業なら、数メートルの巨大な大きさなるだろう。妖獣なら兎も角、通常の生物でそんな大きさ、見たこともない。
妖獣の仕業なら、穴が発生時点で人に被害でる。
あいつらは肉食で人間の肉を好む。
そう考えたら、妖獣の類ではない。
もう一つ疑問点。
誰一人として、穴を埋めていない。
困っているわりに、放置されている。いくら深くても、土を集めて穴を塞ぐ事が出来るのに。
「穴を埋めないの何故だ?」
動き回っていたアンジャは立ち止まる。体を硬直させ戦慄する。
「埋めようとしたんじゃ。……埋めようとした端から……」
「端から?」
アンジャは黙ってしまった。
リヒトは探る様な視線をアンジャへ向ける。背中を向けている彼は気づいていない。
気づかれたらさらに怯えてしまっただろう。
「い、いや……なんでもない」
喋るかと思ったが、言葉を濁された。
あたしは次の質問をぶつける。
「穴に落ちた人は助けられなかったのか?」
「いいや。完全に落ちる前に助けた。 あれは、阿鼻叫喚じゃった……」
そして弁解するように付け加えた。
「本当に死体に気づかなかったんじゃ。村の中なら助け……。いや、村の中でも、穴に完全に落ちたら……。儂らには、きっと、助け……られぬ」
「だからその理由を知りたいんだけど」
長老の表情が絶望で塗り固められる。
駄目だ。話してくれない感じがする。
詰問は不味いので、これ以上聞くのはやめよう。
視線を離すと、リヒトもアンジャを見るのをやめていた。顔をそむけているので、上手く読み取れなかったのだろう。
あたしはそう解釈して
……ん?
リヒトが窓枠の傍の棚の上を凝視している。視線を追うと、念写式人物画を見てるようだ。そこには二人の女性が微笑んでいる。
「おや?」
外から妙な気配がしてきた。
なんだろう。
徐々に邪悪な気配が強くなってきたので、警戒する。
「どうした?」
あたしの雰囲気が変わったことに気づき、リヒトが呼びかける。
彼が分かっていないとなると、近くではない。
でも遠くではない。
「ちょっと、変な気配が……」
あたしはいつでも刀を抜けられるようにしつつ、ドアを開けて外を伺う。
村人は遠くにちらほら見えるが、アンジャ宅の周りには誰もいない。
もう、すぐ近くまで迫っているのに、外は穏やかだ。
気配が近づくにつれ、額に熱がまとわりつく。でも決定的ではない。壁一枚隔たれたような、そんな感覚だ。
「ちょっと周りを歩いてくる。外に出るなよ。興味本位なら止めないけど」
「出ねぇよ」
リヒトの言葉に頷きながら、あたしは外へ出る。




