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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――美味しい紅茶にご用心――
22/279

モグラ穴はあちらこちらに②

 群衆の中から、初老の男性が恐る恐る近づいてきて、震える声を出す。


「あの、もし……」

 

 のだが、あたしの眼中に入っていない。


「あー! あー! お前と喋ると吐き気がしてきた!」


「吐けば! 穴はいくらでもあるし、好きなだけ吐けば!? なんなら穴に落ちて吐き散らかせば!? 上から埋めてやるわ!」


「お前の上に吐いてやるから、穴に落ちろ!」


「うっわ! 汚ったな! その口しっかり塞いで逆流させるから窒息しろよ!」


 初老の男性は、あたし達の威圧に圧倒されながらも、じりじり近づき、震えながらゆっくり手をあげる。


「あの、もし。……お二人は、旅の方、かな?」

 

 のだが、やはりあたしの眼中に入っていない。

 睨み合っているので、外野の動きに注意を払っていない。


「しっかり用心しとけよ! 俺がいつ落とすか分からないぞ!」


 リヒトがちょっと高い身長で見下ろし、激怒した表情で睨みつけてくる。


 くそ! ちょっと身長伸びたなこいつ!


「そっちこそ! 狙ってスカって落ちたら、それでこそ笑いものだからな」

 

 あたしは目線だけ見上げて、皮肉っぽく笑いながら、睨み返す。


 初老の男性は少し涙目になりながら、果敢に声をかけてくる。


「あのぉ……もしもーし。旅の方。この場所は危ないので、お話は。ええとあの、ちょっとお話を……」

 

「そんな間抜けな事するか!」


 リヒトは握りこぶしを更に握って、激しく声を出すので、鼻で笑ってやった。。


「さっきもそう言って落ちたくせに! はん!」

 

「言ったな! お前が落ちても、絶対に助けたりしねぇ!」


「上等だ! そんなヘマをするものか!」

 

 あたし達はギリギリと奥歯をかみ締めながら、お互いの額をくっつけてにらみ合う。


 手を出さないのは、理性が働いている証拠だが、傍から見れば一触即発だろう。


 初老の男性は顔色を青く変えて、慌てて一気に距離を縮め、あたし達間に割って入った。


「お、落ち着いてください! 何があったのか知りませんが、往来で喧嘩はいけません! 落ち着いて下さい!」

 

 あたし達は初老の男性に向き直って、同時に叫んだ。


「「取り込み中だ! 少し黙っていろ!」


「ひぃぃ!」

 

 怒鳴り声に腰を抜かし、ドサッと地面に尻もちをついた。顔面が蒼白になり、ガタガタと体を震わす。


「……」


 その姿を見て、あたしは頭が冷え、「申し訳ない」と慌てて謝罪した。


 リヒトもバツが悪そうに頭を掻きながら、初老男性に手を差し伸べた。


「じいさん、驚かせて悪かった」


 ゆっくりと起こされた男性は呆然としていた。


 尻餅をついた時に服に砂がついていたので、あたしはその部分を軽く叩き落とす。


「往来で騒いで迷惑をかけてしまったな」

 

 そして視線を感じて、辺りをゆっくり見回す。村人が怯えながら遠巻きにこちらを眺めていた。


 旅人がトラブルを起こし、年寄りが巻き込まれた!? と完全に思われているだろう。

 

 困惑した視線が痛いくらい体に突き刺さる。


 猛烈に反省しながら、あたしは周囲に会釈をする。

 

「驚かせてすまなかった」


 村人数人がビクッと反応して、即座に視線を外された。

 

 あ、怯えられた。


 落ち着きを取り戻した男性が、事情を尋ねる。

 

「喧嘩の原因は何事ですかな?」


「それは……」

 

 内容がくだらなすぎて説明に困ると、リヒトはしれっと穴を指さした。

 

「この穴について討論していたら、助け出す方法で意見の相違があり、それで白熱しただけだ」

 

 どこをどう掻い摘んだらそんな綺麗にまとまるのか?

 あの罵倒だとそこに結びつかないだろう!? 

 

「そうですか」


「ああ」

 

他に上手い言葉も思い浮かばなかったので、余計な事は言わず、話を合わせる事にした。


「村に来る手前から沢山あると思ってたが、流石に村の中で見るとは思わなくて」


「なるほど」


 初老の男性はうんうんと頷き納得した。

 

「二人は旅人かな?」


「そうだ」

 

「穴について説明したいが、地面の上にずっと立つのは危険じゃ。急に穴が空くこともあるから、場所を移動しよう」


「それは怖い」

 

 思わず相槌を打つと、男性は深くゆっくり頷いた。

 

「ワシの家でゆっくり話をしないか? どうじゃ?」

 

 あたしはやんわり断る。

 

「有難い申し出だけど、宿屋に行こうと思ってる」


「宿屋はないぞ。ここは街道に外れた寂れた村、滅多に旅人も来ないのじゃ」

 

「そうか」


 共通点あるなぁ。

 あたしの村も宿屋はなく、長老かモノノフの家に宿泊させる。


 ヴィバイドフ村にやってくるのは、力試しの人だったり、買い付ける商人だったりが中心。

 長居されても困るから、って理由で宿がなかった気がする。


 近くの町から馬車や馬を使えば、半日で到着するのでそこで宿を取るので必要ないとも……。


「では、お言葉に甘えます」

 

 余計な事を思い出していたら、リヒトが代わりに返事をしたので、思考を戻した。

 

「それが良かろう。さぁ、こちらじゃ」


 初老の男性は道案内すべく、あたしの前を歩いた。


 うーん。周りの視線が妙に気になる。

 

 先ほどの騒動の尾を引いているのかと思ったが、そうではない感じがする。


 珍しそうな視線を向けるのは、滅多に旅人が来ないからという理由で頷ける。


 しかし、好奇心の中に紛れ込む、希望に満ちた視線を向けられるのは何故だ?

 

 後を一定距離開けてついてくるし、ぼそぼそ何か話しているし。


「けふ」


 あたしは砂を吸い込んで、思わず咳き込んだ。


 この村、どうも土埃(つちぼこり)が激しく、風が吹くと、すぐに砂嵐のように舞い上がった。

 喉と肺が辛い。


「凄い土埃。この辺りは、乾燥している土地ではないのに」

 

 すぐそこの畑には、艶々とした野菜が育っている。地面も適度に潤っているし、土埃が舞うような土ではない。


 だが、村中にある穴の周りは、ヒビ割れるくらい乾燥している。

 

 土埃はあの乾燥した砂が舞っているのだろう。


 村の外の穴も確か乾燥していたなぁ、とぼんやり思い出す。

 

「そうじゃ。肺を痛めてしまうからの、あまり外で長く話すのは勧められん。室内ならば防げる。ほら、あそこじゃ」

 

 男性が立ち止まり示した一軒家。前面に小さな庭があるが、植えてあった木々や花が、軒並み穴に飲まれている。

 穴だらけの庭は乾燥して、地割れを起こしていて、散々な姿だった。


「ワシ一人じゃから、気兼ねしなくて良いぞ」


「お邪魔します」


 遠巻きからビシビシくる村人の視線を背に、お宅にお邪魔した。

 こじんまりとしたリビングに案内され、荷物を降ろす。


「ようこそ旅の方。挨拶が遅れたが、わしはアンジャ。村長をしておる」


 だから言い争いをしていたあたし達に声をかけたのか。

 村で起こった揉め事は、村長が止める事が多いからな。納得だ。


 余計な気を使わせて申し訳ないと、もう一度思ったことは言うまでもない。


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