モグラ穴はあちらこちらに①
<誰だよこんなに地面に穴掘ったやつは!>
「なんか、穴がたくさん空いてる?」
短い草が茂る草原にぽつぽつと穴が空いていた。
草に隠れて見えにくいが、人がすっぽり落ちそうなくらい大きくて、一人では這い上がれないくらい深い。
丘の上から穴の存在を確認できたが、実際に降りてみると、短い草といえども膝上はあり地面が見えない部分も多い。
横倒しになった草の下に穴があったりもする。そのため、木の棒を使いながら慎重に足を進めていた。
なかなか……進むのに苦労しそうだ。
「そうだな。足元に気をつけないと落ちそうだ。特に、お前なんかドジそうだから……」
背後から聞こえていたリヒトの声が突然消えた。
ので、この隙に言い返そうと後を振り返ったら、声どころか姿が消えていた。
短い草が激しく揺れている。
「あれ?」
あたしは用心しつつちょっとだけ後へ歩く。激しく揺れている草の付近に深い穴が空いていた。
もしかして…………落ちた!?
あたしはうつぶせになって慎重に穴に近づく。
草が長くて気づきにくかったが、穴の周りの土は結構乾燥している事が分かった。握ろうとするとボロボロ零れていく。
ゆっくり淵から中を覗く。
うわぁ。かなり暗い。ってことは、かなり深い。
「もしかしてぇー! この中にいるぅ――?」
返事なし。
恥ずかしくて返事しないだけかもしれないので、もう一度話し掛けてみる。
「落ちたー? 笑わないよぉ~? 返事してー?」
あたしの声が穴に反響したと同時に、暗い穴の底で赤い光がぱっとついて、すぐに消えた。
「なんだ?」
音も熱もしなかった。
「………いる」
しばらく待っていると、小さい声でリヒトから返答があった。
「元気?」
一応、容体を聞いてみる。
万が一、大怪我をしていたら笑ってやろうと思っても出来ないからな。
穴の奥から動く気配と、返事が戻ってくる。
「この穴、モグラっぽいものがいたのと……あと……」
「ぎゃはははは! やっぱ、落ちてたんじゃーん!」
元気そうだったので、思いっきり笑ってやろう!
「うっわぁ! めっちゃくっちゃ間抜け!」
「黙れ! 五月蝿い! 笑わないって言っときながら笑ってやがる! この嘘つきが!」
穴の底からリヒトの罵声が聞こえる。
真っ直ぐじゃなくて少し傾斜が罹っているから、怪我することなく滑り落ちただろう。
怪我をしなくて幸いだった。
引き上げるにはロープが必要だなと思いつつも、すぐに助けるのは勿体ない。
ちょっと揶揄ってやろう。
「で? あんたはいつまでそこに入るのかな?」
嫌味なくらい優しい声で呼びかけたら、リヒトの声がピタリと止んだ。
「引き上げてください、お願いしますって言ったら、ロープで引っ張り上げてあげる」
返事なし。
「あれ? どうしたのかなー?」
返事なし。
「ね? ね? どうする? どうする?」
あたしは返事をしたリヒトを引っ張り上げ、穴ぼこの草原を抜けた。
そして村へ到着する。そこはレグツサーラエリアとウバッハエリアの境目だった。
あたしは村の光景を見て、「うわぁ~」と思わず声を上げる。
そこは観光する場所も無く、ごく少数の人々がのんびりと暮らす寂れた村だった。
村人は困り果てたような表情で、辛気臭いため息ばかりついているが、その理由は聞かなくても分かる。
「これは、凄いな」
村の道や畑、果てはどこかの家の玄関etc、足を取られるくらいの小さなものや、牛が落ちそうな大きな穴が無数に存在し、モグラたたきステージを彷彿とさせる。
村の周囲なら兎も角、村の中にまでポコポコ穴が空いているのは、生活面でかなり困るだろう。
村人は下を向いて地面を確認しながら、一歩一歩歩いているし、子供は元気いっぱいだが、数人固まって地面をきょろきょろ見ながら、ゆっくり歩いている。
穴の大きさ考えると、大人子供家畜関係なく、誰でも落ちる。
気を付けていても頻繁に落ちてしまうのか、擦れ違う村人は泥臭いし、実際泥まみれの人もいた。
「なんなんだこの村」
観察するように見渡すリヒトも泥だらけである。
怪我はなくても、服の汚れはどうしようもなく、洗濯しないと落ちないレベルだ。
あたしは手を額につけてうめく。
「穴ぼこだらけ」
あたしも地面を確認しながらゆっくりと歩く。
気をつけないと、コイツのように穴にハマッてしまう。
「……黙れ」
憮然とした表情で、リヒトがうめいた。
あれ? 口に出したっけ?
まぁいいか。
「講釈垂れてる時にまた落ちそうだな」
「なんだと?」
「一度あることは2度やる。また腹抱えて笑う準備は出来てる」
「マジでヤな趣味もってんな、おまえ……」
迷惑そうに「しっし」と、手であたしを遠ざけようとする。
あたしはわざとリヒトのマフラーをガシッと掴むと、にこりと微笑んだ。
「ははは。引き上げた恩人に対して言う台詞なのかな?」
「人外生物は恩人どころか、人間にすらかすってねぇだろ?」
「誰が人外生物だ!」
「お前だ! お前!」
うがぁ!? あたしを指刺しやがった!
「ロープを垂らす所までは普通だ。その先はどうだ?」
「あんたを引っ張り上げただけだろ? 何処が変なんだ!」
リヒトは驚きで口を大きく開けると、息をしっかりと吸い込んで、あたしの耳元近くで叫んだ。
「大人一人を、大根みたいにあっさりと引き抜くのが、人間に出来るか!?」
おもわず両手で耳を塞いで、反射的にあたしは縮こまる。
あの時、ロープを掴んだのを確認すると、勢いを付けて、一振りで穴から空中に引っ張りだしたことを言っている。
思った以上にリヒトが軽かったから、勢いついただけだし。
スポーンと、軽く宙に飛ばしてしまったのは、不可抗力だ!
「五月蝿いわね! 穴から引っ張り上げただけで、一々怒鳴るな! 泥男!」
「怒鳴ってねぇよ! 人間じゃないやつに、常識を植え付けてるだけだ」
「誰が非常識だ! そっちこそ助けてやったのに、礼の言葉一つないじゃないか。非常識め!」
「礼は言った」
「よくやったってセリフは、礼とは言わないだろうが!」
「空に飛ばされて、余計な怪我した分を差し引いた言葉だからな!! 今も背中と肩が痛いんだぞ!」
「受け身くらいとれよ!」
「脳筋バカと一緒にするな! 出来るかンなもん!」
「誰が脳筋だ! 軟弱男め!」
怒鳴り合いしてたら、村人が集まってきた。




