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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第四章 賢者ルーフジール
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ユバズナイツネシス村へ帰郷④

 すぐに門を見つけた。不思議なことに道の部分には雪が積もっていない。

 辿り着いて確認してみると、四角い光輝石がほんのりと隙間がある石畳を照らしており、その石畳の表面に火石の粉末が塗られているようだ。雪が降れると熱で溶けて隙間に落ちるようになっている。

 とはいえ、隙間に入った水が凍ってミニチュア山脈になっている。踏めば崩れるほど脆いけど。


 リヒトが先先行くのでその数メートル後ろについていく。


 林を抜けて草原が広がる。遠くに木々がまとまっている部分があった。リンゴなどの果物の匂いがするので果樹園のようだ。畑を避けるようにあっちこっちに道が通っているようだ。


 ぽつぽつと民家の明かりが見えてきた。そのうち家々の灯がカーテン越しから見えてきた。夕食の時間に近づいたのか、どこからか美味しそうな匂いも漂い、うっかり腹が鳴りそうだった。


 雪深く真っ暗なので外に人の気配はない。いくつも民家を通過しても誰にも会わずに、雪を踏む足音だけが静かに聞こえる。


 その間、先を歩いていたリヒトは若干うつむき加減で終始無言だったが、全身で周囲を警戒している。本当に故郷に戻ってきたのかと疑いたくなった。


 そんな背中を時々眺めながら、雪の中を歩いて三時間ほど経過。


 他とは比べ物にならないほど大きな家にたどり着いた。あたしの実家が三軒入りそうな広さがある。

 敷地と道の境目に肩ほどの高さの鉄格子がぐるりと囲っている。建物は白壁で三階建てで質素な装いである。町の図書館のようにもみえるな。

 

 一階部分だけに明かりがあった。

 部屋数に対して人数が少ないのかも。と思っていると、リヒトが閉じられた鉄の外門を開けて庭に入った。


 あたしも入るべきか迷っていると、入るようにとリヒトが肩越しに手で促した。

 中に入って外門を閉める。


 歩数的にニ十歩のところで住宅の玄関に到着した。小さな雨よけがあり、足元に雪はない。

 分厚そうな木のドアにはなにやら装飾が刻まれている。ドアを囲う部分も装飾がある。右上には六角形に加工された光輝石がついていた。


 リヒトとあたしが玄関から三歩手前で立ち止まった瞬間、ドアがガチャリと開いた。


「おかえり、リヒト」


 出てきたのは40代前半の男性だ。眼鏡をかけて毛糸の肩掛けを羽織っていた。一目見て、リヒトの父親だと分かった。


 だって、リヒトの身長を伸ばして歳をとったらこんな出で立ちになるんじゃないか。と思うくらい容姿が似ている。

 長い赤髪に赤い目、精悍な顔立ち。

 すらっとした体形だがやせ型ではない。体のラインがほどよく出る服から伺える筋肉は、武術をやってる証だ。


 あっれー? リヒトの父って賢者っていわれてなかったっけ? 武術もやってるの?


 あたしが吟味していと、下を向いていたリヒトが顔を上げて真っすぐに男性を見る。そしてゆっくりと頭を下げた。


「ただいま戻りました父上」


「元気そうでなにより。旅は楽しかったかな?」


「……それなりです」


 嬉しそうに微笑む親に対して無表情の息子。


 家族との仲は良好だと思っていたんだが違うのか? あたしがいるから照れくさくて素直になれないのか? 想像していた再会とは違う。


 交互に二人を眺めていたら、男性と視線が合った。


 あ、やべ。ジロジロみてしまった。挨拶しなきゃ。


 挽回もかねて丁寧に会釈をする。


「はじめまして、ミロノ=ルーフジールと申します。貴殿は……」


「いらっしゃいミロノちッ、さん。はじめまして」


 ん? なんだ?

 何か言葉を詰まらせたような?


「僕はリヒトの父親でルゥファス=ルーフジールです。貴女の父上とは旧知の仲でね」


「っ?」


 朗らかな声だったが、なぜか、ちょっと逃げたい気分になった。


「積もる話はあとにして、まずは中へ入りなさい」


 彼はドアを最大に開くと、手招きをしながら家の中に入った。リヒトはそのまま進んでいくが、あたしはちょっとだけ立ち止まった。


「……あいつこわいやつかな」


 ぼそりと呟いた言葉にリヒトが反応した。

 振り返って唇を『そうだ』と動かして、『気をつけろ』と視線で伝えてきた。

 そしてすぐに「早く入れ」と言い残して、さっさと家の中に入って行った。


 やっぱり敵するとマズイ人間なんだな。

 納得したのであたしも中へ入った。




 ルーフジール家の玄関は土壁と和紙とレンガが融合して特殊な模様になっている。

 これはなんだろう。特殊な呪術に見える。

 間取りは広めの玄関に廊下が奥まで続き、左右にドアが一つずつまでは見える。二階に上がる階段は奥にあるかもしれない。


 玄関で体についた雪を叩いて落としていると、


「お疲れ様、長旅だっただろう。ゆっくり休んでいきなさい」


 ルゥファス殿が朗らかな笑顔で呼びかけてきた。


 あたしは姿勢を正して

「はい。しばらくの間お邪魔します」

 とだけ答える。


 ここで何をするかは決めていない。あたしに会いたがっていたと聞いたから寄っただけだし。

 魔王について聞いた後はどうしようかな。


「冬が終わるまではここに住む方がいい。勿論、二人共そうしてくれるよね?」


 ルゥファス殿はちょっとお茶を誘うような軽いノリで提案……じゃないなく、決定事項を述べた。

 あたしは苦笑して返事をしなかった。リヒトと相談してないし、どうするかは寝て起きてから考えたい。


「ファスとリーンに似ているね。その思考は見習いたいものだ」


 ルゥファス殿はどこか懐かしそうな笑みを浮かべると、今度はリヒトに向き直った。あいつは雪を落とし終わってマフラーを取ったところだった。


「おいで」


 手招きをみて、リヒトは少しだけ物言いたそうに目を細めた後、渋々、ルゥファス殿の傍に寄った。


「よく頑張りました。戻ってきてくれて嬉しいよ」


 リヒトが正面に来ると、ルゥファス殿は待ってましたとばかりにあいつの頭を撫でる。デレデレな表情でポンポンと、頭を撫でて愛でている。

 あの表情似ている。ニアンダ殿そっくりだ。流石兄妹といったところか。


 リヒトは若干嬉しそうな表情をしている気がするので、親子関係は良好のようだな。

 道中を観察していたら、実家も居心地悪いのではないだろうかと邪推していたが、杞憂で良かった。


「無事でよかった」


 撫で終わるとルゥファス殿はリヒトを軽く抱きしめる。

 リヒトはすぐにルゥファス殿を引きはがして、苦虫を潰したような顔になった。


「やめてください」


「歓喜極まったからつい、悪かったね」


 拒絶されても傷ついた様子もなく、ルゥファス殿は飄々とした態度で肩をすくめた。そしてスッと目を細める。


「リヒト、積もる話は明日にしよう。今夜は旅の疲れを癒やしなさい。もう少しで料理が出来上がるから、まず荷物を置いて身支度を整えてきなさい」


「わかりました」


 リヒトが返事して、あたしをチラっと見る。一瞬だが不安そうな瞳であった。

 安心しろよ。余計なことは喋らないから。


 ルゥファス殿はリヒトの視線の先、つまりあたしを見て苦笑を浮かべた。


「勿論、彼女の部屋も用意しています」


「どこでしょうか」


 リヒトが場所を聞いた。案内してくれるつもりのようだ。人の家ウロウロしたくないから助かる。


「任せたまえ、私が案内する」


 ルゥファス殿は自身の胸をドンと叩いた。


 あたしとリヒトはなんとも言えない表情を浮かべた。『どうしてだよ』と同じことを考えているはずだ。


「場所……教えてくれたら一人で行くけど」


 お断りだと気持ちを込めてみたが、ルゥファス殿は「すまないが」と前置きをして


「クマの子といえども、絶対に入ってほしくない部屋があるんだ。例えば私と妻の寝室とか」


 最期の方はモジモジしながら呟いた。

 

 死んでも入りたくねぇな。


 リヒトが「あ……」と何か言いかけたが、すぐに口を閉じた。くるりと踵を返して廊下の奥に走って行った。


 廊下の奥に階段がありそう。

 外見と内装を見比べて頭の中で間取りを想像していると、ルゥファス殿があたしに近づいてきた。


「ミロノさんもお疲れ様でした。お部屋にご案内しましょう」


「えっと……どうも。ル……」


 なまじ親父殿と同じ名前なので呼びにくい。

 そういえば『長』って呼ばれていたな。長殿と呼べばいいか。


「ミロノさんは初旅でしたね。リヒトは乱暴な口調ですが、貴女と協力できていたようで何よりです。リヒトは少しでも役に立っていましたか?」


「ちょっと待て。見てきたかのように言ってるが、そもそもあたしが初旅だとなんで知っている…………あっ失礼しました」


 ついため口になってしまい、慌てて謝る。怒られるかもと覚悟して長殿を見上げる。

 長殿はやんわりとほほ笑んでいた。親父殿が褒める時の笑顔によく似ているからビックリだ。


 あと見上げると首が少し痛い。

 あたしの身長を考えると、長殿の身長は180越えというところかも。親父殿よりは頭一個小さいけどそれでも高身長だ。


 とりあえず怒られなくてよかった。人によっては年長者にタメ口すると怒られるからなぁ。


「あいつには色々助けてもらっています」


「それは良かった。あと口調は好きなように。少々無礼でも怒りません」


「いえ……」


「他に気になることはありますか?」


「気になること……」


 長殿の全身をジロジロ観察する。

 そうだな。この人の存在自体が気になるぞ。未確認生命体みたいな印象だし。


 親父殿と旧知の仲という事は元冒険者で肩を並べられるほどの実力者のはず。

 やっぱ肉体も鍛えているよなぁ。アニマドゥクスが秀でいると聞いたけど接近戦もやりそうだ。

 

 うーん、里の者と根本的に違う。戦いを挑んだとして勝てるだろうか。でも試合はやってみたい。色々学べそうだ。


 はっ。今はそんなこと考えてる場合じゃない。

 格上の相手に出会うと一度手合わせ願いたいと思ってしまうなぁ。ううむ、あたしの悪い癖だ。


 長殿は右手を耳に当てて口元を緩ませて照れたような笑みを浮かべた。


「いやぁ、そんな風に褒められると、逆に恥ずかしいですねぇ」


「……あ」


 あたしは今更ながら気づいた。

 長殿はサトリだ。

読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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