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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第二章 憶測飛び交う真偽の旅
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初めての魔王⑤

 本日も歩くには最適な天気だ。

 快晴とはいかないが、厚めの雲が日差しを遮って歩きやすい。

 雨雲が近付いてきているような気配はするので、どこかでテントを張るか、街道に設置されている休憩小屋を利用すればいいだろう。


 リヒトと並んで歩くのが嫌なので、多少距離を開けて先に歩かせている。

 

 あたしはポケットから織物らしい布きれを取り出す。


 桃色の生地に白や赤や黄色を使い、キメ細かい刺繍されている。引きちぎられているボロボロになった、手の平サイズの生地だが、これは凶悪なる魔王が消えた後に残った物だ。

 

 気になったので持ってきてしまったものだ。


 拾った直後は一メートルほどの長さだったが、端っこから徐々に黒い砂に代わり、跡形もなく消えている。

 

「うーん、やっぱり消えていく。本当に織物だか」


 もうすぐ布きれは消えて無くなるだろう。

 何か変化があるかなと思ったが、ただ消えるだけのようだ。

 特に害はなさそうで良かったけど。

 

 布を振り振り空気に溶かしていると、リヒトが肩越しに振り向いて布を見た。


「それ、災いの依り代だったんだろうな」

 

「依り代……ねぇ」


 あたしは苦笑いを浮かべると、リヒトはため息を吐くと、また正面を向き、歩行が少し遅くなった。

 あっという間に追い付くと、そのタイミングで話しかけられる。


「災いが消滅する瞬間、あれの表情を少し読み取れた」

 

「あんなんでも読み取れるの!?」


 表情というか顔すら判別できないほどの真っ黒だったのに。


「こいつ変人だ」

 

「……優秀だからな」


 リヒトは口の端だけにやりと笑みを浮かべているが、額に青筋が浮かんでいる。怒っているのはバレバレだが、あえて挑発は受け取らないらしい。


 ポーカーフェイスに見えて案外表情豊かだよねぇ?


「読み取った内容、お前は知らなくていいな」

 

「ケチ、教えてよ。どんな事考えてた?」


 笑いながらあたしが手をヒラヒラさせると、リヒトは嫌そうな素振りを見せつつも、会話を続ける。


「織物を織る男が、ある女を振り向かせたい一心で贈り物をしたが、女にはもう別に好きなヤツがいて、男を振ったのさ。諦め切れなかった男は、女の気に入りそうな織物を何度も何度も作って……だが、振られる」

 

「ふむふむ」

 

「諦めればいいものを、男はそれでも作り続けている内に、……凶悪なる魔王と波長があって憑依された。意識が真っ黒に塗り潰されたところまでを読み取った」

 

「さり気なく読心術の域を越えてないかぃ?」

 

「気のせいだ。言っただろう? 俺は優秀だって」

 

 今の感じだと、布が依代になったということかな。


「じゃ、意識をのっとられた男はどうなった?」

 

「死んだんじゃないか?」

 

「あー。変死の最初の犠牲者かもねぇ」


 まぁ、結局のところ解らないけど。

 解からないままでも問題ないから放置するけど。


 あたしは苦笑を浮かべて、もう殆ど消えた布を見つめる。

 

「これに、どんな気持ちを込めていたんだろうか?」

 

「『願い』だろう」


 リヒトはあたしの手を見た。砂が消えかかっている。

 あたしは両手をパンパンと払って砂を落とす。地面に落ちる前に砂は空気に溶けた。


「あー、そうかも。好きな人を手に入れたいという願い。それが歪んで、相手の気持ちを掴みたい、操りたい。そんな願いを呪いとして織り込んだ。だから織物が依代になって、『操りたい』糸に変わったと…………連想ゲームかよ」

 

 あたしは額を、呪印の位置を押える。


「そしてこれは」


 熱を帯びたように浮かぶ呪印は、双子の勇者が残した、恨みの気持ちに反応した。だから位置が特定できたし、弱点の位置も直感で把握できた。


「魔王の弱点と同じ位置にある。これが意味することは……」

 

「そこに呪いの核があるってことだ」

 

「なんでだろう」

 

「さぁな」


 リヒトは肩をすくめた。

 あたしも同じような仕草をする。


「はぁ……とりあえずキリが無いってことは解かった」

 

「同意見」

 

「詰んだっぽい気もするが……」


 あたしはリヒトの隣に移動して、彼のコンっと肩を叩き、にやりと笑う。


「だけど、呪印が浮き出るまま、生涯を過ごすのは嫌だと思わないか?」

 

「嫌だ」


 リヒトは即答して、あたしの肩をコンと叩き返す。


「仕方ない。こんな変なヤツと一緒だが、我慢するか」

 

「はん! その言葉、そっくりお返しするわ!」


 あたしは腹を括ったので大丈夫だが、リヒトも覚悟していたみたいで、なんだかちょっとだけ安心した。

 ここで止めるっていう答えも十分にあったからなぁ。


 リヒトは「全然詰んでない」と呟いた。


「災いの判断が出来て、尚且つそれを消滅……この場合は無力化か? それが出来るだけマシだ。もっと魔王について調べれば、魔王本体を倒すことが出来るかもしれない」

 

「そうだな。消滅出来るから、まだマシだな」

 

 うん、まぁ、どうなるか分からないけど。

 戦えるうちは、災い退治を実行するとしようか!


「じゃぁ、次はどこに行こうか。このまま街道を進んでみるか?」

 

 あたしが聞くと、リヒトは考えるように黙った。


「あたしは世界を見て回るって意味で、ぶっちゃけどこでもいいよ。酒場で聞いた災いの噂を片っ端から回ってもいいし」

 

 リヒトは呆れた様に「大陸は広いぞ」と答えて、ん? と首を傾ける。


「そうだな。お前に会えたことを父上に報告するため、一度故郷に戻ってもいいかもな」


 そーいえば、こいつは最北端の村までくるのに、大陸を横断したんだったっけ。


「数か月経過してるし、村の情報網が更新されている可能性もある。それに」


 リヒトは振り返ってあたしを見る。


「お前に会いたがっていたから、災いを目指して動くよりも、目的地へ行くついでに災いに遭遇して倒しでもした方が、気分的に旅が楽かもしれない」


「なるほど、一理ある」


 特に文句はない。

 どうせ大陸中駆けまわることになる。

 目的地へ向かうついでに、噂を聞いてそこに寄って倒す、ってぐらいが丁度いい。


「では、ここで村から出たことのないあたしから質問」

 

「なんだよ」

 

「大陸の主な移動手段は?」

 

「知らないのか?」

 

 目を丸くされた。

 

「呆れるな。村から出たことないって告げただろう」


 リヒトは目を斜め下へ向けた。

 前もって宣告したので小馬鹿にした言葉は出てこなかった。


「空と馬と船とあとは……徒歩だ」

 

「ふむ、いざとなったら、あんたを担いで走ればいいか」


 真顔で言ったら「やめてくれ」と非難し、凄く嫌そうな表情になった。

 冗談と取られられなかった分、あたしの実力を理解していると判断できる。

 実際、リヒトぐらい、一日以上担いで走れるので、嫌がらしたいときにやってみてもいいかもしれない。

 

 でも今は、話の腰を折らないように、質問だけに留めておこう。

 

「走るのは今はなしにして、そうだな、馬は買うのか?」

 

「いや。街道の移動は馬を借りることが出来る。道が補正されていない沼や森、岩山にある村なんかは徒歩、もしくはその他の動物だな。俺の村へは途中まで馬で進める」

 

「何か月くらいかかるのかなぁ?」

 

「ここからだと半年ぐらい。途中で度々寄り道するとなると、一年はかかると思ったおいた方が、いいかもしれない」

 

「じゃぁ一年経つ頃に、あんたの故郷に着くように移動ってことだな」

 

 それなら道中、どっちに進むか迷う事が少なくなりそうだ。

 リヒトは「なら」と街道の先を示す。


「次の目的地はウバッハだ。道中に高い山があるので、山を迂回するルートで行くぞ」

 

 異論はないので「了解」と頷いて、あたしは歩き始めた。


 当分は徒歩中心、野宿中心、食料は現地調達が続くってことだな。

 路銀は極力節約する方向にするとして、あとはどうすればいいんだろう。


 サバイバルが長かったので、全然苦ではないが、それでも一年はやったことがない。

 海山岩肌砂地など、常に移動しながらの修行は一年に一度。一人で放り出された期間は、長くても二か月ぐらいだったし。


「いやそれ、親がおかしい」


 リヒトが冷ややかにツッコミしてきた。

 

「あれ? あたし口に出してた?」

 

「読唇術」

 

「そうか……?」


 ドキッパリ言われたからそうなんだろうけど。

 読み過ぎのような気もするが…………まぁいいか。

 リヒトだと当然だろうなという、妙な納得感があったので、あたしは深く気にせず思考を戻す。

 

「飢え死にしかけたの何度もあるから、大抵は大丈夫」

 

「そりゃ……まぁいいや」

 

 哀れな子を見るような視線がきたので、威嚇すると、顔をそむけて先に進んでしまった。


「ふぁ~あ。雨の匂いが近づいてきたから、凌げる場所まで少し急ぐかなぁー」


 あたしは大あくびをしながら、次の町へ向かうため歩き始めた。

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