初めての魔王⑤
本日も歩くには最適な天気だ。
快晴とはいかないが、厚めの雲が日差しを遮って歩きやすい。
雨雲が近付いてきているような気配はするので、どこかでテントを張るか、街道に設置されている休憩小屋を利用すればいいだろう。
リヒトと並んで歩くのが嫌なので、多少距離を開けて先に歩かせている。
あたしはポケットから織物らしい布きれを取り出す。
桃色の生地に白や赤や黄色を使い、キメ細かい刺繍されている。引きちぎられているボロボロになった、手の平サイズの生地だが、これは凶悪なる魔王が消えた後に残った物だ。
気になったので持ってきてしまったものだ。
拾った直後は一メートルほどの長さだったが、端っこから徐々に黒い砂に代わり、跡形もなく消えている。
「うーん、やっぱり消えていく。本当に織物だか」
もうすぐ布きれは消えて無くなるだろう。
何か変化があるかなと思ったが、ただ消えるだけのようだ。
特に害はなさそうで良かったけど。
布を振り振り空気に溶かしていると、リヒトが肩越しに振り向いて布を見た。
「それ、災いの依り代だったんだろうな」
「依り代……ねぇ」
あたしは苦笑いを浮かべると、リヒトはため息を吐くと、また正面を向き、歩行が少し遅くなった。
あっという間に追い付くと、そのタイミングで話しかけられる。
「災いが消滅する瞬間、あれの表情を少し読み取れた」
「あんなんでも読み取れるの!?」
表情というか顔すら判別できないほどの真っ黒だったのに。
「こいつ変人だ」
「……優秀だからな」
リヒトは口の端だけにやりと笑みを浮かべているが、額に青筋が浮かんでいる。怒っているのはバレバレだが、あえて挑発は受け取らないらしい。
ポーカーフェイスに見えて案外表情豊かだよねぇ?
「読み取った内容、お前は知らなくていいな」
「ケチ、教えてよ。どんな事考えてた?」
笑いながらあたしが手をヒラヒラさせると、リヒトは嫌そうな素振りを見せつつも、会話を続ける。
「織物を織る男が、ある女を振り向かせたい一心で贈り物をしたが、女にはもう別に好きなヤツがいて、男を振ったのさ。諦め切れなかった男は、女の気に入りそうな織物を何度も何度も作って……だが、振られる」
「ふむふむ」
「諦めればいいものを、男はそれでも作り続けている内に、……凶悪なる魔王と波長があって憑依された。意識が真っ黒に塗り潰されたところまでを読み取った」
「さり気なく読心術の域を越えてないかぃ?」
「気のせいだ。言っただろう? 俺は優秀だって」
今の感じだと、布が依代になったということかな。
「じゃ、意識をのっとられた男はどうなった?」
「死んだんじゃないか?」
「あー。変死の最初の犠牲者かもねぇ」
まぁ、結局のところ解らないけど。
解からないままでも問題ないから放置するけど。
あたしは苦笑を浮かべて、もう殆ど消えた布を見つめる。
「これに、どんな気持ちを込めていたんだろうか?」
「『願い』だろう」
リヒトはあたしの手を見た。砂が消えかかっている。
あたしは両手をパンパンと払って砂を落とす。地面に落ちる前に砂は空気に溶けた。
「あー、そうかも。好きな人を手に入れたいという願い。それが歪んで、相手の気持ちを掴みたい、操りたい。そんな願いを呪いとして織り込んだ。だから織物が依代になって、『操りたい』糸に変わったと…………連想ゲームかよ」
あたしは額を、呪印の位置を押える。
「そしてこれは」
熱を帯びたように浮かぶ呪印は、双子の勇者が残した、恨みの気持ちに反応した。だから位置が特定できたし、弱点の位置も直感で把握できた。
「魔王の弱点と同じ位置にある。これが意味することは……」
「そこに呪いの核があるってことだ」
「なんでだろう」
「さぁな」
リヒトは肩をすくめた。
あたしも同じような仕草をする。
「はぁ……とりあえずキリが無いってことは解かった」
「同意見」
「詰んだっぽい気もするが……」
あたしはリヒトの隣に移動して、彼のコンっと肩を叩き、にやりと笑う。
「だけど、呪印が浮き出るまま、生涯を過ごすのは嫌だと思わないか?」
「嫌だ」
リヒトは即答して、あたしの肩をコンと叩き返す。
「仕方ない。こんな変なヤツと一緒だが、我慢するか」
「はん! その言葉、そっくりお返しするわ!」
あたしは腹を括ったので大丈夫だが、リヒトも覚悟していたみたいで、なんだかちょっとだけ安心した。
ここで止めるっていう答えも十分にあったからなぁ。
リヒトは「全然詰んでない」と呟いた。
「災いの判断が出来て、尚且つそれを消滅……この場合は無力化か? それが出来るだけマシだ。もっと魔王について調べれば、魔王本体を倒すことが出来るかもしれない」
「そうだな。消滅出来るから、まだマシだな」
うん、まぁ、どうなるか分からないけど。
戦えるうちは、災い退治を実行するとしようか!
「じゃぁ、次はどこに行こうか。このまま街道を進んでみるか?」
あたしが聞くと、リヒトは考えるように黙った。
「あたしは世界を見て回るって意味で、ぶっちゃけどこでもいいよ。酒場で聞いた災いの噂を片っ端から回ってもいいし」
リヒトは呆れた様に「大陸は広いぞ」と答えて、ん? と首を傾ける。
「そうだな。お前に会えたことを父上に報告するため、一度故郷に戻ってもいいかもな」
そーいえば、こいつは最北端の村までくるのに、大陸を横断したんだったっけ。
「数か月経過してるし、村の情報網が更新されている可能性もある。それに」
リヒトは振り返ってあたしを見る。
「お前に会いたがっていたから、災いを目指して動くよりも、目的地へ行くついでに災いに遭遇して倒しでもした方が、気分的に旅が楽かもしれない」
「なるほど、一理ある」
特に文句はない。
どうせ大陸中駆けまわることになる。
目的地へ向かうついでに、噂を聞いてそこに寄って倒す、ってぐらいが丁度いい。
「では、ここで村から出たことのないあたしから質問」
「なんだよ」
「大陸の主な移動手段は?」
「知らないのか?」
目を丸くされた。
「呆れるな。村から出たことないって告げただろう」
リヒトは目を斜め下へ向けた。
前もって宣告したので小馬鹿にした言葉は出てこなかった。
「空と馬と船とあとは……徒歩だ」
「ふむ、いざとなったら、あんたを担いで走ればいいか」
真顔で言ったら「やめてくれ」と非難し、凄く嫌そうな表情になった。
冗談と取られられなかった分、あたしの実力を理解していると判断できる。
実際、リヒトぐらい、一日以上担いで走れるので、嫌がらしたいときにやってみてもいいかもしれない。
でも今は、話の腰を折らないように、質問だけに留めておこう。
「走るのは今はなしにして、そうだな、馬は買うのか?」
「いや。街道の移動は馬を借りることが出来る。道が補正されていない沼や森、岩山にある村なんかは徒歩、もしくはその他の動物だな。俺の村へは途中まで馬で進める」
「何か月くらいかかるのかなぁ?」
「ここからだと半年ぐらい。途中で度々寄り道するとなると、一年はかかると思ったおいた方が、いいかもしれない」
「じゃぁ一年経つ頃に、あんたの故郷に着くように移動ってことだな」
それなら道中、どっちに進むか迷う事が少なくなりそうだ。
リヒトは「なら」と街道の先を示す。
「次の目的地はウバッハだ。道中に高い山があるので、山を迂回するルートで行くぞ」
異論はないので「了解」と頷いて、あたしは歩き始めた。
当分は徒歩中心、野宿中心、食料は現地調達が続くってことだな。
路銀は極力節約する方向にするとして、あとはどうすればいいんだろう。
サバイバルが長かったので、全然苦ではないが、それでも一年はやったことがない。
海山岩肌砂地など、常に移動しながらの修行は一年に一度。一人で放り出された期間は、長くても二か月ぐらいだったし。
「いやそれ、親がおかしい」
リヒトが冷ややかにツッコミしてきた。
「あれ? あたし口に出してた?」
「読唇術」
「そうか……?」
ドキッパリ言われたからそうなんだろうけど。
読み過ぎのような気もするが…………まぁいいか。
リヒトだと当然だろうなという、妙な納得感があったので、あたしは深く気にせず思考を戻す。
「飢え死にしかけたの何度もあるから、大抵は大丈夫」
「そりゃ……まぁいいや」
哀れな子を見るような視線がきたので、威嚇すると、顔をそむけて先に進んでしまった。
「ふぁ~あ。雨の匂いが近づいてきたから、凌げる場所まで少し急ぐかなぁー」
あたしは大あくびをしながら、次の町へ向かうため歩き始めた。




