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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第四章 賢者ルーフジール
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ユバズナイツネシス村へ帰郷③

 部屋は一室。暖炉とテーブルと土木作業用の工具や畑作業用の工具などが置いてあって物置のようだった。人が暮らせるスペースではなく、人が簡易休憩をする為のスペースだろう。


「わー。暖炉あったかいー!」


 暖炉は大きな火が焚かれており、中にヤカンが吊るされて湯気を出している。あたしは暖炉の傍にしゃがみ込むと手袋を取り両手をかざす。冷えた指先が暖かくなってきた。


「ちょっと失礼するよ」


 おっさんが暖炉の前で前かがみになり、やかんの取っ手を握って持ち上げ、あたしに当たらないように気を付けながらゆっくりと持ち上げると、木のテーブルの上に置いた。入口から左にある小さな食器棚に移動してコップを二つとお茶パックを取り出すとテーブルまで戻った。


 お茶パックの封を開けてコップの中に入れる。あたしが立ち上がって様子を見に行くと、とくとくとお湯を注いでいた。ふわっとスパイシーな香りがする。リヒトが良く飲んでいたお茶の匂いだと気づいた。


「それ、なんてお茶なんだ?」


 話かけるとおっさんがビクッと肩を震わすと、引きつった笑みになった。明らかにあたしを不信がっている。必死で感情を隠そうとする意志は汲み取ってあげなければいけない。きっと人見知りなんだろうな。


「こ、これはだな。パシスティーといってな、スパイシーなハーブを……シナモン・ショウガ・コショウなどもろもろをブレンドしている。ブレンドしたハーブによって味の変化があるので、自分好みの味にしやすいお茶だ」


「へぇー。自分好みかー」


「ほら。飲みなさい」


「いただこう」


 あつあつの湯気がでているコップを手に取る。


 この熱さが手に染みわたるーっ!


 火傷しないように気を付けながら一口、熱さの中にピリッとした刺激が舌から喉へと伝わる。じわじわ辛いと感じるが、同時にレモンのような柑橘系の香りが鼻を抜ける。胃がぽかぽかと温まって全身に広がった。食前に飲んでもいい感じだ。


 ちびちび飲んでいるとおっさんに「美味いか?」と聞かれたので頷いた。「口にあってよかった」とホッとしながら嬉しそうな笑みを浮かべた。


 気になったから詳しく聞いてみると、これは彼が調合したハーブティーだそうだ。冬場に体を冷やさないように血行増進のハーブを多く使っているので、少し苦さもあるから大人向けだと一笑した。

 気を良くしたのか、おっさんは暖炉の近くから全く動かないリヒトに手招きする。


「リヒトも飲みなさい」


 リヒトは一瞥するだけで動く気配はない。知らない場所に連れてこられて隅っこ寄る野良猫のようだ。ちょっと寂しそうなおっさん。

 あたしは二人を交互に見てからリヒトに呼びかける。


「あんたはこのおっさんと知り合いなんだろ?」


「ああ」


「嫌いな奴なのか?」


「……別に」


 返答を聞いたおっさんがほっとしたように息をついた。


「ならそこでぼーっとせずに飲めよ」


 リヒトからの反応はない。面倒だが煽るか。


「それともなにか。持っていかないと飲まないつもりか? 故郷に戻ってきたから甘えたくなったのか? ガキみたいな態度しやがって。さっさと飲め」


 リヒトにギロっと睨まれた。おっさんの顔が真っ青に変わって「おおおお嬢ちゃん!?」と慌てふためいている。

 あたしは涼しい顔でお茶を飲んだ。あいつが飲んでも飲まなくてもどっちでもいいからな。

 リヒトはムッとしたまま、スタスタと大股でテーブルに近づくと、用意されているコップを持ち上げた。おっさんをみて「いただく」と一声かける。おっさんは首が取れんばかりに頷いた。



 リヒトのお茶が半分まで減ったので、あたしはおっさんを指し示した。


「それで、このおっさん誰だよ。門番だってのは分かるが、どんな関係だ?」


「こいつはアーザム。見張りを担当している」


「一日中警備をしているのか?」


「いいや、夜だけだ。警備というよりは、俺たちみたいに夜に到着した部外者が凍死しないよう、場所を提供するための見張り」


「そっちかー。ってことは、ほかの防衛手段があるってことか?」


 リヒトはチラッとこちらを一瞥してから視線を外し、コップを口元へ傾ける。全部飲み干してからコップをテーブルに置いて暖炉のところへ戻った。

 数分待っても何も言わない。


 無視かあああああああああ!


「だ・か・ら・話の途中で無言やめろ! 口あるだろう! 口が! 言えないなら言えないって言えよくそが! そのお口は飾りですか!? 皮肉野郎が無言だと薄気味悪いわ! なんか喋れ!」


 怒鳴りながら、飲み終わったコップを勢いよくテーブルにぶつけてしまった。ガキィンと音がして、ハッと我に返る。慌ててコップを持ち上げて確認する。良かった、割れてない。


「すまない! コップを壊すところだった」


 目を見開いているアーザムに謝ると、彼は大丈夫だと震える声で答えた。

 許してもらえてよかった。今度は静かにコップを置く。


「……うるせぇ吠えるな」


 暖炉の明かりを受けながら、腕を組んだリヒトが嫌そうに眉をひそめた。


「その通りだ。別の守りが村全体に張ってある」


 最初からそーいえばいいのにと、あたしが不満の声を上げたら、スッとリヒトが顔をそらした。


「中に入ればわかることだ」


「道案内してんだから観光案内もついでにしろよ」


「やなこった」


 アーザムはあたし達のやり取りに目を白黒させながらぽかんと口を開いている。不思議そうにリヒトを見つめてから殊勝な顔つきになり、腕を組んで何度も頷いた。


「お嬢ちゃん。リヒトと仲がいいんだね」


「どこが!?」

「どこがだ!?」


 怒鳴り声がハモった。お互い睨むように視線を合わせて、同時に顔をそむける。

 息ピッタリな行動をしてしまい名状しがたい気持ちになる。


「いや。すまない。驚いて」


 アージムはたどたどしく取り繕った。


「そんなに沢山話すリヒトは久しぶりだったから」


 リヒトが睨みに耐えかねたアーザムは、身を縮ませてもごもごと口の中で言葉を融かす。


 気の毒になってきた。

 こりゃ、さっさと立ち去った方がよさそうだな。

 お茶で体が温まったから出発するか。


「お茶ご馳走様」


 アーザムに声をかけながら防寒着の前を閉める。

 彼がこちらを見たので、これで失礼する、と軽く会釈してからドアの方へ行くと、待ってましたと言わんばかりにリヒトが早足でやってきて、ドアを開けて外へでた。

 お茶の礼も挨拶もしないのかよ。

 呆れながら肩をすくめて外へでる。風はなく雪は舞っていない。


「気を付けて」


 見送りにきたアージムに握手を求められたので握り返すと、アージムは「ヒィッ」と小さく声を上げて仰け反った。化け物をみたような目であたしを見つめる。


「な、なるほど。リヒトが一目置くわけだ」


 失礼態度だな。

 よくあるリアクションなんで別にいいけど。


「村を出る時にはまた寄りなさい」


 お土産くれるんなら寄るぞ。

 とは流石に言わず、頷くだけに留めた。





 壁伝いに歩いて小屋が見えなくなると、リヒトが立ち止まった。

 なにかするつもりなんだろうか。

 様子を見ていると、なにか小声で呟いてから


<シルフィードよ。舞い上がれ>


 ふわふわな雪を拾い上げながら風が集まっていく。あたしの体を包み包み込むと足が浮き上がった。


「ちょ! これはもしや」


「飛び越えるから黙ってろ。近所迷惑になる」


「だったら先に言……うわ!」


 崖から落ちるくらい勢いで上空へ飛び上がる。パタパタと服がはためく音がする中、村を囲む壁の上が見下ろせた。人が一人分通れるスペースがあり外の様子を見るための隙間が等間隔にあった。


 壁を飛び越えた途端、林の中に急降下した。風で体が固定されているようで、勢いを殺すための回転ができない。足折るかもとヒヤリとしたが、そんなことはなく、地面から一メートルのところで落下の勢いが消え、ストン、と足裏から綺麗に着地できた。

 まぁ、雪の中にズボッと落ちたども。太ももの真ん中くらいまで埋まってしまったけども。


「あー。びっくりした」


 と思わず声を上げるほど、心臓がキュッと縮まった。

 物心がついたころ、親父殿や母殿の背中にくくられて山を駆け抜け数十メートルの崖から自由落下した恐怖に似ていた。徐々に慣れてきたけど初めての時は凄く怖かった。

 急に思い出してしまったぞ。

 はぁ。と息をついてリヒトを探すと、あいつはすでにはるか先を歩いていた。雪をかき分けているので通った跡がわかりやすい。


「道知らないんだから置いていくな!」


 小声で文句を言いながら慌てて後を追いかける。


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