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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第四章 賢者ルーフジール
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ユバズナイツネシス村へ帰郷②

 ラケルス町を出て、ラヌ地方を目指すため北東へ歩みを進める。

 徒歩だと八日から十日はかかるということで、時間短縮をするため昼食抜きで十二時間歩くことにした。

 野宿の時は何もないと凍死するためテントを設置してその中で寝る。最小限の荷物で済ませたかったので、同じテントで寝起きしている。一人よりも二人の方が暖かいからな。

 テントはあたしが持ち、暖房用の火暖石をリヒトが運んでいる。

 火暖石は人の頭ほどの大きさなのであたしが持とうと思ったんだが、共同で使うものだからと運ぶと言って断固として譲らなかった。

 まぁ、それは別にいいんだけど。雪が踝の深さになったので少しだけ心配になる。

 何気にシャーベット状になってる部分があって、滑りやすいんだよな。



 枯れかけた植物や葉っぱが落ちた木々が密集した森をいくつか抜ける。

 街道にはほどほどに人の往来があった。旅人や商人や冒険者のグループとすれ違ったり、時には途中まで方向を歩くこともあった。

 顔を合わせるとどちらともなく挨拶をする。数分間ほど立ち止まり情報交換をした。

 災いの噂だったり、ラケルス町の話題だったり、ほかの村の話だったり……伝えられる範囲で情報を共有する。


 あたし達は主に災いの情報を求めた。災いは災害と同様なため旅をする者にとっては必須情報である。

 いろいろ聞いた。スートラータ地区の他に三つ。

 ラヌ地方の上部とぺリ地方の中央と海側で発生している、奇怪岩の涙、空を覆う悪魔、船を沈めるうねり水面だ。誰が考えてるんだろうな。

 戦闘準備が整ってから突撃するということで意見が一致しているので、当初の予定通り、ユバズナイツネシス村へ歩を進めた。



「うわ。ついにどか雪が降って来た」


 ひらひら粉雪が舞っていたが、ぼたん雪に変化して雨のように降って来た。風がないのが幸いだった。吹雪いたらホワイトアウトになる。近くに洞窟がなく林があるだけなので吹かれると避難する場所に困るところだ。


 真っ白な世界ではあるが道や木は判別できる。しかし日に日に雪の層が厚くなり地面とその他の境界が消えそうだ。ああもう。雪が膝上になっている。足を抜くのも一苦労だなぁ。


あー。あそこの凹んだ雪に兎がいる。


 あたしは深く膝を曲げてバネのように高くジャンプした。懐から出したナイフを握りしめて、そのまま雪穴の底を突き刺す。兎の小さな悲鳴が雪穴に吸い込まれた。


「よし。今晩の飯ゲット」


 雪穴から兎を取り出して、ふわふわの雪の上に置いた。層が固いのであまり沈まなかった。首を切り落として捨ててから、血抜きするため持ったまま移動する。

 リヒトは一瞥しただけで何も言わなかった。



 歩き続けること七日目の夕暮れ。

 ごつごつした岩山の谷間に入り、抜け出して平地になった時に村が見えた。

 山と森に囲まれている。前面に見える山の向こうに海があった。

 雪に覆われているが、白い壁で作られた鉛筆のような形をしている。窓の形状からするとどれも三階建てだ。畑や果樹園に囲まれるように中央に住宅が密集している。とはいえ、家と家との距離は広く、お隣でも百メートルの距離はありそうだ。


 リヒトは村を視界に入れるなり遠い目をしながら、何の感慨もない声で小さく呟いた。


「ここがユバズナイツネシスだ」


「あんたの故郷ね」


「………そうだな」


 リヒトは能面のように無表情になると、ゆっくりと斜面を下った。道はUターンの繰り返しだったが、真っすぐ進んでいる。あたしもそれに倣った。

 ころころした石が雪を纏って滑りやすい。でもまぁ、バランスを取れば大丈夫だ。

 十メートルの斜面を降りて平地に到着すると雪かきされている道があった。石畳で舗装され森に伸びていた。リヒトは道の上を歩き始めるので、あたしは一歩下がってついていった。


「まずはあんたの家に行くんだよな」


「そうだ」


 真っ白になった森の道、所々光輝石の欠片が落ちている。足元の明かりのようだ。宵闇が周囲を黒に染め始めると、光が出現して目印になっている。雪の下で光るのでお洒落な感じだな。


 急にリヒトの歩く速度が落ちた。

 平地なので歩くのは楽なはず。寒いからさっさと移動したいんだが……もしかして何か考えがあるのか? 聞いてみよう。


「この速度で大丈夫か? もう夜になるから門が閉まるのでは?」


 町や村は妖獣や盗賊などが侵入しないように門が作られていることが多い。閉まっていたら朝まで中に入れない。


「……」


 リヒトは無言だ。表情も乏しく何も読み取れない。

 思い足枷を付けたようなのたのたした動きだ。……遅いはずだよ。


「無視すんな」


 業を煮やしたあたしは、軽くリヒトの背中を蹴った。

 リヒトはポーンと前方に飛んで雪の中にダイブするも、すぐに両手を使って腕立て伏せのように起き上がって振り返った。睨んでいると生気が戻ったように見える。


「喧嘩売ってるのか!?」


 リヒトが怒鳴ったので否定しておく。

 喧嘩したんじゃなくて辛気臭い雰囲気をどうにかしたかっただけだし。


「売ってない」


「ならなんで蹴った! 冷たいだろうが!」


 リヒトは体についた雪を払いはじめた。

 マフラーを外すと雪が落ちてきた。首元に沢山入ったみたいだ。マフラーを乱暴に降ってから丁寧につけ直しているのを見ながら、あたしは挑発的な笑みを浮かべた。


「歩くスピードが遅い。しかもあたしを無視してるだろーが。日が暮れたんだからテント張るなり準備したいんだ。あんたはどうしたい? 村に行くのが嫌なら今日は野宿をするし、到着したいのならさっさと歩け。指示に従ってやるからどっちかに決めろ」


 リヒトはムッとした表情になり胸元を押さえた。痛いところを突付かれたのか眉間のしわが深くなる。

 ある程度の歳をとれば、きっとしわが取れなくなる。老けてみえるのになぁ。

 あたしも眉間にしわが寄るから寝る前に少しだけマッサージしてる。お陰でしわの跡は残っていない。


 大きなため息がして、リヒトが小さく首を横に振った。


「もうすぐ着く。進むぞ」


「わかった」


 気乗りしないという雰囲気をビシビシと感じるが、気づいていないフリをしながら頷いておく。

 村に滞在したくないなら、日用品や食料を買った後にさっさと出てしまおう。





 ユバズナイツネシス村の門が見えてきた。

 奇妙な文様が門と外壁に刻まれており妙な気配が漂っている。怪しさが満載だ。いつもこの状態なのかリヒトに確認したかったが、あいつはふらりと外壁に行き、そのまま壁に沿って歩きだしたのでタイミングを失った。あとでいいや。


 大人しくついて行くと、門から数百メートル離れた位置に木の小屋があった。雪に埋もれてないので高床式のようだな。

 小屋の二メートル手前にスペースがあり、両脇に何か置かれて布が被せてある。形を考えると手すりっぽいな。手すりのすぐ下に階段の板がみえる。足で掘りたくなったが、やめておこう。


 ドアについた。両横にあるガラスにカーテンがかけられ、隙間から明かりが漏れていた。煙突からも煙が出ているので中に誰かいるようだ。村の外なので、門番かな?


 リヒトがトントンと軽くノックをする。

 数秒ののちドアが開いて髭面の小柄な40代男性が顔を出した。まさにおっちゃんという姿である。もふもふした毛皮を頭から被っているので、巨体のように感じるが、おそらく中肉中背でひょろっとした体形だろう。


「どなたかな?」


 男性は温和な口調で訪問者を確認しようとしたが、リヒトを視界に入れた瞬間、息を飲んで硬直した。


「おさ……い、いや、リヒト!?」


 飛び上がるほど慌てふためき、腰を抜かして床に尻もちをついた。足の裏を蹴って後ろへずりずりと移動する。


 なんだその、死者をみたようなリアクション。

 変な因縁でもあるのかと邪推したところで、おっさんが震える手でリヒトを指し示す。

  

「ほ、本当にリヒトか!?」


 リヒトが冷たい眼差しをしながら「そうだ」と返事をする。

 おっさんは恐ろしい者をみたように首をひっこめた。体を震わせながら引きつった笑みを浮かべると、ゆっくり立ち上がった。

 

 背中でテーブルを庇っているような仕草をしながら、

「二年見ない間によく似て。一瞬、長だと思ってしまって胆を冷やした」

 と小声で呟く。リヒトが聞こえているか分からないような声量だ。


 なんだろう。悪いことでもしていたんだろうか?


「元気そうだなリヒト。だがなんでこっちに寄ったんだ? お前なら普通に門を開けれるだろう?」

 

 おっちゃんが不思議そうに聞き返すので、あたしも


「……そうなのか?」


 と聞き返した。

 おっさんがビクッと体を揺らして目を見開いた。そしてテーブルを庇うのをやめて、ドアから体を半分だしながらリヒトの後ろを覗き込んだ。

 

 あたしと目が合うと、おっさんの目が限界まで見開かれた。衝撃のあまりぽかんと口が開いていく。次いで、魚のように口をパクパクさせながら顔色が青くなり、震える手であたしを指し示した。


「リヒト、こ、この子は!?」


 リヒトが面倒臭そうに視線をそらした。


「お前まさか、嫁を連れて帰ったのか!?」


「違う!」

「違う!」


 あたしとリヒトは同時にツッコミを入れた。

 なんで年頃の男女が揃うとそっちに思考が傾くんだ!? 一々訂正する方の気持ちを考えろ!


「こいつは父上から連れてくるように言われている奴だ。少しだけ村に滞在するから顔をみせにきただけだ」


 リヒトは至極冷静に理由を述べるが、右手の拳が怒りでわなわなと震えている。多分、このおっちゃんは悪ノリしない人なんだな。


「長が呼んで……わかった。顔を覚えておこう」


 おっちゃんが頷いた。素直な態度だな。


「わかったが、なんかこう、予想外だ。長の使命とはいえ、あのリヒトが他人を案内しているなんて……」


「だからどうした」


 リヒトが苛立ちを籠めて聞き返すと、おっちゃんは両手で顔を押さえて顔面の皮膚を引っ張りながら「今夜は豪風かな」と呟いた。

 

「はあ? 何が言いたい」


棘のついた言葉を聞いて、おっちゃんは困ったように頭を掻いた。そして背中越しにテーブルを確認してから、諦めたように苦笑した。


「寒いから中へ入りなさい。……丁度、フルーツのホールケーキを用意したところだ。ここで休憩して体を温めていきなさい」


ホールケーキ……これは不味いタイミングで来訪したようだな。

きっと一人で食べたかったんだろう。ウキウキしながら用意していたと想像がつく。

温まりたいが、断った方がいいのかなとちょっと思ってしまう。

まぁ、ケーキに手をつけなきゃいいだけだけど。


「お嬢ちゃん、名前は?」


聞かれたので「ミロノ」と答えると、おっちゃんは屈託のない笑顔をみせた。

善い人そうだな。


「いらっしゃいミロノさん。何もない小屋だが、暖かいお茶とケーキをご馳走しよう。風邪をひく前に中へ入りなさい」


 おっちゃんがドアを大きく開けて中に入るように勧めた。


「では少し温まらせていただく」


 あたしは一歩踏み出そうとしたが、


「必要ない、すぐに家に向かう」


 リヒトが拒否した。

 おっちゃんは困惑したように、片手で額を押さえる。


「リヒト、この雪の中歩いてきたんだろう。寒いだろうから暖を取ってから進む方がいいと思うが…………」


「顔を見せるだけのつもりで来た」


 取り付く島もないリヒトをみて、おっちゃんは疲弊したように首を左右に振る。


「ミロノさんはどうする? 暖を取ってから先に進むほうがいいと思うが……、リヒトのことは気にしなくていいから、自分がやりたいことをやりなさい」


 リヒトじゃ話にならないから、ターゲットを変えたな。

 おっちゃんはリヒトに睨まれてたじろぐ仕草を見せるが、「雪を甘く見てはだめだ」と頑として譲らなかった。


「ほらミロノさん」


 おっちゃんはあたしの腕を取って小屋の中へ招いた。

 危害はないので成すがままだ。あと暖かいところへ行きたかったから丁度いい。

 うん、暖かい空気はほっとする。


 小屋に入ったあたしを後ろ追いやって、おっちゃんはドアを占領した。リヒトから庇うような立ち位置みたいだ。


「お前の意見をお嬢さんに押し付けるのはやめなさい」


「押し付けてない。こいつも大丈夫だ」


「寒さを甘く見ちゃいかん。ほら、客人が中にいるんだ、お前も入って休憩してから行きなさい」


 リヒトはここまで聞こえる盛大な舌打ちをした。


「ちょっとごめんよ」


 あたしはおっちゃんの腰を持ち上げて、横に移動させる。

 おっちゃんは「おう!?」と小さく悲鳴を上げ、リヒトはなんともいえない表情を浮かべる。


「あのさぁ、喧嘩売られてるわけじゃないんだからもう少し肩の力抜けよ。おっちゃん怯えてるだろ。むやみやたらに脅すんじゃない。あとケーキは無視して火にあたるだけでいいだろ」


「!?」


 おっちゃんが酷く驚いた表情を浮かべた。

 

 え? もしやケーキの存在を隠せていると思ったのか? あんなに立派な12センチのベリーのケーキが置いてあるというのに?

 

 リヒトが奇妙な顔つきになり「ほらな」とおっちゃんに呼びかける。

 

 どーいう意味だ。気になるが、毒しか飛んでこないはずだから聞くのやめよう。

 あたしは「はぁ」とため息を吐いて両手を腰に当てた。


「朝から今まで寒空を歩いているから寒い。自宅までまだ距離あるだろう? 改めて聞こう、ここからあんたの家まですぐに着く距離なのか?」


 リヒトは黙っている。

 恐ろしい程表情を殺しているので、喜怒哀楽すら推し量る事も出来ない。

 しかしこの無言は、まだ遠いことを意味するはずだ。


 あたしは防寒着の首元を緩める。


「よし暖を取ろう。おっちゃん、ケーキはいらないけど、熱いお茶は頂戴」


 くるりと背を向けて暖炉に向かうと、リヒトが不服を込めつつ呆れたような声を出した。


「お前……」


「すごく寒いから早くドアを閉めてくれ。体を温めたい」


 体に付いた雪を払いながら、動かないリヒトに向かって手招きをする。


「あんたもそうしろ」


 リヒトは無言だった。小屋に入るのを躊躇っているようにも感じる。

 本当に寒いからさっさと決めてほしい。っていうか、あたしが決める!


「ガキじゃないんだから来い! それとも力づくで小屋に突っ込んでやろうか!」


「うるせーな! 自分で入る」


 一喝するとリヒトがしぶしぶ入ってきてドアを閉めた。そして体に付いた雪を乱暴に払い始める。

 傍にいたおっちゃんはおっかなびっくり、リヒトと距離をあけるように後退した。


「ふぅ。ドアを閉めたらあったかいな!」


 あたしは玄関ドアの近くにリュックを降ろして、防寒着のチャックを全開にした。暖炉の暖かい空気が体に入ってきて気分が休まった。

 

 リヒトは雪を払い終わってマフラーをつけなおして身なりを整えた。リラックスするつもりはないようだ。


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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