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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第四章 賢者ルーフジール
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ユバズナイツネシス村へ帰郷①

 ニアンダ殿の罰が終了した翌日に、旅に必要な物を購入してまわった。

 雪深い場所ということで寝具を完全冬装備に変更して夏物は売ろうとしたら、ニアンダ殿にここに置いても構わないと言われたので寝袋は置かせてもらった。有難いことだ。

 晴天が続く一週間の初めに旅立ちを決定。雲行きが怪しくなる前にある程度進んでおこう。


「村の冬は寒いから、防寒はしっかりしとけ」


 珍しくリヒトが忠告してくれたので、あたしの故郷よりも寒いのかと思いニアンダ殿に相談した。

防寒着、防寒用及び雨具用の二枚を羽織ることで、吹雪いてもある程度は耐えられるだろうとお勧めされた。野宿するときはテントの中で熱を入れること。そうでないと寝たら命の保証はないそうだ。

 サバイバル訓練で冬山は体験済みだが、地域によって色々違うはずだ。

 ドキドキしていたがいつの間にか寝てしまい、凄く早く目が覚めた。


「まだ明けてない。なにかしようかな」

 

 朝食もまだ準備されていない時間だ。

 出発は今日だからこのまま部屋にいてもいいんだが、この数日凄く大人しくしていたためか、ジッとするのが退屈になってきた。


 素振りくらいしておこうかな。

 刀を持って部屋を出る。階段を降りて玄関に向かうと……何故かヴァビスがいた。転倒防止の灯の下で腕を組んで目を閉じている。

 その体勢で寝ているわけないな。弟子を待っているんだろう。陽が上る直前に外に出るかもしれない。

 それにしてもその位置邪魔だな。玄関のほぼ前じゃないか。


「そこから少しどいてくれないか? 通れない」


 距離を開けてから呼びかけると、ヴァビスはゆっくり瞼を開いてあたしを目視する。少しばかり口角をあげて、組んでいた腕をほどいてあたしを指し示した。


「待っておった」


「なんで?」


 思わず身構える。ちょっと前にキツイこと言ったから文句言いに来たのか?


 あたしの態度をみて、ヴァビスは呆れたようにため息をついた。


「喧嘩腰はやめてくれんか。礼を言わねばと思っていただけだ。リヒトの警戒色が強かったので、こんなに時間がかかってしまったが」


「礼……お礼参り? 戦いを挑むということか?」


 昨日言ってくれれば模擬戦の相手になってやったのに。

 今日出発するから余計な体力は使いたくないな。よし、丁重にお断りしよう。


「あいつと同等に戦える相手に誰が戦いを挑むか! 普通の口頭による謝礼だ!」


 ヴァビスが音量を押えつつも、ドスを効かせた声色を出す。説教したいがほかの者を起してはならないとセーブがかかった感じだ。


「ましてあんたは武神の子だ。恐ろしくて手すら出せない」


 苦々しい者を見るかのようにあたしを見ているが……いや、あれは過去に想いを馳せているだけか。

 親父殿はこいつに何をやったんだ?

 あたしは苦笑を浮かべた。


「あたしは単なる小娘だから、手ぐらい出せると思うけど?」


「この手が胴体から離れては困る。話を元に戻そう」


 ヴァビスは心底嫌そうに顔を歪めると、スッと真顔になり、深々と頭を下げた。


「!?」


 あたしは吃驚しながら、数歩後ずさりして距離を取る。


「ど、どうした? 気持ち悪いんだが」


「未熟者に意見してくれて感謝する。おかげで色眼鏡はとれた。お前の言い分は正しかったと痛感した」


 ああー、あの時に言った事かー。

 いやちょっとまて、頭を下げるってよっぽどのことだぞ。

 どんだけリヒトについての認識が誤っていたんだよ。びっくりするわ。


「そうだ。よく見れば全く違っていた」


 読むなよ。


「癖とは恐ろしいな。すまない」


 ヴァビスはゆっくりと顔を上げる。眉が寄って上がり眉間にしわができており、口は薄く結ばれていた。


 おや? 思ったよりも反省しているんじゃないか?

 あたしが腕を組みながら凝視していると、ヴァビスは自嘲するように口角を上げた。


「リヒトは幼少時からすでに他とは一線を越えていた。サトリの技能は長けており思考が全く読めない。アニマドゥクスも教えたらすぐに自由自在に扱えて、あっという間に儂を追い越した。そこまでならいい」


 そして目に強い意思が加わる。


「だがアイツは傲慢な態度を示した。年長者に対して礼を欠いている。そこが気に食わなかった」


「年長者に礼を欠いている態度はいつからなんだ?」


 ヴァビスはギクッと肩を震わせてから、下を向きつつ右手で顔を隠す。


「……六歳ごろからだ」


「おい。それは色々大目にみてやる年齢じゃないか。丁度礼儀とか教え始めるころだろう?」


 ドン引きだ。本気で幼児に嫉妬してたのかこいつ。


 ヴァビスは顔から手を離す。視線は足元へ注がれていた。


「そうだな。あの頃は気持ちの余裕がなかった。己の無力さを味わっていた時期だ。それで……くそ生意気で能力に恵まれているリヒトが気に入らなかった。あいつのやることなすこと全部が気に入らず、同じ思いをしていた者たちと共に罵倒し、差別していた」


 あたしはため息をついた。


「ひっどい奴だなアンタ。どんだけ濃い色眼鏡をつけていたんだか」


「お前に言われるまで全く気付かないほどには」


 ヴァビスは自傷する笑みを浮かべてから、あたしを真っすぐに見た。なので、にやりと笑みを返す。


「あいつの性根、真面目だっただろ?」


「最後にリヒトを見たのは何年前か……。ここで遭った時はあのころと変わっていないと思っていたが。あの頃からアイツの心は変わっていないとなると、儂の考えが偏っていたということか」


「わかりやすく言えよ」


「隠しているが、真面目で素直な奴だ」


「だろう」


 あたしが笑って頷くと、ヴァビスは苦笑した。


「儂の行動は愚かだった。謝る事柄が多すぎて言葉だけでは足りない。だから、あいつが窮地に立った時に態度で示すことにした。覚えておいてくれ」


 ヴァビスから強い意思が感じられる。

 こいつも偏見で凝り固まっただけ。誤解を解けばリヒトに対して無駄に意地悪をしないだろう。

 敵を作るのは簡単でも、味方を作るのは難しい。

 ここに来てからリヒトの表情はずっと暗いからな。少しでもあいつに味方が増えて過ごしやすくなってくれればと思う。


「覚えておく。これからあいつとどう付き合っていくかゆっくり考えてみるといい。礼は受け取った」


「ありがとう。引き留めてすまなかった」


「良い内容だったから構わない」


 あたしは外へ出る為ヴァビスの横を通る。その時に小さな声で話しかけられた。


「リヒトを頼む」


「やなこった」


 即答したら、ヴァビスは笑いを堪えるような笑みを浮かべて、あたしの背中を見送った。




 早朝の鍛錬をして風呂入って朝飯食って身じたく整えて、荷物チェックが終わった。

 出発時刻に近づいたので玄関へ向かう。

 階段を降りて一階にきたところで、複数の気配を感じた。


「いってらっしゃい。兄ちゃんによろしくね」

「伝えておきます」


 リヒトとニアンダが会話している。


「そっかー。やっぱ覚えてないよね」

「まー覚えてもらっても困るけど」


 んー、メイドたちの声ではないぞ。

 廊下の曲がり角からそっと覗いてみると、ニアンダ殿の友人たちがリヒトを取り囲むように立っていた。


「ニアンダの甥っ子可愛いには呆れたものよ」

「何言ってるのよ! これでも遠慮してるの!」


 女性陣達が「え……?」と聞き返す。引きつったような表情でニアンダ殿を見つめた。


「あ、あんまり構いすぎないようにね」

「リヒト君は思春期だし、確かもうすぐ成人でしょ?」

「成人したとしても甥っ子なのは間違いなし! 可愛い子に可愛いって言って何が悪い」


 あっちゃーと、額を押さえた女性達が可哀想という視線をリヒトに注いでいる。


「……」


 リヒトは鬱陶しそうな表情だが、無言で耐えていた。


「それにしても身長伸びたよねー。前髪ちょっと長くない?」

「何回か会ってるけど、会うたびに成長してるよ」

「まぁヨチヨチ歩きから考えるとー、私も年取ったって感じるわー」


 どうやらこの三人、リヒトの幼少期を知っているらしく、ニアンダに話しかけながらもちょいちょいリヒトのネタを振ってきて反応を伺っているようだ。

 これは面白い。放置してずっと見ていたいな。

 にやにやしながら様子を伺っていると、リヒトが振り返る動作をする。見つからないように顔をひっこめると、若干苛立った声があたしを呼んだ。


「いつまでそこにいる。行くぞ」


 近くに居たのがバレた。

 ニアンダ殿たちが黙り、通路の曲がり角に視線を集中させているのが分かる。

 居留守使っても仕方ないので出るか。


「はーあ。終わりか残念。一区切りつくまで眺めていたかったな」


「巻き込むぞ」


 リヒトが低い声を出したので、あたしは肩をすくめた。知り合いならもう少し愛想よくしてもいいと思うんだがな。まぁあたしには関係ないので、巻き込まれないうちに逃げるけど。

 玄関に進んで、ニアンダ殿の前に立ち深々と会釈をする。


「世話になりました」


 顔を上げるとニアンダ殿が微笑んでいた。


「なにかあったらまたいらっしゃい。いえ、なにもなくても、気が向いたら遊びにおいで」


「はい」


 そして玄関のドアを開けるリヒトを見た。


「わかった? だからいつでもおいで」


 リヒトは数秒ほどニアンダ殿を静かに見て、会釈して外へ出た。パタンとドアが閉まる。


「気を付けてねー」


「寒いから気を付けてー」


「辺鄙で変な村だから驚かないでね!」


 女性達から気さくに声をかけられて、ちょっと驚いた。


「行って参ります」


 あたしはニアンダ達に丁寧に頭を下げてから、玄関のドアを開けた。



読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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