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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――気晴らし――
196/279

叔母は甥を心配する⑤

 模擬戦やってよかった。

 武器防具、技の問題点や修繕点がみられるのでしばらくはそっちに集中しよう。

 あと気になることといえば、魔王の情報かな。あいつなら色々調べてそうだ。ニアンダ殿も何か調べてるって言ってた気がするし……聞いてみるか。


「なぁ、色々資料を調べてたってニアンダ殿から聞いたぞ。噂を調べてたのか?」

「……」


 リヒトは無言だった。我関せずな顔をしている。

 これは……あたしに教えたくないんだな? なんで?


「今は必要ないってことか?」


 リヒトはツンとした表情のまま無言だ。

 

 無視すんな!

 は! そうか! こっちが情報持ってないから教えるつもりがないんだな。

 情報交換が基本だったのを忘れていた。

 ならば、明日から役所や図書館……いや、今から酒場へ行って仕入れてこよう。場所は地図で探せばいい。善は急げだ。


「あたしはちょっと寄り道して帰る。先に帰っててくれ」


 リヒトがすぐにあたしの方を向いて「は?」と聞き返すような声を上げた。


「酒場でちょっと聞き込みしてくる」


 とりあえず繁華街にいこう、と踵を返したら。


「待てこのボケが!」


 リヒトがあたしの額当ての紐を握って引っ張った。きつく結んでいるので、ピンと引っ張られて首が後ろにカクっとなった。慌てて後頭部を包むように紐を押えると、そのまま後ろを振り向く。


「なにすんだ! 首痛めるかと思ったぞ!」


「いっそのこと頭がもげてしまえばいいのにな」


 眉間にしわを寄せたリヒトは苦々しく吐き捨てるが、紐はまだ強く握られている。


「紐離せよ。結び目緩むだろうが」


「緩んでしまえ」


「額当て取れるだろうが!」


「恥をさらしてしまえ」


「酷いやつだな!」


「誉め言葉と捉えてやるよ」


 しれっとした顔で言いやがって!

 殴ってやろうかこんにゃろ!


「褒めてない! 離せよ!」


 紐の長さは肩甲骨ほど。結びやすいんだけど、リヒトにやすやすと握られたのなら、やっぱり紐が長かったんだな! 部屋に戻ったら短くしてやる!


「酒場に行く理由は? どちらにせよ、おばさんの説教からは逃れられない」


「説教から逃げる気はないぞ。情報収集しようと思っただけだ」


 リヒトが怪訝そうな表情になる。紐が少し強く引っ張られた。


「何故だ?」


「情報交換が基本だろ」


「……そっちの意味にとられたか」


 するり、とリヒトの手から紐が落ちる。あたしはやっと後頭部から手を離して、ため息をつきながら腕を組んだ。


「だから酒場で噂を仕入れて、それであんたの情報を聞こうと思ったんだ。それについて何が不都合があるのか?」


 ガシガシ、とリヒトが頭を乱暴に掻て、憮然とした表情になった。


「お前は万全の体勢ではないのに進んで魔王と戦う馬鹿だから、教えない方が良いと思った」


「なんてやつだ。そんなに馬鹿だと思われていたなんて、ショック受けていいか?」


「勝手に受けろ」


「そもそも。あたしは無茶をするが、無謀はことしないぞ」


「どうだか」


 リヒトが鼻で笑った。

 イラつく。


「ヂヒギ村のことを言ってるんなら、あれはホントにイレギュラーなことだ。必要に応じての連戦だったんだぞ」


「口先だけなら好きなことが言える」


「ああああああああもおおおおお! 喧嘩売ってんのか! さっき終わったばかりだけどもう一戦やるかこらぁ!」


 地団太踏んだらリヒトが嫌そうに眉をひそめて、数歩下がった。


「うるさい。次は刀折る」


「それは困る」


 こいつなら本当に折りそうだ。勘弁してくれ愛刀なんだぞ。

 あたしは肩をすくめた。


「わかった。噂知っても戦闘しない。これでいいだろう」


 リヒトは何も言わないが、じっとこっちを睨んでいる。

 読むなら読めよ。痛くもかゆくもないわ。


「だからちょっと酒場寄って」

「スートラ―タ地区で発生している魔王を調べていた」


 あたしの言葉を遮るようにリヒトが強い口調を出した。

 吃驚して目をぱちくりとさせてしまう。


「なんだ、気が変わったのか?」


 問いかけると、リヒトは頷いた。


「俺はあのガキが寄越した情報を調べていた」


 あのガキっていうのはルイスのことだな。

 『奪われた心音』、『肉を求めて彷徨う魂』だったか……。


「結論から言う。この二か所は現在封鎖されている」


「封鎖? 町一つ立ち入り禁止ってやつか?」


「いいや。スートラーター地区の半分だ」


「……不可能じゃないか? だだっ広い土地を区分するにどれだけの労働力と時間がかかると」


「地区の半分は石壁でぐるりと囲まれている。大地を区切るように。その周囲だけが孤立している」


「マジか……なんだそれ」

 小さな一つを壁で囲むのにも時間と材料と労働力が必要になるのに。想像つかないぞ。


「立ち入り禁止区域になったのは六年前。災い発生時期はそれよりも更に二年前だと記録されていた。被害状況は四つの町、十二の村が壊滅。生き残りは数十人程度。死者の数は三千人以上、行方不明者含めたら四千人越え。内部調査隊の死亡数も数えると五千越えかもしれない」


「内部調査隊?」


「王都が管理している。年に一度、調査隊や討伐隊を派遣して、一か月ほど壁の中に送りこんでいる。内部の生態が狂っていて、突然変異の妖獣や生き物ではないモノが生息。調査で送り込まれた者の半数近くが死んでるそうだ」


「生態系が狂う……明らかに魔王の力だよなぁ」


 それにしても、内部に突入したら半数しか生き残れないなんて、どんなに強いモノが巣食っているのか。ちょっと興味あるぞ。


 にたり、と笑ったら、リヒトが嫌そうに眉をひそる。

 急に歩く速度が速くなったので慌てて追いかけた。


「ちょっと興味持っただけじゃないか! 行かないってば! 先にあんたの村に行くってば!」


 そう呼びかけたらリヒトがこちらを振り向いた。ムッとして機嫌が悪そうである。


「全く。あんた態度に出過ぎだ!」


「お前相手だとオーバーリアクションが必要になる」


「なんねーよ! ええと、それで……壁って誰が作ったんだ?」


「……アニマドゥクス達」


 リヒトが静かな口調で呟いた。


「当時、町の一つでアニマドゥクスの会議があったらしくて、手練が沢山いたそうだ。彼らは敵を食い止め、住民たちを逃走させた。しかし終息不可と判断したので、高い壁を作ってその土地一体を隔離したそうだ」


 あたしが「凄いな」と相槌を打つと、リヒトも頷いた。視線が少し柔らかくなる。


「土地を覆うのは時間がかかる。その間も襲撃がくる。制作したアニマドゥクスの多くが衰弱死したそうだ。しかし彼らのおかげで災いを隔離することができた」


 そこでリヒトは「ただし」と呆れたような口調に戻る。


「周りに被害が及ばない代わりに、内部の様子も分からない。壁ができてしまい、逃げてきても外に出られない事態も起こった」


「多くの人間を見殺しにしないといけないレベルだったんだな」


「王家の名のもとに調査隊、救助隊、討伐隊が編成され、何度も内部に突入したらしい。ただ、思ったような成果はでていない。討伐隊はほぼ全滅。調査隊や救助隊も死者が多く出ているそうだ」


 あたしは腕を組んで「最悪だ」と呟くと、リヒトが失笑する。


「災いの放置は危険だ。魔王と思われる物体や見た事もない生物も目撃されている」


「閉鎖された場所か。逃げ場もないし、食料とかどうするかな」


「知らない。書いていなかった」


「次にそこへ入れるのはいつだ?」


 何気なく聞くと、リヒトがちょっとだけ目を細めた。


「半年後だ。その時期に依頼が出てくる。高額な報奨金が支払われるので依頼を受ける者は多い。一昨年からは年齢制限もなくなったようだから手続き踏めば参加できる」


 だから教えてくれたのか。今すぐどうこうできるわけじゃないから。

 なんだよもう。気配り満載だな。ちょっと不気味で背筋が凍る。


「そこに焦点を絞るんだったら、しばらく他の災いは無視する。色々足りない部分を補いたい」


 中途半端な部分があるから、闘気術とか修行しなおしたいんだよなー。


「それがいい。俺も覚えたいモノがある。最低半年間は修行したい」


 珍しいな。とリヒトを見上げた。前髪が長いので顔が隠れているが、凛としている。


「では、今日から挑戦できるように色々準備していくか。……半年後が楽しみだ」


 死地に向かう内容なのに不謹慎だが心が躍る。極限の過酷な状態でどこまで己の身一つで立ち向かえるか、まさに生きるか死ぬかの戦場へ向かう。萎縮する内容なのに、あたしは逆に遊び場に行くような感覚で思わず唇が緩んだ。


「……変人め」


 リヒトがぼそっと悪口を言っているが、あたしを一瞥した表情は言葉とは違っていた。

 面白そうな物体を眺めているような、まぁまぁ好意的に感じるのであった。





 屋敷に戻る時には既に夜中になっていた。

 玄関を入るとすぐにリビングのドアが開いて、憂色を浮かべたニアンダ殿が駆け寄ってきた。


「二人とも!」


 もしかして帰宅をずっと待っていた?

 雰囲気でそう感じて、あたしは謝ろうと口を開く。


「遅くなってし……」


「なんでそんなに怪我をしてるのよ!」


 彼女はあたしたちの目の前に立つと、仁王立ちをして叫んだ。激高してしまい顔が赤くなっている。


「実践に近い訓練していたんだから怪我くらいする」


 平然と答えるリヒトの横で、あたしは首を捻る。軽い刀傷、打撲、凍傷、火傷くらいのダメージを負っているが、命に別状はない。


「沢山怪我? いや全然怪我のうちに入らないが……」


「そもそもミロノちゃんは、戦闘許可まだ出してないでしょ!」


「はっ!」


 ニアンダ殿が指先であたしの額をゴスっと押し付ける。怒気一点集中、額当て越しに強く感じる。


「リヒトくんに誘われたからうっかりついて行ったんでしょ。仲良しなのはいいことだけど、私にお伺い立てないで行くのは看過できないわ」


「仲良しではない……」


「好き勝手言ってなさーい。どのみち無許可で訓練やったんだから覚悟できてるんでしょうねー?」


 ぐりぐりぐりと指先から圧がくる。

 あー。なにさせられるんだろー。


 遠い目をしながら内心恐れ慄くと、ニアンダ殿がリヒトに向いた。怒りの中に呆れた感情を含ませた目を向けがら、声のトーンを下げた。


「リヒト君はあとで個別にお説教」


 リヒトの表情が少しだけ曇る。しかしすぐに深い溜息をついてから、「わかった」と頷いた。


「よろしい」


 ニアンダ殿は満足そうに頷いてから、あたしたちの額をぺちっと叩いた。


<光よ 生命の流れを辿り 欠けた姿をあるべき姿に 此の生命を再び息吹かせ 祝福を与えよ>


 心地よい暖かな光が全身を包むと、傷が完治した。


「とりあえず傷は治ったからご飯ね! 食べないなんて言わせないわよ! ほら二人とも来なさい!」


 腕を掴まれた。プリプリ怒っているニアンダ殿に引っ張られてリビングにくると、調理場から近いテーブルにリヒトと共に座らされた。


「食事なら自分で」


 あたしが腰を浮かせると、ニアンダ殿から鋭い視線が来た。ゴスっとメンタルになにか痛い衝撃がくる。いやこれ、攻撃受けた?


「座っていなさい」


 逆らわない方が良いな、とあたしは諦めてゆっくりと座った。


「おばさん、手伝う」


「いいから座ってなさい」


 リヒトの申し出を断り、ニアンダ殿は調理場へ消えると、数分で戻ってきた。


「はい。どうぞ」


 大皿二枚がテーブルの上に置かれる。皿の上にはサラダとローストビーフと温野菜が乗っている。

もう一度踵を返して、今度はバケットに入った山盛りのパンと瓶に入ったジュースを持ってきた。


「食べて頂戴」


「頂きます」


 リヒトは平然とした態度で食事を始める。


「ミロノちゃんも」


「……いただきます」


 促されたので少々居た堪れない思いをしながら、あたしはフォークで食べ物を口へ運ぶ。

 美味しい! 

 無言で咀嚼していたらニアンダ殿が椅子に座って、大きなため息を吐いた。


「二人ともほんとそっくり」


 ぼそっと呟かれたが、食べることに集中したいので聞き流した。


 ニアンダ殿からの罰は、明日から二日間、二着ほどの可愛い系ワンピースに袖を通して、リビング・調理室・庭で過ごすことだった。


 一着目は黒い生地でゴシックチョーカーネックレスで膝上。至る所にフリルたっぷり使われている。素肌の上に着たけども胸と太ももが強調されて辛い。上着を羽織って誤魔化したが途中で回収されて、服に合いそうなモフっとしたストールが渡された。

 二着目は白い生地にでゴシックノースリーブドレス。トップスとキャミ、ジャンパースカートで幼女が着れば可愛いで済むやつ。コルセット代わりになるようにクロスされたリボンが目立つ。あと胸の部分が開いているのは何故だ。

 朝昼晩の三回、それを着てニアンダ殿の目の前でふわっと一回転するのもあった。


 ほんと、控えめに言って地獄だったな……。


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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