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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――気晴らし――
195/279

叔母は甥を心配する④

 屋敷の前に着くと、ニアンダ殿から先に家に戻るよう促された。理由を聞くと、職場に戻って明日の準備をするそうだ。


 病院の方に行く姿を見送ってから、あたしは屋敷に入ろうとしたところで。


「ん?」


 気になる気配を感じたので、屋敷の傍に作られている庭園に視線を向ける。

 小さい薔薇の庭園で、四種類くらいの薔薇が植えられているらしい。今は開花時期ではないため庭は閑散としていたはずだ。


 あたしは中に入った。明かりがないので薄暗い。

 どうやら設置されている石のベンチから怒気が漂っている。

 まぁ、馴染みの気配なので確認することもないんだけど。


 あたしは気配を消しながらゆっくり近づいて、一応、人物を確認する。


 案の定、怒気の正体はリヒトだった。

 真っ暗の中、足元にランプを置き、ベンチに座って腕を組みながら自分の足元を見ていた。


 うん? 泥臭いというか、土臭い匂いが微かにする。


 リヒトが顔をあげた。まだ明かりに照らされていないのに、的確にあたしの位置を目視する。

 その瞬間怒気が強くなった。


 そうか、あたしに対して何か怒っているようだけど。はて、何がしたっけか?


「くそじじいに何を吹きこんだ」


 開口一番がそれかよ。っていうか、糞爺って誰だ。


「エイ=ヴァビス」


「ああ、あの人か」


 朝一で意見という名目で散々に言ってやった奴だ。


「色眼鏡を外して内面しっかり見ろよ。あんたの人間性にがっかりしたって言った」


「………」


 リヒトは額に手を当てて、目をキツク瞑りながら呻いた。


「あたしの行動で、あんたに迷惑がかかったのか?」


 あたしはリヒトの前に立って見下ろす。

 彼は下を向いたままこちらを見ようともしなかった。


「迷惑極まりない!」


「何があったんだよ」


 聞いたら貧乏ゆすりし始めた。リズム良いタップ踏むんじゃない、ステップ踏みたくなるだろう?


「あのくそじじい。俺もリアの森に連れて行くと言いだした。父上の委任を持ってたから反論できなくてついて行って、どんな嫌がらせが来るかと思ったら、普通に弟子たちと訓練させられた」


 一から説明してくれるようだ。


「あいつらの術が酷すぎてつい茶々いれたり煽ったりしたのに、くそじじいが怒るどころか、俺に頭を下げてきた」


「……良かった、な?」


「良いわけねーだろ! 前置きも一切なく、突然謝ってきたから精神ジャックの奇襲かと思ったんだぞ! 気持ち悪い!」


 リヒトは頭を抱えて前のめりになった。

 座って考える人のポーズに近いものがあるな。


「気持ち悪くてつい発狂した理由を探ったら、原因はお前だったんだよ! お前が余計な事を言ってるから。くそが!」


 沸点が一気に上がったのか、突然立ち上がりあたしの胸倉を掴んで、睨み付けて。


「憶測で勝手に…………っ!?」


 一瞬だが、頭から足先まで観察して、そして驚いたように固まった。

 

「……」


 ちょっと間を開けて胸ぐらから手を離すと、にわかに視線をそらされた。

 頭が冷えたのか、リヒトはドカッとベンチに座り直して足を組んだ。


「その服はおばさんのか。よくもまぁ、化けたものだ」


 あたしは引っ張られた服を確認する。

 いつもの服なら少々引っ張ろうが捻ろうがびくともしないが、普通の服ではいくらか痛んでしまうだろう。流石に借り物を破くわけにはいかない。


「ああ。すぐ気づいてくれたおかげで破けてないぞ」


「危なかった。おばさんに妙な憶測を与える所だった」


 服を破けば問答無用で怒られる。説教が回避できてリヒトは少し胸をなでおろしたようだ。そしてすぐに、あっちへ行けと手を振る。


「少し離れろ。お前見るとムカつくから殴りそうになる」


「分かった」


 リヒト如きの動きで、万が一にも殴られることはないが、急な動きに服が耐えれないかもしれない。 

 あたしは数歩後ろに下がり、話を促す。


「で? 変化の原因があたしだとしても、なんで怒っているんだ? 謝罪ならいいだろうが」


「………はぁ」


 リヒトは大きなため息を吐いて、あたしを睨みながら足を組み替えた。


「良いわけあるか。くそじじいが勝手に自己完結して、あろうことか謝りやがった。俺の何を見てその結論に達したのかサッパリだ。俺は嘘をつかないって言ってたが、今更だろ? 今更すぎるだろ? あいつ脳の血管でも切れたのか?」


「誤解が解けてよかったじゃないか」


 リヒトは乱暴に頭を左右に振った。


「くそじじいの態度が気持ち悪い。ついに俺の寝首をかくつもりかと思った」


「散々な物言いだな」


「当たり前だろ。今まで俺を親の仇のように扱ってきた奴だぞ。それがなんの前触れもなく、突然まっとうな人間扱いをしたんだ。気持ちが悪すぎて気分が悪い。人間ああも即座に手の平を変えれるものか?」


 どんだけ捻くれてるんだこいつ。

 あたしは若干呆れた。

 まぁ。こいつも色々腹に思うことがあるから、困惑してるんだろうよ。


「弟子の奴らはどうだったんだ?」


あたしの問いかけに、リヒトは頭痛で痛むように左手を頭に添える。


「くそじじいの弟子は最初こそ排他的だったが、結局、くそじじいの考えに沿って右へ倣えだ。なんだよあいつら、本当に気持ち悪い」


「凄い拒絶反応だな」


 とはいえ、親の仇扱いから普通にランクアップしたら、戸惑うのも当然か。


「だからお前に腹を立てている。なんてことをしてくれた。あーいう奴とは拗れたままでいいんだよ。嫌がらせするから俺もやり返せるのに……」


 明らかに八つ当たりじゃないか。

 まぁ。気にしないでおこう。

 謝罪がきて混乱しているだけだ。そして混乱の矛先をあたしに向けてる。

 あたしなら少々攻撃しても平気だからな。はた迷惑だが、時間が経てば落ち着くから放っておくのが一番だ。


「そうか。反撃のチャンスを奪って悪かったな」


「はー。あいつらに反撃するのも面倒くせぇ。関りたくねぇ」


 なんなんだこいつ。


「それはそうと、ニアンダ殿があんたにお土産を用意しているから取りに行け。気分転換になるぞ」


「今おばさんに会っても当たり散らすからやめておく」


 どんだけ動揺してんだよ。と声に出さずに呟いたら睨まれた。この野郎。

 しばらく沈黙の後、リヒトは立ち上がった。


「おい。着替えてこい、リアの森にいくぞ」


「あ? なんなんだ急に」


「憂さ晴らしする。付き合え」


「なんであたしとだよ。ヴァビス達とやればいいじゃないか」


 あたしが肩をすくめると、リヒトは鼻で笑った。


「あいつらじゃ相手にもならねーよ。一方的にいたぶっても憂晴らしにならない」


 どうやら、ヴァビスもその弟子たちも、あいつに歯が立たないらしい。

 うーん。まだ許可がでてないから体の調子をみていない。

 旅に出る前に装備の確認もかねて、一戦してみるか。楽しそうだしな。


「了解した」


 目が輝くあたしをみて、喧嘩を売ったはずのリヒトが少し引いた。


「なら少し待っていてくれ準備を。あ、化粧も落としてきていいか?」


「………好きにしろ、三十分後にここで」


「分った、ちょっとそこで待ってろ」


 あたしはリヒトを指差しながら、ダーッと走って庭園を抜ける。速攻で支度を整えて戻ると、リヒトがだらけた姿勢でベンチに座っていた。


「一応、ニアンダ殿に手紙を書いておいた。メイドに託したから、心配されることはない」


 リヒトは嫌そうに顔を歪めた。


「余計なことを。説教フラグ立てやがって。まぁいいか。行くぞ」


 リアの森にリヒトと共に稽古をしにいくという手紙をニアンダに渡してもらえるようメイドに託して、意気揚々と森へ出かけた。





リアの森の……人がほとんど足を踏み入れないであろう奥に辿り着くと、早速模擬戦を開始した。

基本的に鬱憤晴らしや暇つぶしがしたい時に模擬戦を行う事が多く、旅が始まってから……数十回ほどは行ったと思う。


あたしは近距離、リヒトは遠距離が得意であり、互いの攻撃方法が苦手でもあった。

あたし達の力は拮抗しているので、どちらかといえばジリ戦だ。互いの体力と気力が半分になったところで大抵終了する。勝敗がつくことよりも、力を出し切ってスッキリするためが目的だな。


さて。どのくらい時間が経過しただろうか。

一時間くらいな気がする。


周囲の木々は激しくなぎ倒され、燃え、凍り、粉砕されている。

地面は掘り返され、とばっちりを受けた獣は焦土、もしくは血だるまの肉片となっていた。そのため空気に血の匂いと煙が混じった不快な匂いが漂う。


あたしとリヒトは肩で息をしつつ睨み合う。


「終了、でいいか?」

「終了だ」


模擬戦が終わったが睨み合いは続く。

あたしは戦闘の流れの中で、良かった点と悪かった点を思い浮かべる。

呼吸が整ったので本日の驚きを口にした。


「あんた、氷使えるのか!?」


「闇を複合させたら使える。上手くはないけどな」


汗を手で拭いながら、リヒトが冷ややかな表情を浮かべた。

あたしは左の親指で後方の木を示す。あそこに氷が沢山突き刺さっていた。


「大木がボコボコになってて吃驚したが、あたしに当たらなきゃ意味なさすぎて笑いがでたわ! もっと風でコントロール上げろよ!」


リヒトが「そうする」と静かに言ったあとに、あたしを指差しした。


「お前は風に対しての攻撃は俺より上手だが、水に対する防衛が糞すぎて手加減必要じゃねぇか! もっと工夫しやがれ!」


「仕方ないだろ、柔らかすぎて切りにくいんだよ!」


「切るんじゃなくて打ってみろ! 波紋とか起こすと脆くなる! あと弾くほうが楽だ、覚えとけ! 次回やるときには手加減しねぇからな!」


あたしはむぅっと呻いて、お返しとばかりにリヒトを指差しする。


「じゃぁこっちからも言わせてもらうけど! 接近で間合いに入られた途端に動きを硬くするの止めろよ! あと咄嗟に手で受けようとすんな馬鹿! ナイフ持て! ナイフぐらい扱えるようになって一撃くらいかわせ! 近接の戦闘できねぇじゃん!」


あたしは指差しを止めて腰に手を添えふんぞり返ると、リヒトが右手で振り払うように大きく腕を動かした。


「出来るか! お前相手にナイフごときでなんとかなるか!」


「倒すんじゃない」


リヒトが訝しげに片眉をあげて「ん?」と聞き返す。


「相手の間合いから抜け出るための手段で、術を唱える時間稼ぎみたいなものだ! 素手よりも格段にけん制になる!」


リヒトは奥歯を噛み締めてから、納得したように腕を組んだ。


「くっそ、一理ある!」


「ナイフに毒でも仕込んでおけば更に効果的だ! ナイフの技術ならあたしが教えられるぞ! やる気があるならいつでも言え!」


ドンと左手で胸を叩くと、リヒトから「考えとく!」と前向きな返事がきた。

扱いやすいナイフ探してみようかな。


「最後、一つ気になることがある!」


リヒトはあたしの刀を指差しする。


「お前の動きがおかしい! 今日は妙に刀を庇っていたな。なまくらなら一度打ち直せ!」


あー、そこバレちゃったか。

隠していたんだけども、リヒトが分かるようなら同族にはモロバレだろうなー。


あたしは握っていた愛刀を掲げて凝視する。

研いでも消えない小さな刃こぼれ。それが無数についている。すぐに折れることはないが補強か、買い替えが必要な状態だ。


「………うーん、やはり打ち直さないとマズイか。魔王が硬かったからなぁ」


リヒトが構えるのを止めてこちらへ近づいてくる。


「村で加治屋あったかどうか、悪いが思い出せない」


「う……」


やっぱりそうだよなぁ。と、あたしは思わず表情を曇らせた。

せっかくの親父殿がくれた刀。一年しか保たないなんて、控えめにいってショックだ。


「いや、普通の加治屋はあるが、その名刀を直せるレベルの加治屋があるかどうかわからないって意味だ」


バツが悪そうに眉間にシワを寄せたリヒトが言葉をかえる。

あいつなりに気を使ってくれたようだ。


「解ってる」


あたしはため息をつきながら頷き、鞘に納めた。

親父殿手製の名刀の為、並大抵の腕じゃ修復は不可能だ。


「とりあえず、あんたの村に行ってから考えよう。あたしの装備さぁ。刀も防具もボロボロになっているから、直さないと討伐に出られないんだ」


脳裏に支配の魔王が浮かぶ。あのレベルだと万全を期しても少々危うかった。武器防具両方の強化が必要になる。


「とはいえ、予備に一振り持ってきてるから大丈夫だ。道中の野盗や妖獣くらいなら問題ない」


「そうか」


リヒトは頷くと、あたしに背中を向けて町の方向へ歩き出す。


「気が済んだ、俺は帰る」


少し距離を開けて、あたしも町へ歩きはじめた。


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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