叔母は甥を心配する③
一人分の距離を開けてあたしを覗き込んでいるのは、オレンジ色の髪の――多分同年代の少年。
額に小さなルビーの装飾を付け、丈夫そうな革の服に鉄の胸当て、小手、ブーツを履いて腰に剣を携えていた。
何かを確認するようにあたしの顔を眺めている。
「なにか用か?」
睨みながら不快感を出すと、少年が「やっぱり」と表情を明るくさせた。
「シュタットヴァーサーで会いましたよね?」
会ったことあるのか?
欠片も記憶にない。
「覚えてない」
少年はガッカリして力が抜けたように、体を斜めに傾けた。でもすぐに気を取り直し、こほん、とわざとらしい咳払いをする。
「貴女に劇を勧めた人です」
「あんたか」
思い出した。
どっかの劇の回し者で旅人らしいやつだ。
こんな場所で会うなんて不吉な。
「こんな所で出会うなんて奇遇ですね!」
ぱぁっと少年が破顔した。
「服装が違うから印象が違っていて、あの時の子かどうか、ずっと考えて見つめちゃいました。いやぁ、あの時は可憐な姿でしたが、今はとても綺麗ですね。もしかして、ここが故郷ですか?」
よく喋る。
そしてお世辞もここまでくると寒気がする。
モノノフの装備で可憐はないだろう、目が腐ってんのか?
あたしは首を左右に振って否定した。
「旅の途中で立ち寄った町だ違う。この服は野暮用で着ているだけだ」
「野暮用? 冒険者の依頼ですか? うわぁ、いいなぁデート! お相手が羨ましい!」
野暮用と言ったのに、どこをどう解釈すればデートになるのか。
そもそも、戦闘に不向きな服を着て行う依頼があるどこにある。
一気に関わり合いになりたくなくなった。
元から関わる気はゼロだったが、マイナスになった。
「邪魔だからさっさと帰れ」
「えー」
本気で嫌だと伝わったようで、少年は少し困った様に苦笑いをしながら肩をすくめる。
「そんなに邪険にしなくても邪魔しませんってば。可愛い顔が台無しですよ?」
ウィンクしてきた。
一応、可愛い感じの顔なので違和感はないと言っておこう。年下好みの女性に好かれそうタイプである。
しかしあたしには逆効果だ。全身トリハダ全開になるし、チッと大きい舌打ちを鳴らした。
「邪魔だから邪魔と言っている。殴られる前にさっさと帰れ」
少年は残念そうに肩を落として、首の後ろを掻き始める。
「そうですね。本気で嫌がってるようなので帰りますけどー」
「伝わっているなら空気読んでとっとと去れ」
シッシと手で追い払う動作をすると、少年が腕を組んで唇を尖らせて、うーん、と悩む。
さっさと帰れ。
ニアンダ殿を待ってなかったら、あたしがさっさと帰るのに。
「でもやっぱり勿体ないなぁーと」
イラッとしながら腕を組んでると、少年はあたしの組んでいる上の腕を自然な動作で取り、手首を軽く掴んで自分の顔に引き寄せた。
まるでダンスを申し込むような仕草だ。
あまりにも自然で無駄のない動きに、あたしは若干反応が遅れた。
「こんな美人さんを放置して帰るって、案外苦行なんですよ?」
「そうか。苦しみたいか」
あたしは取られた手を握りしめて、勢いよく前に突き出し、少年の顔面に拳を入れた。
「!?」
少年は拳が当る寸前で後方に頭をのけ反らせた。
ゴツン、と殴った手ごたえはあったが、鼻っ面を折るまでには至らなかった。
うむ、思った通り反射神経は良い。
手加減したとはいえ、ちょっと当たっただけか。
残念だ。鼻血くらい出させたかった。
「イタタタタ、酷いなぁ」
少年は鼻を左手で押さえている失笑している。
痛がっているが、あたしの手を離さないのでダメージは殆どないみたいだ。
「不愉快なので離してもらえるか?」
あたしは憤りを露わにして睨みつけた。
少年は観念したように手を離すと、一歩後退した。
「分かりました。だからそんなに睨まないでください。ほんっと魅力的な子なのに。デートに誘えないなんて辛い」
少年は残念そうにため息を吐き落胆した様に肩を落としたので、あたしは「気のせいだろ」と鼻で笑う。少年は少しだけムッとしたように目を細めた。
「貴女は自分が魅力的って自覚してます? してないですよね? もっと自分に自信を持って下さい」
「知るか」
吐き捨てたら、少年がきゅるんと小動物が媚を売るような表情をしてきたので、あたしの額に青筋が浮かぶ。
「もう帰れ」
殴りたい気持ちを押させて静かに伝えると、少年は数歩距離を開けた。飄々とした笑みを浮かべて、「手厳しい」と呟きつつ左手で頬をかく。
「では夜道に気を付けて。この辺りは平和ですけど、隣の地区では災いがあるので行かないように」
去り際に何を言い出すんだこいつ。
ジッと見てしまったので、少年が自慢げな顔になった。
「興味ありますか? 詳しく話してあげたいですが僕もよくわからないんです。とりあえず、登録しないと調査に入れません。ご自分で調べてみるとすぐ出てきますよ。ではまたどこかで」
少年はウインクを一回して、そのまま人込みの中へ消えていった。
「ウィンクする意味はなんだ? あー。なんで出会うかなー。どんな確率だよったく」
あたしはまたしてもトリハダ全開になって、両手をこすった。
手が触れた瞬間、互いに力の片鱗をみたはずだ。
あたしの実力がある程度把握できたから、大人しく去ったはず。もしかしたら、自分よりも弱ければ強引な手段をとっていたかもしれない。
「好意なのか興味なのか分からないが、面倒くさ」
恋愛を考えると脳裏にシュタルが浮かぶ。
苦い思い出というトラウマが蘇り、思わず奥歯をギリギリ噛んだ。
まだ誰かを好きになるとか考えたくない。発狂しそうだ。
「おまたせ! 大丈夫だった?」
紙袋を大事そうに抱えたニアンダ殿が走って戻ってきた。
頷くと、彼女は少し心配そうにあたしを覗き込む。
「窓から見た時に声かけられてたけど大丈夫だった?」
「あー」
ニアンダ殿が買い物を終え戻ってくる四十分の間に、二組ほど男性に声をかけられたな。
「問題ない。寧ろこんな小娘を誘おうとする輩が居たことにドン引きだ」
旅の服だと見向きもされないのだが、化粧とそれなりの服装を着るだけで妙な輩が寄ってくる。
男を釣るなら見た目から、という母殿の言葉を十二分に痛感できたよ。もうこんな服着ない。
「そう? 男性ウケしそうな感じで可愛く仕上げたから、誘われたんだと思うけど?」
確信犯かよ!
ろくでもねぇなぁ!
「確信犯って失礼ね。ミロノちゃんの良さを惹き出しただけよ。見た目良いんだから諦めなさい」
「もうこんな服着ないからな」
「はいはい。じゃあ帰りましょうか」
ニアンダ殿があたしを軽くあしらいながら歩き始める。
ここで文句言っても仕方ないので、後ろをついていく。
今の時刻は黄昏時だ。空は若干の青さを残しているが夜空に色濃く染まっている。
足元は明るく暗さに怯えることはないが、この時刻は案外、弱者に危険が伴う場合がある。
人の往来が多く、警備の行き届いた町の場合はそうでもないだろうが、寂れた村だと危険度は格段に増す。
殺人、追剥、脅迫、拉致、強姦などの犯罪を行う者が行動を開始する時間でもあるからだ。
変な者に尾行されないよう、警戒しなければ。
「そうそう。ミロノちゃんに何かあったら大変だから、私からはぐれないようにね」
ニアンダ殿が肩越しに注意してきたので、あたしはビックリして瞬きを繰り返した。
「何を言うんだ? ニアンダ殿の身に危険が及ばないように早く帰るんだが?」
「私おばちゃんだから大丈夫よ。ミロノちゃんの方が」
フリフリと手を振るニアンダ殿の腕を掴んで、引き寄せて、上を向き視線を合わせる。
「それこそ杞憂。あたしはそれなりに力があるし必要なら夜中だって動くから心配いらない。護衛はしっかりするので安心してほしい」
若年だが任せてほしいと見つめると、ニアンダ殿は照れたように少しだけ頬を染めながら、あたしから視線を外す。
「ミロノちゃん、性別間違えて生れたねって、言われたことない?」
「急になんだ? そんなの親以外から四六時中言われてる」
特に女性に。友人達に。幼馴染に。
ニアンダ殿は苦笑いを浮かべて「そうだと思った」と何やら納得したように頷くと、あたしの手を握り直して、横に並んで歩く。
「ふふ。安心して帰れるわ。ついでに夜景も見て帰りましょう! とっても綺麗なのよ」
商店街を抜けると疎らになる人の数、そこをゆっくりと通りすぎながら、あたしは周りを見渡した。
輝光石の街灯が家や道や川を照らし、宝石を散りばめたような夜景を創りだしていた。王都とはまた違った趣である。あちこちで光の花畑を創りだしている。
「ね。綺麗でしょ」
「目が奪われる」
「旅の途中でもいいわ。またこの景色を見においで」
ニアンダ殿が髪をかきあげた。瞳に夜景の光が映り込んでいる。微笑するとより一層美人度が増した。
あたしの目にも夜景の光が映っているのだろうか。
そんな事を考えながら、「また来る」と口約束を交わした。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。




