叔母は甥を心配する②
「話がそれたわね。リヒト君が不器用なのは環境のせいだから。ますます口と態度が悪くなってるけど、本当は素直で良い子なのよ」
ニアンダ殿が苦笑して珈琲を口にする。
しばし無言。チラリチラリとあたしを盗み見している。
あたしがリヒトについてどう思ってるのか知りたいんだろうなぁ。
困ったな。どうしようかなぁ。
まぁ。嘘をついてもバレるので、素直に答えるか。
「…………ひねくれすぎているが、一応、頼りにしている」
ぱぁっとニアンダ殿が輝き、嬉しそうに笑う。
「よかった。ミロノちゃんに拒絶されたら泣くところだった」
「あいつはニアンダ殿といるときはとてもリラックスしている」
え? とニアンダ殿が不思議そうに声をだす。
「貴女が大事にしてきたからだ。そうでなければ、きっと……」
一瞬だけ脳裏にルイスが過った。
アレに理解者も守るやつもいなかった。だから歪んでしまった。
気にしても仕方ないと思うが、あのあと上手くやっているのだろうか。
「……とにかく心配しなくていい。あいつはいい奴だと分かっている」
一緒に行動してきたから本心が見えてきた。横暴な態度で隠れてしまうが、リヒトは結構いい奴だ。
だから批判を聞くと妙にイラついたんだけど、彼らも悪くない。あたしも最初はそう思っていたから、彼らの気持ちも分かるんだ。
でもさぁ。あたしより長い付き合いのくせに、なんで気付かないんだよ。
人間の悪意を極端に恐れているから、過剰に人との距離を開けようとして、わざと悪態をついているだけだっていうのに。
きっと最初のイメージを払拭できないんだな。これだからジジイは。
「ミロノちゃん」
呼びかけられたのでニアンダ殿をみる。うるっとした目になっていたのでびっくりだ。
「貴女、良い子! すっごく良い子!」
左手でバシバシと背中を叩かれた。
痛い痛い、何事だ?
「あの、痛いんだが」
「ミロノちゃん、あのね……ちょっと待ってね」
「ニアンダ殿?」
ニアンダ殿は涙を流している。カップを横に置いて、ポケットからハンカチを取り出して目頭を拭いている。
目にゴミが入ったのかな。
「ゴミじゃない」
違うのか。じゃぁ一体何が。
ん?
心読まれた……。
背中に手が添えられているから…………ちょっと待て。いつからだ?
「リヒトくんが大切に育てられたってところから、全部の行り」
「こっそり読むんじゃない!」
あたしは二人分のスペースを開けた。
「だってぇー。確かめたくってぇー。本心で言ってくれたか知りたかったのぉ。うううっ」
ニアンダ殿はグッと握りこぶしをつくり
「感激したああああ! リヒト君に聞かせてあげたい!」
歓喜の声をあげる。
あたしは顔を引きつらせさながら、心の距離を開けるようにプラス一人分距離をあける。
「気持ち悪いとか言われるだけだ」
左右に首を振ってしっかりと否定すると、
「そんなことない!絶対に喜ぶわ!」
ニアンダ殿がオシリをズリズリさせながら、開いた距離を一気に縮めてきた。
ありえない。
とはいえ、ここで問答するのは時間の無駄だ。
あたしは珈琲をグイッと一気飲みする。
「話を変えよう。あたしは買い物をしたい場所がある」
「どこ? どこどこ? 紅茶以外何を買いたいの?」
ニアンダ殿から充血した目を向けられる。
紅茶以外か。うーん。
そうだ、ほしいものがあった!
「潤い飴と……乾燥した果物を売ってる店に行きたい」
「ドライフルーツね。ちょっと遠いからすぐに行きましょうか。その前に潤い飴を扱ってるお店に寄った方がいいかな」
「おまかせします」
ニアンダ殿はすっと立ち上がると颯爽と歩いた。数分後、一件のお茶取り扱い専門店の前で足を止める。こじんまりとした外見の店だが、中に入ると数えきれないほどの茶葉の匂いがする。とてもいい匂いだ。数人の客が中にいて、瓶をあけて香りを嗅いでいる。
彼女の説明によると、ここには茶葉を探す専門の人がいて各地の茶葉を取り寄せているので、ほかのお茶専門店よりも多くの茶葉が置かれている。王都のお茶専門店よりも種類が多いらしい。
なので、見た事のない茶葉ばかりで目移りした。
香りを嗅いだだけではわからなかったので、店員に頼んで数種類試飲させてもらった。沢山は持てないので吟味した結果、潤い飴の他に、粉雪マシュマロという紅茶と、緋色花の輝きという緑茶のティーパックを数缶購入した。これで旅の娯楽が増えた。甘いモノが食べたくなったときに飲もう。
ホクホクしながら店を出る。紙袋から香る残り香を堪能していると、ニアンダ殿が紙袋を指で示した。
「ミロノちゃんは匂いにこだわる感じ? お花の香水とか好き?」
「多少は匂いにこだわるけど香水は嫌いだな。どうしてそう思うんだ?」
「選んだお茶の香りが甘くて柔らかいものだったから。甘い花の香りが好きなのかなと」
「うーん。まぁ、スパイシーよりは甘い匂いが好きだな。でも香水はキツイんだ。自然の花や紅茶ぐらいの香りが丁度いい。今は食べたいときに甘いモノってないことが多いから、甘い味がする茶葉を選んでいる」
ニアンダ殿は腕を組んで空を見上げた。
すぐにパッと閃いてあたしに視線を向ける。
「自然のってことは果物も好き。だからドライフルーツ!」
「そうだな。苺とか林檎とかの匂い好きだな」
「ジャム好き?」
「好きだ」
「よし! ドライフルーツとジャムが同じ店にある場所知ってるわ! 買いに行こう!」
駆け足で移動しはじめた。茶葉の店から少し遠くて三十分から四十分歩いたかな。ジャム専門店と書かれた店に到着した。中に入ると瓶だらけだ。人のよさそうな老夫婦がテキパキと会計や袋詰めをしている。ここは人が多くて客層も幅広かった。
「ここはアニマドゥクスが使える老夫婦がいて、果実を色々加工しているの。四人の息子達は果実園を営んでいて、彼らもアニマドゥクスが使えるわ。だから気温に左右されず安定した量の生産を可能にしているのよ。そして美味しい」
やけに詳しく説明してくれるニアンダ殿。常連か?
あたしがさっき言った果物のジャムを「おすすめ」と言ってひょいひょい渡してくる。
「ドライフルーツはどれも美味しいけど、日持ちして栄養価の高いものは……ドライブルーベリーとかあんず。あとはレーズンだけど、好みでいいかもしれないわね」
あたしの好きなフルーツをいくつもおすすめしてくるので、思わず「店員かよ」とツッコミをしてしまった。
ニアンダ殿は「美味しかったものを押し付けてる」と苦笑した。
ここではドライフルーツのほかに小瓶に入ったリンゴジャムを購入した。ドライフルーツは選べなかったので詰め合わせを購入。ニアンダ殿が「旅の道中に食べるので小分けに詰め替えてほしい」と頼むと、すぐにやってくれた。急いで食べなくて済むのはありがたい。
「あたしの買い物は終わった。帰宅するか?」
もう買い物はないので、店を出た後聞いてみると、ニアンダ殿がにやりと悪だくみをするような笑みを浮かべる。
「ミロノちゃん小腹すいてない?」
「まぁ、多少は」
「おやつ食べて帰りましょう! 好きなモノって何かある? それとも今食べたいものとか。あっちの通りはスイーツ店多いのよねー!」
うーん。と声を出しながら、あたしは首を傾げる。基本的に食べられるならなんでも食べるのがポリシーだ。食べて帰らなくても大丈夫だが、ニアンダ殿が食べたいのかもしれない。あえてこちらの好物を聞いてくるのは、あたしが滅多に甘いモノ食べれないと分かったからだろう。
さて、どうしようかな。
何でもいいのだが……そういえば、昔は母殿がよくタルトを作ってくれたっけ。
何故か真っ黒になったタルト生地の中に果物ふんだんに使ってあって、苦いような甘いような、なんともいえない味だった。
「よし! 美味しいタルトの専門店行くわよ!」
「は?」
あ! ニアンダ殿の手があたしの腕を触っている! 読まれた!
「気にしなーい」
ニアンダ殿はガシっと力を入れてあたしの腕を握る。どうでもいいので、そのまま引きずられた。
タルト専門のカフェに案内された。なんでもあるなこの町。
選んでと言われたが、色とりどりのタルトは宝石の様でどれも美味しそうだった。迷っていると店員から人気ナンバーワンのタルトを紹介されて、それを選んだ。
店の外にある小さな長椅子に座ってフルーツタルトを一口かじる。
うっわぁ! サクサクの生地にアーモンドクリームとカスタードクリームの濃厚とフルーツの甘酸っぱい味が絶妙にマッチしている。くどくない甘さだ。
「これは今まで食べた中で一番おいしい!」
大口あけてパクパク食べていたら、ニアンダ殿が食べる手を止めて満足そうな表情であたしを眺めていた。
食べ終わり、太陽の位置をみて、ニアンダは眉をひそめた。
「あら。もうこんな時間?」
陽が翳り始めている。ニアンダはちょっと残念そうに「あ―あ」と声を出した。
「お休みの日は早く時間が過ぎるわー」
「明日から仕事?」
「そうよー。夕飯の時刻になるし、そろそろ戻りましょうか」
帰りはゆっくり速度になっている。
あたしは彼女の歩くスピードに合わせた。
「ミロノちゃんは飾り物は好きな方? やっぱ刃物しか興味ない?」
また質問が飛んできた。
もう買いたいものはないんだけど。
「飾り物……か。つける機会がないのでわからない」
「なにかこう、刃物以外で好きな物とかある? 手元に置いておきたいなって感じるもの」
質問の意図がわからないな。
でもまぁいいか。趣向から相手を知るタイプなのかもしれない。
もう少し付き合ってみよう。
「以前立ち寄った町でオルゴールに出会った。綺麗な音を聞きたいと思ったが、旅の途中は荷物になるので断念した。機会があれば購入したいと思っている」
「私の家にオルゴールあるから、貸してあげる」
「そうなのか!? それは今晩借りたい!」
「ふふふふ、良いわよ」
ニアンダ殿が少しだけ含み笑いをした。何か良いことがあっただろうか。
会話が途切れたので町を見渡す。商店街は端から端までお店が連なっており、専門店が多い。
日用品、嗜好品、贅沢品など、とても充実している。
「この町はすごいな。大陸中の物を置いているんじゃないのか?」
「買い物に持ってこいでしょ。って、あ!」
焼き菓子店の前を通りすぎようとして、ニアンダ殿がハッとして店に向き直る。
「しまった! リヒト君にお土産買わなきゃ!」
「分かった。あそこで待ってる」
あたしが反対側にある壁を示すと、ニアンダ殿が申し訳なさそうにお辞儀をした。
「ごめんね! ちょっと待っててね!」
ニアンダが急いで焼き菓子店に入った。窓から中を伺うと、沢山の人が買い物をしていた。長く待たされそうだ。
まぁ。のんびり待つけど。
あたしは光輝石の街灯の下に立ち、壁に背中を預けて辺りを眺めた。
人の往来が激しいが雑音もまた心地よい。
軽く目を閉じて小さく息を吐くこと数秒、スッと前方に影が出来たのがわかった。
「……?」
人が前を通りすぎるという感じではなく、こちらをしっかり至近距離で見ているようだ。
気配からして、ただ者ではない。
なんだよ面倒だなぁ。
あたしは少しだけ警戒をしながら目を開けると、オレンジ色の目と視線が交わった。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。




