叔母は甥を心配する①
ニアンダ殿がテキパキと準備をしてから一時間。
服・化粧・髪型をガラリと変えられたあたしは、今までの人生で一番お洒落な装いになった。
ゆったりとした黒いポンチョを羽織り、その下には白いシャツに首元に白いリボン、黒いベストに強めのフリルがあるシックな紫色と黒の二段に分かれた膝上スカートを履いている。靴はシックな紫のブーツだ。
髪は軽くウェーブをかけてふんわりな感じになった。帽子をつけて前髪を垂らし額を隠す。
化粧をするのも、額当てを取るのも久々な上、足を見せて歩くのは一年以上ぶりだ。
「うーむ。なれない」
いつもと装いが違いすぎて落ち着かない。足元が凄く気になってしまう。
修行中は殆どズボンだったし、スカートは行事以外穿く機会はない。
そもそもスカートの種類からして違う。足首まで隠れるプリッツスカートが村で好まれる傾向で、それしか穿いたことはなかった。
足が上がりやすくて蹴り技はしやすいだろうけど……すごくスースーする。
無意識にスカートの袖を引っ張ってしまうから、留め具が外れないようほどほどにしないと。
服装に心許なさを感じながら、目立たないように暗器は忍ばせた。太ももと脇と手首の袖に隠している。
本当に必要最小限なので、あとは己の拳のみ。
まぁ、並大抵の暴漢なら己の身一つで大丈夫なので、この町に滞在する間は問題ないだろう。
「そんな心配しなくていいわよ~。治安のよい場所多いから。武器使う事ないと思うわ」
ニアンダ殿は苦笑しながらくるりと振り返った。肩にかけた黒っぽい灰色のロングコートの裾がヒラっと舞う。
今日はゆったり袖広がりのくすんだ赤いシャツに、お腹周りを黒いコルセットで絞めたロングスカートをはいている。ピンヒールを履いているのでいつも以上に背筋がピンと伸びていた。
「その服は落ち着かない?」
「……落ち着かない」
あたしがげんなりしながら答えると、ニアンダ殿が心底楽しそうな笑顔になった。
「普段とは違う装いだからね仕方ないわ。でも自信もって、凄く可愛いから。素が良いからとても映えてる。素敵! 最高! これはナンパされるわよー!」
「……ほめ過ぎだ」
あたしは口をへの字にして目を細めた。
褒めてその気にさせようとしているかもしれない。
着たことのない服を着るのは正直楽しいから、着慣れればどうってことないんだけど。そんなことを口に出したら明日も着せ替え人形にされてしまう。気乗りしない態度で一貫しておこう。
ニアンダ殿はジッとこちらを観察するように見つめ、やれやれ、と肩をすくめる。
「リヒト君よりはマシだけど、ミロノちゃんも大概無表情よね。眉間に皺が寄るくらいか、口の端が笑うくらい? 笑うといいのに。勿体ないなぁ」
「表情で悟られない様に躾けられている。今は旅の途中だから気を抜かないように……」
「え!? 気を抜いたら笑顔になるの!? じゃあ今日はリラックス! リラーックスして! 笑顔できる? ほらほら笑ってみて! 笑ったら絶対に可愛いから!」
「無理だ」
ニアンダ殿の高圧プッシュに対してできるのは、引きつった笑みだ。これでも不機嫌にみえないように笑顔を浮かべようと頑張っているから許してほしい。
ニアンダ殿はあたしの二の腕をガシっと掴んで腕を組んだ。
「よーし。こうなったら美味しい物を食べさせて、ミロノちゃんの素敵笑顔を引き出すわよ!」
宣言している内容は可愛いのに、その目つきは猛禽類で鼻息も荒く恐い。
好奇心をこじらせたらこんな感じになるのだろうか。
だが不思議と不快はない。
あたしは苦笑しながらニアンダ殿の歩行に合わせた。
こうしておすすめスポット巡りが始まった。
ラケルスの町は徒歩で全部移動できる広さではないと聞いていたが。
本日のメインである商店街などの買い物が出来る場所は町にいくつか点在しており、一日や二日では全部回れないとは驚いた。
住宅地も固まって点在しているようだ。あまりにも大勢の人がいるので、土地に名をつけて分割して四つの役所がそれぞれまとめている。
距離があるので移動は馬車が中心のようだが、あたしが買いたい茶葉の店は徒歩でたどり着けるらしい。
「王都よりも広いんじゃないか?」
あたしの質問にニアンダ殿は首を横に振った。
「いいえ。王都はこの町の二倍はあるわ。旅人だったら利用できる場所は限られてるようだけど。あっちは高級至高だから、旅人門前払い多いのよねー。でもここは品物も安いし観光名所も多いのよ」
ラケルス町は古い伝統が色濃く残る場所でもあり、戦火から難を逃れた精霊崇拝堂や歴史的建築物などが多数存在している。そのために人の往来が激しいく、馬車や飛竜の往来専用レーンもあるそうだ。
王都では区画整備がしっかりされた整頓されたイメージだったが、ここは様々なモノがごった返してバッと広げているイメージだ。
建物に統一感がなく、道は途中から増築したようにレンガの色や形が変わっていて、悪い意味で混沌としている。
「何気に東側で一番発展している町だからねー。昔の街並みをそのままにして、空き地にポコポコ建物造ったから色々ぶつかっちゃって。なんかこう、まとまりがない感じになったけど」
水源にもなっている深く広い川を眺めるのを止めて、ニアンダ殿がパァッと目を輝かせた。
「でもね、住んでみたら意外にも痒い所に手が届くような町で、衣食住娯楽に事欠かないの。だから医師の仕事も此処でやろうって決めたのよ。結果的は大当たり! 人気の病院になったわ」
ニアンダが胸を張ってドヤ顔をした。
あたしが静かに頷くと、ニアンダ殿は建物が密集している場所を示す。
「さて。茶葉の店に行く途中に色々名所あるから、見ながら行きましょう」
ウインク一つしてから足早になる。ピンヒールで石畳をコツコツとならして歩くが、喧騒によってかき消されてしまった。
あたしはきょろきょろと見ながら、いつもの癖でニアンダ殿の腕の裾を掴むと、彼女は少しだけ目を見開いて柔らかく笑った。
二時間ほど使って、有名な菓子店やお茶どころ、ガラス細工、金細工、絵画展を回った。
沢山歩いたので小休憩を取っている。
天気が良く寒い季節のわりに暖かかったので、川辺にある道の脇のベンチに座り、暖かい珈琲を飲んでいる。
南の地方の豆なのでちょっとした高級品だが、店はとても繁盛していた。
砂糖とミルクで甘くした珈琲を飲みながら、川に架かる橋を眺めた。来る時に通った橋だ。馬車が二列になって移動している。
「到着した時から人が多いと思っていたが……こんなに混雑しているとは驚いた。あたしが来た時に歩いた道はあまり人が通ってなかったのに」
ニアンダ殿が含み笑いを浮かべた。
「リヒト君はこの町に何年も滞在していたからね。きっと貴女が歩きやすいように人目を避けて、人通りの少ない道を選んで来たんだと思うわ。その辺りは気遣えるように躾けたから」
「躾けたのか?」
「他人を気遣うことは大事なことよ」
嫌いなら放っておいてもいいけど。とニアンダ殿が呟いた。
「ううむ」
あたしは椅子の上で三角座理をして、コップを両手で支えながら膝同士の隙間に置いた。
「何気に気配りされていたのか。分かりにくい」
まぁ。怪我で倒れないように必死だったから、気づく余裕がなかったのかも。
ニアンダ殿は苦笑した。
「あの子ねぇ。人に気づかれないように行動を起こすことを極めてるから。生れた時から世話をしてきた私でも、あの子の優しさを時々見逃すわ」
「そうなのか」
ニアンダ殿の目に柔らかい光が宿った。
「そうよ。兄の嫁と仲良くさせてもらってね。結構頻繁に面倒みさせてもらったりして。子供のリヒトくん、見た目は可愛いかったわー」
あたしは引っかかるものを覚え、首を傾げる。
「見た目?」
ニアンダ殿の顔がスンとした。
「性格は可愛くなかったのよ。あの頃から人の思考を読んでたみたい。スムーズに喋れるようになった途端、脳の偏差値いくつなの!? っていう驚きと、幼児にはあり得ないトラブルが連日連発で……焦ったわ」
「そうか」
「四歳未満には善悪の区別もついていて、会話や態度が大人びていたわ。論破も何度かされて腹がたったこともあったっけ。だから老害が気持ち悪がってさー。ほら子供の可愛らしさって、純粋で純朴でお馬鹿な仕草じゃない?」
いま老害って言ったぞこの人。
お馬鹿な仕草っておいおい。口が悪いな。
「でもリヒトくんは卓越した老人みたいな行動と物言いをするし恐れ知らず。大人に堂々と正しい指摘するから……。はぁー、色々大変だった」
途端に遠い目になった。なんだか色々あったらしい。目まぐるしく表情が変わって面白いな。
「よく怪我をして帰ってきてたわ。私には怪我の理由言わないし。でも兄ちゃんには報告義務をしてたから、そこまで心配しなかったけど。あとから兄ちゃんに聞いてみたら、大人から苛められていたみたい。まぁリヒトくんは3倍返ししてたけど」
ニアンダ殿は額を押さえて呻いていた。
「兄ちゃんの対応が冷たいのよ。長としては正しい態度かもしれないけど、父親としてはどうかと思って義姉さんと相談することも多かったわ。それで治療の伝授と称して拉致ってここに連れてきて過ごしたのよ」
拉致ったのか。
いやまぁ。嫌がったから強制連行なんだろうな。




