表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わざわいたおし  作者: 森羅秋
第二章 憶測飛び交う真偽の旅
19/279

初めての魔王④


 さてと、弱点はどこだ?


 動いているのだ、生きているのだ、この世界に存在している以上、理に沿って弱点は必ずある。

 相手を行動不能、再起不能する為にあたしは刀身を構え、全神経を集中させる。


 刃が通用しなかったのは分かっている。ならば、相手のダメージが届く場所をもっと深く、細かく探し出すのみ。


 影を倒す。そう決意すると、体の底から高揚感が湧いた。


 同時に物質を全く受け付けない影に対して『あたしなら難なく切れるだろう』と妙な確信が浮かび上がる。


 一か所、必ず攻撃が効く、その場所は……


 脳裏に響く言葉。そこが影の『本体』であり、『構築している(ことわり)』だ。

 物は試し、自分の直感を信じよう。


「切ってくる」


 あたしの呟きを聞いてリヒトは目を真ん丸くした。「正気か?」と疑うような視線を向ける。


「切れる予感がするっていうか、あれの額……額だ! ウズウズする!」


「ウズウズって、切り裂き魔か。それよりも俺が」


「っしゃああああああああ!」


 駆け出したあたしを捕まえようとしたのか、リヒトが手を伸ばすが、触れる事無く空を掴んでいた。


「本当に切りつけるのか!? おい!」


 あたしは影目掛けて一直線に駆け出す。


【愛しき者をも、絡め獲り】


 黒い影の声に従い、四方の布から大量の糸があたし目掛けて飛んでくる。


【この糸で、紐のように捕らえ離さない……私の愛しい、姫よ】


「砂を吐くような台詞……」


 目と鼻の先のギリギリまで突っ込んだあたしは、軽くステップを踏んであっさりと糸の束を避け、黒い影の真横へと辿り着く。


 影の目が驚いたように片目だけ見開いて満月になった。


「言うんじゃない! うざったい!」


 下から刃をすくい上げ、黒い影の額を真っ二つに切り裂いた。


 ザシュ!


 布を切り裂いたような音がする。刃から伝わる手ごたえはない。ないが。

 あたしの額の呪印から反応があった。

 

 額の熱が急激に下がったのだ。

 水でもぶっかけられたと思えるくらいに、シューっと。


【ぐおぁおおおおおお】


 額の呪印と同じ位置を斬られた黒い影は両手を額に当てて、もはや額の半分から上は消えて地面に落ちているが、激しく悶え苦しんでいた。


「っ!?」


 熱が消えたあたしの額に、じんわりとした緩い痛みが走る。激痛ではなくどこか安堵するような感覚だった。そして何かを掴んだ気がする。


 霧のように分散しつつ、悶えている影を見下ろしながら、あたしは「そうか」静かに囁いた。


「あんたはやっぱり」


【い、愛しき者を、私だけのモノに……思いのまま、操り……】


「愛しき者には自由を。本当に好きな人なら、操ろうなんて考えんじゃない」


【自由……を? 自由……を……】


「分かったらとっとと永眠しろ! 勇者ミロノ!」


 次の瞬間、黒いそれは見事に分散して闇に解けた。

 

 後に残ったのは、おびただしい糸の量と古ぼけた短い布きれだった。

 刀を鞘に納めながらあたしはため息をつく。


 影は災いの本体である『魔王』で『双子の勇者ミロノ』だ。

 呪いが具現化して現世に現れたものだ。


 何故そう思うのかって? 

 あたしの頭に『理』が浮かんだからだった。


 浮かんだ情報は二つ。


 嬉しい情報は『弱点を突けば物理攻撃でも消滅できる』という希望。

 嬉しくない情報は『魔王はまだまだ無数に点在している』という絶望。


 一体倒せばそれで終わりなんて、そんな生ぬるい話ではなかった。


 世界に巣食う『全ての魔王』を倒さなければ呪いは解けない。それを、あろうことか、勝利の美酒を味わうタイミングで深々と感じてしまったのだ。嬉しさもなにもない。むしろ落胆の色が濃い。


 あたしは漆黒を見上げつつ、嘆くように大きなため息を吐いた。



 親父殿の話を思い出す。


 凶悪なる魔王が起こす災いは、双子の勇者ミロノとリヒトが出した負の感情だ。

 負の感情が呪いとなり、災いとなって世界を巻き込み、人々に被害をもたらした。

 

 それは正しかった。


 二人の生まれ変わりと言われたあたしとリヒトが、旅に出されたのも、結局は正しかった。

 

 両方とも、真実だったからだ。


 災いは勇者の呪いで発生しているし、あたしとリヒトは彼等の一部を背負っている。

 あたし達が『呪いを解除させる仕組みを持って生まれてきた』という、宿命を肌で感じた瞬間、理解してしまった。

 

 『自分』が『自分』を処理しなければ、呪いは解除されない。


 詰んだ。


 頭痛を覚え、あたしは額を押さえて呻いた。

 リヒトも同じような様子で眉間に皺を寄せて腕を組んでいる。


 お互い無言のまま、目を合わせることなくそれぞれ宿に戻る。


 部屋に戻って、鍵を掛けて、ベッドに寝ころんでから、あたしはもう一度重々しいため息をゆっくり吐いた。 

 まるで記憶の一部を取り戻したかのような、妙な気持に陥りながら。


「なんて、厄介なんだ」


 独り言を呟いて気を紛らわせた。


 今回、実際に呪いと対決して、退治して解ったことがある。


 恨みの原動力は、誰もが持っている、心の奥底で持っている『願望』、つまり願いだった。

 

 今回の魔王だって、『好きな人に自分を好いてほしい、振り向いてほしい』という願望の塊だった。

 それが在りえないほど歪み、大きくなり、暴走した結果、災いに勃発したのだ。

 本当に誰にだって存在する。ありきたりな『普通の感情』だったはずなのに。


「これが災いの根源だとは……」


 ありきたりな感情で、切実に願う願望をエネルギーとして、世界を呪っている。


「こんなんじゃ、消えるわけがない」


 ちょっと本気で、死ぬまでこの呪印とお付き合いする覚悟を決めなければならない。

 

 ああああああ、解決策が欲しい。

 

 傷心に浸るものの、初めての魔王との戦闘で結構疲れていたらしく、あたしはいつの間にか眠ってしまったようだ。

 

 瞼に光が差し込み、まぶしさで目を開け、緩やかに明るくなっていく天井を眺める。

 めっちゃ寝てた。

 精神的に頭が重いが、体はバッチリ回復していたようで、腹の虫が鳴る。

 

 よし、食べに行くか。


 色々考えても答えは出ない。

 まずは腹ごしらえをして気分をあげよう。





 陽が昇るにつれて住民が目覚めて、動き始める。

 

 町のあちこちの建物、木々の至る所に絡まっている糸を見て、誰かが恐怖の叫びをあげていた。町中が喧噪に包まれたが一時間ほどで落ち着きを取り戻し、人々をヒソヒソ噂話をしながら、慣れた手つきで糸を取り除いていた。


 あれだけ強固だった糸があっさりと手でちぎられ、ゴミ箱へ捨てられ燃やされる。


 誰かが、一人の犠牲者を発見して悲鳴をあげる。

 次に被害者が出るのは誰だとか、この場所は近寄らないようにしよう。

 口々に噂が飛び交い、聞いた者は顔色を悪くする。


 あたしは耳に入ってくる言葉を聞き、恐慌する人々をぼんやりと眺め、買い物を終えた。


 これが最後の犠牲者である事は誰も知らないから、当分怯えながら暮らすだろうなぁ。


 え? 解決したなんて事、誰にも教えてないぞ。

 死体も現場もそのままにして帰ったし。


 だって変に触ったり教えたりすると、その後の展開が想像しただけで厄介だと思わないか? 面倒事には極力近づかないのが一番だ。


 今朝の惨劇話で持ちきりの宿の人々を尻目に、あたしは旅支度を整えると早々に町を後にした。

 

 この町の用事は済んだから長居する理由もない。

 まぁ、明日から町はほんの少しだけ変わるだろう。

 だけど、それをあたし達が見ることはない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ