初めての魔王④
さてと、弱点はどこだ?
動いているのだ、生きているのだ、この世界に存在している以上、理に沿って弱点は必ずある。
相手を行動不能、再起不能する為にあたしは刀身を構え、全神経を集中させる。
刃が通用しなかったのは分かっている。ならば、相手のダメージが届く場所をもっと深く、細かく探し出すのみ。
影を倒す。そう決意すると、体の底から高揚感が湧いた。
同時に物質を全く受け付けない影に対して『あたしなら難なく切れるだろう』と妙な確信が浮かび上がる。
一か所、必ず攻撃が効く、その場所は……
脳裏に響く言葉。そこが影の『本体』であり、『構築している理』だ。
物は試し、自分の直感を信じよう。
「切ってくる」
あたしの呟きを聞いてリヒトは目を真ん丸くした。「正気か?」と疑うような視線を向ける。
「切れる予感がするっていうか、あれの額……額だ! ウズウズする!」
「ウズウズって、切り裂き魔か。それよりも俺が」
「っしゃああああああああ!」
駆け出したあたしを捕まえようとしたのか、リヒトが手を伸ばすが、触れる事無く空を掴んでいた。
「本当に切りつけるのか!? おい!」
あたしは影目掛けて一直線に駆け出す。
【愛しき者をも、絡め獲り】
黒い影の声に従い、四方の布から大量の糸があたし目掛けて飛んでくる。
【この糸で、紐のように捕らえ離さない……私の愛しい、姫よ】
「砂を吐くような台詞……」
目と鼻の先のギリギリまで突っ込んだあたしは、軽くステップを踏んであっさりと糸の束を避け、黒い影の真横へと辿り着く。
影の目が驚いたように片目だけ見開いて満月になった。
「言うんじゃない! うざったい!」
下から刃をすくい上げ、黒い影の額を真っ二つに切り裂いた。
ザシュ!
布を切り裂いたような音がする。刃から伝わる手ごたえはない。ないが。
あたしの額の呪印から反応があった。
額の熱が急激に下がったのだ。
水でもぶっかけられたと思えるくらいに、シューっと。
【ぐおぁおおおおおお】
額の呪印と同じ位置を斬られた黒い影は両手を額に当てて、もはや額の半分から上は消えて地面に落ちているが、激しく悶え苦しんでいた。
「っ!?」
熱が消えたあたしの額に、じんわりとした緩い痛みが走る。激痛ではなくどこか安堵するような感覚だった。そして何かを掴んだ気がする。
霧のように分散しつつ、悶えている影を見下ろしながら、あたしは「そうか」静かに囁いた。
「あんたはやっぱり」
【い、愛しき者を、私だけのモノに……思いのまま、操り……】
「愛しき者には自由を。本当に好きな人なら、操ろうなんて考えんじゃない」
【自由……を? 自由……を……】
「分かったらとっとと永眠しろ! 勇者ミロノ!」
次の瞬間、黒いそれは見事に分散して闇に解けた。
後に残ったのは、おびただしい糸の量と古ぼけた短い布きれだった。
刀を鞘に納めながらあたしはため息をつく。
影は災いの本体である『魔王』で『双子の勇者ミロノ』だ。
呪いが具現化して現世に現れたものだ。
何故そう思うのかって?
あたしの頭に『理』が浮かんだからだった。
浮かんだ情報は二つ。
嬉しい情報は『弱点を突けば物理攻撃でも消滅できる』という希望。
嬉しくない情報は『魔王はまだまだ無数に点在している』という絶望。
一体倒せばそれで終わりなんて、そんな生ぬるい話ではなかった。
世界に巣食う『全ての魔王』を倒さなければ呪いは解けない。それを、あろうことか、勝利の美酒を味わうタイミングで深々と感じてしまったのだ。嬉しさもなにもない。むしろ落胆の色が濃い。
あたしは漆黒を見上げつつ、嘆くように大きなため息を吐いた。
親父殿の話を思い出す。
凶悪なる魔王が起こす災いは、双子の勇者ミロノとリヒトが出した負の感情だ。
負の感情が呪いとなり、災いとなって世界を巻き込み、人々に被害をもたらした。
それは正しかった。
二人の生まれ変わりと言われたあたしとリヒトが、旅に出されたのも、結局は正しかった。
両方とも、真実だったからだ。
災いは勇者の呪いで発生しているし、あたしとリヒトは彼等の一部を背負っている。
あたし達が『呪いを解除させる仕組みを持って生まれてきた』という、宿命を肌で感じた瞬間、理解してしまった。
『自分』が『自分』を処理しなければ、呪いは解除されない。
詰んだ。
頭痛を覚え、あたしは額を押さえて呻いた。
リヒトも同じような様子で眉間に皺を寄せて腕を組んでいる。
お互い無言のまま、目を合わせることなくそれぞれ宿に戻る。
部屋に戻って、鍵を掛けて、ベッドに寝ころんでから、あたしはもう一度重々しいため息をゆっくり吐いた。
まるで記憶の一部を取り戻したかのような、妙な気持に陥りながら。
「なんて、厄介なんだ」
独り言を呟いて気を紛らわせた。
今回、実際に呪いと対決して、退治して解ったことがある。
恨みの原動力は、誰もが持っている、心の奥底で持っている『願望』、つまり願いだった。
今回の魔王だって、『好きな人に自分を好いてほしい、振り向いてほしい』という願望の塊だった。
それが在りえないほど歪み、大きくなり、暴走した結果、災いに勃発したのだ。
本当に誰にだって存在する。ありきたりな『普通の感情』だったはずなのに。
「これが災いの根源だとは……」
ありきたりな感情で、切実に願う願望をエネルギーとして、世界を呪っている。
「こんなんじゃ、消えるわけがない」
ちょっと本気で、死ぬまでこの呪印とお付き合いする覚悟を決めなければならない。
ああああああ、解決策が欲しい。
傷心に浸るものの、初めての魔王との戦闘で結構疲れていたらしく、あたしはいつの間にか眠ってしまったようだ。
瞼に光が差し込み、まぶしさで目を開け、緩やかに明るくなっていく天井を眺める。
めっちゃ寝てた。
精神的に頭が重いが、体はバッチリ回復していたようで、腹の虫が鳴る。
よし、食べに行くか。
色々考えても答えは出ない。
まずは腹ごしらえをして気分をあげよう。
陽が昇るにつれて住民が目覚めて、動き始める。
町のあちこちの建物、木々の至る所に絡まっている糸を見て、誰かが恐怖の叫びをあげていた。町中が喧噪に包まれたが一時間ほどで落ち着きを取り戻し、人々をヒソヒソ噂話をしながら、慣れた手つきで糸を取り除いていた。
あれだけ強固だった糸があっさりと手でちぎられ、ゴミ箱へ捨てられ燃やされる。
誰かが、一人の犠牲者を発見して悲鳴をあげる。
次に被害者が出るのは誰だとか、この場所は近寄らないようにしよう。
口々に噂が飛び交い、聞いた者は顔色を悪くする。
あたしは耳に入ってくる言葉を聞き、恐慌する人々をぼんやりと眺め、買い物を終えた。
これが最後の犠牲者である事は誰も知らないから、当分怯えながら暮らすだろうなぁ。
え? 解決したなんて事、誰にも教えてないぞ。
死体も現場もそのままにして帰ったし。
だって変に触ったり教えたりすると、その後の展開が想像しただけで厄介だと思わないか? 面倒事には極力近づかないのが一番だ。
今朝の惨劇話で持ちきりの宿の人々を尻目に、あたしは旅支度を整えると早々に町を後にした。
この町の用事は済んだから長居する理由もない。
まぁ、明日から町はほんの少しだけ変わるだろう。
だけど、それをあたし達が見ることはない。




