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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――同郷の音に耳を閉じる――
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塩と胡椒のテーブル⑥


 何事かと顔をあげてみると、皆一斉にリヒトに視線を注いでいる。その目には困惑や畏怖、敵意が浮かんでいた。

 様々な思惑を感じているはずだが、リヒトは素知らぬ顔をして中に入ってくる。


「おっはよー! リヒトくん。ここ座るー?」


 張り詰めた空気を吹き飛ばすように、ニアンダ殿が軽快に呼びかけた。

 両手を振って注意を惹くと、リヒトはさり気なく周囲を観察して目を細め、ニアンダ殿を一瞥する。

 

「やめとく」


 断ると顔をそむけて、一番端の奥まった席に座る。あたしが最初座ろうと思っていた席だ。

 リヒトが席に着くと、すぐにケイトがやってきて恭しくお辞儀をする。


「おはようございます、リヒト様。朝食をお持ちいたしましょうか?」」


 ケイトはいつもと同じ調子で声をかけ、水の入ったコップを置いた。


「頼む」


 ケイトは笑顔で、畏まりました。と返事をしてから足早に調理室へ入っていた。

 リヒトはゆっくり水を飲んでから、小さなため息をついた。

 壁に顔を向けて、こちら側に背中を見せている。


 珍しいな。と思わず凝視した。

 他人を警戒しているので常に顔はこちら側なんだが、ここでは彼らの顔を見たくないのかもしれない。


「あいつ来てる」

「うわー、怖い」


 怯えるクシードとイートミルがヒソヒソと言い合っている。


「あの悪童めが。俺の前に顔を出しやがって……」


 ヴァヒスは敵意むき出しだ。今にも斬りつけそうな意欲が燻っている。

 リオウ夫婦は視界にも止めず急いで食べている。


 それとは対照的にカティー、ララ、エルザは好意的だった。


「久々に見たけど大きくなったねリヒト君。でも相変わらず不愛想なのが玉に傷。なんか長に似てきたわねー」


「私も久々に顔みた! なんかルゥファスお兄さんに似てきたわー。ここにいるってことは、村に戻ってくるのかな?」


「戻ってきてもいいけど、お偉い様方と一悶着ないといいなぁ」


「わかるー。おじいちゃんおばあちゃんが鬼爺と鬼婆に変身するもんね」


「村中荒れるからねぇ。主に老害……おエラいさまが。誰とか言わないけど」


「だよねー。ひと悶着あったら、面白い事あるかしら?」


「あるかもー。でも後々大変な事になるから勘弁かなー」


 ゴホン、とヴァビスの大きな咳払いをする。女性達は、ひゃっ、と声を上げて盗み見すると、互いに顔を近づけてコソコソ話しをする。

 要約すれば、大人げないからリヒトにちょっかいをだして、ヴァビスが痛い目にあいそう、と言っている。そしてクスクス笑っていた。


 あたしはちょっとだけ憐れみながらリヒトを眺める。


 これだけ注目されれば、あたしも背を向けたくなる。腫れ物や障り物のような視線は鬱陶しい。

 しかもヴァヒスから殺気を含んだ挑発的視線が注がれている。喧嘩売ってるんだろうなぁ。

 相手にすると面倒事に発展するから無視が一番。

 きっと安全地帯を確保するために、端っこに座ったんだろうな。


「それでは世話になったよニアンダさん」


「私達はこのまま出発するわね」


「お気をつけて」


 ニアンダ殿が返事をすると、リオウ夫婦は早々に食堂から出ていった。

 夫婦の態度があからさま過ぎて感心する。


「ニアンダ殿、いつもこうなのか?」


 あたしの意図が正確に理解できたのか、ゆっくりと頷く。


「そうよ。あの子はよく誤解されることが多くて。大人たちは関わらないのよ」


 そうか。と頷く。

 あたしが食べ終わる頃に、ケイトがリヒトの朝食を運んできた。一言、二言話すとケイトは深々とお辞儀をして調理室へ戻るーー前に、あたしのテーブルを見て則座に駆け寄り、


「失礼します。食器をお下げますね」


 食器をサッと持ち上げて去って行った。

 マディアも各テーブルを回り、空の食器を下げていく。

 リヒトが来てから誰一人として大きな声をあげていない。よくてヒソヒソ話だ。

 メイド達の足音がパタパタと響く。


「よぉーし」


 静寂を切り裂くように、ニアンダ殿が声をあげた。


「ミロノちゃん。一時間後に部屋に行くから、身支度整えててね。着替えてお外いきましょ!」


 重苦しい空気を、底抜けの明るさで払拭しようとしている。それはいいのだが、あの服かぁ、とげんなりしながら頷く。


「リヒトくんも一緒にいくー?」


 超笑顔で誘っているが、当の本人は完全無視。

 こちらを振り向くこともなく、静かに咀嚼している。


「もぉー。あは。リヒト君ってば照れちゃってるぅ」


 リヒトの冷淡な態度を受けても、ニアンダ殿はびくともしない。ぷりぷりと怒ったフリをするが、すぐにニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「リヒトくんは今、思春期真っただ中だったわねー。だったら仕方ないかー。私服でお化粧した姿のミロノちゃんと一緒に買物したら、絶対意識しちゃうもんね。ときめいたら今後の旅に影響でちゃうかもしれないわ」


 リヒトの咀嚼が止まる。

 数秒間、止まったあとにゆっくり飲み込む。我関せずスタイルを貫いて食事を続けた。


「おばさんそれすごく見たい! おいで!」


 ピタリ。と手が止まり、グサリ。と力を込めて野菜を突き刺す。勢いあまってガチャンと食器の音が鳴った。


「っ………………」


 と小さく声を飲む音がした。わなわな。と肩が震えたが、ゆっくりと静まり食事を続ける。


 おそらく反論しかけたのだろう。

 妙な拗れを起こすと予感して、何を言われても無視をすると決め込んだようだ。


 正解だと思う。

 あれは明らかに会話させるための罠だった。反論すればそこから言葉のデッドボールが始まり、多分、リヒトが負けるな。ニアンダ殿の方が強そうだ。


 冷え切った空間に混沌を捻じ込むのは宜しくない。ツッコミをせず耐えた事を褒めてやりたいぞ。


 リヒトが挑発に乗ってこなかったので、ニアンダ殿は口を尖らせ、気に入らなさそうに腕を組んだ。


「手ごわい。んもう、どうせこのあと二人っきりになるんだから遠慮なんてしなくていいのにー」


 こら。誤解を招く言い方しないでくれないか?

 ざわめいたぞ! 様子みていた連中がザワってなったぞ!


 ここであたしが反論したらマズイ。

 無視しよう無視無視無視!


 ニアンダ殿はあたしとリヒトを交互にみて、チッ、と大きな舌打ちをかました。

 あー、そっくりだよその仕草。

 

「二人とも可愛くないっ!」


 小さく文句を呟いて、ニアンダ殿は立ち上がった。あたしにウィンクをする。


「ミロノちゃん、あとでねー」

 

 そしてすぐにビシっと幼馴染達を指さした。


「そこの三人は買い物しすぎて金欠にならないように! マネー貸さないわよー」


「しないわよ!」

「金欠する気で買うのー!」

「もー、心配性ね」


 それぞれ笑いながら返事をすると、ニアンダ殿は食堂にいる全員に手を振る。


「それでは今日も、良き日を過ごしてね」


 挨拶を終えると、食堂から出ていった。


 ニアンダ殿がいなくなると、またシーンと静まり返る。それでも各々の用事にむけて移動しようと席を立つ者が多い。


 あたしは風呂を頼んでいるので呼ばれるのを待っている。

 何かやることがあったような気がする。


 あ、そうだ。リヒトに用件があった。

 早朝に伝えれば良かったんだが忘れてたんだよなぁ。鮮度の関係があるから、思い出しときに言ったほうがいいか。


 あたしはリヒトのテーブルに移動した。

 咀嚼しているリヒトの横に立つと、彼は怪訝そうにあたしを見上げる。視線が合ったタイミングで話しかけた。


「あんたさ。森の中で本物のリリカの花と根っこ回収してたろ? まだ持ってるか?」


「!?」


 ブフォォと口の中のスープを少し吐きだして、リヒトが目を白黒させながらあたしを見上げた。話しかけられると露ほども思っていなかったようだ。

 かなり間抜けなレア姿だ、ウケる。


「お、ま……」


「ウケる。……って違う。下処理しないといけないタイプだから、持ってるならあたしにくれ」


「……」


 手の甲で口を拭ったリヒトは、あたしに睨みを効かせながらも、後方に意識を向けているのがわかる。

 まぁ。食堂にいる連中、目を見開いて固まっているからな。間抜けヅラ並んでいて面白いが、一人だけ不穏な空気を出し始める。

 チラリと一瞥すると、ヴァビスだ。

 あいつほんと心底リヒトが嫌いなんだな。


「信じられねぇ。よりによって、話しかけるタイミングで『今』を選ぶか!?」


 『興味なし』を貫けなくなったリヒトは憤慨した。あたしは肩をすくめる。


「しらねーよ。用事伝えるのに丁度良かっただけだ」


「後でいいだろうが」


「あたしはこの後、ニアンダ殿と買い物だぞ、すぐに帰れるという予想がないんだ」


 リヒトが口を閉じた。そして少し考えてから、小さく頷く。


「おばさんは日暮れまでウロウロするはずだ。今日中に話をするのは無理だろうな……………」


 リヒトがハッとして、すぐに左手で額を押さえた。眉間にシワがみるみる寄っていく。


「……そうじゃなくて」

「会話するのでしたらお茶をご用意しますが?」


 リヒトの言葉にかぶさるように、ケイトがあたしに話しかけてきた。


「必要ない」

 と、リヒトが冷淡に告げるが、


「じゃあお願い」

 と、あたしは頷きながら椅子を引いて座った。


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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