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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――同郷の音に耳を閉じる――
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塩と胡椒のテーブル④

 会話が終わると、夫婦は食堂から出ていった。

 あたしは水で口の中を流しながら、彼らの話を思い返す。


 うーん。

 あいつが故郷で何をやったのか凄く気になる。


 追放なら兎も角、始末を望むなんて相当な悪事をしたに違いない。あたしの里にも何人かふてぶてしい悪童いるもんな。

 リヒトに武勇伝があるなら、興味を持つなというほうが無理だよなぁ。

 ニアンダ殿にそれとなく聞いてみようかな。


 さて。明日の予定をどう切り抜けようか。

 服は好みがあると言えば手加減してくれそうではある。しかし、スカート系は不回避だろう。頭が重い。

 

 不安な気持ちを抱えたまま、あたしは部屋に戻って自分の室内着になった。

 ワンピースに肌触りは良いんだけど、落ち着かないんだよなぁ。

 着慣れた服に袖を通したら、ホッとした。


 防具はどうしようかな。

 シルクチェインは服のような着心地と軽さがウリなので肌着として着用しているが、外に出かけないのなら着る必要はない。


 しかも壊れているので、ささくれだった切れ端が肌に刺さったり、下着の布を傷つけたり、あんまり良いことがない。

 

 防具を修復したいんだが、特殊な防具だから技術が必要だ。あたしが直せばいいんだけど、材料と工房が必要になる。

 この町の加治屋に機材や材料があればいいのだが、道中に加工屋や加治屋はなかった。


「うーん、困ったな」


 ユバズナイツネシスに工房があればいいのだが。

 なければ里へ戻ることになる。魔王と戦う時に傷ついた防具では心もとない。


 でも、問題は防具だけじゃないんだよなぁ。


 あたしは鞘から刀を引き抜いた。

 先ほど手入れしたのでキラキラしているが、刃零れが目立つ。

 すぐに折れることはないが、奥義を数十発ほど放ったり、支配の魔王レベルの攻撃を何発も受ければ、ポキッと折れそう。


 懐刀と打刀はあるけども、心許ない。


 旅を開始する前に武器防具の手入れが必須だ。はてさて、この地区に刀を扱う鍛冶屋はあるのだろうか?


 あたしはため息をついた。

 荷物を整理してからベッドに寝ころぶ。


 なんだかメンタルが疲れた。

 ちょっと休むつもりで目を瞑ったら……。


 そのまま、ぐっすり眠ってしまった。


 パチっと目が開くと真っ暗だった。

 最初は夕方と思ったが、喧騒もなく静かなので、殆どの人が寝ていると気づいた。


 起き上がると、あたしの体に掛け布団がかかっていた。確かごろ寝しただけで何も掛けていなかったはずだ。夕方来たニアンダ殿が掛けてくれたのだろう。


 カーテンをあけ窓の外をみると薄暗い。朝焼けが始まる前の早朝だ。


 今日はガールズトークをする予定だったな。

 いつから、という明確な時間を聞きそびれてしまった。あと結局、服装は決まってない。嫌な事を先延ばしにした気分だ。


 喉の乾きと空腹があったので、水差しに水を入れるべく調理室に行こう。運が良ければ何か食べ物あるはず。


 ドアを開ける。真っ暗だ。通路の明かりを点けると誰かの睡眠を邪魔するかもしれない。

 一応見えるので、明かりをつけないことにした。

 

 階段を降りる。手すりと段が薄っすら光っていた。光輝石を砕いて塗料に混ぜている。足元が分かりやすくて便利だな。


 調理室に到着する。誰もいないから灯りはつけない。

 蛇口を捻って水を出し、水差しに注ぐ。

 水が溜まる間、周囲を見渡す。

 七人が一斉に調理に動いても余裕で行き来できそうな、広い調理場だ。

 火石で作られたコンロにオーブン。氷石で作られた大きい暗冷庫。大きい食器棚の中にはこだわり抜かれたような食器。調味料も沢山置かれている。


 あー。食べ物は片付けられている。残念。


 水差しに水が溜まったので、蛇口を捻って水を止めた。

 ふと、近づいてくる人の気配がしたので、あたしはゆっくり振り返る。


 調理室のドアを開いたのはリヒトだ。

 パジャマ姿でコップを持っていた。光をホタルのように飛ばし、周囲をほんのり照らしていた。

 数秒後停止して、あたしだと分かったのか、ため息をついた。


「泥棒じゃないなら、明かりくらいつけろ」


 壁にある数個あるスイッチに手を伸ばし、その中の一つを押す。

 パチっ。と音がなると、調理室の一角が明るくなる。リヒトは眩しそうに目を細める。浮遊する光は消えていた。


「めんどい」


 返事をしたら呆れたような視線がきた。

 リヒトはまたため息を吐いてから、流し台にやってくる。コップ持ってるから水汲みにきたんだな。


「汲み終わったら交代しろ」


「もう終わったよ」


 あたしは重くなった水差しを持って場所を譲り、流し台から離れた。

 リヒトはコップに水を入れるとすぐに飲み干した。もう一度コップに水を入れると、踵を返して調理室から出ていく。


 去っていく背中を眺めていたら、あいつに聞きたいことがあったのを思い出した。

 まぁ、なんとなく返事が予想できるが、呼び止めよう。


「なぁ。出発はいつにするんだ?」


 リヒトの足が止まる。こちらに振り返ると怪訝そうに眉をひそめた。


「おばさんから何も聞いていない。体の状態は?」


「ほぼ全快。ニアンダ殿の許可は下りていない」


「許可がでたら出発だ」


「やっぱり、そうだと思った。勝手に出発日を決めてしまったらニアンダ殿が激怒するだろうなぁ」


リヒトが首を傾げながら明後日の方向に視線を向ける。何かを思い出しているようだ。


「許可なく勝手に動こうとした者の大半は……説教の後ベットに固定されて、ワザと苦みとえぐみを増した薬を口の中に流し込んでたっけ? でもよく効く薬だから泣きながら飲むおっさんもいたっけな」


「良薬は口に苦し……の、苦いレベルを上げたか。嫌だな。苦みとえぐみは母殿の料理で十分だ」


 ある程度の不味さなら耐性あるが、好き好んで口に入れたいわけではない。


 リヒトが薄く笑いながら悪戯っぽい視線を向けてきた。


「お前はそこまで馬鹿じゃないだろう? 治ったら許可を出してくれる。それまで大人しくしろ」


 あたしは苦笑を浮かべる。

 リヒトって叔母のことを信頼してるし、めっちゃ好きだな。

 ニアンダ殿も大事にしているから、さしずめ第二の保護者ってところか。とても良い事だ。


 あ、睨まれた。どこまで読んだんだろうな。

 まぁ別にいいけど。


「話は以上か?」


 リヒトが仏頂面に戻った。少々苛立っているような気配もする。

 褒めてやったんだから機嫌悪くするなよ。と、呆れつつも彼の言葉に頷いた。

 逃げるように速歩きになったので、すぐに調理室から出ていくと思ったが、リヒトはピタッと動きを止めて振り返る。まだ用事があったようだ。


「なんかお前、忘れてそうだからもう一度忠告するが、この屋敷に居るとき……俺の同郷の奴が近くにいるときは話しかけるな」


 何言ってんだこいつ。


「用がなければ話しかけない」


「用があったらおばさんに伝えてくれ」


「伝言ゲームなんて面倒なことをさせるな。用があれば話しかける」


「こちらの都合は無視か?」


 リヒトの目に憤怒の色が灯るのを見て、あたしは鼻で笑った。


「あたしが必要だと思ったら話しかける。あんたの都合なんて知ったことではない」


 キッパリ告げたら、リヒトは肩を落とす。怒りから呆れに変化したようだ。

 それもそうか。と静かに呟きながらため息をついた。


「だったら……会話は夜にしてくれ。面倒ごとを起こしたくない」


 リヒトは念を押すように言ってから、通路に出て行った。

 ドアが閉まる音を聞きながら、あたしは首を傾げる。


 なんなんだ? 

 話しかけるなってことは、『馴れ馴れしくするな』ってことを言いたいんだろう。

 はてさて、雑務みたいな会話しかしてないんだけどなぁ。それでも人目を気にしていると考えるなら、気になる子が泊っていると考えるのが妥当か。でも浮かれた気配はない。

 もしかしたら、ニアンダ殿にあれこれ探りを入れられて疲れているのかもしれない。

 ううむ。理由を教えてほしいところだ。


 気になるが、とりあえず今は部屋に戻って二度寝しよう。 

 

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