塩と胡椒のテーブル③
ニアンダ殿は同じ席に座っていた。朝食を食べ終わったようで、空になった食器が置かれている。
リヒトは食事をしていた。すぐにあたしに気づくと、怪訝そうに眉を潜めて、ないわ、と言いたげに首を左右にふった。
あたしもそう思うから、怒りは湧いてこない。
あとは中央に席に中年男女。雰囲気からして夫婦のようだ。食事をしながら小さく雑談をしていた。
あたしもお腹すいたな。
ニアンダ殿があたしに気づいた。しかし、服装を見るなり、ちょっと苦笑いを浮かべる。
「あらら。袖なしの方がよかったかしら?」
「似着替えてきていいか?」
「すぐに食事がくるから座りなさい」
指で椅子を示されたので、仕方なく座る。
あたしの動作をジッと凝視していたニアンダ殿は、頬杖を付きながら、んー、と悩むように声をだした。
「思ったより筋肉が目立つわねぇ。何着か着てもらってどのタイプの服がいいか試さなきゃ」
「遠慮する。自分の服を着たい」
即座に否定すると、ニアンダ殿がジト目になる。この顔はリヒトによく似ていた。
「ミロノちゃん可愛い女の子なんだから、おねーさんにちょっと服で遊ばせてよ」
「それが本音か」
「本音でーす。私のお休み明日だから、おしゃれして買い物しましょう」
あたしは眉間にシワを寄せ、首を左右に振る。
「断りたい」
「却下しまーす。道中の話とかも聞きたいしー。ガールズトークしましょ」
頬杖をやめて、期待するようなキラキラ眼差しがくる。あたしは視線から逃げるように横を向く。
「根掘り葉掘り聞きだされそうで遠慮したい」
「お待たせしました」
マディアが料理を持ってやってきた。あたしの前に置かれる。
卵のサンドイッチに、ポテトサラダ、ポタージュスープ、トマトのサラダ、果物ジュース、水だ。
二人前はある。
うん? あたしの食べる量を知っていたのか?
不思議に思って眺めていると、ニアンダ殿に食べるよう促された。
話の途中だが、腹が減っているので頂こう。
果物ジュースを一口。りんごとバナナだ。
具沢山のサンドイッチは大口をあけてガブリ。卵の程よい甘さとレタスのシャキシャキ感がたまらない。
ポテトサラダはバターと胡椒で味付けされて、パセリがアクセントをつけている。
ポタージュは濃い生クリームを使っているのか、濃厚だ。
ジャガイモ中心だが、味付け違うので飽きがこない。
美味しくて口元がゆるゆるだ。
半分ほど食べ終わると、ニアンダ殿が話かけてきら。
「でもねぇミロノちゃん。私で遠慮したいとか言ってたら、兄ちゃんと対面した時は大変よ~。無遠慮だし根掘り葉掘りどころか、最後の一滴までも情報絞り取られるわ」
「兄ちゃん?」
「リヒトくんのお父さん。ルーフジール家の現当主。その様子じゃ、なーにも知らないでしょ? 事前情報あげるから、ガールズトークでショッピングして着せ替えして遊びましょ」
事前情報か。
あいつに聞いても教えてくれないだろうし、ニアンダ殿に聞く方がいいんだが……しっかしなぁ。
あたしはため息をつく。
「やりたいことを詰め込み過ぎだ、と思うんだ、が………?」
背中に鋭い視線を感じた。
振り返ると、食べ終えたリヒトが不穏のオーラを出しながら、あたしを睨んでいる。
否、あたしではなく、ニアンダ殿だ。
目で忠告している。余計な事は喋るなと。
談話していた夫婦も気づいて、ヒソヒソと猜疑の目をリヒトに向ける。
「あら? どうしたの?」
ニアンダ殿はリヒトの睨みを軽々と受け止め、笑顔のままウインクで返す。
気にしてもらえて喜んでいるようだ。
リヒトは面白くなさそうに目をそらして、何も言わずに立ち上がり、そそくさと食堂から出て行った。
明らかにホッとする夫婦を尻目に、ニアンダ殿はニマニマした笑みを浮かべて、リヒト出ていったドアを見つめる。この状況を心底楽しんでいるようで、少しも動じていない。
「いやーねー。ミロノちゃんと仲良くしてたら妬けちゃうのかしらねー」
「違う。ニアンダ殿に負けたんだ」
あたしは二人の力関係が把握できた。
一番の敵は、やっぱり幼少期を知る身内だよな。こちらの性格把握されているから、質が悪い。
そうかもね。と、ニアンダ殿が呟きながら立ち上がる。
「じゃぁ、私は診療に行ってくるから、今日一日はここでおとなしくしていてね。好きな服に着替えていいわよ」
「わかった」
「今夜は明日着る服を決めましょうね。楽しみだわ!」
それについての返答はできず、軽く頭を下げた。
ニアンダ殿はるんるん気分で、足取り軽やかに食堂のドアを開けて、今気づいたように夫婦に声をかけた。
取引が無事に終わるといいですね、と。
頷く夫婦に挨拶をして、ニアンダ殿は出ていった。
早く食べて、部屋に戻ろう。
食事の続きを始める。
会話もなく静かな空間だったが、
「はぁ。やっぱりアレはリヒトだったか。しばらく見ない間に、大きくなっていたなぁ」
男性がため息をつきながら、大きな声で女性に話しかける。
「だが、今の感じなら全く変わってないだろう。2年前に村から出ていってくれて清々したのに、また戻ってきてたか。やれやれ、面倒なことが起こらなきゃいいがな」
「ちょっとあんた」
女性が男性の腕を肘で突っつく。男はイラついた感じになるが、女の怯えた様子をみて苛立ちを沈める。
「だってお前よぉ。あのリヒトが何もしないわけないだろー?
「アレの事を悪く言ったらニアンダが怒るよ。なにより、アレから報復されるよ。口を慎みな」
「まぁた村でゴタゴタが起こるさぁ。かーっ。面倒だなぁ」
「やめときなって」
まーあ、確かに、出会った当初のリヒトの行動を思い出すと間違いではない。触れたら切れるような鋭さと口の悪さは、今でも纏っているからなぁ。
とはいえ、短絡的ではないので、その程度の言葉じゃ反応しないぞ。
そんな事を思いつつ、ジュースを喉に流し込む
甘くて美味しい。
料理に舌鼓をうっている最中も、夫婦の話は続く。
「はぁ。でも困ったわ。あれが村に居るとなると、穏やかに暮らせなくなるわねぇ。師範達がピリピリするのよ。肩がこるわ」
「そうだろうよ。悪党だからなぁ。まぁた誰かの弱味握って恐喝するんだろ。綺羅流れの長の子だからか、長も見てみぬふりよ。いつかあれが長になると思うとゾッとする」
「いやいや。あれじゃなくて、弟の方が後継者になるみたいよ」
「それなら有り難い。だったら、アレに暴悪族の烙印を押して始末してくれればいいのになぁ」
「あんた!」
「お前だってそう思ってるだろうが。薄気味悪い奴だし、あれが今までやってきたことを考えると追放じゃ割に合わない」
「だから黙りなってば!」
「なに焦ってる? 大丈夫だって、俺達以外に………」
男の目がぐるっと食堂を見渡して、あたしが居たことに気づいた。
気配は消していたので、背を向けていた男には気づかれていなかったようだ。
「あ……」
第三者が居たこと気づいて、狼狽する雰囲気が伝わる。
「お嬢ちゃん」
男に呼びかけられたので振り返る。
男はバツが悪そうな表情をしており、椅子に座ったまま少し身を乗り出し、手を合わせて軽く頭を下げる。
「お嬢ちゃん、食事を邪魔してすまなかった。今の話はこの屋敷に居る赤い髪の男の子と、ニアンダさんに内緒にしといてくれないかな?」
「頼むよぉ。今の話がリヒトの耳に入ったら、私らどんな酷い目に遭わされるか分からないんだよぉ」
女は涙目になり両手を合わせて頼む。
頼まれるまでもなく、あたしは聞き流すつもりだったので、ため息をついた。
「別に言うつもりはない」
夫婦の表情が明るくなる。
なんだか癪に障ったので、
「だが」
と言葉を続けると、夫婦は少し緊張した面持ちになった。
「なんでそんなに怯えているんだ?」
二人は目を丸くしてあたしを凝視した。
「え!? 知らない!? あ、いや、他じゃそうだろうなぁ。あいつは結構怖い奴なんだよ。命に関わるんだ本当なんだぞ」
男がしどろもどろに言葉を続ける。嘘をついているように見えない。本気でリヒトが怖いようだ。
「黙っててちょうだいね。お嬢ちゃん。これこの通り」
女がペコペコ謝りながら、無理やり笑みを浮かべる。
二人の怯える様子を見たら、聞き出す気が失せた。重要案件ではないからな。
「あたしはそちらの会話を吹聴するす気はさらさらない。そんなに畏まらなくても結構だ」
夫婦はキョトンとした目であたしを見る。
あー。そういえば、ワンピースを着ていたな。イマイチ迫力欠けたかも。
「そ、そうして貰えると助かるわぁ」
女がそれでいいと頷く。
そのあと、
「あとねぇ、お嬢ちゃん」
話が続いたので、耳を傾けると
「余計なおせっかいかもしれないけど、もう少し言葉使いは気を付けたほうがいいと思うよ。吃驚しちまった」
本当にお節介な言葉だった。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
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