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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第三章 ラケルス町のニアンダ
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ニアンダの治療法②

 パンと手を叩いて気合を入れるニアンダ殿。

 ふむ? 治療といっても、ここには薬草や薬剤が一切置かれていない。

 ベッドとその周囲をカーテンが囲っているだけだ。

 見えないところに何か置いているのかも。


 好奇心から、頭を浮かせて周りを見ようとすると、ニアンダはあたしの額を押さえ、枕に押し付けた。


「薬はいらないわ」


「ん?」


 意味が分からず聞き返す。


「薬がいらない? 一体どんな治療を」


「ちょっと失礼」


ニアンダ殿が布団を捲った。そしてあたしに腹部を押さえる。


「ぎえ!」


 全身に激痛が走った。

 心構えが出来てなかったので絶叫してしまった。


 あたしが悶絶していても、ニアンダは平然と体を触っていく。これはきっと触診だ。触る前に行って欲しいと文句言いたかったが我慢する。


「そうよ。触診よ」


 腹部のほかに鎖骨と胸部、頭部を触られ、手が離れたところでやっと激痛から解放された。


「ほぉら。ミロノちゃんの顔色が悪くなった」


「そりゃ。痛いから……青ざめる」


 あたしはふとももにかかっている掛布団を引き寄せて、鼻まで隠した。痛みで荒くなった呼吸が整ったので、肩まで掛布団を下げた。


「さっきから気になっていたが、あたしが喋っていない事も的確に答えているよな? あんたもサトリか?」


「そうよ~」

 とどや顔で答えるニアンダ殿。


「サトリは珍しいと聞いていたが。ルーフジールの血筋なのだろうか?」


「そうねぇ。確かにルーフジールの家系は、サトリ能力の強い人が生まれやすいわね」


「でも」

 とニアンダ殿は言葉を続ける。


「サトリ能力は一般的なものよ。ただ、能力値がピンキリで、個人差が大きいってだけ。サトリの潜在能力に気づいてない人も含めたら、おそらく星の数ほどいると思うわ」


「はぁ!? そんなに!?」


「ほら。『なんとなく分かる』とか『勘が当たる』とか、『相手の気持ちが分かる』とかとか。あれもサトリの能力よ」


「えええ?」

 とあたしは納得できない声をだす。


「まぁ、納得できないのも仕方ないわね。実際にサトリと言われるためには、相手の思考を完全に読み取ることが出来なければ駄目だし。ここら辺、実は曖昧なのよねぇ」


 ニアンダは肩をすくめた。


「サトリを行う手段は人それぞれ。私は触れて聴くことで、身体の状態と精神の状態、思考を読み取るのを得意としているの。そして治療をするのよ」


 一口にサトリと言っても、色々な種類がある。

 それは理解したので

「そうか」

 と返事を返した。


「話が脱線したわね。治療を行うから、ミロノちゃんはのんびり寝てて」


 ニアンダ殿はあたしに罹っている毛布を胸まで下げて、そこに手を当てながら椅子に腰かけた。


<アイエーテルよ。生命の流れを辿り、欠けた姿をあるべき姿に。此の生命を再び息吹かせ、祝福を与えよ>


 ニアンダ殿の体が白く発光する。それが彼女の手を伝って、あたしの胸部から全身へ広がった。光に包みこまれたので、あたしは目を丸くして息を飲んだ。


 治療って、回復術を使ったものなのか!? 初めて見た!


 自分の体が白く発光しているが、不思議と眩しくない。

 ゆっくりと体の芯が暖かくなってきた。丁度いい温度の湯船に浸かっている気分だ。


 体がほぐれてくると、次は満腹感が訪れる。それに身を任せていると、安心感が体中に染みわたった。


 兎に角、気持ちが良くて、あたしはうつらうつらしていた。


 どのくらい時が経ったのだろう?

 一瞬か、数時間か。時間の感覚がマヒしそうになった時、


 ドサァ!


「!?」


 腹部に衝撃が走り、あたしはパっと目を開けて現実に戻る。

 何が起きたか確認すると、ニアンダ殿があたしの腹の上に覆いかぶさっていた。彼女の呼吸は荒く、心臓がバクバクしているのが伝わる。顔や手から汗だくで、服もしっとり湿っていた。


「大丈夫か!?」


 慌てて呼びかけると、ニアンダ殿はゆっくりと上半身を起こした。

 額に浮かんでいる汗を手の甲でぬぐうと、ベッドに肘を突いて両手で顔を隠す。


「ううう……疲れた。体の力が抜けた……」


 パッと顔から手を離して、ニアンダは薄く笑った。その顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。


「一回で治せないって、私もまだまだ修行が足りないわー」


 はぁーと深いため息を吐いて数秒。ハッと目を見開いて腰を浮かしながらあたしを見た。


「お腹乗っちゃったけど大丈夫!? 酷く痛む箇所はない?」


 衝撃がきた時に痛みはあったが、体に当たったなぁという軽いものだった。

 手で腹部を触り、押してみるが全く痛くない。


「あれ? なんともない」


 よかった。と頷きながら、ニアンダ殿が椅子に腰かけた。


「でもほんとごめんね。怪我人の上に倒れるなんて最悪」


 と自分自身に呆れながら、ベッド横に肘をついて両手に額を乗せた。

「はぁぁぁぁ」

 と深いため息が出ている。


 声をかけようか迷っていると、ニアンダ殿があたしの手を握った。そのまま手に視線を落として、薄く笑みを浮かべる。


「さて。どこまで回復できたかな? ミロノちゃん少し動いてみて」


「動く……。起きてみたらいいのか?」


「そうね。上半身を起こしてみて」


 こんなに早く治るものなのか、と疑いながら、あたしはゆっくり体を起こすと、スッと起き上がれた。


 あれ……?

 殆ど痛みが無い!?


 あたしは驚いて目をぱちくりとさせる。

 ゆっくり体を左右に動かす。腕をあげたり、肩を回したりして調子をみるが、全然痛くない。


「おおおお!? 凄い! 動けるぞ!」


「よーし。内臓の再生も止血も出来てる。問題ないわね」


 満足そうに頷くと、ニアンダ殿があたしの手首を離して立ち上がった。


「ニアンダ殿。回復術とはこんなに早く治るものなのか!?」


 あたしは驚きと歓喜で目を輝かせながらニアンダを見上げる。

 ニアンダ殿は少しだけ眉間にしわを寄せて、あたしの両肩を押さえてベッドに押し込んだ。

 

 何故? 

 

 と、問う前に、ニアンダ殿の顔がズイっと近づいてきた。至近距離で目が合う。真剣な眼差しだった。一歩間違えると怒っているように思える。

 

「オッケー。ミロノちゃんはもう動かないでね」


「え?」

 とあたしが声を上げると、ニアンダ殿はあからさまに苛立った。

 タイミングがリヒトと似ている。血筋かなこのキレ方。


「言っとくけど。体力を使って治している状態だからすぐに脱力感と倦怠感が襲ってくるわよ。まだ傷が完全に閉じたわけじゃなくて、仮止めみたいな状態だから。無理に動くと傷がひらくってことを忘れないで。つまり、必要以上に動・か・な・い・で・ねってことよ。お分かり?」


 猛禽類の目に睨まれた。口だけ笑みを浮かべているのが不気味だ。反論するとろくなことにならないな。

 あたしはすぐに、わかった、と頷いた。

 すると肩を押さえつける手が離れて、ニアンダ殿が柔らかい表情を浮かべる。


「信じてるからねミロノちゃん!」


「ああ……」


 と頷くと、ニアンダ殿は安心したようにリラックスする。背筋を伸ばして肩を回して凝り固まった体をほぐし始めた。


「はぁー。しばらく使ってないから疲れたわ。もっと技能あげていかなきゃ」


 あたしも寝たまま軽く背伸びをする。緊張がほぐれてまったりした気分になり、あくびをかみ殺した。


「さて。移動しましょうか。手伝い呼んでくるわね」


 そう言ってニアンダ殿が立ち上がる。

 あたしは手を伸ばして彼女の動きを止めた。


「まって? ここで養生するのでは?」


「いいえ? ミロノちゃんは私の家で休むのよ。部屋を用意してあるから助手に運んでもらうわ。貴女の荷物もそこに置いてあるから安心して」


「運んで……? 歩いて行く方が速いと」


「動いたらダメって言ったわよね?」


 セリフから苛立ちを感じたので、


「ああ」


 と頷くしかなかった。

 面倒事は極力回避しよう。悪いように扱わないはずだ。


「私の家は知り合いに宿として貸しているの。親しい人しか入れてないから、悪さする人はいないわ。仮にそんな輩きたら力づくで追い出すもの。ひ弱そうにみえるけど、私もルーフジールだから、ある程度戦闘できるわ」

 

 ニアンダ殿はドンと自分の胸を叩き、自信満々に言い切った。

 なるほど。リヒトが案内するわけだ。


「それにここに泊まる人ってアニマドゥクスの使い手だから、強い人ばかりなのよね。トラブル起こったことはないわ」


 なるほど。色々な意味で気を引き締めよう。思考目茶苦茶読まれてしまうな。


「あとはえーっと。ミロノちゃんの完治予定日は未定ね。回復術をあと数回使用するから。まぁ、長くても二週間以内ってとこかしら?」


 驚くほど早い完治だな。


「分かった。お代はいつ払えばいい?」


「旅に出る前日で良いわ。素性も知ってるし。未払いになったら、貴女の御両親に手紙出すから」


「場所分かるのか?」


「わかるわよ。武術もだけど、武器はかなり有名だから知らない人は少ないはずよ」


 そういえば、親父殿は名の知れた人物だったな。


「質問は一旦やめて、助手を数人呼んでくるわね。担架で運ぶから男性になるけど良いわよね?」


「構わない」


 あたしは前髪を真っ直ぐ下して額を隠す。運ばれているときは、手で額を隠せば問題ないだろう。

 額を隠した前髪の上に、ニアンダ殿がタオルを置いた。これならきっとバレないはずだ。


 礼を言うと、ニアンダ殿が

「少し待っててね」

 と言い残して、カーテンの向こうに消えた。



 10分経過してニアンダ殿が戻ってきた。


「お待たせ―! 移動しましょうねミロノちゃん」


 お邪魔します。と声をかけながら、三十代前半くらいの男性二人が入ってくる。彼らは薄い緑色の白衣を着て、担架を持っていた。


「じゃあ、お願いします」


 ニアンダ殿の言葉に、はい、と返事をして、男性二人はテキパキと動いた。


「持ちあげるけどジッとしていてください」

「痛かったら言ってください」


 あたしは肩と足を同時に持たれて担架に乗せられ、上から毛布をかけられた。


 部屋を出て階段を下り一階に降りる。

 廊下の突き当りにドアがあり、そこを開けると廊下が伸びて、明かりとりの窓が三つあった。窓の外が見える。どっぷり暮れた夜空が広がっていた。


 突き当りまでいくとドアがあり、ニアンダ殿が鍵を開ける。中に入ると広い玄関があった。

 お香を焚いているのか、良い匂いがする。


「ミロノちゃんの部屋は三階ね。行きましょう」


 一人が腰の高さに、一人が腕を上にあげて、なるべく担架を水平に保ちながら、ゆっくりと上がる。 

 階段が少し広めに作られているが、担架を真横にできるほどの幅はない。

 あたしが降りて歩いたほうが楽なのでは。と提案したがニアンダ殿は却下した。男性達も駄目ですと否定された。


 仕方ないのでなすがままになる。

 そうこうしているうちに、わりとすんなり三階に到着した。東向きの角部屋、一番上の一番端に運ばれる。



今年も読んでいただき有難うございました!

来年もよろしくお願いします。みなさまよいお年を迎えてください。


次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら反応していただけると創作意欲の糧になります。

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