休息場を求めて⑤
チチチチ、と鳥がさえずる。
日差しの暖かさが気持ちいいな。このまま寝てしまいたい。
日光浴を満喫してうとうとし始めた頃。
「ふぅ、満足」
熱烈な抱擁が終わり、ニアンダ殿はリヒトから離れた。
ニアンダ殿はエネルギーチャージして艶々としているが、リヒトは疲労感が増している。
「お待たせ!」
「!」
ニアンダ殿は落ち着いた面持ちであたしに歩み寄ってきた。
あたしは船を漕いでいたので、ハッと目を開けてゆっくり立ち上がる。
「初めましてよね?」
知的で意思の強さが目立つ印象だ。しかし先ほどの光景を目撃しているので、激しいギャップに戸惑ってしまう。
「あたしは……」
名乗ろうと口を開いたが、ニアンダが思い出したように
「ああ」
と言葉を続けた。
「貴女がミロノちゃんね。リヒトくんと同じく呪い受けた不運児。そっか、女の子だったのね。私はニアンダ=ルーフジールよ。ルゥファスが私の兄なの。つまり私はリヒト君のおばさん。よろしくね」
「あたしはミロノ=ルーフジール。モノノフだ。以後お見知りおきを」
にこりと微笑みかけられたので、あたしは会釈をしながら挨拶をする。
ニアンダが握手を求めてきたので、ソフトに握り返した。
にこやかに握手をして数秒後。
「ちょっとおおお! なによこれええええ!」
ニアンダの表情が一転し、驚愕に目を見開くと、激高して怒鳴った。
「どーいうこと!? どーいうことなの!?」
そのまま握力も増して、逃がすものかと握り締められる。
あたしは目を見開いてしまうほど吃驚した。
「な、何か失礼な事をしたか?」
たじろぎながら聞き返すと、ニランダはすぐにリヒトに鋭い視線を向ける。
「リヒトくん! 今すぐこの子捕獲して!」
一体何が?
あたしが硬直していると首にチクリと痛みがあった。
反射的にニアンダの手を離して、数歩距離を取る。
なんだ? 何か刺さったぞ?
違和感の部分に手を添えると、首筋に何か刺さっている。抜いて刺さったモノを確認する。
小指サイズの注射器だった。中身は空だが、何かを押し出した跡が残っている。
あれ。これは……何か液体注入された?
「え?」
目を丸くして注射器とニアンダを交互に見ると、リヒトが呆れながら頭を掻いていた。
「おばさん。こいつは毒効かない体質。しびれ薬も眠り薬も効かないと思います」
「それを早く伝えてよ!」
「伝える前に行動したのは誰ですか?」
「手遅れになっちゃうでしょ!」
あたしは茫然とする。
あの一瞬で刺したのか!?
いくら不調で周囲の警戒を疎かにしたとしても。完全に暗殺者並みの手口だったぞ!?
「待ってくれ。毒殺を考えさせるほど、貴女を怒らせたというのか? 教えてくれ! 一体あたしは何をしでかした!?」
「全くもおおおおおお!」
困惑するあたしを見るニアンダ殿は猛禽類の目をしながら地団太を踏む。
「大人しくしなさい!」
力強い足取りで向かってきた。一刻も早く目的を達成したい気迫が否応に伝わってくる。
理由が全く浮かばなかったので、リヒトに問いかけた。
「あたし何か失礼な事したか?」
「やっぱ馬鹿だろお前」
スパっと冷たい声色が来る。リヒトは首を左右に振って渋い表情になった。
ちょっとイラっとする。
「分かってないから聞いてるんだ! 教えろよ!」
「連れてきて正解だった」
「は?」
全然わからない答えが返ってきた。
「いや、あたしの求めている答えとは違うんだけど?」
「ミロノちゃんその場から一歩も動かないで!」
焦燥感を前面に出しながらニアンダ殿は大股で近づいてくる。
一度刺されているのであたしは警戒しながら、距離をあける。あたしがすぐに逃げないのは、怒る理由が分からないのと、謝ればなんとかなりそうという想いがあるからだ。
もう一度リヒトに呼びかけた。
「意地悪せずに教えてくれ。ほんっとうに意味が分からない!」
リヒトがため息を吐いてあたしに提言した。
「おばさんの治療を受けろ」
あたしの足が止まる。
「………はあ?」
聞き返すとリヒトはこちらに歩み寄り、四メートルほどの距離を開けて立ち止まった。
「治療を受けろと言っている」
「治療…………いや、ちょっと待てよ?」
そーいえば、手当してもらった時に、『おばさんの治療の手伝いをしていたから手当てできる』と答えていた。
おばさんとはここにいるニアンダのことだろう。
つまり。
「彼女は医者か!?」
「そうだ」
一気に血の毛が引いた。
医者に視られたくない体質なのを知っている癖に!?
「どんな嫌がらせだ!」
「嫌がらせじゃねぇよ! 事情を知ったから信頼している人のところへ連れてきただけだ」
「初めから罠にかける気だったか!? 冗談じゃない! 自分で治す!」
そうと分かれば、急いでこの場から離れよう。
あたしが逃走する動きを感じたのか、リヒトが額に手を当て苦虫を潰したような表情になった。
「やっぱこうなるよな。命令だバカ女! 治療を受けろ!」
あたしはぴたりと止まる。
ギギギギと油が切れたようにリヒトに顔を向けて、叫んだ。
「ここでそれを使うのか!!?」
「嫌がらせにはもってこいだろ」
「嫌がらせに最適すぎて反吐が出る! 却下だ却下!」
「却下出来るような状態じゃないだろうが!」
「それでも」
と言いかけて腹圧があがり、胃から逆流しそうになった。すぐにごくんと飲みこむ。
「……それでも、あたしは絶対に治療を受けないからな! 医者の治療を受けるくらいなら森に戻って穴蔵隠れて回復する!」
ヂヒギ村で酷い目に遭ったトラウマが残っている。
血を抜き取られそうになる瞬間が脳裏を過った時、リヒトが一喝して吠えた。
「ふざけるな! おばさんは治療の為に人生を捧げている人だぞ! そんな低俗な奴と一緒にするな! 不愉快だ!」
固執した言葉を聞いて、あたしは呆気にとられる。
うーん、これは身内贔屓か、それとも真実か。
治療を受けるか。逃げるか。考える。
リヒトは少し距離を縮めてきた。
「おばさんは、真摯に怪我や病気に向き合って治す人だ! お前の恐れている惨事は起こらない」
「しかし、先ほどの……」
あたしが握っている注射器を見ると、リヒトは
「ああ」
と頷く。
「治療の為に手段を選ばないだけだ」
「強引だなぁ」
「性分だから仕方ない。もう一度言うぞ。取り返しのつかないことになる前に治療を受けろ。自分の体の状態をもう一度思い出せ」
真摯な態度だ。
いつものように一蹴してしまえばいいのに、リヒトの言葉に気を取られてしまう。
「いいから話を聞け、落ち着いて考えろ」
リヒトがまっすぐあたしの目を見て言葉を紡ぐ。いつも全然視線なんて合わないのに。
……………っていうか、目がそらせない。
目をそらそうとすると、冷や汗が出てきて調子が悪くなりそうだ。
「自分の体の調子はどうだ、最悪のコンディションだろうが。おばさんは本当に最高の医師だ。治療を受けろバカ女!」
あたしは眩暈を起こしそうになって、片手で目を隠す。
そう、コンディションは最悪だ。治療をしないと
薬で十分だ。医者は信用ならない。
けど、だけど、彼の叔母は信用に値する、ような気がする。
いやいや待て。初対面でどうやって信用しろと?
信用?
体が?
治療?
受ける?
なんだこれ。
考えがぐるぐるする。
思考の渦に捕えられているというか、思考で固まってしまったという感じがする。
あ! そうか。これは……!
ハッと違和感に気づいた瞬間
「つーかまーえた!」
両肩をガシっと捕まれ、ニアンダ殿に引き寄せられる。
背が高いニアンダの胸に頭が収まり、柔らかく抱きしめられたと途端に、
<アイエーテルよ。生命の流れを辿り、眠りにいざなわん>
体中に電気が走った。
精神表現ではない、文字通り、肉体に電撃が流れたのだ。
「!?」
衝撃で心臓が飛び跳ねる。
「やっと捕まえた! 激痛のはずなのに我慢強いにも限界があるわ!」
直ぐに目の前が真っ暗になって、胃の中のモノが口から溢れた。
「ああああああああああ! ちょ! もおおおお血反吐吐いてるしいいいいい!」
「おばさんのショックの威力が強すぎたせいです」
「今すぐ治療をしないと死んじゃうわよ! リヒト君何があったのか説明して! いやその前に運ぶのを手伝って! この子凄く重い、早くしてえええ!」
「暗器沢山つけてるから、重いと思いますよ」
「いいから早く手伝って!」
ヒステリックに叫ぶ声が脳に響いてくるが、反応できず、意識がぷっつり切れた。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。




