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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第二章 憶測飛び交う真偽の旅
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初めての魔王③


 距離を開けつつ小声で会話すると、黒いソレがこちらに顔を向けた。

 

 服と肌、髪と顔の境目がない『影のような人』で、目の部分は白く爛々と輝きかまぼこの様に波打って、細く細くなっていく。口の部分はどす黒く光る赤い色が徐々に広がっていった。



【人は、我の思うがままに動く】



 歪なノイズのような音が、あたしの脳内に直接届いた。耳元で鐘をカァンと鳴らされたような不快感が押し寄せてくる。

 思わず耳を塞ぎそうになったが、その代りに柄を握り絞めて構える。



【人は我の言う事を聞く】


 

「うーん」


 あたしは見たこともない『人影』を見つめて汗を浮かべる。

 全長190センチは越えている大柄な黒い影は重量感はなく薄っぺらい。重力に支配されず、蜃気楼のようにゆらゆらと揺れている。


「霊魂でもない。妖獣でもないぞ。やっぱり、あれが魔王というモノなのか?」


 見続けていると怖気が全身を襲い、恐惶(きょうこう)の念が込み上げてきそうだ。


「そーだな。実体では、なさそうだ。でも……」


 リヒトもじっと『人影』を見つめ続けて、何かに気づいたように慌てた声を出す。額には冷や汗が出ているようだった。


「いや、あれはまさか? 精霊か? いや、あんなに禍々しい精霊なんて……、まさかアイエーテル(天の精霊)? いや違う。アイエーテルじゃない。なら、あれは……なんの精霊?」


 信じられない者を見たように瞬間的に慌てた様だが、


「ま。今はどうでもいいか。推測よりも状況だ」


 端倪すべきことではないと、リヒトは思考を止めた様だ。


 タイミング的には丁度いいだろう。


 向こうもあたし達を次のターゲットにした様で、カマボコの細い目が不穏な色を発している。いつ攻撃をしかけてもおかしくない。


【貴様たちとて、例外ではない!】


 影は両手を投げ出すように振ると、10本の指先から真っ白い糸を噴射した。

 まるで蜘蛛がお尻から放たれた糸のようだ。


「うん? あれは当たるとまずいな!」


 先端は槍の穂先のように鋭かったので、あたしは数十歩前に出て全て切り落とす。切り落とした糸は風圧に靡いてハラハラと空を泳ぎ、すぐに視界から消える。

 

 強度はほとんどない、ただの糸だ。

 影は切られたと分かると今度は片手を下へ向けた。糸が地面を潜って見えなくなる。前方からまた糸を放たれて切ると、そのタイミングで地面から槍のように糸が飛びだした。

 

 懐かしい、親父殿のお手製トラップのようだ。


「わぁお! あんたは手品師か!?」


 影に向かって叫ぶとリヒトからツッコミがきた。


「もっとマシな台詞を言えって言ってるだろうが! 一度逃げるぞ!」


「異議なし!」


 足元から糸がドスドス生えてくるのを尻目に、あたし達は逃げ出した。


 相手が何者か分からない以上、初手で戦うのはこちらが不利。手の内を暴いてからの戦闘でも遅くない。


 分からないまま無理をして戦うよりも、弱点の一つや二つを仕入れてから、または相手の特性を理解してからでも全然遅くないのである。命は一つしかない。肉体も一つしかない。だから、こちらの被害を最小限で済ませるのであれば、撤退逃走いくらでもOKだ。


 卑怯? 狡猾? どんとこい。自分を護るのに手段なんて選べない。


 それにあの場合は逃げてちょっと正解かもと、リヒトを盗み見する。

 初手の攻撃の時に彼の反応速度を伺ったが酷く鈍い。あまり彼と距離をあけないほうがいいだろう。直接攻撃回避はあたしが担当だな。




 

 住宅を離れて草原や公園の方へ駆け出す。

 逃げる場所を考えていなかったが、人が密集している住宅地よりかは、草原や公園の方に逃げるのがベストだろう。


 リヒトに合わせて走ると、彼は周囲をチラチラ確認しながら、あたしに視線を向ける。


「少し様子を見たい」


「いいよ。パターンとか把握するのは賛成だ」


 影はぴったり追ってくる。

 

 細くて脆そうな糸のくせに、バスン! バスン!と周りのレンガ壁や地面をえぐり、木々の枝や幹を切り落としている。突く絞めるという攻撃しか出来ないみたいだ。

 しかし硬さが全くないので刀であっさり切れるから楽。


 問題は影の方だ。布を切っているような感覚が届くだけで、どの部位も致命傷にはなっていないし、即座に回復もしているようだ。

 闘気も込めているがノーダメージ。霊魂ですらダメージを与えられるというのに。


「うーん、困ったね。物理攻撃効くんだろうか?」


 散々物理攻撃を試してみても、散々な結果に終わったので、あたしは途方に暮れてしまった。あと何が有効か頭を唸りながら考える。


 リヒトも影をチラチラ確認しながら考えているようだった。彼も投擲という形でいろんなものを投げていた。どれも素通りして手ごたえはなかったけど。


「物理は駄目ってことか。なら……」


【私の思うがままに踊れ!】


「踊るか!ど阿呆!」


「一々言い返すな! 緊張感が無いやつだな!」


 黒い影はあたし達と同じ速度で滑るように移動し糸を向けてくる。出す場所は両手、口、足だ。どこかで補給している様子はなく、体内から作っていると思われる。糸が尽きるかもという期待をしているが、今の所その気配はない。


「気づいてるか?」


 リヒトが目配せをする。後に視線を向けていたあたしも「ああ」と短く答えた。


「刀に手ごたえはあるが、障害物を全部通り抜けてる」


 影は真っ直ぐ追ってきている。


 あたし達は柱や花壇なんかを避け迂回するが、影は通り抜けており、糸だけが物体に当たり抉ったり縫い込んだりしていた。


「初めてだよ。こんな手ごたえが薄いやつ」


 リヒトは「はぁ」と息を吐いた。


「あれが魔王なのかどうかも分からないが……。ったく、走り疲れてきた。一発攻撃して反応みるか。さてどの属性に……」


「ん? もう走り疲れた?」


 聞いてみると、少し無言の後ゆっくりと首を縦に振った。


「………ああ、走り疲れた」


「体力ないなー」


「うっせぇ。お前と一緒にするな」


 まだ逃げ回って一時間も経過していないのだが、リヒトは逃げるのに辟易(へきえき)してきたようで少々苛々している。


 まぁ、ほぼ全力疾走なので通常ならとっくにへばっている。なかなか体力あるなぁ、とあたしは感心していた。


「はぁ、こんなに意味不明な物に遭遇するなんて。よし、生きて帰ったら絶対に親父殿をぶん殴ろう」


 あたしは故郷の方向を見つめながら呟いて、視線を戻すと悪寒がした。


「……ってマズイ!?」


 前方の地面を視界に捉えた瞬間、脳内に警鐘が鳴り響いて、あたしはリヒトを押し倒して地面に伏せた。


 ドバァ!


 間一髪、走ろうとした地面の下から糸が出てきた。

 あのまま行けば串刺しだっただろう。

 ホッとしたのもつかの間、上をみてあたしは思わず顔色を変えた。


「やっば! すぐに立てるか?」


「言われなくても立つさ!」


 バッと糸の網が頭上に広がって押し寄せてくるので、急いでリヒトの手を引っ張って駆け出す。間一髪で糸の追撃を回避する。


「んー? これはマズイかな?」


 襲ってくる糸に纏まった束がいくつも増えてきた。地面や木々や石壁を縫い始めて一つの布生地にしている。布が景色を覆いかぶさり始めた。


「ありゃりゃ、逃げ道塞がれた」


 走る速度を緩めてやがて立ち止まりリヒトの腕を離した。


「そうみたいだ」


 リヒトが周りを見渡して舌打ちをしている。


 シーツを干している洗濯物の中に突っ込んだって感じだ。地面にも糸が隠れている可能性がある。白い布は激しくうねりながら糸を出し始めている。まるで『ここから先は通さない、貫かれろ巻かれろ』と全身で表現しているようだ。


「切ってもいいけど、それで解決ってわけにもねぇ」


 大元を何とかしない限り、これが続くと思われる。

 このまま逃げても糸がずっと追い続け、町全体を白い布で覆ってしまうかもしれない。

 マリオネットじゃなく、ミイラって感じになっちゃうな。


 あたしがクスクス笑っていると、リヒトが肩で息をしながら首を左右に振る。


「いやもう、ほんと。呆れるほど余裕綽々だな」


 そんな言葉を吐いているが、彼も自若(じじゃく)として顔色も変えていない。


「あんたも余裕綽々だな」


「ああ、当然だ」


【想いのまま】


 リヒトの言葉に被せるように影が声を反響させ、布をすり抜けて影は姿を表した。


 黒い影はにやりと笑った。


【全ての人は我が思いのままに……】


 追い詰めた獲物を捕まえるために、指先をこちらへ向ける。


 

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