休息場を求めて④
「話を戻すが、さっきの時計塔は天の時計塔と呼ばれている」
「天……二精霊が一心同体という考え方だな。一般的に光と闇の精霊は別物と考えられているから、ますます変わっている」
「アニマドゥクスは光と闇は同じと考えられている。その場合は『天』と呼ぶことになっている。この町はアニマドゥクスが作ったからその名残だ」
「ここは天の精霊を信仰しているってことか。あんたも天の精霊を信仰しているのか?」
「さぁな」
リヒトは肩をすくめながらはぐらかした。
うーん。何故はぐらかす?
信仰は土地柄が関係していることが多い。
リヒトはアニマドゥクスだから、なにかの精霊を崇拝しているだろうに。
不思議がっていると、リヒトが嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「崇拝というわけではないが」
そしてため息を吐いた。
「神は人を見限ったから、精霊しか人間を護ってくれない。だから信仰しているってレベル」
この地に伝わる古い伝承だ。
『神の慰み者として生み出された人間。
神に背き、神に歯向かい、神を追い払って世界を奪い、自由を得た。
自由を得た人は、神を追い払った代償を与えられた。
衰退と退化を繰り返す、滅びが確定した世界を生きるという代償。
恩恵のない、緩やかな死を迎える大地で暮らす。
人から栄光と平穏、繁栄が永遠に失われた。
嘆く人を哀れに思う精霊が、人と世界に加護を与えた。
精霊の加護を得て、辛うじて人は繁栄を保つことが出来た。
精霊を讃えよ、精霊を崇めよ。彼らに見捨てられたら何も残らない』
「怖い伝承だよな」
「伝承は真実だ。精霊に祈りを捧げないと彼らの力が衰弱していく。俺も力の恩恵を使わせてもらっているから感謝している」
「その言い方は大丈夫なのか?」
信仰心が薄く感じる。
「さぁな。使えるから大丈夫なんじゃないか?」
「曖昧だなぁ……」
呆れた視線をぶつけると、リヒトは肩をすくめた。
まぁ。個人の信仰心なんて物差しで測るものではない。
軽い言葉を選んでいるだけの場合もあるし。
「人が感謝や興味を失くしても、精霊は護ってくれるって凄い自己犠牲だな」
リヒトは首を左右に振った。
「人を護っているとはちょっと違うかもしれない。その伝承には続きがある」
「続き?」
「神は自らだけを敬う存在を欲し、精霊を創りだした。精霊は神の傍に居て、神に認知してもらえて、初めて自我と力を持てるようになった。だが神は世界を見限って消えてしまい、精霊は自らの意志で動けなくなった」
リヒトは石畳の階段を示して上がり始める。あたしもそれに続く。
中央から郊外に、町を一直線に通り抜けるルートみたいだ。
「だから精霊は自身の存在意義をいつも探している。人が名を呼ぶことで、必要とされることで、自身の存在を確信する」
「つまり?」
「生き物に寄り添うことでしか、存在している事を認識できない。祈りは、精霊が自分の存在を忘れないように、世界に繋ぎ留める手段だ」
「なんか急にひどい話になった」
「祈りを忘れても、鉱石の恩恵を受けている限り、完全に消滅しないと思うが」
「確かに、鉱石は精霊の力の結晶だからなぁ」
溜まりすぎた力が結晶と化し、肉眼で確認できるようになる。
それは生活の道具として幅広く使われているので、無意識に精霊を認識しているのは間違いない。
「万が一、恩恵を必要としない生活に変われば、精霊はいなくなるだろう。すると自然の循環が止まり、世界はゆっくり終わっていく」
リヒトは更に左の坂道を下り始めた。道の端に花壇が設けられ、小さな暖色系の花が咲き乱れている。気温はかなり冷えているのだが、花だけ見ると春のようだ。
「今、当たり前のように恩恵を受けているが、無くなる日がくるかもしれない」
住宅が少しずつ減り、家と家との空間が開き始め、景観用に植えられている木の数が増えてくる。
「当たり前の日常を保つために精霊を使い続ける。それもアニマドゥクスの役目だ」
「へえ。あたしはその危機感がピンとこないなぁ」
あたしの端的な答えに、リヒトはうっすらと笑った。
「それでいい」
あたしは足元を確認しながらゆっくりと降りる。
力が入らないから、ここでこけたら洒落にならない。
坂が終わってから正面を向くと、リヒトが立ち止まってあたしを待っていた。
「待っていたのか」
「転んで醜態晒したら笑ってやろうと思って」
そう言い残して先を歩く。
「くそが」
とあたしは呟く。
普通に言えばいいのに。と心の中で毒づいてから、話を続ける。
「そういえば、奥義のいくつかにシルフィードの加護があったはず。今度から意識してみるか」
「そうするといい。運がよければ威力があがる」
珍しく軽く笑ったリヒトは、直線を進み左へ三度ほど曲がってから、一軒家の敷地内で立ち止まった。
林の中に三階建ての赤い塗料が塗られた木造建築と、その真横に二.五階建ての横に大きな白い木造住宅がある。
白い住宅は地面より少し高く床が作られいた。玄関前のレンガの階段は三段ほど。両横に手すり付いている。
緑色の景色から浮き上がるような色合いの建物だ。
「着いた。ここだ」
リヒトは赤い建物に隣接している白い家に向かって歩いていく。
「ここ?」
あたしは首を傾げながら、少し距離を開けてついていく。赤い建物の前に馬車が数台止まっているのが見えた。赤い建物はこちらは側が裏手らしい。
「どっちに行くんだ?」
「白い建物だ」
「宿屋に見えないんだが? それに赤い方は……」
あたしの足取りが重くなる。
近づいてみたら匂いで気づいた。あれは病院だ。建物内の人の気配が多い。繁盛しているようだ。
病院が目の前にあるので無意識に警戒する。
白い家まで三メートルの時点で、あたしは足を止めた。
リヒトが振り返る。
「ええと、聞いていいか?」
「なんだ?」
「この家、個人宅な気がするが、宿屋なのか?」
「俺の親族が住んでいる」
しれっとした表情のまま、リヒトが答える。
あたしは驚いて、なんだって、と声を上げようとしたが。
バン! と、白い家の玄関のドアが勢いよく開いた。すぐに30代前半の細身の女性が飛びだしてくる。
髪と瞳は赤。髪を一つにまとめてお団子にしている。暖かそうな毛糸のシャツと長いスカート翻しながら軽快に階段を飛び越え、全速力で走って来た。
「リヒトくーん!」
走った勢いのままリヒトにタックルを行い、そのまま抱擁をした。
突然の出来事に、あたしは目を丸くして口をあんぐり開けた。
「リヒトくん、おかえりいいいいいい!」
「……」
リヒトは若干嫌そうな顔を浮かべるも、なすがまま棒立ちで立っている。抱き返すこともせずに少しだけ首を傾げて空を眺めていた。
女性の身長はリヒトと大体同じくらい、170センチの高身長だ。
半泣きになりながらリヒトの頭や背中を激しく撫でている姿は、長年音沙汰がなかった息子を迎える母親のようだった。
「ずっと心配してたのよ。無事に戻ってきて良かった!」
女性はすっとリヒトを話すと、彼の顔に手を添える。
「一年半も会わない間にすっかり大きくなって。頬もこけてないし体つきしっかりしているから、ちゃんと食べているようで安心したわ」
「おばさん、お久しぶりです。そろそろ離してください。大変暑苦しいです」
「もう。照れ屋さんなんだから」
「休息に来ました」
熱烈歓迎な女性と逆に、リヒトは淡泊な対応だ。温度差が激しい。
「いいわよー! 思う存分羽を休めて! それにしても大人な感じになったわねー! 背が伸びたしちょっと筋肉ついたんじゃない? 可愛いからかっこいいになってるわよ! 義姉さんも驚くに違いないわ!」
女性は可愛い生き物をみてデレデレした表情になり抱擁し続けている。
うん、どうしようかな。時間を作ってあげたほうがいいのかな?
散歩しようかな?
でも動きたくないな。
ここに留まるか散歩するか。
迷いながらやり取りを眺めていると、長い抱擁に少し疲れたのか、リヒトの眉間に皺が寄り始めた。
「再会の喜びはもういいですよね。離れてください」
リヒトはべリッと女性を剥がすと、あたしに視線を向けた。呆れている視線を感じたのだろう、バツが悪そうにため息をつくと、女性を指し示す。
「彼女はニアンダおばさん。父上の妹だ」
女性はニコッとあたしに微笑むも
「もうちょっと待ってね!」
そう一声かけて、またリヒトをホールドするように抱き付いた。
まだ抱擁が足りないらしい。
「落ち着いたら教えてくれ。挨拶をするから」
あたしは芝生に腰を下ろしあぐらをかいた。
二人の姿を眺める。
「はあ。まったく……」
と、小さくため息をついたリヒトは無の表情になった。完全に諦めている。
ニアンダ殿は嬉しそうにリヒトの頭を撫でたり、頬をふにふにしたり、背中や腕を撫でまわしていた。幼少期は大変可愛がってもらったのだろうと、容易に想像がつく。
最初は吃驚したが、段々微笑ましく思えてきた。
「ふふふ。リヒト君は十五歳になったっけ?」
「はい」
「今から戻れば成人式をできるんじゃない?」
「それは父上が決めると思います」
あたしも旅の最中に誕生日を迎えて十五歳になった。なってすぐに災いと戦闘だったから、碌なスタートではなかったけど。
あと三か月で十六歳になる。
成人の儀どうしよう。あたしも何も考えてなかった。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
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