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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第三章 ラケルス町のニアンダ
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休息場を求めて③


 中は庭園があった。気温が低くなっているので花はなく葉が茶色になっている草が多かった。少し寂れた空気を感じながら建物に向かって歩く。崇拝堂のドアが開いていたので、そこから室内を覗いた。

 中央に広いスペースあり、両端に三人掛けの長椅子が10列あった。壁に精霊の絵が刻まれている。

 正面の祭壇床に精霊の紋章が描かれ、その上に五大精霊をモチーフにしたステンドグラスがあり、光を浴びて祭壇を輝かせている。

 光を受けながら年配の男女数人が床に膝をついて精霊に祈りを捧げている。


 今度はドアの装飾を見た。ここに崇拝している精霊の紋章が刻まれていることが多い。

 さて、この崇拝堂はなんの精霊かな…………わぁ。闇の精霊だ。

 暴悪族の象徴として一般的に嫌われているんだけど、ちゃんと崇拝されているんだ。良かった。


 あたしはゆっくり後退しながら鉄の扉まで下がる。もう一度崇拝堂を見上げた。

 精霊を祭る為の建物だが現在は殆ど残っていない。


「使われてる精霊崇拝堂なんて初めてみた。貴重だなぁ」


「そうだな。俺も旅に出て、この建物が珍しい事がわかった」


 いつの間にかリヒトが隣にきて、同じように見上げている。


「父上から話を聞いていたが。どうしてこうなったのやら」


 リヒトは残念そうに眉をひそめた。


 あたしは彼の表情を盗み見して

「そうだな」

 と呟く。


 暴悪の終焉末期。

 暴悪族の力を弱めるため精霊崇拝堂を破壊したことがきっかけだった。


 簡単にまとめると、精霊崇拝堂は『神聖な建物』から『暴悪族が信仰する忌まわしい建物』と認識が変化してしまった。そのため『崇拝堂に集まる者は暴悪族の生き残り』と世間から迫害の対象になってしまった。だから町や村にあった崇拝堂は破壊されて姿を消した。


 暴悪族のイメージが付いたのは、彼らが精霊術を駆使して攻撃したからだ。

 戦争の道具として精霊術を多用し、多くの人間を殺した。

 それによって『暴悪族が虐殺を行うのに使用した術』というイメージが色濃く残ってしまい、生活に密着していた精霊術を『悪』として定め、精霊術そのものを弾圧していった。


 『神に見捨てられた世界を守り、人に寄りそうことを選択した尊い者に、感謝の気持ちを捧げる』

 

 平和と平穏を願うために作られた崇拝堂は、迫害を恐れた者達が祈る事を止めて、あまつさえ壊してしまった。


「でもさぁ。精霊術は王族側も使用していたよな。なんで弾圧するんだろう。不思議でしかない」


 暴悪族が崇拝している精霊術は王都側も崇拝しており、その力を余すことなく利用している。

 今尚、精霊の力は生活を支えるうえで必要不可欠な力であり、これを失えば人々は生きていくのが困難になるほどだ。

 しかし『恩恵』は『当たり前』と捉えられ感謝の気持ちを忘れている。このことが精霊の力を年々弱くしている結果でもあった。


「俺も理解できない」


 リヒトが移動し始めたので崇拝堂をあとにした。

 中央からさらに北へ向かって人の流れが途切れ途切れになったところで、あたしは話を蒸し返す。


「結局、戦争後は王族が精霊術を禁止したんだよな?」


「そうだ。二度と戦争を起こさないために使用を禁じた。王族に味方した精霊術者たちも例外ではない。精霊を悪とし、祈りも禁止されてしまった。この規則を破った者には容赦なく刑罰が下ったと聞く」


「それ、反乱起こさないか?」


「二回ほど暴動が起こったが精霊術者は負けてしまった。彼らは争いを好まず説得を行ったからだ。しかし王族側は違った。色々な手を使って彼らを殺害していった。最終的に術者も武力を行おうとするがもう遅かった。王族は市民を陽動して襲わせたからな。結局のところ、伏兵という市民が多くの術者を殺していったんだよ」


「数でいえば術者よりも市民が多かったってことか」


「大勢の精霊術者がリンチに遭って死に、兵士に捕まったらすぐに公開処刑になった。王都周辺の村や町も同様だ。術者を殺して回った。『暴悪族の力に魅せられた愚かな者』として。そのおかげで精霊術は廃れた」


「ならアニマドゥクスはどうなんだ? あれは精霊の力を使った術だろう? どうして生き残れた?」


 リヒトは面倒だと言わんばかりに肩をすくめた。


「戦争を起こした王族が全員死んだのち、先祖が精霊の力を軸にした新しい術を編み出し、それを使うように王族に進言したら認められた。それがアニマドゥクスだ」


「結局、精霊の力は必要不可欠だったんだな」


「そうだ。生活に密着しているから使えないと困る。だからアニマドゥクスは魔術とは違った術式展開になっている。記号の配列から言葉の配列へと組みなおした。力を記号に乗せるのではなく、力を言葉に乗せるよう組み替えたんだ」


 あたしは理解できなくて首を傾げた。


「記号は精霊を従わせる形。言葉は精霊を誘う形だ。アニマドゥクスは精霊に呼びかけて、一つの意思としてまとめて力を引き出してもらう。精霊の好む『声』を出せるように訓練する」


「こっちの水は甘いぞ。みたいな感じか?」


 リヒトの眉間にしわが寄った。


「種族によって聞こえる音が違ってくる。いくつ『声』を出せるか、同時に異なる『声』を出せるか。精霊に好まれるか。によってアニマドゥクスの力量が変わってくるってことだ」


「ふぅん。困ってるから協力してほしいって呼びかける感じだな」


 リヒトは何も言わなかった。


「それにしても、怖いなその話」


 そこまで言って、人の気配がしたのであたしは黙る。また人通りが多くなった。

 リヒトが黙ったのは誰かが来たからかもしれない。あまり人の耳にいれてはいけない内容なんだろう。


「言い忘れていたが……」


 リヒトが遠くに見える時計塔を指し示した。


「先ほどの建物は時計塔だ。ステンドグラスが五大精霊になっているから、観光名所に一つになっている」


 あたしは思わず笑った。

 だからこそ残せたのか。


「いい時計塔だな」


 と、あたしは頷いた。


 住宅街を通る。時刻は昼過ぎになっていた。

 しばらく黙ってい歩いていたが、先ほどの崇拝堂のドアに刻まれていた闇の紋章が気になって仕方がない。

 人気が無くなったときにリヒトを小声で呼ぶと、彼はジト目でこちらを向いた。


「なあなあ。あそこって五大精霊の他に闇の精霊にも祈りを捧げるみたいだな。闇の精霊を祭っているなんて初めてみたぞ」


 リヒトは驚いたように目を見張った。


「あの紋章に気づいたのか?」


 意外そうに聞き返されたので頷く。


「ああ。親父殿に教えてもらった。精霊の紋章は全部知ってるぞ」


 リヒトは首を傾げてから

「ふぅん?」

 と聞き返した。


「親父殿は武器職人だろ? その中でも属性をつけた武器を造るのが得意なんだ。精霊の力を固定するために闇のアイエーテルが属性の要になるんだ」


「闇が要になる?」


「自身の影と呼ばれる存在だから、他の精霊と相性が非常に良いんだ。影がある事によって『そこに自分の場所がある』と認識を与えることによって、スムーズに付属がつくそうだぞ」


「なるほど」


「まぁ。闇を使ったとしても、付属が付くかどうかは職人の腕次第で……」


 そこまで喋って、あたしはハッと気づく。

 今のヴィバイドフ村の秘蔵情報だった。

 まぁいっか。具体的な作り方や付属方法は教えてないし、あたしもまだ作れないから思考からも読み取れないだろう。


「口の軽さ、気を付けろ」


 リヒトは一瞬だけ眉を吊り上げて深いため息を吐いた。


「武器作りに精通している者ならヒントを与えていた。極秘情報を不用意に話すな馬鹿が」


「あんた相手で口が滑った。以後気を付ける」


 とはいえ。そこまで詳しい説明は一切していない。紋章の形も付属をつけるタイミングも、その量も大きさも温度もなにもかも、すべての条件が揃ってやっと武器が精霊力を宿す。

 何度も見て手ほどきを受け、全く同じ工程を行ってもあたしはまだ作れない。

 あの工程。本当にややこしいんだよなぁ。

 親父殿の教えも、がーっとやってごーっとやってしゃっとやる。っていうオノマトペだから駄目ってこともあるかもしれないけど。


「そうしろ」

 とリヒトがぽつりと言って、話題を変えた。


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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