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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ヂヒギ村の惨劇(白色を纏う亡霊)――
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滋養強壮で肉を食う②

 鹿肉が三分の二ほど胃の中に消えた頃、お互いに食べ終わり、お茶で一服。


 あたしは胃を摩りながらニヤニヤと笑みを浮かべる。沢山食べた。

 しばらく柔らかい食事だったから、ガッツリしたのが食べたかったんだ。鹿に感謝だな。


「やっぱり戦闘した後は、お肉が一番だ」


 お茶を飲むのをやめてリヒト顔を上げる。不信そうな面持ちであたしに問いかけてきた。


「あの量は食べ過ぎじゃないのか?」


「大丈夫。ところで、あんたは何を書いているの?」


「今回の災いについて、得た情報の整理をしていた」


 あたしは感心しながら、マメだねぇ、と呟く。


「胸糞悪い内容だから、要点だけ記入して忘れたいだけだ」


 リヒトは苦々しい物を噛み砕くように言い放ち、本をリュックに収めた。


「胸糞悪い?」


 あたしが首を傾げると、リヒトはため息をつき、一気に喋る。


「生前の魔王二人に止めを刺したのは、夫であり父親だった男だ。そいつは浮気をしていた。若い愛人の方が良くなって、別れたいと思っていた。でも浮気では別れられない。それで愛人と共謀して妻と娘の殺害を計画する。愛人は医者だったから娘の病を悪化させることができた。そこで災いを仄めかし、村人を恐怖で煽る。合法的に始末できて計画は成功した。以上だ」


「うわ。最悪だ」


 リヒトは肩をすくめた。


「本末転倒というべきだな。実際に災いとなったわけだから」


「そのこと、毒霧の魔王やシェイリーは知ってたのかな。いや、だとすると、もう少し激しい怒りや悲しみがあっても良さそうだが、そうではなかった」


「母親は知っていたかもしれないが、殺されたショックで色々忘れてるんだろう。そこが幸いだった。でなければもっと強い魔王になっていたはずだ」


 それは思う。怨み愛する理由が明確なほど強い傾向があるからな。


「結局のところ、魔王が絡まなければ全員加害者だったか。それで、あんたはなんで理由が分かったんだ?」


 はあ。とリヒトが盛大にため息をついた。やや呆れながら腕を組む。


「探っていたときに思考が流れてきた。この二人はまだ生きている。間に出来た子供は魔王の病であっさり亡くなったところまで分かった」


「うわー。悲惨。悪いことはできないなぁ」


「ったく。あの連中は村の法に則って、ほかにも色々やってるぞ。色んな黒い情報がどっと溢れているから、頭痛が起こる」


 眉間を押さえリヒトは呻く。

 あたしは適当に相槌をうちながら、シェイリーが真実を知らなくて良かったと思った。子供が知っていい話じゃないからな。


 リヒトがガリガリと頭を掻いた。


「あと、今回の件でお前に言うことがある」


「なんだ?」

 

「勝手な行動をしても助けない。って言ったが、お前の命を救ってやっただろ?」


 あたしはきょとんとして、瞬きをする。


 はて、あたしは劣勢だったっけ? 

 あー、石壁のことについてかな。攻撃を防いでもらったしトドメも楽に出来た。

 一人だったら少し手間取っていた上、死者の数も倍になっていたはずだ。


 まぁ……間違ってはいない。と、あたしは頷く。


「それが……。そういえばまだ、お礼言ってないか。有難う助かった」


 ペコリと頭を下げると、リヒトがイラっとして眉間にシワをよせ、「はっ」と、挑発するように鼻で笑う。


「礼の言葉だけじゃ足りない。手間賃の見返りとして一つ、俺の命令を聞いてもらう」


「は……?」


 さらっとおかずのレパートリーをリクエストするような口調で言ったから、あたしはしばし唖然とした。


 見返りって言ったよな。今、そう言ったよな?


「うっわ。なんだそれ」


 ジト目を向けると、リヒトがふんぞり返った。


「俺の命令に有無を言わさず絶対に従ってもらうってことだ」


「意味を聞いたんじゃない。命令券を求めるからドン引きしているんだよ。……一応聞いておくけど、要求は何?」


「その時が来たら言う」


「その時がって」


 寒気が増したんだけど。

 なんだよ、そんなに今回の連戦に腹を立てていたのかよ、心狭すぎる鬼畜小僧め。


 リヒトは落胆の様子を示しながらも語彙を強めた。


「今回の件で少しでも俺に感謝することがあるなら、命令は絶対に聞いてもらう」


「その言い方は、かーなーりー卑怯だぞ」


 あたしが感謝していない…………わけがないだろうが!

 だが下手に頷けない。

 命にかかわる無茶苦茶な命令をだすかも、という懸念がある。こいつが何を言いだすか分からない。本当に怖い。

 

 頷くか蹴散らすか、迷って無言になる。

 するとリヒトは自分の膝をトンと叩いた。


「よし、無言は肯定とみなす」


「まじかよ! 嫌だよ!」


「反論は認めない。命令は後日だ」


 そう言い捨てて、ツンとそっぽを向き、お茶を飲み始めた。


 命令の内容を聞いてみるが全然答えてくれない。

 というか、聞けば聞くほど、苛立ったように眉間の皺が増えていく。

 

 もしかして怒ってる?

 だから無茶ぶりしてくるのか?

 

「あんたさ、なんか怒ってる?」


 ジト目で聞くと、リヒトから軽蔑した視線が刺さる。正解だったようだ。

 何に怒ってるのか分からず、あたしが首を傾げると、リヒトはゆっくりと深呼吸をした。


「なら逆に聞く」


 静かな口調で問いかけられたので、あたしは反射的に身構えた。

 普通に怒っているときのリヒトは半ギレ状態。すぐに怒り収まる。

 しかし、怒りを抑えた冷静な口調や態度をしている時は激怒している状態。殺意まではないが、相手を叩きのめさないと怒りが収まらないレベルだ。


 つまり、アニマドゥクスで攻撃されてもおかしくないってことだ。

 勘弁してくれ。相手できる状態じゃない。


「満身創痍。全力を出して戦えない体と分かっているのに、休むことを提案しても脳筋思考。狂戦士みたいに連続で嬉々として戦った上に、後ろから刺されてもおかしくない状況の魔王なりかけを村まで案内。俺の到着を待たずにさっさと戦闘して、フルボッコになりそうな状況に陥って重傷を負っている。忠告を散々完全無視してこのザマだ。俺が怒らないと思うか?」


 正論が突き刺さって、ぐうの音もでない。罵倒の方が楽だったと、おもわず項垂れる。


「これが逆の立場なら、お前はどうする?」


「………怒る」


「だろう?」


 畜生、完膚なきまでに叩きつけられた。

 その通りだ。最初の戦闘以外はリヒトの忠告を完全に無視して突っ走った。

 鍛えているのでギリギリ命拾いしたが、無謀な行動だったのは間違いない。

 そりゃ怒るわな! 

 下手すればあたし死んでたし!

 

 はたっ、とあたしは目を丸くする。


「ってことは。一応心配はしてくれたんだ」


 リヒトにとっての『あたし』は、『攻撃手駒の一つ』で、死のうが生きようが関与しないと思っていたんだが、ちょっと違ったらしい。


 リヒトは能面のように表情を消してから、小さく首を左右に振った。


「戦力が落ちるのを避けたいだけだ」


「なるほど。よくわかった」


 あたしもリヒトを助けるのはその点だな。戦力は失いたくない。

 だから助けるし協力する。

 まぁ時々、予測不可能な動きをするから面白いんだけど。


 リヒトの眉がぴくっと動いた。呆れたようにジト目でみてくる。


「正直、俺だけだと毒霧の魔王や、白い花の魔王と戦うと苦戦しそうだ。支配の魔王も苦労するだろう。生存を確実にするには、やはりお前の力が必要不可欠だ」


「支配の魔王って?」


「村のきこりのやつ」


「斧男だな」


 いつの間にか魔王にネーミングついている。

 こいつの手帳には、今まで倒した魔王に名前がついているようだな。攻撃特色からつけいるのかも。


 戦いの記録をつけているって言っていたから、あとから戦闘分析もするんだろうなぁ。

 こーいうところは凄く感心する。


 リヒトが口を開いたが、すぐに黙った。

 そのまま二分経過する。


 中途半端な気がするが、リヒトの話は終わったようである。


 ううむ。仕方ない。今回迷惑をかけたから十万歩譲って提案を飲もう。そうしないと腹の虫がおさまらないんなら、こっちが大人になってやるか。

 

「まぁいいや。一個だけあんたの命令を聞けばいいんだね。仕方ないからその時が来たら言う通りにする。だから無茶な事は勘弁願いたいぞ!」


「そうだな。滝から堕ちろとか、自害しろとか、そんな命令を」


「却下する!」


「冗談だ」


 真顔で言ってるから冗談とは思えない。

 まぁ、ヤバそうなら却下しよう。


 あたしは気を取り直して顔を上げた。

 さて、そろそろ用事をするか。


「話は終わったな。じゃあ、今日はあんたが早めに寝ろよ」


 睨まれた。


「睨むな。薬を調合したいから、その間は寝てくれ。出来上がったら交代してもらうから」


 無言圧がくる。信じてないなこりゃ。


「薬を使いすぎてほとんどないんだ。先ほど材料が揃ったから最低でも五本は作りたい。でないと……言いにくいんだが、歩けなくなる」


 チッ。とリヒトは盛大な舌打ちをするが、頷いた。


「分かった。今日は先に休ませてもらう」


「そうしろ。おやすみ」


 リヒトはリュックの近くに寝袋を敷き、そのまま潜り込むとすぐに寝息をたて始めた。


 相当疲れているなぁ。と少しだけ眺めて、リュックを漁る。残っている材料と、採取した材料を取り出し、清潔な布を敷いて薬草と調合道具を置いた。

 風は殆ど無風なので、あまり異物が混入しないだろう。


「ケフ、ケフ」


 咳と一緒に胃からこみあげてきたものを、手の中へ落とす。

 黒い吐血……胃からの出血だな。

 先ほども血尿が出たし、内臓のダメージが酷い。ここまでダメージを受けたのは数年ぶりかなあ。


 完全回復には安静が必要だが、森の中だと安静にできない。なので、動きながらでも回復出来るよう強力な回復薬を作らなければならない。

 

 ゴリゴリゴリ。と数十種類の草や花をすり鉢で細かく砕き、分量を量りながら浄化石を少し砕いて混ぜて、真空機材を使いエキスを水に溶かす。


 そこにベースとなる薬草の液に加えて練り、手で丸めて粒にして乾燥する。

 乾燥の間に痛み止めの調合も行い、傷薬の軟膏も作り始める。

 乾燥が終わると、ここから乾燥した妖獣の肝を混ぜ合わせ、液状にしていく。


 こうして調合に熱中していると、遠くの空が徐々に明るくなっている事に気づいた。


「あ、しまった。夜が明けてしまった」


 慌てて呟くのと同時に、リヒトがパチっと目を覚ました。目をショボショボさせながら周囲を見渡し、空を眺める。


「……朝じゃないか」


 朝まで寝ていたことに気づいたようだ。

 ムッとした表情でこちらに振り返るが、一メートル四方の布にびっしりと薬が敷き詰められているのを見て、唖然としながら固まった。


 数秒後、呆れたように首を左右に振る。


「…………はぁ。露店かよ」


「わざと起こさなかったわけじゃない。熱中してしまい時間を忘れた。まだ全部仕上げてないが、朝が来たので終了する」


「作りすぎだろうが。はぁ。片づけたら少し寝ろ」


「これ乾燥させたいからもう少し起きてる」


 ドキッパリ言うと、リヒトが頭痛を覚えたように眉間に手を当てた。


「見ててやる」


「じゃぁ寝る」


 リヒトの申し出を素直に受け入れ、あたしは痛み止めを服用して少しだけ寝ることにした。

  



 目を開けると、朝焼けが広がっていた。一時間ほど寝たっぽいな。

 起きたら、昨晩作っていた蒸し料理が掘り起こされている。中身をみると一口分が消えていた。


「腐ってなかったぞ」


 リヒトがいけしゃあしゃあと言い放ち、あたしの前に熱々のお茶が入ったコップを置く。そして蒸し料理を取り分けし始めた。


 もしかして、心待ちにしていたのかな?


あたしはガリガリと頭を掻きながら、お茶を一口飲む。


「…………肉は美味しかったか?」


「少しぬるいのが残念だったな」


 無表情のリヒトだが、なんだかウキウキしているような気がする。

 そんなに気に入ったなら、また作ってやろう。

 あたしはこっそり苦笑した。





読んでいただき有難うございました!

次回から新章になります。魔王退治がしばらくお休みとなり、観光などのお話になります。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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